眼ーその瞳に映るものー

ユーリ

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第三話「真実と特異体質」

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絢斗はベッドに横になり布団を被っていた。
何日経ったかわからない。ずっと無断欠勤してしまっている。
クビになってもしょうがないと思うけれど特異体質すらなくなった今、魔法省で働くことなどもうできないだろう、遅かれ早かれクビである。
『そもそも体質であってそれは魔法でもなんでもなく…言うならば朝型の体質、夜型の体質…こういったもののほうが近いので治療をすることはできません。わかってます、あなたには確かに特異体質はありました。でも…魔法のように証明することができないんです。証明できないものを戻すことは不可能です』
治療課の者にはそう言われた。
気を遣われはしたが…ただの思い込みは治せない、と遠回しに言われたように思えた。
でも、確かにあった。
本のほぼ全てを覚えられる特異体質は確かにこの体の中に存在した。…あのメールを開くまでは。
「おい、絢斗」
布団を剥がされ仁の姿が見えた。
「いい加減何か食べろ」
「…いらない」
「これでいいから飲め」
そう言って渡されたのはパウチ型の栄養補助食品。一口開けてゼリー状のそれを口に含むが、すぐに突き返す。
「いらない」
「お願いだから飲んでくれ。この三日、お前はまともに食ってないんだ」
「いらない…だってお腹いっぱいになったら…」
ハッと気づいて涙が流れた。お腹いっぱいになろうとも、もう本は読めない。
現実を受け入れられなくて本を開いた絢斗が目にしたのは、逃げていく文字だった。
恐らく精神的なものだろうけれど、並ぶ文字が全部逃げていくように見えて全く読書にならなかった。
枕に顔を突っ伏して泣いていると頭を撫でられた。
「今は有給扱いになってるから仕事のことは気にするな。きっと疲れが出ただけだろ」
ふるふると絢斗は首を横に振った。
「違う…あのメールを開いたときね、ブツンッ、って頭の中で何か切れた音がしたんだ。たぶんそのときに…」
頭の中の回路を切られたんだ、と言いかけるもやめる。そもそも特異体質は自分から言っているだけだ、医学的に証明されたものではない。
「メールを開くと同時に魔法使いに対する魔法ウイルスとして発動させたが…絢斗は魔法を使えないから、代わりに特異体質を奪ったのかもしれないな」
「…無理しないで。仁くんだってホントは僕の特異体質信じてないでしょ?」
「は?」
「僕が勝手に言ってるだけで、ホントは誰も信じてなくて…」
自分で言っていて涙が出る。情けないほどにボロボロと溢れてくる。
仁に目元を拭われ、前髪をかき上げられる。
「本気で言ってんのか?」
「だって、だって…っ、本当に僕の中にはあったけどそれを証明できるものが何もないんだ! 僕のただの思い過ごしで思い込みで…っ」
「お前のその特異体質で魔法省は新しい部署を作っただろ。それを忘れるな」
「っ」
「お前には確かに特異体質があった。俺はそれを間近で見ている。お前のその特異体質で多くの魔法使いが恩恵を受けてきた。それを忘れるな。絶対に忘れるな」
絢斗は泣いた。
優しい言葉をかけてほしくなかった。
突き放してほしかった。
お前の特異体質はただの思い込みだと、冷たく言って欲しかった。
だって…特異体質を諦めきれない自分がいる。
この体の中からなくなってしまったのにどうにかすれば元に戻るのではと期待している自分がいる。
戻る保証もない。そもそもの証明もできない。
仁の腕の中で、絢斗は声を上げて泣いた。
しかし同時に、ある疑問が姿を現した。




ベッドの上で横になる絢斗は長らく、あることを考えていた。
口に出していいものかずっと思考を巡らせていた。
相変わらず本は読めない。読みたくない。
一時の失明から二ヶ月以上が経過した。魔法省には辞表を出し、現在は仁の家で世話になっている身だった。
「絢斗」
嬉そうに笑う仁が絢斗を抱きしめる。
「だいぶ太れたな。ま、それでもまだまだ骨と皮だな」
「本読まないからお腹いっぱいになっても大丈夫だからね」
「お前は料理上手だからなー。なあ、絢斗。再就職しなくていいからずっと俺のメシ作ってくれよ~」
そう言ってすりすりとすり寄られ、絢斗は笑った。
微笑みながらそっと、仁の頬を包む。
「ねえ仁くん。僕ずっと考えてたんだ」
「あ?」
「この状況って仁くんが作り出したんじゃないかな、って」
仁も笑う。
「どういうことだ?」
「魔法省ってさ、凄腕の魔法使いが集まってるんだ。もちろんキミも含めて。そんな魔法使いたちが、たった一通のメールの差し出し人も追えないなんておかしいな、って。捜査したのは僕が失明したあとで、その様子を僕は見ていないし実際に聞いていない…捜査なんてしてないよね。たぶんだけど、僕は魔法ウイルスにすらかかっていない。治療課の人も言ってたよね、断定はできない、って。だから今回のこの一時の失明ってさ、ただただメールを開いたら魔法にかかったーーそれだけだと思う。そのメールを送ったのもキミだよね、仁くん。メールを開いたときに現れた手って、この手なんだよ」
仁の大きな手を取った。
はは、と仁が声に出して笑う。
「びっくりした。お前って結構考えてたんだな」
「合ってる?」
「合ってる。で、俺の動機は?」
「僕にかまってもらいたい、かな。僕が一時の失明をした夜、キミはこう言ったよね。『このままお前の目が治らなかったらなあ。俺を頼って、俺にまとわりついて、俺から離れられない。夢みてえな生活』ーーこの二ヶ月、僕の目は見えてるけどキミの理想に近い生活を送ってる」
唇にキスをされる。
目尻に指を、添わされた。
「あーあ、絢斗の目え取りてえ。なあ、取っていい?」
「そうしたらキミのことも見えなくなっちゃうよ?」
「それだけどうにかクリアできたらいいんだけどよ。さすがに今存在する魔法でそんな都合のいい魔法はねえんだ」
「魔法も万能じゃないんだね」
「お前が憧れる魔法なんてこんなもんだ」
瞬きをするとその一瞬の間に瞼を舐められた。
「こうやって舐めたらさ、俺だけしか映らない魔法があればいいのに」
「ずっとそんなこと思ってたの?」
「ああ。お前がずっと本に夢中だからな。一時的な失明の魔法は簡単だ。一日でいいから本じゃなく俺をかまってほしかった。でもまさか、お前の特異体質まで奪う結果になるとは思わなかった。そこは悪いと思ってる。でも最高に好都合。お前はこれで本を読めない。一生な」
「そうだね」
「俺のこと憎いって思う?」
「うーん…でもそういう原因作ったのって僕だもんね」
「そ。お前のせい。ぜーんぶお前のせい」
「特異体質、なんてあるかどうかわからないものを受け入れてくれる理解ある彼くんだと思ってたんだけどなあ」
「残念。実際は狂った彼くんだったな」
そう言って笑う仁に、絢斗も笑った。
「それを受け入れてる僕も狂った彼くんかもね」
仁の手で、自身の左目を隠した。
「片目だったら今すぐ奪っていいよ?」
仁が嬉しそうに笑ったのを見て、絢斗も嬉しくて微笑んだ。
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