この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第103話 冬青の過去④

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 実験一号が自らの炎で死んだのは、五回。コントロールができなかったのは八回。実験に実験を重ねて、ようやくまともな〝人間〟をつくりだした。

 クローンのこいつらは、生きている原動力、心臓が赤い核で出きている。微生物を固めて出来たもの。この核をたちまち破壊されると死ぬだろう。なんと、花のように儚いのか。
「ユーストマは、これから希望だね」
 牡丹さんが明るく言った。
 ユーストマは、花の名前だ。幼少期歩果姉さんに散々教えられたから、知っている。そのユーストマが何だろう。

 実験一号の体に入れた花の名前らしい。そういえば、自分で入れてすっかり忘れてた。そうだ。一号の体に入れたのは「ユーストマ」という花だ。確か、花言葉は「希望」

 かつて自分が悪魔につけた花言葉と一緒だ。
 牡丹さんは実験が成功したことに、一緒に笑ってくれた。この人には感謝してもしきれない。一族のことも知らないのに、ここまで付き合ってくれて。
「歩果がいたら、何言うだろうね。『クローンなんて、反対反対!』て言うかもね」
 気さくにフフと笑った。
 歩果姉さんがいたら、確かにそんなことを言いそう。でも妹のためならばと協力はしてくれそう。

 クローンの名前は、花の名前にした。牡丹さんがそう提案してきたのだ。そうすれば、一族の人間の名前なんて、呼ぶこともないから。

 茂兄の治癒のおかげで、歩果姉さんのケアのほうは順調だった。相変わらず、自分一人では動けることはできなくても、こちらの問いかけには答えてくれる。今の所、「うん」しか言えないけど、こちらのことを認識してる。

 数年後になれば、意思疎通も出来て、少しずつだけど動けることも出来る。助けられなかった罪滅ぼしに、歩果姉さんの運命はそうした。

 そんな明るい未来を見届ける前に、ワシの婚約が決まった。時期も視たときと同じ。高校卒業後すぐに。
 実験室をだいぶ空けるが、牡丹さんと茂兄さんがついている。そして、ワシは叔母さんのところに嫁いだ。
 旦那さんは、叔母さんと似て意地悪だった。兄が死ぬのも無理はない。毎日孕まされ蔑まれる毎日。
 来たるその日までワシは我慢した。
 旦那さんの間に五人の子どもができた。みな、叔母さんの血を引き継いで優秀で意地悪で、炎と氷が連携したパワフルな子どもたちだった。

 しかし、ワシのように因果を操る子どもは生まれなかった。叔母さんたちは、なんの為にお前を嫁にしたと思う、と怒鳴り散らした。
 ワシのような能力の子どもが欲しかったのに、ちっとも生まれない。それは、絶対に生まれないだろう。

 因果律操作はこの世で二人もいらない。いれば、運命がたちまち崩壊するから。ワシのような子どもは生まれない。
 そんなことつゆ知らず、叔母さんたちは孕むまで孕まされた。

 そんな日々を送るにつれ、その日が遂に来た。待ちわびた日だ。叔母さんと叔母さんの世話係含む、料理人は旅行で一週間家を空け、この日は誰一人家にはいなかった。
 旦那さんとワシしか。

 絶好の機会だ。この日を待っていたのだ。
 旦那さんを寝室に呼び出した。旦那さんは夜の営みだと勘違いし、シャワーにぬくぬくと入って深夜の時間帯に寝室にやってきた。

 ワシは、背後からバットで殴り、失神させた。布団に寝か、動けないように両手両足、胸にもベルトで拘束した。旦那さんが気づいたのは、割と早かった。
「何をしてる! こんなこと、ただで済むと思ってんのか!!」
「このときを待ってた。叔母さんも使用人たちもいない日、しかも、この時間帯、絶好の瞬間だ」
 旦那さんは、眉間にシワをよせ何を言ってると怒鳴った。
「旦那さんには、今から実験台になってもらいます」
 懐から手術に使われるメスを取り出した。旦那さんの顔色が青くなる。
「そんな顔しないで。血が不味くなる」
 そのときの表情は、一体どんなだったのか想像できない。いつも怒鳴り散らす旦那さんの口がプルプルと震えていたから、よほど恐ろしい顔だったのでしょう。

 この日のために、綺麗に研いできたメスはキラリと銀色に輝いている。メスを体に刻む前に、旦那さんには実験の理由を特別に教えた。

「私思うんです。次世代のために子どもには偉い能力を引き継がせるのに、個人に能力欲しいとは思わないのかなって。だって、能力二つとか、すごくない? 素直に。みんな多々の能力持ちたいはず。その方法は、性行為じゃなくて血を飲むことで譲渡できると思うの。多分、おさとか幹部とか気付いているけど、やらないだけ。怖いから。でも私はやる。数千年後、みんなの仇をとるから、力がいるの。この能力だけじゃ倒せないから」
 お腹にメスをいれた。
 先端を入れたところからプクと赤い玉が流れる。つう、と赤い液体がお腹から流れた。
 これが血。赤くて、ドロドロとして、温かい。
 お腹に顔を埋め、ぺろりと舐めてみた。鉄臭い。やっぱり薄汚い男だからだろうか。いや、相手を選んでる場合じゃない。

 飲んだものの、旦那さんの能力は体に出なかった。
「おかしいな。時間制? 摂取量?」
 ワシは、メスを置いて細長いチューブを持ってきた。開いた肉弁にチューブを突っ込む。男が叫んだ。ジタバタと暴れ、額にかいた脂汗が飛沫する。
「そんなに叫んでも助けはこないよ。だって、近隣さんは奥様と一緒に旅行中だし。助かる道は、死ぬだけだよ」
 チューブが血を吸い取り、伸びた先にはお風呂の湯船。湯船でその血を集めた。男の呼吸がだんだんと遠のいていく。まだ数分も経っていないのに、死ぬのが早いなぁ。

 でも、湯船を見れば腰まで浸かる血風呂になってて、立派だと改めた。
 虫のようになっていく旦那さんにワシは、明るい口調で語り続けた。
「この実験、茂兄と牡丹さんに言ってないの。言ったら絶対止めるから。大丈夫。旦那さんが死んでもすぐに奥様に会わせるから。それに、旦那さんは死んでも私の中で流れていくから、心配しないで、あと、ユーストマ……実験一号は青い炎を操るんだけど、私の血を飲ませたらどうなるんだろ。混合して赤い炎になるのかな? どうなると思う?――」

 振り向くと屍が横たわってた。
 目をカッと見開いてて、青い肌になった男。宇宙人みたい。
 真っ白な布団には、男の脂汗と生ぬるい血で色が変わり真っ黒に。死後、体が緩み下半身のも緩んだせいで、大量の失禁があとを追って、色を変えさせた。酷く臭う。血とアンモニアの臭い。


 鼻をおさえ、湯船の中を覗いた。胸が浸かる血風呂だった。真紅に輝いてた。グレープジュースみたい。
 溜まったものをコップですくった。コップ一杯分を一気に飲んだ。流石に噎せた。鉛のような味で美味しくない。けど、全ては悪魔を討つため。意を決して、最後まで飲み干した。体をくまなく見てみる。まだ能力は出ない。
 
 二杯目を飲んだ。すると、体がボっと炎に包まれた。赤い炎。旦那さんの能力だ。自分自身ではない能力にコントロールは難しい。ので、三杯目を飲んでみた。
 コントロールが効く。自分の能力のように炎がワシの言うことをきいた。かつ、旦那さんを上回る火力だ。実験成功。成功以上だ。

 一族の血を飲めば譲渡できる、ワシは大きなものを発見した。
 悪魔を討つため、悪魔みたいになっていることにワシは気づいていない。

 遺体を処理し、叔母さんが帰って来る前に臭いや血を拭った。叔母さんがこの家に帰って来る前に朗報を聞かされるかもしれないが、大丈夫。すぐに息子に会わせるから。
 でも、遺体の処理て面倒くさいんだよね。重いし臭いし汚れるし。
 遺体をこの世から消せる、あるいは飛ばせる能力者はいなかったか、昔の記憶を掘り探ってみた。

 瞼の裏に蘇る親族会議で集まった一同の顔ぶれ。幼い頃から今。
 見つけた。
 遺体を簡単に処理できる能力者はいなかった。だが、それに似た候補が見つかった。精神を操って人を欺けることができる精神の能力者と、土を手で掘ることも簡単にする大地の能力者を見つけた。

 すぐにその能力をワシのものにしよう。
 叔母さんが帰って来る前に二つの能力を手に入れれば、あとの処理は簡単になる。でも、そうすれば遺体が三つになってさらに難しくなる。

 もっと楽な方法があるのでは。
 そうだ。長の血だ。あの老いぼれは【全知全能】炎も氷も、大地も重力も全て自分の能力。あの老いぼれの血だけ飲めば、時間を止めることも、空間を支配することも簡単。無駄な死体は増やさない。
 それに、長には歩果姉さんをあんなふうにした罪があるしね。
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