眼ーその瞳に映るものー

ユーリ

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第一話「本の虫と特異体質」

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壁一面の本棚に囲まれた部屋の中央にぽつんと座って林原絢斗(はやしばら・あやと)は本を読んでいると「おい」といきなり声をかけられて飛び上がった。
「ヒイッ」
「言っとくが俺は何回もノックしたからな」
「あ、じ、仁くん…びっくりした…」
いつの間に部屋に入ってきたのだろうか、気づけば真後ろに大男が立っていて心臓が飛び出そうだった。
「相変わらず気色悪い部屋だな」
「しょうがないよ、そういう部屋だから」
壁一面の本棚を見て男が…松本仁(まつもと・じん)が嫌そうな顔をする。
「しかもお前コレ全部中身覚えてんだろ? 気持ち悪いな」
「それが仕事だからねえ」
「パソコン見ろ。メール来てるぞ」
「ひいいっ、対応しなきゃ!」
慌ててデスク上のパソコンを見ると新着メールが五件も入っていた。慌てて開き、今日中に対応します、というメールを送る。
「とりあえず今日中に…」
がんばって返信しよう、と言いかけてデスク上の固定電話が鳴り、慌てて取った。
「こちら魔法省魔法使い専用緊急ダイヤル、林原です。治療課、の方ですね。はい、はい…ハナサキアオイロザカナを使った薬…でいいですか? お調べするので一分程お待ちください」
ごと、と受話器を置き、大量の本棚から迷うことなく一冊の本を手に取り、そしてこれまた迷うことなく目的のページを開いて再び受話器を手にする。
「お待たせしました。はい、はい…ん? たぶんそれそもそもお魚の種類が違うかと…ハナサキアオイロザカナは最低でも五メートルはあって…あ、三十センチですか、確実に違うかと思いますねえ、はい…本によると特徴としては青いボディに青い花が咲いてて…あ、はい、虹色じゃないんですよ~、ええ、はい、…また何か緊急の用事であれば大丈夫ですので、ええ、はい、お電話ありがとございました、失礼します…」
受話器を置いて、ふー、と息を吐く。
「…緊急じゃないならかけないでほしいなあ」
「そりゃメール送るより電話だと一瞬で終わるだろ」
「でもこの電話、緊急しかかけちゃいけないはずなんだけどねえ。みんななんで気軽にかけてくるんだろ…」
首を捻りながら電話回線を引き抜いた。
「お昼休憩だから抜いちゃえ」
ーーここは魔法省の一室。だだっ広い部屋にデスク、パソコン、固定電話のみが置いてあり、それらをぐるりと囲うように大量の本が本棚へ収納されていた。
魔法省が登録している魔法使いのみが使用できる緊急の固定電話、魔法使い専用緊急ダイヤルが置かれた部屋だった。
「パンでよかっただろ?」
そう言って仁がテーブルの上に大量のパンをずらりと並べた。
「僕イチゴのパンがいいなー」
「一個で済ますな。せめてあともう一個食え」
「いらないよ。だってお腹いっぱいになると本読めなくなっちゃう。さっき新しい本二冊届いたから読んで覚えなきゃ」
「お前のその特異体質? 読んだら全部覚えるヤツ。魔法使う魔法使いよりよっぽど気持ち悪いぞ」
「もー、気持ち悪いって言わないでよ。僕この特異体質気に入ってるんだから」
絢斗は全く以て魔法は使えなかったが、生まれつき読んだ本をほぼほぼ覚えることができるという特異体質だった。
「一字一句間違えず覚えてるのか?」
「さすがにそれは無理だけど、この部屋にある本の中の、どこらへんのページにどういうことが書いてあるかは覚えてる。たぶん、もっと冊数が少なかったら丸っと暗記できるんだろうけどね」
「うへー、本覚えるってイヤだな」
「僕だってできれば仁くんみたいな魔法使いになりたかったもん。魔法省に魔法使いとして登録されたかったなぁ」
「その特異体質のほうがよっぽどめずらしいけどな。お前が魔法省に入ったから魔法使い専用緊急ダイヤルなんか作られたんだろ?」
「そうみたいだねえ。ていうかここには僕しかいないし」
絢斗の仕事は、魔法省に置かれた本に書かれた魔法についての問い合わせを引き受けるというものだった。
主にメールでその日のうちに返信をし、緊急の案件については電話で答えていた。
「お前が面接で暗記した、魔法省出版の本の内容を隅から隅まで三時間喋るっつー伝説、今も残ってるぞ」
「わー…僕の黒歴史…」
「長い一発芸だな」
そう言って仁がケラケラ笑う。
でもさ、と絢斗が言った。
「たまに魔法の使い方について聞かれるんだけどわかんないよ。なんで聞いてくるんだろう。僕フツーの人間だもん。本に書いてあることしか答えられないもん。仁くん、魔法ってどうやって使うの?」
「なんとなく」
さらりと言われ、絢斗はガックリと肩を落とした。
「なんとなくで使えていいなあ…。僕も魔法を使える人生がよかった…」
パクリといちごパンを食べるもすぐに眉間に皺を寄せる。
「お腹いっぱい…」
「バカか。一口しか食ってねえだろ」
「二口食べたもん」
「同じだろ」
「だからお腹いっぱいになったら本読めなくなっちゃう」
「だからお前は骨と皮なんだよ。もっと食え」
そう言われていちごパンを頬に押し付けられるも、にこ、と笑って仁に差し出した。
「はい仁くん、あーん」
「自分で食えって言ってんだろうが!」
「だってお腹いっぱいだもん!」
そう言って仁の口にいちごパンを突っ込む。不服そうな顔をしながらも仁が食べ切ってくれた。
「仕事終わったら待ってろよ。今日は金曜だ、俺ん家で飲むぞ」
「えー、本読ませてよー。だって仁くん家行ったら…その……」
「抱かれるから本読めないってか?」
ニヤニヤ笑われながらそう聞かれ、唇を尖らせた。
「ほら、なんて? 聞こえねえよ」
「だって、その、じ、仁くんのお家行ったら…えっちなことされちゃうもん…」
「ほー。絢斗は俺にエッチなことをされたいのかあ。それは知らなかった。じゃあ今夜はご希望に応えねえとなあ」
「ちょっ! そこまで言ってないよ!?」
「違うのか?」
「……違いません」
真っ赤な顔で呟くと「合格」と笑われながら頬にキスされる。
「ここは職場ですっ」
「この前ここで抱かれたくせに」
「あ、あああれは仁くんのせいでしょ!? 仁くんが変な魔法使って僕を動けなくしたじゃん!」
「ああ、あれ? 魔法使ってねえけど」
「へ?」
「お前が勝手に勘違いしただけ。そんなエロいことするわけないだろ、ここ職場だぜ?」
怒りやら恥ずかしさやその他諸々のせいで、カーッ、と絢斗の顔が真っ赤に染まる。
「んもーっ! 僕もう休憩終わる! 仁くんも早く帰って!」
「はは、じゃあまた後で。今夜が楽しみだなあ、絢斗」
「うるさーいっ!」
楽しそうに笑う仁を追い出して、ひとり残った部屋で熱い息を吐いた。
「んもう…本読めないじゃん…」
これから読んで覚えようと思っていた本は、主に情報システム課が使う本だった。その情報システム課に仁は所属している。
ページを捲るたびに恋人の仁を思い出してしまいそうで困る。
早く読み終わって別の本に取り掛かりたいのに…真っ赤な顔を抑えながらとりあえず電話を復活させようと回線を戻した瞬間に鳴り、絢斗は受話器を取った。
「こちら魔法省魔法使い専用緊急ダイヤル、林原ですっ」




本棚を背に逃げ場のない絢斗は顔を真っ赤にさせた。
「なんでそんなに真っ赤になってんだ?」
「仁くんのせいでしょっ。そこどいてよおおお」
「えー? どうしよっかなあ」
そう言ってニヤニヤ笑う仁は両腕を本棚に突き、絢斗の動きを封じていた。
「電話が来たらどうすんのさっ」
「昼休憩前にお前が電話回線引き抜いたの見たけど?」
「うっ」
「俺さみしいなあ。かわいいかわいい恋人がずーっと本の虫になって俺のこと放っとくから。なあ、絢斗」
耳元で囁かれ、顔が熱くて熱くて仕方ない。
「この状況って誰のせいだろうなあ」
「…僕のせいだって言いたいのかい。だって仕事だもん。本の中身覚えたいもん。一回は読まなきゃどこに何書いてるか覚えらんないもん。僕は魔法使えないからこういう特異体質に頼るしかないもん…」
「だからと言って、最近は放置がすぎね?」
心当たり満載だ。きっと逆の立場ならキレている。いや、キレるだけでは足りないだろう。
職場で空き時間に本を読み、家でも本を読み、恋人である仁の前でも読んでいる。
「ま、お前の本好きは昔っからみてえだしな。しょうがないか」
「そ、そうなんだ! しょうがないんだ!」
「いわゆる理解ある彼くんってヤツかな俺は」
「そうですそうです! 理解ある彼くんで助かってます! いつもありがとう!」
「開き直んじゃねえよ」
「ひゃい…」
急に真顔になる仁の顔が迫ってくる。コレ以上逃げ場はない!
ぎゅっと目をつむると、その目元に柔らかくキスされた。
「ま、しょうがねえか。本好きを知ってて俺から交際申し込んだわけだし。魔法使えないお前がどれだけその特異体質を武器に仕事してるか知ってっし。そういうお前が好きだよ、絢斗。まあ嫉妬しまくるけど」
「ありがと…んっ、んっ……」
唇にキスを落とされ、目がとろんと落ちる。最後に可愛らしい音の鳴るキスをしてから仁は体を離した。
「そうそう、情報システムの本入っただろ? 探してるページがあってだな」
「それならその本の二分の一より前の範囲で、その四分の三辺りの右ページ上段三行目ぐらいに載ってるよ」
「特異体質すげー」
ケラケラ笑いながら「で、まずはどこに本があるんだ」と言われるので「もう仕事に戻るから自分で探してね」と言ってやる。
パソコンの前に座り、メールチェック。今日中に返さなければならないものが増え続けている。
ふと、一通のメールのタイトルが気になった。
「なんだろ。魔法省の魔法使いへ…変な件名だなぁ」
このアドレスは魔法省が登録している魔法使いしか使えない。長らくこの仕事をしているがこんな件名初めてだ。
とりあえず絢斗は開いた。
パッとメールを開いた瞬間、パソコンから大きな手のひらが現れた。それは画面上なのか突如本当に現れたのかは判断できなかった。
どこかで見覚えのある手のひらが、ぎゅ、っと閉じられる。
絢斗は聞いていた。目の奥から耳の付近にかけて、ブツンッ、と何かが切れる音を。
「…じん、くん…そこに、いる…?」
「あ? どうした」
「ごめん……なんか、何も見えなく、なっちゃった…」
絢斗は真っ暗な視界の中、自らの手を顔に近づける。距離感がわからないし、やっぱり見えない。
「失明…したかも」
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