月夜に咲く

夕暮れ狼

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第4章 封じられしもの

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それは、鈴の音だった。
 ——カラン、カラン……。

 風もないのに、夜の森にどこかから音が響く。

 私は思わず耳を塞いだ。けれど、鈴の音は胸の奥に直接響いてくるようだった。

「……来るぞ」

 涼が呟いた瞬間、祠の前の空気が一変した。

 ——冷たい。まるで季節が変わったかのように、空気が冷え込んでいく。

「祠の封印が……完全に、解かれかけてる」

「誰がそんなことを……」

「わからない。けど、これは“自然”じゃない。何者かが、意図的に目覚めさせようとしている」

 そのとき、祠の前の地面が音もなく割れた。

 中から立ち上る黒い靄。その中に、なにか——人とも獣ともつかぬ影が蠢いていた。

 **それは、狼のようでありながら、涼とはまるで違う“なにか”**だった。

「……“夜喰(よぐ)”か」

「夜喰……?」

「太古の時代、この町に災いをもたらした異形。
 人の心に取り憑き、夢と記憶を喰らう……。かつて月守の祖先が封じた“闇”だ」

「じゃあ、これが——」

「そう。これが……俺たちが守ってきたものの正体だ」

 夜喰の影は、じりじりとこちらへと迫ってきた。
 涼が前に出て、私を背にかばう。
「下がっていろ。これは俺の役目だ」

「でも——!」

「いいか、真琴。これが“月守”の最後の務めなんだ。
 俺があの夜、君に会ったのも……偶然じゃない。
 君の中に、“光”がある。だからあの日、狼だった俺は君に惹かれたんだ」

「……っ」

「でも、もうこれで最後だ。
 これ以上君に関われば、俺はきっと——“戻れなくなる”」

 その言葉に、胸が締めつけられた。

「戻らなくていい。もう……私は、あなたが人でも狼でも、どっちでもいい」

「真琴——」

「あなたに会えて、私は変わった。
 “普通”じゃない夏だったけど、もうそんなこと、どうでもいい。
 私は……あなたが、あなたとして生きてくれることを望んでる」

 涼の目が、静かに揺れた。
 夜喰の影が近づく中、彼はゆっくりと顔を上げた。
「……ありがとう。
 君がそう言ってくれるなら、俺は——“人間として”戦う」

 彼の体が、うっすらと光を帯びる。

 それは、月の加護——狼の血をもった者だけが使える力。
 けれど、今の涼の目には、獣ではなく、確かな“人”の意志が宿っていた。

「行くぞ、夜喰。これで……終わらせる!」

 森の奥で、光と影がぶつかり合った。
 涼は人と狼、両方の力を使い、夜喰と激しく衝突した。
 私は手を合わせて祈ることしかできなかった——けれど、ただ信じていた。

 彼は戻ってくると。

 やがて、森に静寂が訪れる。
 黒い靄が風に溶け、祠は再び眠りについた。

 その中心に——倒れ伏した涼の姿があった。

 「……涼!」
 駆け寄ると、彼の身体はあたたかかった。目を閉じてはいたが、呼吸はまだある。

 私は彼の手を取った。

 その手は、かすかに震えていたけれど、人間の手だった。
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