約束のパンドラ

ハコニワ

文字の大きさ
23 / 51
Ⅳ 王政復古 

第23話 南へ

しおりを挟む
 白装束の人たちが一度きたが、くるりと踵を返した。後ろに謎の少女が立っている。それは待ち望んだ姿。白装束たちは立ち去ってかわりに、彼女だけが近づいてくる。
「明保野さん!」
「あーちゃん! 良かったぁ、あのまま目覚めないのかと思ったぁ」
 僕とせいらが駆け寄る。彼女こと、明保野さん。明保野さんはどこから借りてきたのか目立たない平凡な黒いマントを羽織って深々とフードを被っている。白い肌がより一層際だっている。
 明保野さんはずっと眠ってて、あれかれもう起きないのかと、もう半分諦めかけていた。でも自分で起きてきた。そして久しぶりに聞く透き通ったか弱い声。彼女が立って、喋っているだけだそれだけで感極まる。
「みんな、ありがとう」
 ふっと笑った。元気な頃を思い出す。すると出雲くんが異変を感じ「あれ?」と口ずさむ。
「もしかして、北区の……」
「そうです。北区の守人です」
 明保野さんは出雲くんに顔を向けた。さっきまでの穏やかな表情はどこへやら堅い表情になった。まるで覚悟を決めた顔。出雲くんは自分ちで匿っていた子がまさか、北区の守人だったとは初めて知り驚愕して立ち尽くす。
「わたしは守人。この騒動、わたしが治める。みんなは南へ行くんでしょ? もう南の守人に手配している。この騒動でどこの区の境界も緩いから、南の守人が案内してくれるはず」 
 明保野さんは的確に強く言った。
「明保野さんは?」
 僕は無意識に聞いた。
「わたしはここの守人だからここに残る。言ったでしょ、この騒動を治めるって、ほら、早く南へ行きなさい」
 明保野さんは南の方角を指差した。黒いマントを脱ぐ。中に着ていたのは巫女服。白い肌に白い白衣はよく似合う。長めの髪の毛を頭の上で一つにし、まとめた髪の毛に白と赤のリボンが巻きついている。見たことのない姿で一同は声が出ない。
 路地裏が薄暗くても彼女だけが神々しく光っている。まるで照明のスポットライトを当てられた女優のようだ。
 観客席から劇の上まで歩く女優のようなピシッと整った姿勢に顔たち。北区の守人といって貴族よりも階級が上じゃない。でも守人に誰も逆らえないのは事実。
 明保野さんがなんとかしてくれる、僕らは期待と希望に満ちて南へ向かった。くるりと踵を返したときボソリと呟いた声が聞こえた。 
「ごめんね。一緒に行けなくて。守人は離れちゃいけないから」
 僕は何も言えなくてそのまま立ち去った。明保野さんはみんなの足音が消えゆくまでその場にいた。


§


 空に宇宙船が1機飛んでいた。帰る意思を持った人たち。高層ビル建物と同じ高さのところで止まっている。空中で微動だにしない。
「今十二安平が動いているから、止められたんだろうね」
「また捕まったのかよ」
 嵐がチッと舌打ちした。あの人たちのことも心配しているがここは、南へ向かい王政復古したほうが僕らの有意義だ。捕まった人たちは今度こそ処刑に処されるかもしれない。それは大丈夫だと保証された。北区の守人が帰ってきたのだから。
「明保野さんは――」
「あの、守人様の名前〝明保野〟ていうの? 初めて知った」
 出雲くんは顔を真っ青にさせて呟いた。息切れのせいか声はあまり届かない。これまで走っては走り尽して限界突破を迎えでなお捕まって、大衆の目に晒され、それでもまた走っている。彼はエデン出身だ。それなのにこんな目に合うなんて。
「出雲くん、引き返すならいまだよ」
 僕は出雲くんの隣に駆け寄り、共に走った。出雲くんはゼェハァと重苦しい息切れをし今にでも倒れそう。焦点が合わなかった目が徐々に僕に向けてきた。出雲くんは立ち止まって、膝に手をついて肩で深呼吸する。
「なにそれ」
 ゼェハァと辛そうにしていたが口調は鋭かった。腕でゴシゴシと額の汗を拭く。涙目だったのが少しきつくなった。
「僕は確かに足手まといかもしれないけど、ここまで来たんだ。最後まで抗う」
「そうだな」
 嵐がうんうんと頷く。僕は出雲くんに対して〝足手まとい〟なんて言った覚えはない。でも言葉は違ってもそう受け止められたなら、すぐに謝った。出雲くんは素知らぬ顔して前を走る。フラフラだった足取りが少しだけ、真っ直ぐになる。
 明保野さんが南の守人に手配していると聞いたけど、一体どんな人か。 
「ねぇ、南の守人て一体どんな人かな?」
 出雲くんに聞いてみると出雲くんは少したじろいた。
「直接お会いしたことはない。一番階級高い貴族たちでも中々お会いすることないんじゃないかな? だから、どんな人かて聞かれても……あ、あそこ見て、橋があるでしょ? あの橋を渡れば南の区域」
 前方には長い橋が。
 見たことない煉瓦製で、真新しい白色の通路。橋の下は赤い海だった。血を連想させる真っ赤な海だ。橋の前には大きな鉄格子が。門番がいる。その門番もロボットなので現在動いていない。
 でもあの橋を渡るためには鉄格子を開かないと。鉄格子の前にたどり着き、周囲を探索してみた。どこかに開けるためのレバーがないか探すも地面は煉瓦で、他に建物や置物などもない。
  冷たい鉄格子の奥をじっと眺めた。橋が長くて少し遠くに、オレンジ色の灯火が点々とちらばって束になっている街並み。夜であれば絶景だな。鉄格子を揺さぶってみるもびくともしない。
「どうやったらあっちにいけるの?」
 せいらが深いため息ついた。
「どうせ南の守人が来てくれんだろ?」
 嵐は諦めその場でしゃがみこんだ。ロボットもいないから脱力しきっている。出雲くんも疲れてアスファルトの上で倒れている。ヒュウ、と冷たい風が空気に靡く。赤い海の潮が風によって運ばれてきた。息が詰まるほどの淀んだ臭い。海ていうのはもっと潮の香りがすると思った。なんだこの、悪臭は。街中にいたときはそれほど臭わなかったのに、ここに来たらとたんに臭いがキツくなってきた。

 風が吹くたびにその臭いで胸焼けしそう。すると、向こう側から人影が見えた。シャラン、と鈴の音が響き渡る。
 人影は複数。先頭に立っているのは明保野さんと同じように巫女服を着ていた。その後ろには白装束を着た黒髪の女性たちが。大きな鈴を持って鳴らしている。
 先頭の女性が立ち止まった。僕らはびっくりして固まったまま、後ろにいた女性たちが「早く立て」と言わんばかりに鈴を大きく鳴らす。出雲くんはシャッキと飛び跳ねるように起き、僕とせいらは嵐を無理やり起き上がらせる。

 僕らは一列になって鉄格子の奥にいる女性たちに向かって深々と礼をした。あんなに苦戦していた鉄格子の柵が左右に開いていくではないか。門は開き、隔たりもなくなると、途端に女性が妖艶で艶めかしく、美しい人だと理解する。こんな絶世の美女は見たことない。目に入れても痛くない。
 かち、と女性と目があった。オロオロと視線がどことなく泳ぐ。女性がにこりと笑った。
「ようこそ。南へ。北の守人から聞いてます。さぁ、こちらへ」
 神経まで落ち着かせる柔らかな声。
 見た目は僕らより少し上ぽい。大人な女性。華奢で丸みの帯びたシルエット。でも出るところは出てて白衣がはちきれそう。体のラインが分かる巫女服だ。
 あんまりジロジロ見てたら変態扱いされるかも。プイと視線を逸らした。うわ、嫌な奴だって思われたかも。

 女性が手招きして、僕らは恐る恐る南区域へ足を一歩浸かる。憎たらしいほど眺めていた鉄格子の奥の場所を僕らは歩いている。大きな橋で複数で広がっていても、間がある。
 先頭を歩いているのは南の守人。その後ろに白装束を着た女性たちで、その後をついていく。迂闊に話せない。シャランと鈴の音が鳴り続け、話しかけるな、という雰囲気みたいだな。
 女性たとの後ろを大人しくついて歩き、やがて、南の区域にたどり着いた。遠くから見えた景色と違って、間近でみたほうが迫力がある。オレンジ色の灯火があっちこっちに咲いており、空が黄昏時だからか余計に幻想的な風景に。

 歪な形で建てられた建物はどれも店で、狭苦しい階段を行ったり来たりしている人たち。大人たちが子供のようにはしゃぎまわっている。どこかしこも、活気あふれる活き活きとした声が響きわたっている。
 南の守人が近くを通ると、すんなりと道を開けてくれる。それまで賑わっていた繁華街がしん、と静まり返る。
 まるで冬のような凍てつく静けさ。当たる視線が痛い。大人しくて大和撫子風の守人に対して、繁華街に似つかわしくない。場違い感。かなり浮いている。すると、急に方向転換した。繁華街を突き抜けるのかと思いきや歪な形のトンネルをくぐる。赤い提灯が灯火となって、足元を照らしている。それまで明るいオレンジ色の景色が赤になると、目がパチパチする。

 何処まで行くのだろうか。付いていくしかできないから余計に怖い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...