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26話・神の座の剥落、無能に還る断罪の音
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26話・神の座の剥落、無能に還る断罪の音
ゼウスが杖を振るい、世界を支配する漆黒の魔力を解き放つ。空間そのものを書き換える絶望的な権能が、リーシャを飲み込もうと膨れ上がった。
しかし、リーシャは動じない。彼女は手にしたハタキを空中で軽くひと振りし、続いて濡れ雑巾を虚空へとしならせた。
リーシャがハタキで空を撫でた瞬間、空間に微かな震動が走る。
ゼウスが杖に込めた魔力の「出力」ではなく、それを生み出しているゼウスの核――魔力の循環機関そのものに、見えない理の亀裂が入った。
「な……っ!? 貴様、俺の権能に何を……!」
ゼウスが慌てて杖を立て直すが、すでに遅かった。
リーシャは彼の身体に指一本触れない。ただ、空中の目に見えない「澱み」を雑巾で拭うような仕草を二度、三度と繰り返す。
ゼウスは喉をかきむしり、悶絶していました。彼が神殿の「理不尽」を取り込み、誇らしげに肥大化させていた最強の魔導器官。それが今、リーシャの不可視の手によって「こびりついた汚れ」として、細胞のひとつひとつに至るまで徹底的に剥ぎ取られていきます。
「あ、あああ……っ!? 俺の、俺の理不尽が……神の力が消えていく……!」
「……否定します。そんな、他人の命を吸って肥大した醜い内臓なんて、お掃除の対象でしかありません」
リーシャがハタキをひるがえすたび、ゼウスの体内から「魔力を生み出す機能」そのものが消滅していきます。単に魔力が枯渇したのではない。魔力を生成する内臓そのものが、最初から存在しなかったかのような滑らかな空白へと書き換えられていくのです。
「やめろ……それだけは……! 魔法のない俺に、何が残るというのだ……!」
魔力至上主義の世界において、魔導器官を失うことは死よりも残酷な宣告です。一生、灯りひとつ灯せず、護身の魔法すら使えない。かつて見下していた「無能な民」以下にまで叩き落とされた絶望に、ゼウスの瞳から光が消えました。
そこへ、背後の壁が音を立てて崩れました。
現れたのは、これ以上ないほどに冷めたカイルでした。
カイルは崩れた瓦礫の上に片足をかけ、這いつくばるゼウスを、ゴミを見るような冷徹な眼差しで見下ろしました。
「……自業自得だ、ゼウス」
短く、それだけを吐き捨てました。
「カイル……貴様……この俺を、こんな……!」
「黙れ。そんな借り物の『理不尽』で神にでもなったつもりだったのか? ……無様に。今のお前には、俺と同じように生きるための魔力しか残っていない」
カイルの声には、怒りすらありませんでした。元々「生きるための最小限」の魔力しか持たないカイルにとって、すべてを失って空っぽになったゼウスは、もはや敵と呼ぶ価値すらない「ただの人間」でした。
神を目指した男が、かつて「欠陥品」と蔑んだ男に見下され、同情すらされずに切り捨てられる。
リナは、妹のリサを抱きしめたまま、その光景を呆然と見つめていました。世界の理を掌握したはずのゼウスが、一人の少女の「お掃除」と、一人の男の「一言」によって、完全に終わったことを悟ったのです。
「リーシャ。……もういい」
カイルは背を向け、それ以上ゼウスを見ることはありませんでした。
*
神殿での戦いから数週間。世界を揺るがした騒乱は、まるで最初からなかったかのように、平穏な日常へと塗り替えられていきました。
平穏な日常の風景。
カイルとリーシャの生活は、以前と何ら変わりませんでした。
カイルは相変わらず、拠点の片隅で黙々と剣を振っています。ただ一つ変わったことといえば、時折自分の手を見つめて「……技術、だよな」と独りごちては、少しだけ遠い目をするようになったことくらいです。
「カイルさん、そこ。汗が飛んで床が汚れていますよ。拭いてくださいね」
「……ああ、わかったよ」
リーシャはリーシャで、世界を救ったハタキを今日も元気に振り回し、棚の埃を追い払っています。彼女にとってゼウスとの死闘も、溜まりに溜まった大掃除のひとつに過ぎなかったのでしょう。
終わらない絶望:ゼウスのその後。
一方で、すべてを失ったゼウスは、地を這うような惨めな日々を送っていました。
「金だ……! 金ならいくらでもある! 最高の魔導師を呼べ! どんな秘宝でも競り落としてこい!」
かつて蓄えた莫大な私財を投げ打ち、ゼウスは失われた魔導器官を取り戻そうと血眼になりました。世界中から高名な治癒術師や、禁忌の術を知る研究者を呼び寄せ、魔法を、力を、神の片鱗を取り戻そうと足掻き続けます。
しかし、そのすべてが無意味でした。
「……無理です。旦那様、あなたの体には、そもそも魔力を蓄える器(スペース)すら存在しない。まるで、最初から魔法の概念を拒絶するように『洗浄』されている……。これは治療の範疇を超えています」
術師たちは首を振り、去っていきました。どんなに金を積もうと、リーシャが「否定」し、更地にしたゼウスの体内には、魔力の粒ひとつ定着することはありませんでした。
「待て! まだ報酬を上乗せしてやる! 行くな、俺を見捨てるな!」
叫び声は虚しく響くだけでした。
魔力こそがステータスであり、力こそが法であるこの世界において、魔法を一切使えない男に仕え続ける者など一人もいません。
一人、また一人と、金目当てで群がっていた取り巻きたちが離れていきました。かつて彼が「無能」と見下していた平民たちと同じ……いえ、それ以下の、ただの力ない人として、ゼウスは豪華すぎる屋敷の暗がりに取り残されました。
彼の手元には、どれほど積んでも魔力の一滴すら買えない、無機質な金貨の山だけが虚しく輝いていました。
ゼウスが杖を振るい、世界を支配する漆黒の魔力を解き放つ。空間そのものを書き換える絶望的な権能が、リーシャを飲み込もうと膨れ上がった。
しかし、リーシャは動じない。彼女は手にしたハタキを空中で軽くひと振りし、続いて濡れ雑巾を虚空へとしならせた。
リーシャがハタキで空を撫でた瞬間、空間に微かな震動が走る。
ゼウスが杖に込めた魔力の「出力」ではなく、それを生み出しているゼウスの核――魔力の循環機関そのものに、見えない理の亀裂が入った。
「な……っ!? 貴様、俺の権能に何を……!」
ゼウスが慌てて杖を立て直すが、すでに遅かった。
リーシャは彼の身体に指一本触れない。ただ、空中の目に見えない「澱み」を雑巾で拭うような仕草を二度、三度と繰り返す。
ゼウスは喉をかきむしり、悶絶していました。彼が神殿の「理不尽」を取り込み、誇らしげに肥大化させていた最強の魔導器官。それが今、リーシャの不可視の手によって「こびりついた汚れ」として、細胞のひとつひとつに至るまで徹底的に剥ぎ取られていきます。
「あ、あああ……っ!? 俺の、俺の理不尽が……神の力が消えていく……!」
「……否定します。そんな、他人の命を吸って肥大した醜い内臓なんて、お掃除の対象でしかありません」
リーシャがハタキをひるがえすたび、ゼウスの体内から「魔力を生み出す機能」そのものが消滅していきます。単に魔力が枯渇したのではない。魔力を生成する内臓そのものが、最初から存在しなかったかのような滑らかな空白へと書き換えられていくのです。
「やめろ……それだけは……! 魔法のない俺に、何が残るというのだ……!」
魔力至上主義の世界において、魔導器官を失うことは死よりも残酷な宣告です。一生、灯りひとつ灯せず、護身の魔法すら使えない。かつて見下していた「無能な民」以下にまで叩き落とされた絶望に、ゼウスの瞳から光が消えました。
そこへ、背後の壁が音を立てて崩れました。
現れたのは、これ以上ないほどに冷めたカイルでした。
カイルは崩れた瓦礫の上に片足をかけ、這いつくばるゼウスを、ゴミを見るような冷徹な眼差しで見下ろしました。
「……自業自得だ、ゼウス」
短く、それだけを吐き捨てました。
「カイル……貴様……この俺を、こんな……!」
「黙れ。そんな借り物の『理不尽』で神にでもなったつもりだったのか? ……無様に。今のお前には、俺と同じように生きるための魔力しか残っていない」
カイルの声には、怒りすらありませんでした。元々「生きるための最小限」の魔力しか持たないカイルにとって、すべてを失って空っぽになったゼウスは、もはや敵と呼ぶ価値すらない「ただの人間」でした。
神を目指した男が、かつて「欠陥品」と蔑んだ男に見下され、同情すらされずに切り捨てられる。
リナは、妹のリサを抱きしめたまま、その光景を呆然と見つめていました。世界の理を掌握したはずのゼウスが、一人の少女の「お掃除」と、一人の男の「一言」によって、完全に終わったことを悟ったのです。
「リーシャ。……もういい」
カイルは背を向け、それ以上ゼウスを見ることはありませんでした。
*
神殿での戦いから数週間。世界を揺るがした騒乱は、まるで最初からなかったかのように、平穏な日常へと塗り替えられていきました。
平穏な日常の風景。
カイルとリーシャの生活は、以前と何ら変わりませんでした。
カイルは相変わらず、拠点の片隅で黙々と剣を振っています。ただ一つ変わったことといえば、時折自分の手を見つめて「……技術、だよな」と独りごちては、少しだけ遠い目をするようになったことくらいです。
「カイルさん、そこ。汗が飛んで床が汚れていますよ。拭いてくださいね」
「……ああ、わかったよ」
リーシャはリーシャで、世界を救ったハタキを今日も元気に振り回し、棚の埃を追い払っています。彼女にとってゼウスとの死闘も、溜まりに溜まった大掃除のひとつに過ぎなかったのでしょう。
終わらない絶望:ゼウスのその後。
一方で、すべてを失ったゼウスは、地を這うような惨めな日々を送っていました。
「金だ……! 金ならいくらでもある! 最高の魔導師を呼べ! どんな秘宝でも競り落としてこい!」
かつて蓄えた莫大な私財を投げ打ち、ゼウスは失われた魔導器官を取り戻そうと血眼になりました。世界中から高名な治癒術師や、禁忌の術を知る研究者を呼び寄せ、魔法を、力を、神の片鱗を取り戻そうと足掻き続けます。
しかし、そのすべてが無意味でした。
「……無理です。旦那様、あなたの体には、そもそも魔力を蓄える器(スペース)すら存在しない。まるで、最初から魔法の概念を拒絶するように『洗浄』されている……。これは治療の範疇を超えています」
術師たちは首を振り、去っていきました。どんなに金を積もうと、リーシャが「否定」し、更地にしたゼウスの体内には、魔力の粒ひとつ定着することはありませんでした。
「待て! まだ報酬を上乗せしてやる! 行くな、俺を見捨てるな!」
叫び声は虚しく響くだけでした。
魔力こそがステータスであり、力こそが法であるこの世界において、魔法を一切使えない男に仕え続ける者など一人もいません。
一人、また一人と、金目当てで群がっていた取り巻きたちが離れていきました。かつて彼が「無能」と見下していた平民たちと同じ……いえ、それ以下の、ただの力ない人として、ゼウスは豪華すぎる屋敷の暗がりに取り残されました。
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