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ブラック & ホワイト
1裏
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「ねえ、聞いた坂崎」
「なにがよ?」
あたしは、全校集会に向かう廊下で、隣を歩く安住から声をかけられ、そう聞き返した。
安住はその答えを待っていたのか、すぐに言葉を返してくる。
「石神のやつ、彼氏できたらしいよ」
「マジかっ!? あの目の肥えた女のお眼鏡にかなうとか、どんなイケメンだよ」
「それが、同じ学校なのよ」
「はあ? まさか野球部の江津? あいつ明らかに石神に激ラブで猛アタックしてたけどさ」
「違うんだなー、それが。これ、マジウケるんだけどさ。石神、同じクラスの間久辺と付き合ってるらしいよ」
あたしは、頭をフル回転させて該当する人物を探してみたが、まるで思い浮かばない。
「……誰だし、それ」
「忘れんなよぉ。ほら、前一緒にカラオケ合コンしたことあったじゃん。石神とそのモデル仲間と、あたしらが女子メンバーでさ」
「あったね、そんなこと」
確か、去年のクリスマス前のことだったかしら。
廊下の少し前を歩く同じクラスのキモオタ共を見て、そういえば、あのカラオケボックスであいつらと一緒にいた同類が間久辺とかいう名前だったことを思い出す。
けどさ―――
「―――絶対それデマっしょ。石神がオタクなんて相手にする訳ないって。そうじゃなきゃ新手の遊びだよ。多分、向こうをその気にさせておいて、いざなんか手を出してこようとしたら、反撃して、それを理由に金脅し取る的な」
「うーわ、坂崎、ひねくれてる」
「安住に言われたくないしっ」
あたしらはそうして小突き合っていると、ふと視線を感じてその方向を見る。
さっきからキモい笑い方でしゃべっていたオタク二人が、こっちをジッと見ていた。
「おいっ、見てんじゃねえよっ!」
そう釘をさすと、二人はそそくさと逃げるように走り去ってしまった。
ちっ、うぜえな。ただでさえキモいあいつらと同じ空間にいるのだって我慢ならないんだから、せめて視界に入らないように生きろってのよ。
「ねえねえ、坂崎。さっきの話だけどさ」
安住が、んふふと不気味な笑い方をしながらそう切り出した。
「どの話よ?」
「だからぁ、金を脅し取るって話」
「バカ、声でかいよ安住」
「わかってるって。それより、ねえ、そろそろまたやんない? あたし金欠なんだよね」
「いいけど。でも、次はどいつにする?」
「誰でもよくない? あたしら上流階級に憧れる野暮ったい女子適当に誘えばのこのこ着いてくるっしょ?」
「上流階級とかウケる。自分で言うなし」
「だって事実じゃん。あたしらは言っちゃえばセレブで、凡人から奪う側なのよ」
まあ、確かにそうかも。安住の言う通りだ。あたしたちは搾取する側の人間。
以前、夜の街を遊び歩いていたら、脂ぎったおっさんに声をかけられたことがあった。
『二人でいくら? いくらならいい?』
あのときはマジでキモかったなあ。
だけど、話を聞いてみると、ご飯食べ行くだけで諭吉くれるって言うし、なんか怪しかったけどあたしら二人ならそのおっさんに勝てそうだったから、ついて行ったのよね。そしたら、本当にご飯だけでお金くれて、ヤバくね? って話になったんだよね。こんなおいしい話ないって。
ただ、まあ言うまでもなくおっさんの目的は女子高生との援助交際。あたしらがそれを受け入れないと察知したおっさんは、三度目の食事のときにこう提案してきたのよ。
『君たちの学校で、お金欲しくて口の堅い女の子いない? 紹介してくれたらお礼するからさ』
お礼と言ってチラつかせたお札の束。
それを見たあたしと安住は、おっさんとビジネスをすることにした。
同じ学校の根暗女子を強引に遊びに連れ出し、そこでおっさんに引き渡す。
もちろん、その先のことは知らない。嫌ならあたしらみたいにご飯だけ奢ってもらって、帰ってしまえばいい。おっさんにだって社会的地位があるはずだから、強引にホテルに連れ込むような真似はしないはずだ。
……まあ、そもそも強く断れるようなヤツを連れて行ったりはしないんだけどね。
そんなビジネスを五、六回繰り返して、あたしは思った。
「ねえ安住、そろそろ潮時じゃね? めぼしい女子って他にいたっけ? 大人しそうで、絶対あたしらのことチクらないようなヤツ」
そこが重要だ。いままで選んできた生徒は、あたしらが脅せば泣き寝入りするような大人しいのばかりだったけど、そんな生徒はそうそういない。いても、ほとんど紹介してしまっただろう。
あたしほど物事を深く考えようとしない安住は、金欠であることが頭を支配しているのか、楽観していた。
「誰でも良くない? どうせ世間のおっさんたちなんて、制服でラッピングされた女子高生っていう生き物が好きなだけじゃん」
「うわあー、なんか生々しいわ。そんなん言うなら、いっそ安住が買ってもらえばいいじゃん」
「キモいこと言うなし。マジ鳥肌立った! 絶対ないからっ」
安住がそう言うと、あたしらはゲラゲラと笑い合った。
その笑い声を縫うようにして、
「―――あ、あの」
背後から声がして、あたしと安住は同時に黙り込む。まさか、いまの話聞かれてた?
ゆっくり振り返ると、そこに立っていたのは、見るからに暗そうな見た目の大女。流石にクラスメイトだから覚えている。黛っていう根暗だ。
あたしは、なるべく落ち着いた口調で切り出した。
「ねえねえ黛さん。いまあたしらの話、聞いてた?」
「あ、え、えと。ごめんなさい。聞いてませんでした、けど」
「だったらなんで謝るんだよっ! それに、あたしらに話しかけてきたじゃんかよっ!」
安住が怒鳴ると、黛は目に見えて怯えた仕草を見せた。
「ち、違います。私、ま、前に行きたくて。早く行かないと朝礼遅れ、ちゃうから」
そう言われて、初めて気づいた。廊下を歩いているのは、いつの間にかあたしらだけになっていた。教室を出たのはあたしらが最後だと思っていたけど、黛は出遅れたみたいね。それで、廊下をじゃれ合いながらふらふら並んで歩くあたしらを追い越すタイミングを逃したのだろう。
「なぁによ、もっと早く言ってよね」
あたしは道を開けて、黛を通してやった。
「あ、ありがとうございます。すみません」
ホッと胸を撫でおろしながら、横を通り過ぎて行く黛。膝丈まであるスカートの裾をなびかせながら、小走りで廊下を進む。
あたしは顔を上げて安住に目配せすると、同じことを考えていたのか、彼女も嫌らしく笑った。
「ねえ、黛さん」
安住の呼び止める声に、黛は肩をびくつかせながら、立ち止まる。
「さっきは怒鳴ってごめん。あたしら恋バナしてたから、聞かれたのかと思ってビビっちゃったんだよね。ね? 許して?」
あたしもすぐにフォローに入る。
「ちょっとダメじゃん安住。そんなんで黛さん許してくれる訳ないっしょ」
戸惑い、困惑する黛。あたしは、作り笑いを顔面に貼り付けたまま、言った。
「お詫びさせて? 今日、遊びに連れてってあげるよ。あたしらの驕りで」
そうして、あたしたちは黛の両サイドから距離を詰め、自然に壁際に追い詰める。
逃げ場を奪い、最後にこう言った。
「ねえ、もちろん断ったりしないよね?」
「なにがよ?」
あたしは、全校集会に向かう廊下で、隣を歩く安住から声をかけられ、そう聞き返した。
安住はその答えを待っていたのか、すぐに言葉を返してくる。
「石神のやつ、彼氏できたらしいよ」
「マジかっ!? あの目の肥えた女のお眼鏡にかなうとか、どんなイケメンだよ」
「それが、同じ学校なのよ」
「はあ? まさか野球部の江津? あいつ明らかに石神に激ラブで猛アタックしてたけどさ」
「違うんだなー、それが。これ、マジウケるんだけどさ。石神、同じクラスの間久辺と付き合ってるらしいよ」
あたしは、頭をフル回転させて該当する人物を探してみたが、まるで思い浮かばない。
「……誰だし、それ」
「忘れんなよぉ。ほら、前一緒にカラオケ合コンしたことあったじゃん。石神とそのモデル仲間と、あたしらが女子メンバーでさ」
「あったね、そんなこと」
確か、去年のクリスマス前のことだったかしら。
廊下の少し前を歩く同じクラスのキモオタ共を見て、そういえば、あのカラオケボックスであいつらと一緒にいた同類が間久辺とかいう名前だったことを思い出す。
けどさ―――
「―――絶対それデマっしょ。石神がオタクなんて相手にする訳ないって。そうじゃなきゃ新手の遊びだよ。多分、向こうをその気にさせておいて、いざなんか手を出してこようとしたら、反撃して、それを理由に金脅し取る的な」
「うーわ、坂崎、ひねくれてる」
「安住に言われたくないしっ」
あたしらはそうして小突き合っていると、ふと視線を感じてその方向を見る。
さっきからキモい笑い方でしゃべっていたオタク二人が、こっちをジッと見ていた。
「おいっ、見てんじゃねえよっ!」
そう釘をさすと、二人はそそくさと逃げるように走り去ってしまった。
ちっ、うぜえな。ただでさえキモいあいつらと同じ空間にいるのだって我慢ならないんだから、せめて視界に入らないように生きろってのよ。
「ねえねえ、坂崎。さっきの話だけどさ」
安住が、んふふと不気味な笑い方をしながらそう切り出した。
「どの話よ?」
「だからぁ、金を脅し取るって話」
「バカ、声でかいよ安住」
「わかってるって。それより、ねえ、そろそろまたやんない? あたし金欠なんだよね」
「いいけど。でも、次はどいつにする?」
「誰でもよくない? あたしら上流階級に憧れる野暮ったい女子適当に誘えばのこのこ着いてくるっしょ?」
「上流階級とかウケる。自分で言うなし」
「だって事実じゃん。あたしらは言っちゃえばセレブで、凡人から奪う側なのよ」
まあ、確かにそうかも。安住の言う通りだ。あたしたちは搾取する側の人間。
以前、夜の街を遊び歩いていたら、脂ぎったおっさんに声をかけられたことがあった。
『二人でいくら? いくらならいい?』
あのときはマジでキモかったなあ。
だけど、話を聞いてみると、ご飯食べ行くだけで諭吉くれるって言うし、なんか怪しかったけどあたしら二人ならそのおっさんに勝てそうだったから、ついて行ったのよね。そしたら、本当にご飯だけでお金くれて、ヤバくね? って話になったんだよね。こんなおいしい話ないって。
ただ、まあ言うまでもなくおっさんの目的は女子高生との援助交際。あたしらがそれを受け入れないと察知したおっさんは、三度目の食事のときにこう提案してきたのよ。
『君たちの学校で、お金欲しくて口の堅い女の子いない? 紹介してくれたらお礼するからさ』
お礼と言ってチラつかせたお札の束。
それを見たあたしと安住は、おっさんとビジネスをすることにした。
同じ学校の根暗女子を強引に遊びに連れ出し、そこでおっさんに引き渡す。
もちろん、その先のことは知らない。嫌ならあたしらみたいにご飯だけ奢ってもらって、帰ってしまえばいい。おっさんにだって社会的地位があるはずだから、強引にホテルに連れ込むような真似はしないはずだ。
……まあ、そもそも強く断れるようなヤツを連れて行ったりはしないんだけどね。
そんなビジネスを五、六回繰り返して、あたしは思った。
「ねえ安住、そろそろ潮時じゃね? めぼしい女子って他にいたっけ? 大人しそうで、絶対あたしらのことチクらないようなヤツ」
そこが重要だ。いままで選んできた生徒は、あたしらが脅せば泣き寝入りするような大人しいのばかりだったけど、そんな生徒はそうそういない。いても、ほとんど紹介してしまっただろう。
あたしほど物事を深く考えようとしない安住は、金欠であることが頭を支配しているのか、楽観していた。
「誰でも良くない? どうせ世間のおっさんたちなんて、制服でラッピングされた女子高生っていう生き物が好きなだけじゃん」
「うわあー、なんか生々しいわ。そんなん言うなら、いっそ安住が買ってもらえばいいじゃん」
「キモいこと言うなし。マジ鳥肌立った! 絶対ないからっ」
安住がそう言うと、あたしらはゲラゲラと笑い合った。
その笑い声を縫うようにして、
「―――あ、あの」
背後から声がして、あたしと安住は同時に黙り込む。まさか、いまの話聞かれてた?
ゆっくり振り返ると、そこに立っていたのは、見るからに暗そうな見た目の大女。流石にクラスメイトだから覚えている。黛っていう根暗だ。
あたしは、なるべく落ち着いた口調で切り出した。
「ねえねえ黛さん。いまあたしらの話、聞いてた?」
「あ、え、えと。ごめんなさい。聞いてませんでした、けど」
「だったらなんで謝るんだよっ! それに、あたしらに話しかけてきたじゃんかよっ!」
安住が怒鳴ると、黛は目に見えて怯えた仕草を見せた。
「ち、違います。私、ま、前に行きたくて。早く行かないと朝礼遅れ、ちゃうから」
そう言われて、初めて気づいた。廊下を歩いているのは、いつの間にかあたしらだけになっていた。教室を出たのはあたしらが最後だと思っていたけど、黛は出遅れたみたいね。それで、廊下をじゃれ合いながらふらふら並んで歩くあたしらを追い越すタイミングを逃したのだろう。
「なぁによ、もっと早く言ってよね」
あたしは道を開けて、黛を通してやった。
「あ、ありがとうございます。すみません」
ホッと胸を撫でおろしながら、横を通り過ぎて行く黛。膝丈まであるスカートの裾をなびかせながら、小走りで廊下を進む。
あたしは顔を上げて安住に目配せすると、同じことを考えていたのか、彼女も嫌らしく笑った。
「ねえ、黛さん」
安住の呼び止める声に、黛は肩をびくつかせながら、立ち止まる。
「さっきは怒鳴ってごめん。あたしら恋バナしてたから、聞かれたのかと思ってビビっちゃったんだよね。ね? 許して?」
あたしもすぐにフォローに入る。
「ちょっとダメじゃん安住。そんなんで黛さん許してくれる訳ないっしょ」
戸惑い、困惑する黛。あたしは、作り笑いを顔面に貼り付けたまま、言った。
「お詫びさせて? 今日、遊びに連れてってあげるよ。あたしらの驕りで」
そうして、あたしたちは黛の両サイドから距離を詰め、自然に壁際に追い詰める。
逃げ場を奪い、最後にこう言った。
「ねえ、もちろん断ったりしないよね?」
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