この虚空の地で

ハコニワ

文字の大きさ
上 下
105 / 126
Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第105話 出発

しおりを挟む
 アルカ理事長の話しは、最初から最後まで耳を疑った。まさか、理事長にそんな血みどろな過去を持っていたとは。かつて、アルカ理事長がさらりと教えてくれたのを思い出した。
 命を作り、島をつくったと、本当に本当にこの人が全てつくったのだ。この人がどんなものにも変身できたりするのは、その血を取り繕ったから。でもきになることがある。
 聞きたいことが山ほどだ。でもまず聞きたかったのは、本物の歩果お姉さんのことだ。
 一族に酷いことをされ、廃人になったその人は最後の最後まで生き残った。そして、最後は理事長に看取られた。当然クローンをつくっているはず。
 けど意外なことに、理事長はお姉さんのクローンをつくっていない。
「姉さんは、この世でたった一人だからな」
 と切なく言った。
 他にも聞きたいことがある。過去の話しと今回の件、繋がりがあるのだろうか。それと悪魔を討つため、と何度も語っているが、そんなことが出来るのだろうか。
 アルカ理事長は、ムッとした面持ちに変わった。頬袋をリスのように膨らませた。憐れむ眼差しを向けられる。
「この話を聞いてまだ分からぬか。頭のキレが悪いのぉ」
 言葉がチクリと刺さった。
 確かに頭は悪いけど、過去の話しと今回の件何処にも繋がらないだろ。分からん。
 アルカ理事長は、分かりやすく丁寧に教えた。仕方ない、とため息ついて。
「つまり、お主らはワシがつくったものであの二期生らも当然ワシが生みの親じゃ。ワシは、これでも母親じゃ。余計なものは教えなくてな、〝終末の書〟は悪魔を討つための書で、あ奴らは知らないはず。なのに、あ奴らはそれを求めてきた。あの少女の言うとおり、ユーコミスという男は律儀な奴でな、普通はこんな事をしないのじゃ。間違いなく裏で糸をひいてる奴がおる。その黒幕が悪魔なのじゃ。あの男の心を操ってるのじゃろ。そして、悪魔には呪怨が効かないのは、〝あの夜〟で知ってるじゃろ? 少女の呪怨が結界を通り過ぎたのは、悪魔がいる証拠じゃ。分かったか? ついに悪魔を討つ絶好の機会が来たのじゃ!」
 さっぱり分からんわ。
 頭のキレる小夏先輩でも、分からない話だぞ。アルカ理事長は、これから悪魔を討つとはりきって興奮している。俺は恐る恐る訊いてみた。
「それじゃあ、俺はユーコミスも救うのか?」
「当たり前じゃろ」 
 まじかよ。
 アルカ理事長の作戦はこうだった。終末の書を集めて満杯島に行く。そのとき、人質と引き換えに書を交換して、みんなを救出せよ、と。
 なんと重い任務なのだろう。
 だが、これは悪魔を討つ千載一遇のチャンス。でも――。
「悪魔を討っても、時間は戻らないんですよ? それに、倒せるかどうか……」
 アルカ理事長は、胸の前で腕を組み真面目な表情に変わった。
「確かに戻らん。じゃがな。あのときの罪は消える。あのとき、出会わなければ運命は変わっていた。兄が死ぬことも、地球がこんなに早く滅亡することもなかった。ワシの能力で、歩果姉さんの因果も変えてた。復讐、みたいなものじゃ。戻ることなんて、いまさら考えとらん。なるほど。主はワシが悪魔を倒せるかどうか、心配というわけかい」
「え、いや、そんな……」
 アルカ理事長は一人でにウンウンと頷いた。
「心配せずとも倒すに決まっとるじゃろ? ワシに任せぃ」
 自信満々な表情でニッコリ笑う理事長に、不安がよぎるも、少しだけ安堵した。
 アルカ理事長の話しは終わり、俺は仮眠室に戻った。ここで話した話は秘密。ジンにも小夏先輩にも話したらいけない。
 俺だけが知ってる。牡丹先生も知らない過去の話しを俺が知ってて、いいのだろうか。そもそもどうして俺に話したのか、分からない。

 俺は仮眠室に戻った。先に戻ったジンが荷造りしてもらってる。今はもう夜がふけてるので、寝てるかもしれない。そっと入ろう。
 いざ扉の前にたつと、中のほうからぎゃあああと叫び声が聞こえた。その声は、普段から聞き慣れたジンの声じゃない。
 こんな夜更けに部屋の中に誰かがいる。
 不安と疑問にかられ、恐る恐る扉を開いてみた。狭い六畳間の部屋の中に、三人の影が潜んでいた。
 一人は同室のジン。もう二人は、牡丹先生とニアだった。三人とも、さっき保健室で別れたばかり。またここで集合している。
「やだやだやだやだ!! 絶対嫌だ! どうしてニアもつれてくの!? 鬼だよ、悪魔だよ、最低だよ!」
 部屋の外まで大音量に聞こえた悲鳴は、ニアのものだった。
 ニアは机の脚にしがみついて、ぎゃんぎゃん泣いていた。その近くで牡丹先生が怒りを抑えようと手をプルプルしている。
 どうやらこの騒動は、旅の同行にニアは猛反対してる。行き先は俺がいない間に振り分けてて、俺と牡丹先生、ニアがタウラスのいる〝死の島〟。ジンはここから近い島に行くことに決まった。

 〝死の島〟だからこんな暴れてるのか、もしくは、ただ虚空島から離れたくないためか。

 先に戻っていたジンは、荷造りを完了している。俺のほうも必要最低限な物資は揃えてくれてた。
「ジン、ありがとう。それより、一人で大丈夫か?」
「あー、それが理事長も同行するから大丈夫だって、小夏先輩言ってた」
 理事長、という単語に体が反応した。
 さっきまで二人きりで会っていたからだろう。アルカ理事長も同行するのか。そんな話、しなかったな。話長かったのに。 
 アルカ理事長ならほんとに心配はないな。良かった。でもジンのほうはというと、そわそわと落ち着かない様子。
 これでほか二冊の〝終末の書〟を探しに行けるのに、何処となくしょんぼりしている。どうしたんだろう。
「えっと、アルカ理事長って女の子だったんだなぁて……女の子と同行するの、アカネちゃん、嫉妬するだろうなぁ」
「そんなことかよ」
「大ありだぜ!? 嫉妬に狂ったら、ニアちゃん以上に暴れる。絶対にっ!」
 そうかよ。お好きに妄想してろ。
 一方その頃の牡丹先生とニアの攻防は続いている。
「いい加減にしなさい!! もういい年して恥ずかしくないの!?」
 牡丹先生がに暴れるニアを一喝。ニアは、顔面の穴という穴から汚いお水を出している。
「怒らないでぇ。それはニアも分かってることだから。恥ずかしいよ! 恥ずかしいけど、どうしても止められないの!」
 グズグズ泣いてるニア。
 牡丹先生の怒りのゲージが破壊しそうだ。
「自分の仲間がこんな騒動を起こしているから動くんだ。ニアはここで残るつもりなのか? 団員の一人なのに? そもそもどうして虚空島を出たんだ? 死にたくないなら、残れば良かったのに」
「急に正論やめて」
 前から思っていたことを一気に解き放った。ニアは、手のひらで耳を押さえ、膝を抱え丸まっている。
 牡丹先生が恍惚と笑った。「言うじゃない」と笑って背中をバシバシ叩く。正論言われてしょんぼり小さくなってるニアを連れて、牡丹先生は部屋を出ていった。

 明日の朝、九時に舟を出る。
 それまでに身支度整えなさい、と告げられた。朝の九時か。早いな。じゃあもう寝ないとな。
 部屋の中が急に寂しくなった。嵐が通り過ぎたような静けさ。アカネちゃんと美樹ちゃんが急に現れ、去って行ったのと似てる。しかも、あの騒がしさも子どもに似ている。
 急に旅が不安になってきた。
 いくら冷静な牡丹先生がついていても、騒がしいニアは止められない。バナナ、いっぱい持っていこ。
 バックに、生活用品とたくさんのバナナを詰め込んだ。ジンにはすごく怪しまれて。

 翌日。小夏先輩が出迎えをしてくれた。朝起きて学園内を歩いていたときだ。小夏先輩はDクラス担任。なので、旅の同行はできなかった。
「ごめんなさい。こんなときに」
 しょんぼりして肩を落とす。
「大丈夫ですから。気になさらず……それと、その子は?」
 それともう一人。金髪の女の子も一緒にいた。小夏先輩の横に凛とした姿勢で立っている女の子が。
「この子は、アカネちゃんたちの学年下の後輩。AAクラスのシモン・デ・アスパラガスちゃん。よろしくね。勉強について教えるところです」
 AAクラス。
 どうりで顔たちが整っている。キラキラ光る金髪に、お姫様みたいな真っ白なお肌、何事も動じない凛とした姿勢には、静寂さと内に秘めるエネルギーが宿ってる。
 小夏先輩が紹介すると、その子はペコリとお辞儀を交した。思わず俺もお辞儀する。なんていい子なんだ。俺の知ってる元Aクラスの卒業生とは、打って違う。
「出迎えはここでごめんなさい。頑張ってくださいね」
 小夏先輩は、切ない表情で微笑した。俺は強く「はい」と叫んだ。小夏先輩とシモンちゃんと別れ、舟の出る堤防に向かった。 
 三人とも、もうすでに合流してた。
「うっうっ……嫌だぁ嫌だよぉ」
 この期に及んでニアは泣いている。昨日と今日も穴という穴から汚いお水を出して、水分大丈夫かと思う。
 揃ったところで空からふわふわと、タンポポのように光の玉が降りてきた。アルカ理事長だ。やっぱりその姿で行くのか。
しおりを挟む

処理中です...