カイルとリーシャと異世界の理

エルザ

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13話・世界の理(ことわり)、チリひとつ残さず

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13話・世界の理(ことわり)、チリひとつ残さず


沈痛な面持ちのアルヴィン一行と、対照的に「お仕事終わった!」と晴れやかな顔のリーシャ、そして頭を抱えるカイル。一行がギルドの重い扉を潜ったとき、酒場はいつもの喧騒に包まれていました。

しかし、アルヴィンが受付カウンターにジェネラル・ゴブリンの「変異した角(の、生き残った破片)」を叩きつけた瞬間、静まり返りました。

「報告だ……。森の奥でジェネラル・ゴブリンに遭遇……討伐した」

受付嬢は目を丸くしました。
「ジェネラル!? 王都の騎士団案件じゃない! それを……あなたたちだけで?」

「ああ、そうだ。だが……聞いてくれ。信じられないことが起きたんだ」

アルヴィンは身を乗り出し、震える声で一気に捲し立てました。

「指輪が……あの高級な『身代わりの指輪』が、ただの石っころみたいに反応しなかったんだ! それだけじゃない。僕が剣を振ったら、手応えがゼロだった。まるで最初からそこに肉なんてなかったみたいに、空間ごと滑り落ちたんだ! あと、あっちの魔導師の火球も……ありえない速度で加速して、着弾する前にゴブリンの皮を『消して』たんだよ!」

「……はぁ?」

受付嬢は、哀れみすら含んだ困惑の表情を浮かべました。

「アルヴィンさん、落ち着いてください。……指輪が壊れていた? その指輪、今朝うちの熟練技師が検品したばかりですよ。それに、『空間が滑り落ちた』って……お酒、飲みすぎじゃないですか?」

「本当なんだ! 横にいた荷物持ちのリーシャちゃんが手をかざした瞬間、ゴブリンの棍棒が砂になって消えたんだぞ! 砂だぞ、砂!」

背後で、パーティーの魔導師も必死に加勢します。
「そうよ! 私の魔法、あんな威力じゃないわ! 誰かが世界のルールを書き換えたみたいな、あんな不気味な感覚……!」

しかし、周囲の冒険者たちからはドッと爆笑が沸き起こりました。

「おいおい『黄金の風』、ジェネラル相手に腰を抜かして、揃って白昼夢でも見たのか?」
「指輪が効かなかったのは、単にビビって起動し忘れたんだろ!」
「棍棒が砂に? 魔法使いのネーちゃん、幻覚魔法の使いすぎじゃないか?」「そう見せかけたんだろ」「はは、そうに違いない」

「違うんだ! 本当なんだって!」

アルヴィンたちが必死になればなるほど、周囲の目は冷ややかになっていきました。「手柄を大きく見せようとして、ありもしない怪談をデッチ上げている」というレッテルが、彼らに貼られようとしています。

カウンターの隅で、リーシャはポカンとした顔でその光景を眺めていました。

「……ねえ、カイルさん。なんで誰も信じてくれないんでしょう? 私、あんなに頑張って『お掃除』したのに」

カイルは、胃の痛みに耐えながら、彼女を柱の陰に隠すようにして囁きました。

「……いいか、リーシャ。それが『普通』なんだ。お前がやったことは、この世界の誰にとっても『ありえないこと』なんだよ。……彼らが嘘つき呼ばわりされるのは不憫だが、ここで下手に『私がやりました』なんて言ってみろ。明日にはゼウスの軍勢がこの村を囲むことになるぞ」

足元で、猫がクスクスと喉を鳴らしました。

『……最高に皮肉ね。真実を語れば語るほど「狂人」扱いされるなんて。……でも見てなさい、カイル。あの受付嬢の引き出しの中で、リーシャが触れた「壊れたはずの指輪」が、今この瞬間も、物理法則を無視した「未知の物質」へと変質し始めていることに、誰も気づいていないわ』

結局、討伐報酬は支払われたものの、アルヴィンたちの「怪談」はギルドの笑い草として処理されてしまいました。

「……カイルさん。私、やっぱり納得いきません。私の力が『整備不良』のせいにされるなんて!」

「……やめろ、リーシャ。その拳を握るな。指先から『理』が漏れてるぞ」

「……そこまで言い張るのなら、いいでしょう」

老魔導師は、騒ぎ立てるアルヴィンたちを鋭い一喝で黙らせると、リーシャとカイルをじろりと見据えました。

「だが、ここ(受付)でやるのはマズい。……ついてきなさい。君たちの言う『物理法則の消失』とやらが、私の見識に叶うものかどうか、場所を変えて確かめさせてもらう」

一行が案内されたのは、ギルドの最深部にある、重厚な石壁に囲まれた私室でした。そこには歴史を感じさせる魔導具が並んでいましたが、老魔導師はまず、棚から古びた**「魔力測定の水晶」**を取り出し、テーブルに置きました。

「……これ、すごく高そうですね」
リーシャがおずおずと尋ねると、老魔導師は不敵に笑いました。

「ああ、特注品だ。君がもし本物の『規格外』なら、これを粉々に砕いて見せなさい。それなら実績として認めよう」

「えっ! 壊すのはダメですよ、もったいない!」

リーシャは慌てて手を後ろに隠しました。彼女にとって、高価な道具を壊すのは「掃除中に皿を割る」のと同じくらい不名誉な失敗です。カイルはその様子を見て、隣で小さく溜息をつきました。

「……リーシャ。壊さなくていい。……老魔導師どの、彼女に『破壊』を求めないでいただきたい。彼女が得意なのは……そう、**『手入れ』**だ」

「手入れ、だと?」

老魔導師が怪訝な顔をする中、リーシャは恐る恐る指先を水晶に近づけました。

「壊さないように……えいっ。『汚れ(ノイズ)』だけ、否定。」

彼女が指先を触れた瞬間、パキンという音も、まばゆい光も起きませんでした。
ただ、その水晶の中に溜まっていた、数十年分の「魔力の淀み」や「微細な傷」、そして測定の精度を落としていた「構造上の不純物」――それらが、リーシャの指が触れた場所から順に、波紋のように**消滅(クリーンアップ)**していったのです。

「な……っ!? 水晶の輝きが……変わった……?」

老魔導師は目を見開きました。
数秒前まで「使い込まれた中古品」だった水晶が、今はまるで、この世に生まれた瞬間の……いや、**「完璧な概念としての宝石」**のような、不気味なほどの透明度を放っています。

「ば、馬鹿な……。構造そのものを書き換えたというのか? 不純物という『存在』だけをこの世から消し去って……!」

老魔導師は震える手で水晶に触れようとしましたが、あまりの純度の高さに、自分の指が触れることすら「汚れ」に感じて躊躇うほどでした。

「壊れてませんよね? ほら、前よりピカピカですよ!」

リーシャは満足げに胸を張りました。アルヴィンたちは、その「静かすぎる奇跡」を前に、ただ言葉を失って立ち尽くしています。

「……理解した。……アルヴィン、君たちの報告は信じよう。だが、このことは二度と口にするな」

老魔導師は、冷や汗を拭いながらカイルに向き直りました。

「……もちろん、内密にする。こんな力が世に知れれば、この国の魔法技術そのものが『不純物』として否定されかねんからな」

「助かります。……さあ、リーシャ。実績は認められたようだ。帰るぞ」

カイルが彼女を促し、二人は嵐のような静寂を残して部屋を去っていきました。





老魔導師の計らいにより、リーシャの冒険者ランクは異例の速さで「中級」へと引き上げられました。しかし、ギルドの掲示板に貼り出された彼女専用の依頼リストを見た瞬間、リーシャの期待はガラガラと音を立てて崩れ去りました。

「……ちょっと、アルヴィンさん! これ、どういうことですか!?」

リーシャがギルドのカウンターを叩き、指し示した依頼書にはこう書かれていました。

『王都の歴史ある大聖堂:落ちない魔力の煤(すす)の除去』

『古代遺跡の最深部:数千年のカビと瘴気のクリーンアップ』

『高位魔導師の書庫:禁忌の呪いによるインク染みの抹消』

「どうしてです! なんでお掃除関係しか依頼がこないんです! 私、せっかくランクが上がったのに、これじゃあ前と変わらないじゃないですか!」

アルヴィンは、冷や汗を拭いながら遠い目をして答えました。

「いや……リーシャちゃん。君の『否定』の力は、ギルドの上層部からすれば**『世界最高の専門清掃業』**に見えちゃったんだよ。ほら、君が水晶をピカピカにしたあの日から、鑑定士のおじいさんが『彼女こそ、概念の汚れを拭える唯一の聖女だ』って各所に触れ回っちゃって……」

「聖女じゃなくて、ただの家事手伝いです! 私はゴブリン退治みたいな、もっとかっこいい冒険がしたいんです!」

リーシャが地団駄を踏む横で、カイルは苦笑いしながら依頼書を眺めていました。

「いいじゃないか、リーシャ。大聖堂や古代遺跡なんて、普通の冒険者でも一生に一度行けるかどうかだぞ。……それに、お前が『掃除』のつもりで理(ことわり)を使えば、結果的にそこにある呪いも魔物も、全部まとめて『不純物』として消えてしまう。……これが一番平和な解決法なんだろうな」

カイルは、彼女の力が「破壊」ではなく「浄化(お掃除)」という名目で世の中に受け入れられ始めたことに、少しだけ安堵していました。これならゼウスに「危険な兵器」として狙われるリスクを最小限に抑えつつ、彼女の承認欲求も(形は違えど)満たせる。

「平和じゃないです! 私は、バサバサって翼を広げたドラゴンとか、そういうのと戦ってみたいんです!」

「……ドラゴンか。お前がドラゴンに『否定』を使ったら、たぶんドラゴンの『威圧感』や『火を噴く機能』だけを消して、ただの大きなトカゲに変えちまうんだろうな……」

足元で、猫が喉を鳴らして笑いました。

『……クスクス。いいじゃない、リーシャ。世界中の「不浄」を消して回りなさいな。あなたが通った後には、チリひとつ落ちていない完璧な美しさが残る。……それはある意味、この世界を滅ぼすよりも残酷で、神聖な侵略よ』

「猫さんまで! もう、こうなったら世界中をピカピカにして、ギルドマスターに文句を言わせないくらいの実績を作ってやりますからね!」

憤慨するリーシャでしたが、手にはしっかりと『大聖堂の清掃(極秘案件)』の依頼書を握りしめていました。
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