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17話・寸止めの洗濯
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17話・寸止めの洗濯
ギルドの前に積み上がった「壊れ物」の山を前に、カイルはこめかみを押さえ、リーシャは困り顔で立ち尽くしていました。
そんな二人を見上げながら、キルケが呆れたように尻尾を振りました。
『いい、リーシャ。あなたが完璧主義なのは知ってるけれど、あんな風に新品同様に「戻しすぎる」から騒ぎになるのよ。そもそも、この世界の人間にとって、壊れたものが勝手に繋がるなんてホラー以外の何物でもないんだから』
キルケが尻尾をピシッと立てて言い放ちました。
「うぅ……。でも、中途半端に壊れたまま(汚れたまま)にしておくのって、なんだかムズムズして……」
「我慢しろ、リーシャ。俺は魔法が使えない。お前が『やりすぎた』時、後から魔法で誤魔化してやることはできないんだ。お前自身が、最初から『ほどほどに直った』ように見せかけるしかない」
カイルが腕を組み、真剣な表情で釘を刺しました。
「……分かりました。一日の依頼は三つまで。それから、完璧に「新品」にするんじゃなくて……『奇跡的に、まだ動く』くらいに留めます!」
こうして、リーシャの**「寸止め修理(お掃除)」**の特訓が始まりました。
――数日後のギルドにて。
「次の方、どうぞー。……あ、その錆びついた真鍮の天秤ですね。お預かりします」
リーシャは、依頼人をカーテンの奥の作業場へ通さず、一人で向き合いました。
以前なら、一瞬で黄金の輝きを取り戻させるところですが、今の彼女は違います。
(深呼吸して……。錆びて動かないのは「汚れ」だけど、長年使われてきた「傷」や「真鍮の色褪せ」は、持ち主さんの思い出……。だから、そこは否定しちゃダメ……)
リーシャは指先を震わせながら、極限まで意識を集中させました。
「……『動かない原因の癒着』だけを、否定します」
カチッ。
天秤の可動部から、わずかに錆の粉が落ちました。
見た目は相変わらず古ぼけていて、傷だらけです。しかし、指で触れると滑らかに、そして正確に左右の皿が揺れ始めました。
「はい、お待たせしました! 頑固な錆を『否定』しておきましたので、また使えるようになりましたよ」
戻ってきた天秤を受け取った商人は、目を丸くしました。
「おお……! 見た目はそのままだが、新品の時より動きがスムーズだ! 魔法で無理やり繋げたような違和感もない。あんた、一体どんな魔法の洗剤を使ってるんだ?」
「えへへ、企業秘密です!」
その様子を、物陰からアトラが震えながら見守っていました。
(……恐ろしい子。完璧に消すことよりも、必要な部分だけを残して「自然に見せる」なんて……。この世界の理(ことわり)を、粘土細工か何かだと思っているの……?)
アトラにとって、リーシャの「加減を覚えた否定」は、前回のオルゴールの時よりも一層、底知れない恐怖として映っていました。
一方、カイルはリーシャの成長に安堵しつつも、ギルドに並ぶ「三つの枠」を奪い合う村人たちの熱気に、早くも頭を抱え始めていました。
「いいか、よく聞け。ここは『清掃ギルド』の出張窓口だ。万事屋でもなけりゃ、奇跡の泉でもない」
ギルドの受付横、カイルの低く冷徹な声が響き渡りました。
彼の前には、血気盛んな冒険者たちが、お宝の山……もとい、修復不可能なレベルまで破壊された「かつての装備品」を抱えて列をなしています。
「おい、旦那! 頼むよ、この『飛竜の鱗の盾』、真っ二つなんだ! 洗えばくっつくんだろ!? 縁起物なんだよ!」
一人の巨漢の戦士が、バキバキに砕けた盾を差し出しました。カイルは一瞥もしないまま、その盾の断面を指先で弾きました。
「鱗が剥離し、芯材の魔導金属が完全に死んでる。これを直すのは掃除じゃない、『再構築』だ。リーシャの洗剤(理)を無駄遣いさせるな。……次だ」
「なっ……! 金なら払うって言ってんだろ!」
戦士が食い下がろうとした瞬間、カイルの瞳がわずかに細まりました。
魔法こそ使えませんが、かつて戦場を蹂躙した「断絶の剣」の覇気が、鋭いナイフのように男の喉元を撫でました。
「……金で解決したいなら王都の工匠ギルドへ行け。ここは『掃除』を依頼する場所だ。……それとも、その盾と一緒に、お前の無礼な態度も『掃除(消去)』してほしいか?」
「っ……ひ、ひぃっ! す、すまねえ!」
男は砕けた盾を抱え、脱兎のごとく逃げ出しました。
カイルはふぅと短く息を吐き、隣で「えっ、今のくらいなら直せますよ……?」と声をかけようとしたリーシャを、視線だけで制しました。
「リーシャ。お前が『できる』ことと、『受けていい』ことは別だ。一度甘い顔をすれば、明日は城門の修理を頼まれ、明後日には崩れた山の修復を頼まれる。……お前を土木作業員にするつもりはない」
「……は、はい。カイルさん、厳しいです……」
「これが俺の仕事だ。お前は、その三つの枠に入る『本当に掃除が必要なもの』だけに集中しろ」
カイルは、押し寄せる欲深い依頼人たちを、その経験に裏打ちされた「鑑定眼」と「凄み」だけで次々と選別していきます。
「次。……その剣の錆、ただの錆じゃないな。呪術的な汚染だ。リーシャ、これはお前の出番だ。だが、刃こぼれまで直すなよ。錆を落として『斬れるようにする』だけだ」
「分かりました! カイルさん、見ててくださいね、最高の『寸止め』ですから!」
キルケはカウンターの上で、カイルの「防波堤」ぶりを満足げに眺めていました。
『ふふ、いいコンビじゃない。カイルが「常識」という名の檻を作り、その中であなたが「非常識」を少しだけ披露する……。これなら、王都の連中に嗅ぎつけられるのも少しは遅れるかしらね』
その時、列の最後尾で、自分の毛並みを必死に整えながら、アトラがおどおどと順番を待っているのが見えました。彼女が抱えているのは、自分の主の持ち物ではなく、どこか「個人的な」雰囲気の漂う小さな包みでした。
ギルドの前に積み上がった「壊れ物」の山を前に、カイルはこめかみを押さえ、リーシャは困り顔で立ち尽くしていました。
そんな二人を見上げながら、キルケが呆れたように尻尾を振りました。
『いい、リーシャ。あなたが完璧主義なのは知ってるけれど、あんな風に新品同様に「戻しすぎる」から騒ぎになるのよ。そもそも、この世界の人間にとって、壊れたものが勝手に繋がるなんてホラー以外の何物でもないんだから』
キルケが尻尾をピシッと立てて言い放ちました。
「うぅ……。でも、中途半端に壊れたまま(汚れたまま)にしておくのって、なんだかムズムズして……」
「我慢しろ、リーシャ。俺は魔法が使えない。お前が『やりすぎた』時、後から魔法で誤魔化してやることはできないんだ。お前自身が、最初から『ほどほどに直った』ように見せかけるしかない」
カイルが腕を組み、真剣な表情で釘を刺しました。
「……分かりました。一日の依頼は三つまで。それから、完璧に「新品」にするんじゃなくて……『奇跡的に、まだ動く』くらいに留めます!」
こうして、リーシャの**「寸止め修理(お掃除)」**の特訓が始まりました。
――数日後のギルドにて。
「次の方、どうぞー。……あ、その錆びついた真鍮の天秤ですね。お預かりします」
リーシャは、依頼人をカーテンの奥の作業場へ通さず、一人で向き合いました。
以前なら、一瞬で黄金の輝きを取り戻させるところですが、今の彼女は違います。
(深呼吸して……。錆びて動かないのは「汚れ」だけど、長年使われてきた「傷」や「真鍮の色褪せ」は、持ち主さんの思い出……。だから、そこは否定しちゃダメ……)
リーシャは指先を震わせながら、極限まで意識を集中させました。
「……『動かない原因の癒着』だけを、否定します」
カチッ。
天秤の可動部から、わずかに錆の粉が落ちました。
見た目は相変わらず古ぼけていて、傷だらけです。しかし、指で触れると滑らかに、そして正確に左右の皿が揺れ始めました。
「はい、お待たせしました! 頑固な錆を『否定』しておきましたので、また使えるようになりましたよ」
戻ってきた天秤を受け取った商人は、目を丸くしました。
「おお……! 見た目はそのままだが、新品の時より動きがスムーズだ! 魔法で無理やり繋げたような違和感もない。あんた、一体どんな魔法の洗剤を使ってるんだ?」
「えへへ、企業秘密です!」
その様子を、物陰からアトラが震えながら見守っていました。
(……恐ろしい子。完璧に消すことよりも、必要な部分だけを残して「自然に見せる」なんて……。この世界の理(ことわり)を、粘土細工か何かだと思っているの……?)
アトラにとって、リーシャの「加減を覚えた否定」は、前回のオルゴールの時よりも一層、底知れない恐怖として映っていました。
一方、カイルはリーシャの成長に安堵しつつも、ギルドに並ぶ「三つの枠」を奪い合う村人たちの熱気に、早くも頭を抱え始めていました。
「いいか、よく聞け。ここは『清掃ギルド』の出張窓口だ。万事屋でもなけりゃ、奇跡の泉でもない」
ギルドの受付横、カイルの低く冷徹な声が響き渡りました。
彼の前には、血気盛んな冒険者たちが、お宝の山……もとい、修復不可能なレベルまで破壊された「かつての装備品」を抱えて列をなしています。
「おい、旦那! 頼むよ、この『飛竜の鱗の盾』、真っ二つなんだ! 洗えばくっつくんだろ!? 縁起物なんだよ!」
一人の巨漢の戦士が、バキバキに砕けた盾を差し出しました。カイルは一瞥もしないまま、その盾の断面を指先で弾きました。
「鱗が剥離し、芯材の魔導金属が完全に死んでる。これを直すのは掃除じゃない、『再構築』だ。リーシャの洗剤(理)を無駄遣いさせるな。……次だ」
「なっ……! 金なら払うって言ってんだろ!」
戦士が食い下がろうとした瞬間、カイルの瞳がわずかに細まりました。
魔法こそ使えませんが、かつて戦場を蹂躙した「断絶の剣」の覇気が、鋭いナイフのように男の喉元を撫でました。
「……金で解決したいなら王都の工匠ギルドへ行け。ここは『掃除』を依頼する場所だ。……それとも、その盾と一緒に、お前の無礼な態度も『掃除(消去)』してほしいか?」
「っ……ひ、ひぃっ! す、すまねえ!」
男は砕けた盾を抱え、脱兎のごとく逃げ出しました。
カイルはふぅと短く息を吐き、隣で「えっ、今のくらいなら直せますよ……?」と声をかけようとしたリーシャを、視線だけで制しました。
「リーシャ。お前が『できる』ことと、『受けていい』ことは別だ。一度甘い顔をすれば、明日は城門の修理を頼まれ、明後日には崩れた山の修復を頼まれる。……お前を土木作業員にするつもりはない」
「……は、はい。カイルさん、厳しいです……」
「これが俺の仕事だ。お前は、その三つの枠に入る『本当に掃除が必要なもの』だけに集中しろ」
カイルは、押し寄せる欲深い依頼人たちを、その経験に裏打ちされた「鑑定眼」と「凄み」だけで次々と選別していきます。
「次。……その剣の錆、ただの錆じゃないな。呪術的な汚染だ。リーシャ、これはお前の出番だ。だが、刃こぼれまで直すなよ。錆を落として『斬れるようにする』だけだ」
「分かりました! カイルさん、見ててくださいね、最高の『寸止め』ですから!」
キルケはカウンターの上で、カイルの「防波堤」ぶりを満足げに眺めていました。
『ふふ、いいコンビじゃない。カイルが「常識」という名の檻を作り、その中であなたが「非常識」を少しだけ披露する……。これなら、王都の連中に嗅ぎつけられるのも少しは遅れるかしらね』
その時、列の最後尾で、自分の毛並みを必死に整えながら、アトラがおどおどと順番を待っているのが見えました。彼女が抱えているのは、自分の主の持ち物ではなく、どこか「個人的な」雰囲気の漂う小さな包みでした。
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