魔女は世界を救えますか?

ハコニワ

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Ⅲ 奪取の魔女 

第39話 宇宙空間

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 その薬を見たくないと知っているはず。リュウは、落ち着けと耳元で叫んだ。これが落ち着いていられるか。精神を抉られた気分なのに。
 リュウは耳元で話し続けた。
「いいか? これは、最終手段としてだ。飲まなくていい。マドカ先輩は飲んだけど、お前は飲むな! 絶対にっ!」
「最終的に、攻められてきたら?」
「強制転生される」
 わたしは、ほっとした。生きて帰れる。何も失われない。でも、この薬を飲んだのはマドカ先輩。人体に影響があると知って、その覚悟で飲んだの?
 薬はとりあえず、飲んだふりしてポケットへ。シノも同じようにそうしている。スズカ先輩のほうは、どうだろうか。

 そして、ゲートが開いた。モワと白い雲が広がる。冷たくて気持ちいい。わたしは振り返りリュウに「行ってくるね」と手を振った。

 わたしたちがゲートを通ると、ギィィと低い音で閉じていく。バタンと閉じた。ここから、現実世界から宇宙空間へ。
 わたしたちの目の前は、真っ暗。漆黒が広がっている。果てしなく続く闇。キラキラ輝く星がない。不穏な空気だ。
「皆さん、準備はよろしいですか?」
 マドカ先輩が訊いてきた。
 自身の魔女具、大鎌を持っている。見えない翼が背中にあり、その場を立っているようだけど、実際は浮いている。
「わたくしはいつも全快ですことよ!」
 凄い凄い気合のあるスズカ先輩。
 このテンション、昨日と打って違うな。マドカ先輩と仲直りしたのかな。さっそく耳につけてるイヤホンから声が。
 ノルンが近づいてきていると。それも、数千の軍で。
 わたしたちは、ゲートから離れた。この声は魔女全員に知れ渡っている。ゲートから離れてノルンを狩る。ゲートは現実世界への入り口だから、なんとしてもそこを守らないと。


 すると、イヤホンからけたましいリュウの声が――。同時に、稲妻が落ちる音と共に、わたしとスズカ先輩、マドカ先輩とシノの間に、閃光な光が走った。
 目も開けられない眩しい光。
 ぎゅと目を瞑り、暫くしてからそっと開けた。恐る恐る目を開くと、信じられないものがわたしたちを裂けていた。
 宇宙空間が割れている。
 真っ二つに。いや違う。
 見えない壁があるのだ。わたしとスズカ先輩、マドカ先輩とシノの間に。
 見えない壁があって、それが割れているように見えるのだ。その壁は、向こうから続いて、彼方まで続いている。
「な、何ですの? これ」
 スズカ先輩が不安にかられ、ペタペタと壁を叩いた。宇宙空間は不思議な場所だ。でも、触っているのに、向こうにいるマドカ先輩たちに触れられない。本当に壁みたいだ。
「これは、魔女具ですね」
 マドカ先輩がポツリと言った。
 どうやら、声は聞こえるようだ。良かった。
「魔女具? どうして……」
 シノが、閃光が現れた方向を指差した。恐る恐るその方向を振り向くと、全身白いタイツを着た人がいた。知性型ノルンだ。ひと目で分かった。
 人の形をしており、そして、天狗の面を頭につけている。
 そして、その知性型ノルンは両の手に結晶のように輝く十字架を持っていた。あれは、魔女具。
「あれは、普段結界をはる魔女具です。殺された魔女の中に、それを持ってた人がいたのでしょう」
 冷静にマドカ先輩が言った。
「知性型ノルンが、魔女具を!? 盗んだ!?」
 わたしは半々パニック。知性型ノルンは、確かに人語を喋るし頭を使って攻撃してくる。だからといって、魔女具を扱えるなんて。あれは、魔女しか扱えないというのに。
「侮れませんわ」
 スズカ先輩がポツリと小さく言った。

 わたしたちは、その結界で別れてしまった。このままだと、挟み撃ちにされる。わたしたちは、結界のはっていないところまで、宇宙空間をひたすらかけめぐった。
 あの魔女具は、頑丈な結界だけど範囲は狭い。やたら魔女具に詳しいマドカ先輩がこう言った。
 あの距離からわたしたちを別れさせたなら、向こうのほうは途切れているに違いない。わたしたちは合流を目標、それと、ノルンを狩ることを目標とした。

 気まずい。スズカ先輩と二人きりだ。
 マドカ先輩はあのほんわかした空気で、騙されたけど、スズカ先輩は辛い。何をすればいいんだ。
「あぁんもう!」
 ビクとした。やはり怒ってらっしゃる。わたしと二人きりになるより、マドカ先輩のほうが良かったよね。
「最悪のルートですわ! 攻撃型ノルンが多い!」
 炎と氷の札を一面に広げ、寄ってくるノルンを対峙している。わたしも足を引っ張らないように、斬っていく。
 確かに。ここは攻撃型ノルンが多い。すでに目の色が赤くなっていて、よってたかって攻撃してくる。
 知性型ノルンがいるて情報あるけど、一切見たことない。むしろ、ここは攻撃型ノルンの住処みたいだ。
「あっちに、知性型ノルンがいるてことですかね?」
 不安にかられ、訊くとスズカ先輩は暫く黙り込んだ。スズカ先輩の荒い息が響いている。
「……集中しなさい。目の前の敵を多くでも狩りますわ」
 強く言った。でもその声は、少し震えていた。心配なんだ。この人も。わたしも心配だ。あっちは魔女具を持った厄介な知性型ノルンがいる。無事でいてくれますように。
「はいっ!!」
 わたしは大きく返事した。 
 寄ってくる攻撃型ノルンは、爪や鋏やら攻撃してくる。でも、頭を使ってくる知性型ノルンと違って、行動が甘い。
 先の先を読んで、わたしたちはノルンを狩って行く。

 わたしたちは荒い呼吸で、疲れ果てていた。通常の倍のノルンを斬っている。斬った感触があとからジワジワと、刃から伝わってきた。
 神殺し。
 その言葉が、脳裏に過ぎると禍々しい黒いものがわたしを襲う。
 頭を振って、思考を戻した。罪悪感に浸ってる場合じゃない。やらきゃ、殺されてた。
「大丈夫大丈夫、心配は何も入らないよ」
 呪文のように心に言い聞かせた。
 深呼吸して、心を落ち着かせる。
 でも、疲れ果てていてもノルンの数は変わらない。むしろ援軍が来て湧いて出てくる。
 ふと、スズカ先輩がいつも持っているバックを見下ろした。腰に巻いているバックだ。そこには、魔女具が入っている。
「スズカ先輩、札……あと何枚ですか?」
 スズカ先輩は暫く黙っていたけど、わたしが無理やりバックの中に手を入れたので、仕方なく教えた。
「炎が四枚、氷が九枚の一三枚」
 この札を使い切ったら、どうなるか、スズカ先輩でも分かっているはず。なのに、さっきからすごい使っていた。わたしの背後とか、わたしを守るために。
「だめです。少し抑えて下さい!」
「誰に命令してますの!」
「スズカ先輩のことを想って言ってます!」
「あなた、調子にのらなくて!?」
 説得してるのに、全然話聞いてくれない。むしろ、けなされている。もし。これがもし、マドカ先輩が言っていたなら、この人は止めていたのだろうか。
 止めていた。  
 マドカ先輩の言うとことは、忠実に守る人だ。わたしじゃだめなんだ。わたしじゃ、この人の胸まで届かない。
 でも、ここにいるのはわたしだけで、わたししかスズカ先輩を止めることができるんだ。
 スズカ先輩の魔女具は、呪文も唱えることもしない。ただ、顔の前に札を掲げるだけで発動する。
 スズカ先輩がノルンの前に札を掲げようとした。残り少ない炎の札で。わたしはそれよりも前に、そのノルンを斬った。
 斬った箇所から、子どもが溢れてくる。わたしは、その子どもも素早く、息をつく間に斬った。
 ひと振り二振りすれば、たちまち聖剣は重くなる。手汗の汗も加えて。
 スズカ先輩はそれを呆然と見ていた。口をあんぐり。さらさらと灰になって消えていく。
「わたし、そんなか弱くないので」
 にこっと笑ってみせた。
 スズカ先輩は、目を見開いて口をあんぐり。
 スズカ先輩に映っているのは、誰かの面影だった。それはよくしっている、あの人の。
「でも、あんた一人戦わせるわけにはいかない! わたくしも負けませんことよ」
 氷の札を出して、辺りを氷を出現させた。近くにやってきたノルンを氷つける。
「でも、勘違いしないでよろしくて、わたくしは未だに認めませんことよ、あなたなんかを、生徒会長の座に!」
 その雰囲気、威勢は健全。
  スズカ先輩らしい。わたしは、胸の前に聖剣を掲げた。古の魔法を唱える。
 足元に魔法陣が出現。聖剣が光、それを持っていた体全身が光にまとった。暖かなひだまり。
 五十本の聖剣を超え、千本に。
 一匹残らず刃を振り落とせ。千本の刃の雨が降り落とされた。
 甲高い悲鳴が轟く。耳を抑えても頭の神経を逆流させる強烈な悲鳴。イヤホンの他に、耳栓も用意しててよかった。
 宇宙を割るような悲鳴は、長く続き、ぷつりと途切れた。
 千本雨を降らせ、動いているノルンはいない。目の色はすぅと透明になり、さらさらと灰になっていく。
 ここにいるのは、もういない。全てが灰になった。ホッとした束の間、わたしたちの前に新たな強敵が現れた。
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