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いつもの夜
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「ただいま」
「那月、お帰りなさい。ご飯ができているよ」
暖かな声と、鰹節の香りが玄関に届く。
母はキッチンから顔だけ出して、那月に笑いかけた。
「今日はね、頑張って作ったのよ。楽しみにしていて……あら、明弘(あきひろ)さん。お帰りなさい」
「真由子ただいま、いい香りがするね。今夜の夕食はなんだろうなぁ」
那月の背後から義父の声がして、母と話をはじめた。ご飯の話、仕事の話などを話しながら、母と共に着替えをしに主寝室へ向かっていく。
那月にとって理想の家庭が、いま目の前にあった。
楽し気な声が遠くあら聞こえてくる。平凡で平和な……でも那月にとって、大切で貴重なひととき。
今まで願っても手に入らなかった、家庭の温かさがとても幸せだと那月は思う。
義父と母がダイニングへ戻ってきた。
「さぁ、夕食にしましょう。今夜は肉じゃがと、豆腐の味噌汁に小松菜のおひたし」
「肉じゃがとご飯か。それは糖質が多いなぁ」
義父は朗らかに笑いながらそう指摘する。でん粉も分解されたら糖質になる、確かにそれは正しい。
「あらぁ、それなら明弘さんのご飯を減らした方がいいかしら」
冗談を冗談で返す二人を見て、これもまたいつも通りだなぁと那月はひそかに笑う。
まだ家族として暮らし始めた義父に、那月は遠慮している。いくら母の実子であっても、誰かを養うのは楽なことではない。
そのくらいは那月も分かっていた。
それでも一人で生きていくくらいなら、実母と心優しい義父と共に暮らしているほうが幸せに感じた。
「那月、ご飯の味はどうかしら?」
「とても美味しいです」
「あら、嬉しい」
にっこり笑って母は、頬を赤く染めた。
(他人行儀っぽいかな? でもまだ普通に話せないし)
家族なったからといって、すぐに馴染めるような器用さは那月にはなかった。
それでも気にすることなく、那月に普通に接してくれる二人の心遣いがうれしい。
夕食を終えお風呂を上がり、寝る支度をして自室に戻る。
家に帰って来てから、那月に憑いたモノが妙に静かだった。
(授業中のときは耳障りだったのに)
それでも今もまだ憑いている気配がしている。じっと潜むように……なにかの機会を伺うかのように。
(柊は帰ってこないか……)
ずっとそばにいてくれると勝手に那月は思っていた。
『一緒に来るかい』
そう言ったのは柊だったから。ただ那月のそばにいると約束したわけじゃない。それでも心のどこかでそばにいてくれると信じていた。
寝付けなくて仕方なく、那月は本棚から適当に本を取り出す。
課題とかめんどうなものは、学校のときにやってしまうから基本的に家で勉強することはない。
テストだって平均点さえ取れていればいい。
祖母が生きていたころ、家の手伝いをするために身についた習慣だ。
『家事なんてなんとでもなるんだから、那月は勉強に専念してなさい』
そんな強気な祖母でも歳を重ねていけば、体が思うように動かなくなっていく。
『勉強は学校でしっかりやってるから大丈夫。僕に家事を教えて欲しいんだ』
祖母は複雑な顔をしたけど、少しずつ那月に家事を任せてくれるようになった。だから祖母がいなくなっても生活に困らない程度に、家事ができるようになっていた。
本を手にしたものの、開いているだけで内容が頭に入ってこない。
脳裏に浮かぶのは、祖母のこと……そして柊だった。
一番つらいときに寄り添ってくれた柊だから、家族より友人より心の距離が近く感じている。
(まぁ勝手に僕がそう思い込んでいるだけなんだろうけどね)
あやかしと人は全く別な存在だから、常識も考え方も違う。柊からしたら人のほうが移ろいやすくて、信用できないことだろう。
那月もまた、あやかしに長年悩まされてきた。弱いモノなら鈴香が追い払ってくれていた。
(一人で生きていけるように、もっと強くならなきゃ)
今夜に限っていつもより気分が落ちていく。不安とか心の闇とかそんなものが膨らんで、那月自身が飲み込まれそうな感覚に陥る。
窓から夜空を見上げると月がなくて、新月だったんだなぁと那月はぼんやり思う。
「那月、お帰りなさい。ご飯ができているよ」
暖かな声と、鰹節の香りが玄関に届く。
母はキッチンから顔だけ出して、那月に笑いかけた。
「今日はね、頑張って作ったのよ。楽しみにしていて……あら、明弘(あきひろ)さん。お帰りなさい」
「真由子ただいま、いい香りがするね。今夜の夕食はなんだろうなぁ」
那月の背後から義父の声がして、母と話をはじめた。ご飯の話、仕事の話などを話しながら、母と共に着替えをしに主寝室へ向かっていく。
那月にとって理想の家庭が、いま目の前にあった。
楽し気な声が遠くあら聞こえてくる。平凡で平和な……でも那月にとって、大切で貴重なひととき。
今まで願っても手に入らなかった、家庭の温かさがとても幸せだと那月は思う。
義父と母がダイニングへ戻ってきた。
「さぁ、夕食にしましょう。今夜は肉じゃがと、豆腐の味噌汁に小松菜のおひたし」
「肉じゃがとご飯か。それは糖質が多いなぁ」
義父は朗らかに笑いながらそう指摘する。でん粉も分解されたら糖質になる、確かにそれは正しい。
「あらぁ、それなら明弘さんのご飯を減らした方がいいかしら」
冗談を冗談で返す二人を見て、これもまたいつも通りだなぁと那月はひそかに笑う。
まだ家族として暮らし始めた義父に、那月は遠慮している。いくら母の実子であっても、誰かを養うのは楽なことではない。
そのくらいは那月も分かっていた。
それでも一人で生きていくくらいなら、実母と心優しい義父と共に暮らしているほうが幸せに感じた。
「那月、ご飯の味はどうかしら?」
「とても美味しいです」
「あら、嬉しい」
にっこり笑って母は、頬を赤く染めた。
(他人行儀っぽいかな? でもまだ普通に話せないし)
家族なったからといって、すぐに馴染めるような器用さは那月にはなかった。
それでも気にすることなく、那月に普通に接してくれる二人の心遣いがうれしい。
夕食を終えお風呂を上がり、寝る支度をして自室に戻る。
家に帰って来てから、那月に憑いたモノが妙に静かだった。
(授業中のときは耳障りだったのに)
それでも今もまだ憑いている気配がしている。じっと潜むように……なにかの機会を伺うかのように。
(柊は帰ってこないか……)
ずっとそばにいてくれると勝手に那月は思っていた。
『一緒に来るかい』
そう言ったのは柊だったから。ただ那月のそばにいると約束したわけじゃない。それでも心のどこかでそばにいてくれると信じていた。
寝付けなくて仕方なく、那月は本棚から適当に本を取り出す。
課題とかめんどうなものは、学校のときにやってしまうから基本的に家で勉強することはない。
テストだって平均点さえ取れていればいい。
祖母が生きていたころ、家の手伝いをするために身についた習慣だ。
『家事なんてなんとでもなるんだから、那月は勉強に専念してなさい』
そんな強気な祖母でも歳を重ねていけば、体が思うように動かなくなっていく。
『勉強は学校でしっかりやってるから大丈夫。僕に家事を教えて欲しいんだ』
祖母は複雑な顔をしたけど、少しずつ那月に家事を任せてくれるようになった。だから祖母がいなくなっても生活に困らない程度に、家事ができるようになっていた。
本を手にしたものの、開いているだけで内容が頭に入ってこない。
脳裏に浮かぶのは、祖母のこと……そして柊だった。
一番つらいときに寄り添ってくれた柊だから、家族より友人より心の距離が近く感じている。
(まぁ勝手に僕がそう思い込んでいるだけなんだろうけどね)
あやかしと人は全く別な存在だから、常識も考え方も違う。柊からしたら人のほうが移ろいやすくて、信用できないことだろう。
那月もまた、あやかしに長年悩まされてきた。弱いモノなら鈴香が追い払ってくれていた。
(一人で生きていけるように、もっと強くならなきゃ)
今夜に限っていつもより気分が落ちていく。不安とか心の闇とかそんなものが膨らんで、那月自身が飲み込まれそうな感覚に陥る。
窓から夜空を見上げると月がなくて、新月だったんだなぁと那月はぼんやり思う。
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