約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅴ 東の地 

第33話 海

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 東の地へいざ出航だ。見送りはせいらと出雲くんと明保野さん。北区で船を出させてもらった。
「気おつけて」
「うん」
 明保野さんが船に飛び乗った僕らを心配そうに見下ろす。
「そんな責任重大な役、立派に勤めてください!」
 出雲くんが敬礼を構えた。
「おうよ。帰ったら肉よろしくな!」
 嵐が同じく敬礼する。帰ったら楽しみだ。良太とせいらは睨み合っている。よくもやってくれたな、という一触即発の空気。静かに睨み合って火花がバチバチ散っている。太陽が間に入ってくれるからまだいいけど。それでも何か言っている。
「そろそろ時間だよ」
 明保野さんが声をかけたので、その勝負は引き分けに。船が出航する。四人分が乗れるちょっと大きめの船だ。漁船と似ている。船がガタガタ揺れ、赤い海の上を泳いでいく。
「頑張れよー!」
 せいらが大きく手を振っている。こっちも大きく手を振る。その横で出雲くんがずっと敬礼をしていた。悲しい顔で。その隣の明保野さんは小さく手を振っていた。巫女服の裾が上がらないようにもう片方の手で裾を持って小さか手を振っている。最後まで笑ってなかったな。明保野さんの姿を小さくなるまで眺める。
「うぇ~不気味だな。赤い海」
 嵐が船の下を見下ろす。
 冷たい潮風。早朝の太陽の光が海面に反射して光の粒が顔に当たる。眩しい。
「あんまり下見てると酔うよー」
 太陽が奥の室内からひょっこり顔を出して言う。言われた途端に嵐は顔色を悪くして「うぇ」と口を手で覆った。
「男四人て花ねぇな」
 操舵をしながら良太が呟いた。大声で愚痴のように言う。
「女子といえばせいらと明保野さんしかいないよ」
「そうだった」
 みんなが暗く顔を落とす。まだ東の地にも到着してないのに疲れきった表情。男四人なせいで雰囲気が暗い。太陽がそれを察してか、その雰囲気を壊すかのように手をパンと叩いた。
「島に到着してからの話をしよう!」
 太陽のいる室内に一度入る。室内の中は机と椅子と一床。机の上に地図を広げる。エデンの地図ではなく、東だけ切り取った島の地図だ。エデン全体の地図から見れば小さな孤島がこうしてみると大きな面積となる。
「船が到着するのはこっち。この石像が建っている場所にしよう。目印になる。東の守人がどこに居るのか誰彼当たってみても皆分からないらしい。辺りは深淵の森が覆ってて、一軒家さえも見つからない。かつてこの地を調べた人たちは海沿いから調べ、除々に中の方へ探ってみたんだ」
 太陽は淡々と話す。島の海沿いを指でなぞる。
「どこにいるのか分からないやつを探すのかよ。ポストに入れときゃ終わりかと思ったのに」
 嵐が椅子に座ってだらんと垂れた。操舵している良太はそれを見て「そんな簡単なら大掛かりじゃねぇだろ」と言う。

 見送るときせいらと出雲くんと明保野さん。でも正確に言えば王宮に仕えていた人たちが何人もそばにいた。ざっとその数は二百近い。見送るだけにそんな数必要ないのに。お経を唱える婦人もいた。まるで戦地に行く兵士の雰囲気だった。
「要するに巫女服着た女探せばいいんだろ?」
 良太が海を見つめながら太陽に聞く。
「うん。守人様の服は決まって巫女服だ。守人様がどうして巫女服着ているか、西の守人様に一回だけ聞いたことあるんだけど、その理由は『一刻も早く穢れを落とすため』だって。みんな、エデンについて詳しく知らないだろうから、この際言っとく」
 太陽の次の言葉にみんな固唾をのむ。エデンについて知らないものばかりで、今だって未知の境界に踏み入れようとしている。エデンの情報がなしに等しい。どんな情報だって取り入れたい。太陽は目を鋭くして顔を上げる。
「エデンには先住民が住んでいた。でもエデンのかつての人がそれを追い出し、街を築き上げた。その先住民は守人様が貼ってくれる結界の外側に寄せ集めて今も俺たちを恨んで暮らしている。守人様はそれらを守るために存在している。東は、結界が強固なのは、その先住民の境界が近いからだ。一歩でも違う行動を取るとその先住民に殺される」
 その場の空気が冷たく凍えた冬になった。熱くもないのに、汗がツゥと伝う。守人という立場、そしてその役割がなんとなく分かった。守人がどうして逃げられないのかも。


 守人の役割が先住民からエデンを守るため。その穢れは先住民か、昔の記憶か。
「島に到着したら、テントを張ったほうがいい」
 良太が海を見ながら言った。
 良太は機械に詳しかったりこの操舵だったり、同い年なのに経験してきたものが歳と比例しない。素行は悪いが割と聡明な部分がある。
「そうだね。探すよりもまず、明日の生活源のことだね」
 太陽が真剣な顔から飄々とした顔つきになった。時折、船が大きく揺れる。海の波が荒々しくなってきた証拠だ。窓の外から見える海面はフレーズが小さく、もっと大きな画面で見たいがために、僕は室内から出て、海を眺める。
 赤い海は荒れていた。まるで嵐のように雲は分厚く太陽の光を閉ざし、大きく水しぶきが飛んでくる。朝見た穏やかな波の景色と違う。まるで、海に誰かが入ってきたという報せを聞いて、意図的に荒らしくきているような。
 雲は黒く、海面も毒々しいほど赤黒い。まるで血のようだ。
「こりゃひでぇな」
 嵐が同じようにひょっこり顔を出してげっ、と舌打ちしながら言った。水しぶきが体や顔に当たって痛い。つららが当たっているかのようだ。さっき体がヒヤ、てしたから余計に冷たい。
「早く入れ。もうびしょ濡れじゃねぇか!」
 嵐がぐい、と腕を取って室内に引き戻される。僕も嵐もびっしり濡れた。嵐は顔しか出してないのに、顔と上半身が濡れている。太陽がそっと厚めのタオルを差し出してくれて、それで拭く。
「予想通り」
 太陽が窓の外の海を見て真剣な面持ちで呟いた。舵をしてくれる良太は「クソ」と言いながら操作している。水しぶきが何度も何度も窓ガラスに当たっては弾けている。ただてさえ波が荒れて視界を遮るそれは邪魔でしかない。

 交代で操舵をやることにした。
 流石に良太一人で任せきりはしない。漂流してからだいぶ経つ。そろそろ島に着いてもいい頃合いなのに、島の姿が全然見えない。荒れ狂う波のせいで押し流されてるのでは。
「太陽、島が全然見えないんだけど」
 舵を取りながら太陽に聞く。
 良太と嵐は荒れ狂う波のせいで船が揺れ、現在船酔い中。硬い椅子をくっつけてそこで横になっている。太陽はそんな二人をよそにぴんぴんしている。
「朝の四時に出て、今八時前。確かにちょっと難航してるかも」
 太陽は僕の隣に立って、窓の外を怪訝な顔で眺める。
「どうすればいい? 指定されたスピードを一定しても着かないなら、上げていい?」
 早口で訊く。中々着かないことに僕含め若干苛立ちと焦燥が混じっている。指定されたスピードのままではこの空気が長く続く。雰囲気が最悪になる。それに体調面のことも考えないと。
「うん。あげよう」
 太陽もそのことを察してか承諾してくれた。
 太陽がそう言ってくれることで実行できる。船のスピードを上げ、さらに船が大きく揺れた。寝ていた二人が「おぇ」と無視を潰した声が。

 流石にスピードアップはきつかった。なんせ、船が大きく揺れ荒波に巻き込まれるところだったのだから。すぐに指定されたスピードに戻す。やっぱり地道に進むしかないか。がっかりしていると、隣に立ったままの太陽が、これもまた無感情で海を眺めながら訊いてきた。
「守人様と仲いいんだね」
 無感情だから何考えているか分からない。ただでさえ普段から飄々としているのだから、余計に質が悪い。
「太陽はここに十年いて守人様と一度や二度会ってるんじゃない? ほら、さっき、西の守人様の名前がでたから」
 海と太陽の顔を交互に見張る。
「別に。西は仕事で行ったきりでそれだけさ。特に仲いい関係じゃない。でもその特別の中に誰だって入りたい。空て、すごいね」
 唐突の褒められてすっとキョンな声が上がる。太陽はまるで、母のような慈しむ表情で僕の顔をじっと見る。その顔は十年前と変わらない。僕と嵐のやり取りを見ていたかつての目だ。思わずドキとした。
「その特別な中に空はいるんだよ。さっきだって北の守人様が見送りしてたでしょ? ほんと、見たことない表情でさ。空なら大丈夫! 振られることはないさ!」
 ガッツを送られてきた。ますますわからなくてはてなマークが増えるのみ。
「生きて帰ろうね。お互い」
 太陽は真剣な顔でそう言って締めたので、僕も答える。
「当然」
 もう一度顔を窓の外に向けると霧の中で大きな黒い山が見えてきた。それは徐々に形をなしてきて、それが陸地のものだと判断する。
「見えた! あれが東の地」
 僕が叫ぶと二人はよろよろと起きてきて、安堵した空気が流れる。

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