カイルとリーシャと異世界の理

エルザ

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14話・格下を見下ろす、高慢な首輪

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14話・格下を見下ろす、高慢な首輪


王都への出発準備を進める中、ふとリーシャが荷造りの手を止めて、カイルを真剣な目で見つめました。

「カイルさん、私……すごく大切なことを忘れてました」

「なんだ? 忘れ物なら今言えよ。予備の箒か? それとも洗剤の補充か?」

カイルが予備の装備を確認しながら聞き返すと、リーシャは首を横に振って、カイルの足元で丸まっている一匹の猫を指差しました。

「いえ、そうじゃなくて。……猫さんの名前がないです」

「…………」

カイルは作業を止め、しばしの沈黙が流れました。言われてみれば、この風変わりな相棒をずっと「猫」や「お前」としか呼んでいませんでした。

猫は、黄金の瞳を細めて、面倒そうに尻尾をパタン、パタンと動かしました。

『……今更ね。私という存在に名前なんて記号、必要ないと思ってたけれど』

「でも、これから王都に行ったり、いろんな人に紹介したりするのに、『猫さん』じゃあんまりです! せっかくですから、ちゃんとした名前をつけましょう!」

そこから、即席の命名会議が始まりました。

「……『ミケ』とか『タマ』はどうだ?」
「カイルさん、安直すぎます! もっとこう、強そうで、でも可愛らしい感じがいいです。『ルナ』とか『ステラ』とか!」
『……月や星なんて、どこにでもいる名前はやめてちょうだい。もっと私にふさわしい、神秘的で……そうね、少し毒のある響きがいいわ』

あーでもない、こーでもないと提案し合う三人(二人と一匹)。
やがて、カイルがふと思い出したように、古い魔導書に記されていた「伝説の魔女」の名を口にしました。

「……キルケ。どうだ? 姿を変える術に長け、深淵の理を知る者の名だ」

その響きを聞いた瞬間、猫の尻尾がぴたりと止まりました。

『……キルケ。ふふ、悪くないわね。相手を意のままに変質させ、翻弄する……。私の性質をよく捉えているわ』

「キルケさん……。うん、可愛いです! 呼びやすくて、なんだか気品がありますね!」

リーシャがパッと笑顔になり、猫の――キルケの頭を撫でようと手を伸ばしました。キルケはいつものように器用にかわしながらも、心なしか満足げに喉を鳴らしました。

『キルケ、か。……いいわ、これからはそう呼びなさい。その名に恥じないくらい、あなたの「お掃除」という名の破壊を特等席で見守ってあげる』

「決まりですね! カイルさん、リーシャさん、それにキルケさん。私たちの新しいパーティ名の完成です!」

「……パーティ名じゃない。ただの呼び名だ」

カイルは苦笑しながら、新しく名前を得た相棒と、やる気に満ち溢れた「聖女(清掃員)」を連れて、ついに村の門をくぐりました。





夕暮れ時、二人は村の外れにある、今は誰も使っていない古い見張り小屋の掃除に取り掛かっていました。

小屋の中は数十年分の埃と湿気、そして木材の腐敗がひどい有様でした。リーシャはさっそく買いたての箒を手に取り、勢いよく床を掃こうとしましたが……。

バキッ。

「あ……」

腐りかけていた床の段差に引っかかり、おろしたての箒の柄が、無惨にも真っ二つに折れてしまいました。

「……買ったばかりなのに。……あ、でも」

リーシャは折れた断面を見つめ、ふと思いつきました。
(汚れを消せるなら、「折れている」っていう不自然な状態も、汚れと同じように「否定」すれば直せるんじゃないかな……?)

彼女が折れた柄同士を合わせ、意識を集中させようとしたその時です。
「……あら。せっかくの新品が台無しね。お気の毒に」

頭上から降ってきた優雅な声に、リーシャとカイルは顔を上げました。
壊れた窓枠に座っていたのは、艶やかな黒い毛並みを持つ一匹の猫。首元には、村では見かけないような高価な革の首輪が光っています。

「えっ……猫さんが喋った!? キルケさん以外にもいるんですね!」

リーシャが驚いて目を丸くした一方で、カイルは即座に身を固めました。しかし、黒猫はカイルの剣気など意に介さず、窓から音もなく飛び降りると、優雅な足取りでリーシャへと歩み寄りました。

「そんなに怖がらないで。私はアトラ。……この村の近くに住む『旦那様』の使いよ。最近このあたりで、せっせと掃除をして回る熱心な子がいると聞いてね」

アトラは、リーシャが抱えていた折れた箒を、憐れむように鼻先でつつきました。

「……ふふ、可哀想に。そんな安物の棒切れ一本、満足に扱えないなんて。身の丈に合わない仕事をしているから、道具に嫌われるのよ」

アトラはそう言うと、隣で毛を逆立てているキルケを一瞥しました。同じ「言葉を解する猫」同士。しかし、アトラの目には、キルケが自分と同じような存在であるとはこれっぽっちも映っていないようでした。

「あら、そっちの猫ちゃん。随分と不細工な顔をして唸るのね。……そんな貧乏そうな男の足元で震えているより、私の旦那様のところで美味しいミルクでも貰えばいいのに。野良には野良なりの、必死な生き方があるのかしら?」

『……っ!?』

キルケは絶句しました。自分という存在の異質さに気づかれるどころか、ただの「態度の悪い野良猫」扱い。アトラにとって、言葉を喋れるのは「選ばれた自分だけ」であり、目の前の猫が自分と同じ能力を持っている可能性など、鼻から考えてもいないようです。

「お嬢さん、お掃除の続き、頑張りなさいな。旦那様も、貴女のような『勤勉な平民』がどんな働きをするのか、暇つぶしに楽しみにしていらっしゃるわよ」

アトラは優雅に身を翻すと、夜の闇へと消えていきました。

小屋に残されたリーシャは、折れた箒を握りしめたまま、ポカンとしていました。
(……今の子、全然気づいてなかった。私が本当は、この箒を『折れていないこと』にできるってことも、キルケさんが喋れることも……)

「……カイルさん。あの子、キルケさんのこと野良猫だって……」

「……ああ。どうやらあいつは、自分が唯一無二の存在だと信じ込んでいるらしい。お前の力も、単なる『手際のいい掃除』だと思っている。……だが、それでいい。向こうが勝手に見くびってくれているうちは、こちらにとっても好都合だ」

カイルは安堵混じりに言いましたが、足元のキルケはそうはいきません。

『……許せない。あの高慢ちきな首輪猫、私のことを不細工な野良猫だなんて! リーシャ、今すぐその箒を直して、あの窓の外に放り投げてやりなさい! あいつの度肝を抜いてやるわ!』

「ダメですよキルケさん、カイルさんに怒られちゃいます。……でも、確かにちょっと悔しいですね」

リーシャは結局、理を使って箒を直したい衝動をぐっと堪え、手近な紐で柄を縛りながら、「ピカピカにして、あの子を驚かせてやるんだから」と、ささやかな対抗心を燃やすのでした。
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