約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅳ 王政復古 

第25話 絶対とは

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「皆さんすみません。坊ちゃんが」
 執事の男性が言った。少年の態度の悪さで僕らがカンカンに怒っているのを彼はいつも寂しそうに謝っているのか。
「一年前、先代……坊ちゃんのお父様が亡くなられて坊ちゃんは僅か十一歳で王となられた方です。まだ戸惑いもあり慣れないばかりで、あなた方がきてさらに困惑したのでしょう。あまり責めないでください」
 お願いします、と言って頭を下げた。ここまでされたら僕らもう何も言えない。
「今日はここまでにしましょうか」
 守人が優しく言った。帰ると聞いて執事の男性は顔を上げて廊下に繋がる戸を開けた。守人はすっと立ち上がって足音も立てずに廊下に出た。じっと廊下の奥を眺め、くすりと嗤った。一体何を見たのか。
 僕らもこの家から出た。家から出てどっと走っていた緊張の糸がほぐれる。出雲くんは特に緊張していて玄関を通り抜けるとバタリと倒れた。
 顔は真っ青で服もビチョビチョ。そういえばこの一日走って捕まって、また走っての繰り返しだったな。色々と疲れたんだ。
「おや、大丈夫ですか?」  
 守人が駆け寄ってきた。おっぱいが、おっぱいがブルンブルン揺れた。白い白衣だから余計にそこに目が行く。ばっと顔を逸した。同じように見ていた嵐が「すげぇ」とぼやいた。せいらがグーパンで御見舞。そのあと僕も殴られた。顔そらしたのに。鼻血が出るほど痛い。
「なぜ」
「見てたのバレバレよ」
 男二人を殴った拳をボキボキ言わせて、守人を守るように前に立つ。僕と嵐はクリーンヒットした拳の痛さに悶て芋虫のように丸くなる。それを見ていた守人はくすくす笑った。何処にそんな面白ポイントがあるのか。 
「宿がないでしょう。こちらへいらして」
 守人は手招きした。もうすっかり日はくれて、ペンキを溢したように真っ黒な空が天に塗ってある。風がひゅう、と冷たく吹いて早く宿を探さないと大量に流した汗の体のままじゃ、風邪をひく。
 出雲くんを抱えて再び案内される。赤い提灯のトンネルは潜らない。トンネルの前にあった繁華街よりここは静かででも、明るい提灯がポツンポツンと浮いている。
 守人が案内してくれた場所は、北区でも一度見たあの宮殿だ。
「ここは南区域のわたくしの宮殿です。北区の宮殿と変わらないですよ」
 確かに変わらない。宮殿というよりビルの形。でも中を拝見すれば宮殿のような構造。赤い絨毯も変わらないな。
「彼は彼女たちに任せて、さぁ、疲れたでしょう。お休みください」
 後ろに背負っていた出雲くんをするりと奪われた。非力そうな女性たちが群がって、彼を抱える。僕でも重いと感じたんだ。女性なら数人がかりだ。守人はこちらへ、と誘うように手招きした。嵐たちはもうすっかり、守人に甘えてスタスタと歩を進めていく。守人に案内された場所は大きな部屋に大きな、三角のベット。
 目を疑った。自分がまるで小さくなったと思わざるおえないほど大きな部屋。壁には絵画や明るい提灯。天井はさらに無数の提灯が束になって灯火あっていた。そして、フカフカのベット。
「御伽話みたい」
 せいらが口にした。
 だらしなく口を開け、天井や部屋をキョロキョロする。誰もが思った。そうだ。童話に出てきそうなお洒落な場所。
「ふふふ。気に入ってよかった。姫様はここで、殿方は隣です」
 僕らが立ち尽くすほど気に入ったと解釈し、満足げな笑顔。姫様、と呼ぶのはもしかしてせいらのことを言っているのか。せいらめ初めて姫呼びされて困惑して自分で自分を指差す。
「えぇ。姫、でしょう?」
 こてん、と首を傾げる守人。まるで、当たり前みたいに疑いのない。さぁ、と血の気がひいた。もしここで「姫じゃないです」なんて答えたら門出。ここは場にあった答えを言わないと。
「あ、あ~姫! そう! 姫なんですよ~」
 せいらはあははと笑った。本人は完璧に言ってると思ってるけど声が上ずっているし汗がすごい。走っていないのに、突然汗が出てきた。挙動が明るみに出てる。こんな下手くそな演技で誤魔化せるか、不安だったものの守人はニコリと笑っている。これは、セーフ。かな。
 せいらを一人残して僕らは隣の部屋へと案内された。隣の部屋と全くの同じ。男二人が同じでも窮屈ではない。嵐はフカフカのベットに倒れた。それからゴロゴロと転がる。なんのシワもなかった真っ白いシーツをシワだらけにしていく。まだ誰も歩いていない雪の大地を踏み荒らしているのと同じだ。でも僕もその一人だ。
 嵐が楽しそうにやっているから僕もフカフカのベットにジャンプした。二回、三回ボヨンボヨンと揺れた。なんだこの感触は! ずっと埋まっていたい。うつ伏せで揺れるのを堪能している内に守人が部屋からいなくなっていたことに気がついた。慌てて立ち上がって廊下に出た。
 守人は廊下の端を歩いていた。付人がいない。姿勢よく、赤い袴がずり落ちないためにスッスッと歩いている。
「守人様!」
 僕は呼び止めた。廊下中にその声がこだまする。守人は足を止めてくるりと振り向いた。
「なんでしょう? 何か要求したいならあの子たちが」
「用があるのは守人様です」
 僕は少し距離をおいて話しかけた。守人は用があるのは自分だと言われて少し首を傾げる。
「はい何でしょう?」
 妖艶で決して隙をみせない飄々とした笑顔。
 付人がいないと話しかけちゃいけない高貴な存在。周りは誰もいない。それにこれは、本人に目の前で聞いて本人の口から聞きたい。
「守人がひと柱とはどういうことですか? それで明保野さんは苦しんでいた。僕は彼女と約束したんだ。助ける、て。その前に守人について詳しく理解しなきゃ」
 いつの間にか早口で言っていた。 
 テンパったせいで伝わらなかったのか、守人はキョトンとしていた。じっと僕の目を見る。あれ、この顔初めて見た。
「……エデンには先住民がかつて住んでいました。ソレから守るために我々守人が結界を貼っているのです。誰にでもできないことだから〝ひと柱〟と呼ばれているのです」
 静かに言った。
 その声はやたら落ち着いていて〝ひと柱〟と呼ばれてもなおそれが自然で当たり前の風体。高貴な存在が何故〝ひと柱〟なんか呼ばれるのかそもそも分からない。
「守人は本来四人で繋がっています。北の守人はふふふ、何処かに行きましたけど、守人は必ず・・四人じゃなきゃいけません。その責務から逃れることは残念ながら、わたくしにも分かりません」
 頭を振った。その言葉にどうしても引っかかることがあった。
「必ず?」
 オウム返しに訊く。
「えぇ必ず」
「なぜ?」
「なぜ? それは…………………………わ」


「ちょっと‼」
   
 守人の口から何かを言おうとした瞬間、怒声が廊下に響きわたった。声のほうを振り向くと廊下にたくさんの白衣の人たちが集まっていた。出雲くんを囲んでいる。何やら盗み食いをしてそれで捕まっている。付人なしで守人に話しかけた僕に対して怒られたと思ったけど、良かった。あの方角から僕らの姿は見えない。ここは一旦話を止めて僕は部屋に戻った。彼女はお風呂の場所とか食堂の場所を教えてくれた。
 部屋に戻った僕に嵐は半裸で出迎えた。シャワーを浴びてきたんだろう。赤毛の髪の毛からポタポタと雫が垂れて、床面に滴り落ちている。
「外騒がしいけどなんかあった?」
 ワシャワシャと頭をかいた。
「なんか、出雲くんが盗み食いしたらしい」
 くすくす笑って言う。嵐はへっと鼻で笑った。僕もずっとシャワー浴びたかったんだよな。汗臭いし。
「僕も行ってこよ」
 シャワールームへ足を運ぶとぽつりと嵐が何か言った。何? と聞いて振り向くと嵐は首を項垂れた状態でベットに沈むように座っていた。
「太陽は、今まで10年間どうやって過ごしていたんだろうな」
 その声はかすれていて、普段の荒ぽさがどこへやら。頭にはタオルが垂れ下がっているせいで、表情は読み取れない。未だに水滴が滴り落ちてベットのシーツを濡らしている。なんて答えたらいいのかわからないかった。黙っていると嵐は話を続けた。
「……嵐はオレたちと再会するのは嬉しくなかったかもしれない。ここに残っても、あいつはオレたちと再会してくれるだろうか」
 深く沈んだ声。
 空気も冷たく重たい。あの鉄格子で再会したとき、太陽は嬉しい表情なんて微塵もしていなかった。鉄格子の奥から僕らを眺めるあの眼差しは今でも覚えている。ひどく冷たい目だった。
 ここに残っても太陽は僕たちを歓迎していない。それなのに、期待している僕たちがいる。これも、なんて答えたらいいのか分からずに口を閉ざしていた。何かしないとこの空気に押しつぶされそうだ。腰を曲げて座っている嵐の背中をぽんと小さく叩いた。それからシャワールームへと向かった。

 そういえば、守人は何を言おうとしていたんだろう。
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