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23話・掃除婦の無自覚な実力
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23話・掃除婦の無自覚な実力
*
「……そこまでだ!」
カイルの声が響き、二人の動きが止まりました。
結果は、リーシャが放り投げたように振るった木刀を、女性剣士が鮮やかに弾き飛ばし、その喉元を制する形。……見た目上は、完璧な女性の勝利です。
「……私の、勝ちね」
女性は激しく肩で息をしながら、勝利を宣言しました。
対するリーシャは、カイルの言いつけ通り「あえて」泥の上を転がったりしたせいで、エプロンドレスの裾は汚れ、頬には返り血がべったりとついています。
誰が見ても、必死に食らいついた末に力尽きた「素人の女の子」の姿。
しかし、勝利したはずの女性剣士は、弾き飛ばしたはずのリーシャの木刀と、自分の握りしめた模擬剣を交互に見て、顔を蒼白にさせていました。
(なんなの……今の……。ただの木刀同士で打ち合っただけなのに……!)
彼女は、勝利の喜びなど一瞬で吹き飛ぶほどの、生理的な恐怖を感じていました。
技術では圧倒した。最後も、武器を落とさせた。……けれど、打ち合うたびに感じたあの「絶望的な拒絶感」は何だったのか。
「約束通り、その名剣は私が貰い受けるわ。……と言いたいところだけど」
女性剣士は、リーシャが背負っている『竜の顎』を、まるで呪いの遺物でも見るかのように睨みつけました。
「……いらないわよ、そんな気味の悪いもの! 返してあげるわ!」
「えっ? どうしてですか? 私、負けちゃったのに」
「納得できないからよ! 確かに私は勝ったわ。でも……何なのよ、さっきのあの手応えは!? 同じ模擬剣(ぼう)のはずなのに、打ち合うたびに私の剣の方が折れそうになるなんて……!」
彼女は、自分が勝ったはずの試合の内容が、自分の知る「物理」の概念から完全に逸脱していることに、激しい眩暈を感じていました。
「それに、その泥だらけの顔で笑いながら、私に一歩も引かなかったあの感じ……。あなたがその名剣を担いでいる姿を見るだけで、自分が一生かけて積み上げた技術が、砂のお城みたいに無意味に思えて……怖いのよ!」
女性剣士は、プライドをズタズタにされたというより、**「理解できない怪物」**の鱗を間近で見てしまったような顔で叫びました。
「そんなデタラメな剣、もう二度と見せないで! さっさとそれを持って、私の視界から消えなさい!」
彼女は、名剣をリーシャに突き返すというより、自分自身の平穏を守るために「異物」を追い払うようにして、逃げるように去っていきました。
「……やったぁ! カイルさん、やっぱりこれ私のままでいいみたいです! 私の負けっぷりが、よっぽど酷かったんでしょうか?」
「……いや。お前が『普通』を演じようとすればするほど、逆に底知れなさが際立って、あいつを震え上がらせただけだと思うぞ」
カイルは深々と溜息を吐き、泥だらけで喜んでいるリーシャの頭に手を置きました。
(……とりあえず、あいつも『あれはただの変な娘だ』と思い込もうとして逃げたんだろうな。……命拾いしたな、あいつ)
「さて、カイルさん! 汚れちゃいましたし、帰ったら思いっきりお掃除しましょう!」
「……ああ。だが、その前にその顔を洗え。幽霊の返り血を浴びた掃除婦なんて、目立ちすぎて困る」
数日後。
ギルドの裏庭には、再び木刀を構えるリーシャの姿がありました。
目の前に立つのは、先日去っていった女性剣士……ではなく、彼女が連れてきた一人の少女。小柄ながら、その立ち姿には一点の隙もありません。
どうやらあの女性剣士、あまりの理不尽な手応えに恐怖した結果、**「あれは素人のふりをして、魔法で慣性を操作し、あえて隙を見せてからカウンターで腕を壊しにくる、とんでもない高等戦術の使い手よ」**と、尾ヒレをつけすぎて周囲に言いふらしたようです。
「……話は聞いたわ。名剣の性能を隠れ蓑に、模擬剣で相手の骨を砕きにかかる『冷酷な策士』がいるってね」
少女は静かに、しかし研ぎ澄まされた殺気を放ちながら言いました。
「えっ、れいこくな……さくし? あの、私はただのお掃除が……」
「問答無用! 私が勝ったら、その『底知れない正体』を暴かせてもらうわよ!」
少女が鋭く地を蹴りました。
「いいですよ! よろしくお願いします!」
リーシャは、またしても呑気に返事をしながら、カイルの教え通り「それっぽく」木刀を振るいました。
(……おいおい、絶対に勘違いだぞ。あいつに『策』なんて高尚なもんがあるわけないだろ。それに尾ヒレつきすぎだろう。誰だよ冷酷な策士って。ただの掃除馬鹿だぞ)
壁際で見守っていたカイルは、額を押さえて天を仰ぎました。しかし、次の瞬間、カイルの目は驚愕に見開かれます。
「――そこっ!」
リーシャが「えいっ」と無造作に放った横なぎ。本来なら、リーシャの無意識の物理否定によって、どんな武器であれ「掃除」されるように弾き飛ばされるはずの一振り。
しかし、少女はそれを力で受け止めませんでした。
木刀が触れる寸前、少女は紙一重の体捌きで衝撃をいなし、逆にリーシャの木刀の側面を滑らせるようにして、その懐へ鋭く滑り込んできたのです。
「……えっ!?」
リーシャが驚きの声を上げます。
彼女の「お掃除」は、対象を拒絶することには長けていますが、相手が**「汚れ(攻撃)を押し付けず、水のように受け流す」**という極限の技術を持っていた場合、否定すべき「衝突」そのものが生まれません。
少女の木刀が、リーシャの肩を鋭く突きました。
「甘いわね。どれだけ『異能』で重さを誤魔化そうと、当たらなければ意味がない。あなたの動き、隙だらけよ!」
少女はそこから、嵐のような連続攻撃を叩き込みました。
リーシャは「うわわっ!」と慌てて木刀を振り回しますが、少女はそのすべての軌道を見切り、最小限の動きで回避しては、的確にリーシャの急所を叩いていきます。
(……マジかよ。あいつの理不尽な防御を、純粋な『技術』だけで互角以上に封じ込めてやがる……!)
カイルは確信しました。この少女は本物です。リーシャが「無意識に世界を書き換えている」ことすら察知させないほど、完璧な円の動きで力を逃がし続けている。
「もう、そんなにチョコマカ動かれると、埃が舞って大変じゃないですか!」
リーシャが少しだけ本気で、空間を「整頓」するように木刀を縦に振り下ろしました。
重力無視の加速。しかし、少女はそれすらも予測していたかのように、空中で体を捻り、木刀を支点にしてリーシャの背後へと飛び越えました。
「……捉えたわ! その『策士』の化けの皮、剥がしてあげる!」
背後から放たれる、少女の必殺の一撃。
リーシャの「理不尽な掃除」と、少女の「神速の技術」。
二人の模擬戦は、カイルが「……これ、どうやって止めるんだ?」と冷や汗を流すほどの、ハイレベルな死闘へと発展していくのでした。
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「……そこまでだ!」
カイルの声が響き、二人の動きが止まりました。
結果は、リーシャが放り投げたように振るった木刀を、女性剣士が鮮やかに弾き飛ばし、その喉元を制する形。……見た目上は、完璧な女性の勝利です。
「……私の、勝ちね」
女性は激しく肩で息をしながら、勝利を宣言しました。
対するリーシャは、カイルの言いつけ通り「あえて」泥の上を転がったりしたせいで、エプロンドレスの裾は汚れ、頬には返り血がべったりとついています。
誰が見ても、必死に食らいついた末に力尽きた「素人の女の子」の姿。
しかし、勝利したはずの女性剣士は、弾き飛ばしたはずのリーシャの木刀と、自分の握りしめた模擬剣を交互に見て、顔を蒼白にさせていました。
(なんなの……今の……。ただの木刀同士で打ち合っただけなのに……!)
彼女は、勝利の喜びなど一瞬で吹き飛ぶほどの、生理的な恐怖を感じていました。
技術では圧倒した。最後も、武器を落とさせた。……けれど、打ち合うたびに感じたあの「絶望的な拒絶感」は何だったのか。
「約束通り、その名剣は私が貰い受けるわ。……と言いたいところだけど」
女性剣士は、リーシャが背負っている『竜の顎』を、まるで呪いの遺物でも見るかのように睨みつけました。
「……いらないわよ、そんな気味の悪いもの! 返してあげるわ!」
「えっ? どうしてですか? 私、負けちゃったのに」
「納得できないからよ! 確かに私は勝ったわ。でも……何なのよ、さっきのあの手応えは!? 同じ模擬剣(ぼう)のはずなのに、打ち合うたびに私の剣の方が折れそうになるなんて……!」
彼女は、自分が勝ったはずの試合の内容が、自分の知る「物理」の概念から完全に逸脱していることに、激しい眩暈を感じていました。
「それに、その泥だらけの顔で笑いながら、私に一歩も引かなかったあの感じ……。あなたがその名剣を担いでいる姿を見るだけで、自分が一生かけて積み上げた技術が、砂のお城みたいに無意味に思えて……怖いのよ!」
女性剣士は、プライドをズタズタにされたというより、**「理解できない怪物」**の鱗を間近で見てしまったような顔で叫びました。
「そんなデタラメな剣、もう二度と見せないで! さっさとそれを持って、私の視界から消えなさい!」
彼女は、名剣をリーシャに突き返すというより、自分自身の平穏を守るために「異物」を追い払うようにして、逃げるように去っていきました。
「……やったぁ! カイルさん、やっぱりこれ私のままでいいみたいです! 私の負けっぷりが、よっぽど酷かったんでしょうか?」
「……いや。お前が『普通』を演じようとすればするほど、逆に底知れなさが際立って、あいつを震え上がらせただけだと思うぞ」
カイルは深々と溜息を吐き、泥だらけで喜んでいるリーシャの頭に手を置きました。
(……とりあえず、あいつも『あれはただの変な娘だ』と思い込もうとして逃げたんだろうな。……命拾いしたな、あいつ)
「さて、カイルさん! 汚れちゃいましたし、帰ったら思いっきりお掃除しましょう!」
「……ああ。だが、その前にその顔を洗え。幽霊の返り血を浴びた掃除婦なんて、目立ちすぎて困る」
数日後。
ギルドの裏庭には、再び木刀を構えるリーシャの姿がありました。
目の前に立つのは、先日去っていった女性剣士……ではなく、彼女が連れてきた一人の少女。小柄ながら、その立ち姿には一点の隙もありません。
どうやらあの女性剣士、あまりの理不尽な手応えに恐怖した結果、**「あれは素人のふりをして、魔法で慣性を操作し、あえて隙を見せてからカウンターで腕を壊しにくる、とんでもない高等戦術の使い手よ」**と、尾ヒレをつけすぎて周囲に言いふらしたようです。
「……話は聞いたわ。名剣の性能を隠れ蓑に、模擬剣で相手の骨を砕きにかかる『冷酷な策士』がいるってね」
少女は静かに、しかし研ぎ澄まされた殺気を放ちながら言いました。
「えっ、れいこくな……さくし? あの、私はただのお掃除が……」
「問答無用! 私が勝ったら、その『底知れない正体』を暴かせてもらうわよ!」
少女が鋭く地を蹴りました。
「いいですよ! よろしくお願いします!」
リーシャは、またしても呑気に返事をしながら、カイルの教え通り「それっぽく」木刀を振るいました。
(……おいおい、絶対に勘違いだぞ。あいつに『策』なんて高尚なもんがあるわけないだろ。それに尾ヒレつきすぎだろう。誰だよ冷酷な策士って。ただの掃除馬鹿だぞ)
壁際で見守っていたカイルは、額を押さえて天を仰ぎました。しかし、次の瞬間、カイルの目は驚愕に見開かれます。
「――そこっ!」
リーシャが「えいっ」と無造作に放った横なぎ。本来なら、リーシャの無意識の物理否定によって、どんな武器であれ「掃除」されるように弾き飛ばされるはずの一振り。
しかし、少女はそれを力で受け止めませんでした。
木刀が触れる寸前、少女は紙一重の体捌きで衝撃をいなし、逆にリーシャの木刀の側面を滑らせるようにして、その懐へ鋭く滑り込んできたのです。
「……えっ!?」
リーシャが驚きの声を上げます。
彼女の「お掃除」は、対象を拒絶することには長けていますが、相手が**「汚れ(攻撃)を押し付けず、水のように受け流す」**という極限の技術を持っていた場合、否定すべき「衝突」そのものが生まれません。
少女の木刀が、リーシャの肩を鋭く突きました。
「甘いわね。どれだけ『異能』で重さを誤魔化そうと、当たらなければ意味がない。あなたの動き、隙だらけよ!」
少女はそこから、嵐のような連続攻撃を叩き込みました。
リーシャは「うわわっ!」と慌てて木刀を振り回しますが、少女はそのすべての軌道を見切り、最小限の動きで回避しては、的確にリーシャの急所を叩いていきます。
(……マジかよ。あいつの理不尽な防御を、純粋な『技術』だけで互角以上に封じ込めてやがる……!)
カイルは確信しました。この少女は本物です。リーシャが「無意識に世界を書き換えている」ことすら察知させないほど、完璧な円の動きで力を逃がし続けている。
「もう、そんなにチョコマカ動かれると、埃が舞って大変じゃないですか!」
リーシャが少しだけ本気で、空間を「整頓」するように木刀を縦に振り下ろしました。
重力無視の加速。しかし、少女はそれすらも予測していたかのように、空中で体を捻り、木刀を支点にしてリーシャの背後へと飛び越えました。
「……捉えたわ! その『策士』の化けの皮、剥がしてあげる!」
背後から放たれる、少女の必殺の一撃。
リーシャの「理不尽な掃除」と、少女の「神速の技術」。
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