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第3章 眠らぬ森
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涼と出会ってから、もう五日が経った。
あの日を最後に彼の姿を見ることはなく、私はなんとなく心にぽっかり穴が空いたような気持ちで毎日を過ごしていた。
祖母の家での静かな時間は、都会では得られなかった癒しを与えてくれたけれど——それだけじゃ、物足りなくなっていた。
——また、会いたい。
その想いが、心のどこかで静かに灯り続けている。
「おばあちゃん、この辺に祠があったよね? 小さい石のやつ」
昼下がり。縁側でお茶を飲んでいた私は、ふとそんなことを思い出して尋ねた。
「あるよ。あんたが小さい頃、よく遊んでたでしょ。今でもあるよ、あの山道の奥にね」
「そこって、何を祀ってるの?」
美代は一瞬だけ表情を曇らせた。だがすぐに、静かに微笑む。
「昔からこの町には、“人じゃないもの”が住んでいたって言い伝えがあるの。
狼の姿をした神様、山を守る精霊、月に仕える者たち……そういう“異形”ね。
あの祠は、その一つを封じてるのよ」
「封じてる……?」
「悪いものじゃないけど、放っておくと“人を喰らう”って言われてたの。だから、この町では代々、“月守(つきもり)”っていう家系が、それを見張ってたのよ」
「月守……」
どこかで聞いたような響き。涼が言っていた、“月に縛られる”一族——。
「その家系、今もあるの?」
美代は、ふっと目を細めた。
「さあね。もう、誰も口にしなくなったけど。
でも、もしあんたがあの祠に近づくなら……気をつけなさい。
そこは、“まだ目を覚ましていないもの”が眠ってる場所だから」
その日の夕暮れ、私は祖母の家を出て、森へと向かった。
祠を見に行こう、というつもりだったのかもしれない。
けれど本当は、あのときと同じように——涼に会いたかった。
森は、昼間でも薄暗い。木々のざわめきと、どこからか聞こえる鳥の鳴き声が、静寂の中に溶け込んでいた。
道なき道を抜けた先に、それはあった。
苔むした石の祠。小さな鳥居。何十年も人の手が触れていないような空気。
——そのときだった。
「来ると思ってた」
背後から、声がした。
驚いて振り向くと、そこにいたのは——涼だった。
「どうしてここに……」
「君が来ると思ったから。
この場所には……おそらく、俺たちの一族よりも“深いもの”が眠ってる」
涼の声は低く、真剣なものだった。
月明かりが彼の横顔を照らし、どこか悲しげな影を映し出している。
「俺はここを離れていた。けど、最近になって“気配”を感じた。
——この祠の封印が、揺らいでる」
「それって、どういう意味?」
「この町に、また“目を覚まそうとしているもの”がいるってことさ」
涼は祠に近づき、その前で静かに膝をついた。
まるで祈るように、何かを確かめるように。
「ねえ、涼。あなたは……その、“月守”なの?」
一瞬だけ、涼の肩が揺れた。
そしてゆっくりと、私の方へ顔を向けた。
「ああ。俺の家系が……この町を守る役目を負っていた。
でも、もう俺しか残っていない。今では、守る者も、守られる者も、誰もいないんだ」
「……そんなの、悲しすぎるよ」
私は気づけば、一歩、彼に近づいていた。
彼の中にある孤独に、無意識に触れたくなった。
「もし、誰かがそばにいたら……あなたの“人狼”としての苦しみも、少しは和らぐの?」
涼は何も言わず、ただ私を見つめていた。
——その目に映るものが、少しずつ、変わり始めているように思えた。
「危険が迫ってる。でも、君には……関わってほしくない」
「もう、関わってるよ。あの夜から」
その言葉に、涼の目が揺れた。
そして小さく、呟いた。
「……君は、優しすぎる」
その夜、私たちは祠の前にしばらく座っていた。
何も起きなかったけれど、どこか胸の奥がざわめいていた。
静かな月明かりの下で、私は確かに思った。
——この町には、まだ知らないことがたくさんある。
そして、涼のことをもっと知りたい。
あの日を最後に彼の姿を見ることはなく、私はなんとなく心にぽっかり穴が空いたような気持ちで毎日を過ごしていた。
祖母の家での静かな時間は、都会では得られなかった癒しを与えてくれたけれど——それだけじゃ、物足りなくなっていた。
——また、会いたい。
その想いが、心のどこかで静かに灯り続けている。
「おばあちゃん、この辺に祠があったよね? 小さい石のやつ」
昼下がり。縁側でお茶を飲んでいた私は、ふとそんなことを思い出して尋ねた。
「あるよ。あんたが小さい頃、よく遊んでたでしょ。今でもあるよ、あの山道の奥にね」
「そこって、何を祀ってるの?」
美代は一瞬だけ表情を曇らせた。だがすぐに、静かに微笑む。
「昔からこの町には、“人じゃないもの”が住んでいたって言い伝えがあるの。
狼の姿をした神様、山を守る精霊、月に仕える者たち……そういう“異形”ね。
あの祠は、その一つを封じてるのよ」
「封じてる……?」
「悪いものじゃないけど、放っておくと“人を喰らう”って言われてたの。だから、この町では代々、“月守(つきもり)”っていう家系が、それを見張ってたのよ」
「月守……」
どこかで聞いたような響き。涼が言っていた、“月に縛られる”一族——。
「その家系、今もあるの?」
美代は、ふっと目を細めた。
「さあね。もう、誰も口にしなくなったけど。
でも、もしあんたがあの祠に近づくなら……気をつけなさい。
そこは、“まだ目を覚ましていないもの”が眠ってる場所だから」
その日の夕暮れ、私は祖母の家を出て、森へと向かった。
祠を見に行こう、というつもりだったのかもしれない。
けれど本当は、あのときと同じように——涼に会いたかった。
森は、昼間でも薄暗い。木々のざわめきと、どこからか聞こえる鳥の鳴き声が、静寂の中に溶け込んでいた。
道なき道を抜けた先に、それはあった。
苔むした石の祠。小さな鳥居。何十年も人の手が触れていないような空気。
——そのときだった。
「来ると思ってた」
背後から、声がした。
驚いて振り向くと、そこにいたのは——涼だった。
「どうしてここに……」
「君が来ると思ったから。
この場所には……おそらく、俺たちの一族よりも“深いもの”が眠ってる」
涼の声は低く、真剣なものだった。
月明かりが彼の横顔を照らし、どこか悲しげな影を映し出している。
「俺はここを離れていた。けど、最近になって“気配”を感じた。
——この祠の封印が、揺らいでる」
「それって、どういう意味?」
「この町に、また“目を覚まそうとしているもの”がいるってことさ」
涼は祠に近づき、その前で静かに膝をついた。
まるで祈るように、何かを確かめるように。
「ねえ、涼。あなたは……その、“月守”なの?」
一瞬だけ、涼の肩が揺れた。
そしてゆっくりと、私の方へ顔を向けた。
「ああ。俺の家系が……この町を守る役目を負っていた。
でも、もう俺しか残っていない。今では、守る者も、守られる者も、誰もいないんだ」
「……そんなの、悲しすぎるよ」
私は気づけば、一歩、彼に近づいていた。
彼の中にある孤独に、無意識に触れたくなった。
「もし、誰かがそばにいたら……あなたの“人狼”としての苦しみも、少しは和らぐの?」
涼は何も言わず、ただ私を見つめていた。
——その目に映るものが、少しずつ、変わり始めているように思えた。
「危険が迫ってる。でも、君には……関わってほしくない」
「もう、関わってるよ。あの夜から」
その言葉に、涼の目が揺れた。
そして小さく、呟いた。
「……君は、優しすぎる」
その夜、私たちは祠の前にしばらく座っていた。
何も起きなかったけれど、どこか胸の奥がざわめいていた。
静かな月明かりの下で、私は確かに思った。
——この町には、まだ知らないことがたくさんある。
そして、涼のことをもっと知りたい。
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