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月明かりがない夜
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けれど柊の助けが来るとは、断言できない。
せめてこの猫らしきモノが那月に、何を求めているのか知りたい。
背中に冷たい汗が流れる。全身の毛が逆立つ。
目の前の小柄のあやかしを、那月はじっと見る。黒い耳に、黒い尾。肌は白く……いや、白さを超えて青白い。
目は金色で鋭く那月を射抜く。
見ようによっては、警戒しているようにも見えた。
(さて……どうするかな)
◇◇
鈴香は眠れなくて、本を開いていた。内容はこの世にあらざる者たちの話。
役に立たない話ばかり。それでも幼馴染みが心配で、読まずにいられなかった。(使えない……)
開いていた本を閉じて、ため息を吐き出す。そして次の本へ手を伸ばした。
鈴香の図書館通いは、学校の勉強と霊的な本を借りるため、頻繁になっている。 新しい本がなければリクエストしたり、別の図書館から取り寄せてもらったり。そんな行為が噂にならないわけがなく、親に何度も注意をされていた。
(見えない人には仕方ない)
言葉を尽くしたところで、理解するのは難しい。たとえ親だとしても。
今は学校でも図書館でも、もちろん家の中でも変わり者だと思われている。学業優先だとまた言われてしまうだろう。
(何もできないけど、那月の力になりたい)
新たな本を開いたところで、鈴香は手を止める。
背後に気配を感じた。
振り返るかどうか少し悩み、それが那月に憑いているモノだと気づいて振り返る。
「こんばんは。はじめまして」
静かに穏やかな声で鈴香は声をかけた。
鈴香にもはっきり見える。いつもなら気配しかわからない鈴香にも見える。それは……とても強い力を持っているからだろう。
「そんなに警戒しなくても、今は大丈夫。私は柊(ひいらぎ)。仮の名前だから気にしなくて良い。それと塩をかけられたくらいで、根に持つほど心は狭くないから安心するといい」
「覚えているということは、かなり根に持っていますね」
柊は僅かに顔をしかめた。
「それでボクに何の用ですか?」
「那月のことを聞きたくてな。あいつは昔からあんな体質だったのか?」
「そうです」
「ここ百年寝ていたからな。この街もかなり変わっていて驚いた」
柊のようなモノにとって、百年は長くないのだろう。
(あれ? そういえば何で那月に憑いているんだろう)
しかも那月のことを調べるような真似までして。
「あの、かなり那月に執着しているように見えるんですけど?」
「………………」
「いえ何でもないです」
無言の間が怖い。気に障ることは避けたいと鈴香は思う。
それから、柊からの問いに答えることにした。
「ボクの知る那月は、祖母に心配をかけないようにしていました。ただそのせいで、離婚した両親のこととか、引き寄せてしまう体質のこととか……那月ひとりで抱えて誰にも相談しない癖がついているかと」
鈴香にできることは、那月を構うくらい。本人にとって迷惑かもしれないけど、でもそうでもしないと……那月はふらりとどこかに行ってしまうような気がした。
(ボクは那月を助けられない。そんなことは知ってる)
那月の問題は、那月自身が解決しなきゃいけない。
そんなことは鈴香も知っている。それでも那月が孤独でいることを、放っておけなかった。
「そうか」
「それより那月がいま別のモノに憑かれていて……」
暗にさっさと那月のところへ帰って欲しい、と柊に伝える。
「那月なら平気だろう」
鈴香に教える気はなさそうで、その場で柊は姿を消した。
そして何事もなかったかのように、部屋は静けさに包まれる。
◇◇
猫の遠い幼き頃の記憶。
子猫がただひたすら道端で鳴いていた。記憶はもう曖昧で断片的にしか思い出せない。
雨と寒さ、そして飢え。泥で汚れている子猫に、手を差し出す者は誰もいなかった。
空を見上げれば葉の落ちた枝が、子猫を見下ろしている。
誰にも届かない子猫の声。
『哀れだな、猫』
不意に聞こえたのは、美しく気高い男……いやあれは人ではなかった。
全てを諦めかけていた猫に、その男の言葉は形容しがたいほどに痛く心に刺さる。 何の力もないただの子猫がに何が出来るだろうか。
子猫だって、好んでこの状況に陥っているわけじゃない。
目の前の男は、子猫に同情する様子はない。なのにどうして哀れと言うのか……。今にも朽ちそうな子猫の心に、僅かな闇が生まれた。
悔しくて、情けなくて、恨めしくて、切ない。
そう自覚をさせた、その男が何よりも憎かった。
何も言い返せないまま、子猫の鼓動は静かに途絶える。
◇◇
せめてこの猫らしきモノが那月に、何を求めているのか知りたい。
背中に冷たい汗が流れる。全身の毛が逆立つ。
目の前の小柄のあやかしを、那月はじっと見る。黒い耳に、黒い尾。肌は白く……いや、白さを超えて青白い。
目は金色で鋭く那月を射抜く。
見ようによっては、警戒しているようにも見えた。
(さて……どうするかな)
◇◇
鈴香は眠れなくて、本を開いていた。内容はこの世にあらざる者たちの話。
役に立たない話ばかり。それでも幼馴染みが心配で、読まずにいられなかった。(使えない……)
開いていた本を閉じて、ため息を吐き出す。そして次の本へ手を伸ばした。
鈴香の図書館通いは、学校の勉強と霊的な本を借りるため、頻繁になっている。 新しい本がなければリクエストしたり、別の図書館から取り寄せてもらったり。そんな行為が噂にならないわけがなく、親に何度も注意をされていた。
(見えない人には仕方ない)
言葉を尽くしたところで、理解するのは難しい。たとえ親だとしても。
今は学校でも図書館でも、もちろん家の中でも変わり者だと思われている。学業優先だとまた言われてしまうだろう。
(何もできないけど、那月の力になりたい)
新たな本を開いたところで、鈴香は手を止める。
背後に気配を感じた。
振り返るかどうか少し悩み、それが那月に憑いているモノだと気づいて振り返る。
「こんばんは。はじめまして」
静かに穏やかな声で鈴香は声をかけた。
鈴香にもはっきり見える。いつもなら気配しかわからない鈴香にも見える。それは……とても強い力を持っているからだろう。
「そんなに警戒しなくても、今は大丈夫。私は柊(ひいらぎ)。仮の名前だから気にしなくて良い。それと塩をかけられたくらいで、根に持つほど心は狭くないから安心するといい」
「覚えているということは、かなり根に持っていますね」
柊は僅かに顔をしかめた。
「それでボクに何の用ですか?」
「那月のことを聞きたくてな。あいつは昔からあんな体質だったのか?」
「そうです」
「ここ百年寝ていたからな。この街もかなり変わっていて驚いた」
柊のようなモノにとって、百年は長くないのだろう。
(あれ? そういえば何で那月に憑いているんだろう)
しかも那月のことを調べるような真似までして。
「あの、かなり那月に執着しているように見えるんですけど?」
「………………」
「いえ何でもないです」
無言の間が怖い。気に障ることは避けたいと鈴香は思う。
それから、柊からの問いに答えることにした。
「ボクの知る那月は、祖母に心配をかけないようにしていました。ただそのせいで、離婚した両親のこととか、引き寄せてしまう体質のこととか……那月ひとりで抱えて誰にも相談しない癖がついているかと」
鈴香にできることは、那月を構うくらい。本人にとって迷惑かもしれないけど、でもそうでもしないと……那月はふらりとどこかに行ってしまうような気がした。
(ボクは那月を助けられない。そんなことは知ってる)
那月の問題は、那月自身が解決しなきゃいけない。
そんなことは鈴香も知っている。それでも那月が孤独でいることを、放っておけなかった。
「そうか」
「それより那月がいま別のモノに憑かれていて……」
暗にさっさと那月のところへ帰って欲しい、と柊に伝える。
「那月なら平気だろう」
鈴香に教える気はなさそうで、その場で柊は姿を消した。
そして何事もなかったかのように、部屋は静けさに包まれる。
◇◇
猫の遠い幼き頃の記憶。
子猫がただひたすら道端で鳴いていた。記憶はもう曖昧で断片的にしか思い出せない。
雨と寒さ、そして飢え。泥で汚れている子猫に、手を差し出す者は誰もいなかった。
空を見上げれば葉の落ちた枝が、子猫を見下ろしている。
誰にも届かない子猫の声。
『哀れだな、猫』
不意に聞こえたのは、美しく気高い男……いやあれは人ではなかった。
全てを諦めかけていた猫に、その男の言葉は形容しがたいほどに痛く心に刺さる。 何の力もないただの子猫がに何が出来るだろうか。
子猫だって、好んでこの状況に陥っているわけじゃない。
目の前の男は、子猫に同情する様子はない。なのにどうして哀れと言うのか……。今にも朽ちそうな子猫の心に、僅かな闇が生まれた。
悔しくて、情けなくて、恨めしくて、切ない。
そう自覚をさせた、その男が何よりも憎かった。
何も言い返せないまま、子猫の鼓動は静かに途絶える。
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