森の呼び声

夕暮れ狼

文字の大きさ
6 / 8

第六章: 森の秘密

しおりを挟む
第六章: 森の秘密
綾乃は、恐怖で足がすくみそうになるのを必死に堪えた。目の前に立つその存在は、言葉で表すのが難しいほどに異形だった。狼の顔を持ち、長い爪を持つが、歩き方はまるで人間のようだ。まるで人間と動物の境界を越えてしまった存在のようだった。
その生き物は、綾乃をじっと見つめ、鋭い目でその一挙一動を追っている。狼のような目は、何かを訴えかけるようで、ただの獣のように思えても、どこか人間の感情を感じ取ることができた。
「これは……人間だったの?」綾乃はかすかに呟いた。
藤田は静かに頷いた。「かつては、そうだ。でも今はもう、あの頃の姿ではない。狼にされてしまった者たちだ。」
「どうして……?」
「どうしてか、という質問には答えきれない。ただ、あの森には古い呪いが眠っているんだ。私も知っているが、言いたくなかった。」
藤田は綾乃をじっと見つめ、しばらくの沈黙が続いた。その後、彼はゆっくりと話し始めた。
「この村は、昔、大きな罪を犯した。何百年も前のことだ。村人たちが、無謀にも禁忌を犯し、森を荒らした。その報いが、今も続いている。呪いの力が強くなり、姿を変えた者たちが現れた。そして、あの姿になった。」
「姿を変えた……人々が?」
藤田はうなずく。「そうだ。呪いによって、魂は変わり、身体は狼の姿を取る。そして、失踪する者たちも、その呪いの力を受けて変わり果てていく。」
その言葉が頭の中で響き渡ると、綾乃は胸が痛むような気持ちになった。あの幼なじみの直樹も、この森の呪いによって姿を変えたのだろうか。もしそうなら、彼を助けることはできるのだろうか。
「じゃあ……直樹も、あの狼の姿になったの?」
藤田は、しばらく黙った後、口を開いた。
「そうだ。だが、彼はまだ変わりきっていない。完全に変わる前に、何かを思い出すかもしれない。それが、最後の望みだ。」
綾乃の心は乱れた。彼女は一瞬、何も言えなかった。だが、決心を固め、息を吸い込んで言った。
「私は直樹を助ける。たとえ、どんな姿になっても、私は彼を探す。」
藤田は静かに振り返り、深い森の奥へと歩き出した。「君がそう決めたなら、ついて来なさい。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛はリンゴと同じ

turarin
恋愛
学園時代の同級生と結婚し、子供にも恵まれ幸せいっぱいの公爵夫人ナタリー。ところが、ある日夫が平民の少女をつれてきて、別邸に囲うと言う。 夫のナタリーへの愛は減らない。妾の少女メイリンへの愛が、一つ増えるだけだと言う。夫の愛は、まるでリンゴのように幾つもあって、皆に与えられるものなのだそうだ。 ナタリーのことは妻として大切にしてくれる夫。貴族の妻としては当然受け入れるべき。だが、辛くて仕方がない。ナタリーのリンゴは一つだけ。 幾つもあるなど考えられない。

処理中です...