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8 お試し夜会と婚約者
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夜会当日。メリーの婚約者であるシャインは会場に着いた後、すぐに子爵令嬢の元へと行ってしまった。
婚約者とのファーストダンスがないのはマナー違反ではあるが、お試し夜会ではあまりルールを咎められることはない。あくまで場の空気に慣れるのが目的なのだ。
むしろとやかく言う方がマナー違反とされている。なので、今日に限っては問題ない。シャインはどうやら子爵令嬢との会話に夢中になっているようだった。
それを見て、ほっとするやら悲しくなるやら複雑な感情を持つメリー。とりあえず婚約者の前でボロは出さずに済みそうだが、こうもさっさと放っておかれるとは思っていなかったのだ。
とはいえ、メリーはマナーのみならずダンスも苦手なので踊らなくて済んだと前向きに考えることにした。
シャインはダンスが下手なメリーと踊るのを極力避ける。
それでも滅多に参加することはないが正式な夜会ではきちんと踊ってくれるし、今までのお試し夜会でもこれはよくあることだった。
彼は「転生者」との交流を常に最優先にしたいのだ。
(私も転生者なのにな……一応、だけど)
とりあえず何か飲もうとドリンクを取りにいったところで部長に声をかけられた。
「今のところ問題はなさそうだな」
「部長! ……と、リキッド様。来ていたんですね」
見知った顔を見つけてホッとするメリー。いつ体を乗っ取られるか分からない今は、正直、シャインと過ごすよりこの2人といる方が安心できる。
「体調はどうだ? ボーっとしたりは」
「少しだけ。でも、まだ大丈夫そうです。昼間のうちにお昼寝をいっぱいして、お茶とコーヒーをがぶ飲みしてきましたから」
今日までの約二週間。メリーと部長とリキッドの3人は色々と実験を繰り返した。
その結果、眠気を極限まで減らして、カフェインをたくさん摂っておけば、ある程度遅くまで意識を保っていられることが分かった。夜中に意識を乗っ取られることになるが、夜会さえ乗り切ることが出来たら別にいいか、という作戦を立てた。
今のところ上手くいってはいるが……意識がはっきりしている分、メリーはどうしても婚約者の様子が気になってしまう。
ふと気が付けばシャインと子爵令嬢はダンスを踊っていた。
ホルテンズィー嬢は転生者にもかかわらずダンスが上手い。前世で彼女はダンス部に所属していたのだと、メリーとのお茶会のときにシャインが教えてくれた。ハッキリと名前は出さなかったが、彼女のことで間違いないだろう。
そして、最近では図書室で勉強を見てあげたりもしているらしい。
「転生者でも全員がダンスが苦手な訳ではないんだな。まあ、君は少々特殊だから比べても意味ないが――」
そんな風に言われたことを思い出し、胸にもやりとしたものが広がりかけて、落ち着こうと手にした飲み物を飲む。途端に、瞼が重くなる。
「…………」
「メリー嬢? おい、大丈夫か……って、それワインじゃないか!?」
しまった、間違えて飲んじゃった――思った時にはもう遅い。メリーは極端に酒に弱いのだ。
顔が赤らみ、頭がボーっとして、ふらつく体を支えようとリキッドが手を出したが――その手を取ることなく、メリーは体勢を持ち直した。
「すいません、部長。リキッド様。うっかりしてしまって。一口だけだから大丈夫です。ちょっと酔いを醒ましてきます」
ニッコリと笑ってそう言うと、メリーは部長とリキッドの元を離れ、グラスを持ったまま歩き出した。
※※※
転生者との会話はとても楽しい。シャインはあちらの話を聞くのが子供のころから大好きだった。父親が大の「ニホンビイキ」であることが彼にも大きな影響を与えていた。
魔法とは違う科学の世界。こちらで再現できるものもあれば、できないものもある。
車、飛行機、電車、バイク……会うたびにメリーが話してくれる世界がシャインは大好きだった。父が決めたことではあるが、正式にメリーと婚約して交流する機会が増えたことがシャインは嬉しかった。
しかし、ある時気が付いた。彼女の話にはメリー自身の視点がない。彼女がシャインのために話してくれる内容は、全てが人から聞いたものばかり。
メリー本人に聞いてみれば、シャインが喜ぶからと、転生者学校のクラスメイトに頼んで詳しく聞いているのだという。
車、飛行機、電車etc……シャインが好むそれらの情報を詳しく知っているのは女子より男子の方が圧倒的に多かった。それが、子供の頃のシャインは面白くなかった。
聞きたいことは自分で聞くからと彼らを紹介してもらって、メリーにはもう無理に彼らと話さなくていいと言い含めた。
シャインは彼らからより詳しい話を聞くことができたし、メリーも他の男子と無駄な会話をしなくなった。シャインは満足した。
メリーのことは好きだ。シャインのために一生懸命だし、常に人のことを考える彼女の人間性が素晴らしいと思う。
しかし、学校での交友関係を制限してからは彼女の話がつまらなくなってしまった。おかしいな。転生者との会話はいつだって楽しいのに。彼女との会話だって昔は楽しかった。
ある程度大きくなって、シャインは彼女の境遇を詳しく知った。何のことはない。彼女は転生者とはいっても何一つ向こうの記憶などありはしないのだ。
「それで転生者っていえるのか?」
ふと投げかけたその質問に何故だか彼女は固まっていた。
彼女からはこれ以上楽しい話は聞けないだろう。
まあ、いいか――と、シャインは思う。
小等部の転生者学校を卒業したあとのメリーは中高一貫の転生者学園に通っている。こちらの学園では転生者以外の生徒も多く受け入れており、転生者とそれ以外、生徒の割合的には半々というところだろうか。
転生者の数にはその年によってバラツキがあるため、こういう形態をとらざるを得ないのだ。
それでもこの学園は貴族にも裕福な庶民にも人気が高い。転生者の知識は役にたつからだ。少しでもつながりを持とうと、由緒ある貴族学園を辞めてまでこちらに通う貴族の子供も多い。
シャインも父親からの命令で貴族学園を辞めて高等部からは転生者学園へと編入している。
現在はシャインもメリーも高等部の二年生に在籍している。クラスは違うが、学園の半分は転生者だ。例えメリーからニホン情報が得られなくても、面白い話は別の転生者から聞けばいいだろう。
そんなときに出会ったのがヴィオーラ・ホルテンズィー子爵令嬢だった。一学年下で、菫色の髪に、赤みの深い紫の目を持つ活発で可愛らしい女の子だ。今は彼女の話が一番面白い。
彼女も今日のお試し夜会に参加すると聞いていたので会話するのが楽しみだった。
メリーはダンスが苦手だし、正式な夜会ではない今日は無理に踊らなくてもいいだろう。咎める者はいない。
それよりも、もっとあちらの話を聞きたかった。
今、シャインが興味を持っているのはニホンでの「部活動」の話だ。
シャインが元々通っていた貴族学園では馴染みがなかったが、転生者が多い今の学園ではニホンのように色々な部活がある。シャインの婚約者であるメリーも「オカルト研究会」などという部活に所属している。
メリーは楽しそうに話してくれるが、シャインにはその部活の何が面白いのか分からない。出てくる名前が男ばかりなのも気に入らない。いっそメリーもヴィオーラ嬢のようにダンス部にでも入ればいいのに、と思う。
(うん、やっぱり彼女のダンスは素晴らしいな)
最初はあれこれ話をしていたが、会話の途中で相手からダンスに誘われた。メリーとは踊らなかったので少し悩んだが、正式な夜会ではないから問題ないだろうと快諾した。
ヴィオーラ嬢には婚約者がいないため、ダンス部仲間以外とはなかなか踊る機会がないのだという。一緒に踊れてうれしいと笑顔で言われると悪い気はしない。
婚約者と同じく転生者でありながら軽快なステップを踏む彼女に、やはりメリーも訳の分からない部活は辞めてダンス部に入るように言おうかと思ったところで、視界の端にメリーの姿をとらえた。手にはワイングラス。その中身を見てまさか、と思う。
こちらの者と比べて転生者には酒が弱い者が多い。彼女も酒が苦手だ。あちらとこちらでは成人年齢が違っているのも影響しているのだと思う。
特に、前世風の子育てを実践しているらしいメリーの両親は二十歳までは飲まないようにとメリーにきつく言い聞かせているらしい。婚約者であるシャインもそれについては頼まれている。
まあ、ジュースと間違えて飲んでしまったメリーを見たことがあるので頼まれなくとも人前で酒など飲ますつもりはないが。
足取りはしっかりしているようだが一応、確かめておいたほうがいいかもしれない。
ちょうどダンスも終わったし、と子爵令嬢と共にダンスフロアから抜け出したところで。
ばしゃー。
「きゃあ! ドレスが!!」
真っ赤なワインが豪快にバラまかれた。ついさっきまで一緒に楽しく踊っていた子爵令嬢の声を聞いてシャインはハッとする。
赤い色を放っていたはずのメリーのワイングラスはカラだ。まさか、メリーが嫉妬して嫌がらせを……?
一瞬。そんなことを考えたが。
「すまない!! メリー嬢! 君に挨拶をしようと近寄ったのだが勢い余ってぶつかってしまった。ああ、すまないドレスがびしょびしょに!!」
大きく響くその声につられてメリーを見れば、持っていた飲み物の大半をメリー自身が被っていた。子爵令嬢の黄色いドレスにもほんの少しだけシミを作っている。
「悪い、そこの君も巻き込んでしまったね。すまない、俺がぶつかってしまったばっかりに。主催者に頼んですぐ2人に代わりのドレスを用意させるよ。メリー嬢、さあ、こちらへ」
「あっ、待て。彼女は……」
婚約者を目の前で連れ去られそうになって慌ててシャインは声をかけた。
「あ、失礼。君はたしかメリー嬢の婚約者だったね。私は彼女の所属する部活動の部長だ。申し訳ないがそちらの令嬢とは面識が無くてね。君は先ほどまでダンスをしていたようだから、そのままそちらの令嬢のエスコートを頼むよ。彼女も見ず知らずの者より、知り合いの方がいいだろう」
さっさとメリーのエスコートを始めた男には見覚えがある。たった今自己紹介を受けたように、メリーが所属しているオカルト研究会の部長だ。たしか、こいつも転生者であったはずだ。
そして爵位は――ウチより上だったはず。
「分かりました。では、メリーまた後で」
何となく面白くない気分のまま――メイドに先導されシャインは子爵令嬢と共にその場を後にした。
※※※
案内されるままメリーが部屋に入ると、何着ものドレスが用意されていた。色に偏りは感じるがサイズはどれも問題ないようだ。
部屋の中には着替えの手伝いをしてくれるらしい数人のメイド。部屋の外では部長が待ってくれている。この中から好きなドレスを選んでいい、ということらしい。
その中から一着を選び――手伝ってもらいながら着替えを済ませると、部長が部屋へと入ってきた。
メリーが目に入ると部長は目を見開いて驚いていた。ドレスと同じ深緑色の目が視線を泳がせて動揺を隠しきれずにいる。
「あー、その、ええと。似合うよ」
「なんか、誤解されたみたいですね」
メリーの存在は身分の上下関係なく知れ渡っている。その「真実の愛の子」に婚約者がいるのは知られているので、付き添ってきたからと誤解されたのかもしれない。
その証拠に、着替えを手伝っていたメイド達はいつの間にか姿を消している。ご丁寧にドアまできっちり閉めて。
気の付く部長が誤解のないようにとすぐにでも開けそうなものだが動く様子はない。
「あのぉ……部長。ドア、いいんですか? 誤解されちゃいますよ?」
妙な空気の中。メリーがそう言えば。
「――で、悪役令嬢様。どういうつもりだ。ワインなんかかけて。メリー嬢をどこへやった」
動揺を抑えて不機嫌そうな部長が言葉を返す。
それを聞いて、整えた笑顔で「メリー」が嗤った。
婚約者とのファーストダンスがないのはマナー違反ではあるが、お試し夜会ではあまりルールを咎められることはない。あくまで場の空気に慣れるのが目的なのだ。
むしろとやかく言う方がマナー違反とされている。なので、今日に限っては問題ない。シャインはどうやら子爵令嬢との会話に夢中になっているようだった。
それを見て、ほっとするやら悲しくなるやら複雑な感情を持つメリー。とりあえず婚約者の前でボロは出さずに済みそうだが、こうもさっさと放っておかれるとは思っていなかったのだ。
とはいえ、メリーはマナーのみならずダンスも苦手なので踊らなくて済んだと前向きに考えることにした。
シャインはダンスが下手なメリーと踊るのを極力避ける。
それでも滅多に参加することはないが正式な夜会ではきちんと踊ってくれるし、今までのお試し夜会でもこれはよくあることだった。
彼は「転生者」との交流を常に最優先にしたいのだ。
(私も転生者なのにな……一応、だけど)
とりあえず何か飲もうとドリンクを取りにいったところで部長に声をかけられた。
「今のところ問題はなさそうだな」
「部長! ……と、リキッド様。来ていたんですね」
見知った顔を見つけてホッとするメリー。いつ体を乗っ取られるか分からない今は、正直、シャインと過ごすよりこの2人といる方が安心できる。
「体調はどうだ? ボーっとしたりは」
「少しだけ。でも、まだ大丈夫そうです。昼間のうちにお昼寝をいっぱいして、お茶とコーヒーをがぶ飲みしてきましたから」
今日までの約二週間。メリーと部長とリキッドの3人は色々と実験を繰り返した。
その結果、眠気を極限まで減らして、カフェインをたくさん摂っておけば、ある程度遅くまで意識を保っていられることが分かった。夜中に意識を乗っ取られることになるが、夜会さえ乗り切ることが出来たら別にいいか、という作戦を立てた。
今のところ上手くいってはいるが……意識がはっきりしている分、メリーはどうしても婚約者の様子が気になってしまう。
ふと気が付けばシャインと子爵令嬢はダンスを踊っていた。
ホルテンズィー嬢は転生者にもかかわらずダンスが上手い。前世で彼女はダンス部に所属していたのだと、メリーとのお茶会のときにシャインが教えてくれた。ハッキリと名前は出さなかったが、彼女のことで間違いないだろう。
そして、最近では図書室で勉強を見てあげたりもしているらしい。
「転生者でも全員がダンスが苦手な訳ではないんだな。まあ、君は少々特殊だから比べても意味ないが――」
そんな風に言われたことを思い出し、胸にもやりとしたものが広がりかけて、落ち着こうと手にした飲み物を飲む。途端に、瞼が重くなる。
「…………」
「メリー嬢? おい、大丈夫か……って、それワインじゃないか!?」
しまった、間違えて飲んじゃった――思った時にはもう遅い。メリーは極端に酒に弱いのだ。
顔が赤らみ、頭がボーっとして、ふらつく体を支えようとリキッドが手を出したが――その手を取ることなく、メリーは体勢を持ち直した。
「すいません、部長。リキッド様。うっかりしてしまって。一口だけだから大丈夫です。ちょっと酔いを醒ましてきます」
ニッコリと笑ってそう言うと、メリーは部長とリキッドの元を離れ、グラスを持ったまま歩き出した。
※※※
転生者との会話はとても楽しい。シャインはあちらの話を聞くのが子供のころから大好きだった。父親が大の「ニホンビイキ」であることが彼にも大きな影響を与えていた。
魔法とは違う科学の世界。こちらで再現できるものもあれば、できないものもある。
車、飛行機、電車、バイク……会うたびにメリーが話してくれる世界がシャインは大好きだった。父が決めたことではあるが、正式にメリーと婚約して交流する機会が増えたことがシャインは嬉しかった。
しかし、ある時気が付いた。彼女の話にはメリー自身の視点がない。彼女がシャインのために話してくれる内容は、全てが人から聞いたものばかり。
メリー本人に聞いてみれば、シャインが喜ぶからと、転生者学校のクラスメイトに頼んで詳しく聞いているのだという。
車、飛行機、電車etc……シャインが好むそれらの情報を詳しく知っているのは女子より男子の方が圧倒的に多かった。それが、子供の頃のシャインは面白くなかった。
聞きたいことは自分で聞くからと彼らを紹介してもらって、メリーにはもう無理に彼らと話さなくていいと言い含めた。
シャインは彼らからより詳しい話を聞くことができたし、メリーも他の男子と無駄な会話をしなくなった。シャインは満足した。
メリーのことは好きだ。シャインのために一生懸命だし、常に人のことを考える彼女の人間性が素晴らしいと思う。
しかし、学校での交友関係を制限してからは彼女の話がつまらなくなってしまった。おかしいな。転生者との会話はいつだって楽しいのに。彼女との会話だって昔は楽しかった。
ある程度大きくなって、シャインは彼女の境遇を詳しく知った。何のことはない。彼女は転生者とはいっても何一つ向こうの記憶などありはしないのだ。
「それで転生者っていえるのか?」
ふと投げかけたその質問に何故だか彼女は固まっていた。
彼女からはこれ以上楽しい話は聞けないだろう。
まあ、いいか――と、シャインは思う。
小等部の転生者学校を卒業したあとのメリーは中高一貫の転生者学園に通っている。こちらの学園では転生者以外の生徒も多く受け入れており、転生者とそれ以外、生徒の割合的には半々というところだろうか。
転生者の数にはその年によってバラツキがあるため、こういう形態をとらざるを得ないのだ。
それでもこの学園は貴族にも裕福な庶民にも人気が高い。転生者の知識は役にたつからだ。少しでもつながりを持とうと、由緒ある貴族学園を辞めてまでこちらに通う貴族の子供も多い。
シャインも父親からの命令で貴族学園を辞めて高等部からは転生者学園へと編入している。
現在はシャインもメリーも高等部の二年生に在籍している。クラスは違うが、学園の半分は転生者だ。例えメリーからニホン情報が得られなくても、面白い話は別の転生者から聞けばいいだろう。
そんなときに出会ったのがヴィオーラ・ホルテンズィー子爵令嬢だった。一学年下で、菫色の髪に、赤みの深い紫の目を持つ活発で可愛らしい女の子だ。今は彼女の話が一番面白い。
彼女も今日のお試し夜会に参加すると聞いていたので会話するのが楽しみだった。
メリーはダンスが苦手だし、正式な夜会ではない今日は無理に踊らなくてもいいだろう。咎める者はいない。
それよりも、もっとあちらの話を聞きたかった。
今、シャインが興味を持っているのはニホンでの「部活動」の話だ。
シャインが元々通っていた貴族学園では馴染みがなかったが、転生者が多い今の学園ではニホンのように色々な部活がある。シャインの婚約者であるメリーも「オカルト研究会」などという部活に所属している。
メリーは楽しそうに話してくれるが、シャインにはその部活の何が面白いのか分からない。出てくる名前が男ばかりなのも気に入らない。いっそメリーもヴィオーラ嬢のようにダンス部にでも入ればいいのに、と思う。
(うん、やっぱり彼女のダンスは素晴らしいな)
最初はあれこれ話をしていたが、会話の途中で相手からダンスに誘われた。メリーとは踊らなかったので少し悩んだが、正式な夜会ではないから問題ないだろうと快諾した。
ヴィオーラ嬢には婚約者がいないため、ダンス部仲間以外とはなかなか踊る機会がないのだという。一緒に踊れてうれしいと笑顔で言われると悪い気はしない。
婚約者と同じく転生者でありながら軽快なステップを踏む彼女に、やはりメリーも訳の分からない部活は辞めてダンス部に入るように言おうかと思ったところで、視界の端にメリーの姿をとらえた。手にはワイングラス。その中身を見てまさか、と思う。
こちらの者と比べて転生者には酒が弱い者が多い。彼女も酒が苦手だ。あちらとこちらでは成人年齢が違っているのも影響しているのだと思う。
特に、前世風の子育てを実践しているらしいメリーの両親は二十歳までは飲まないようにとメリーにきつく言い聞かせているらしい。婚約者であるシャインもそれについては頼まれている。
まあ、ジュースと間違えて飲んでしまったメリーを見たことがあるので頼まれなくとも人前で酒など飲ますつもりはないが。
足取りはしっかりしているようだが一応、確かめておいたほうがいいかもしれない。
ちょうどダンスも終わったし、と子爵令嬢と共にダンスフロアから抜け出したところで。
ばしゃー。
「きゃあ! ドレスが!!」
真っ赤なワインが豪快にバラまかれた。ついさっきまで一緒に楽しく踊っていた子爵令嬢の声を聞いてシャインはハッとする。
赤い色を放っていたはずのメリーのワイングラスはカラだ。まさか、メリーが嫉妬して嫌がらせを……?
一瞬。そんなことを考えたが。
「すまない!! メリー嬢! 君に挨拶をしようと近寄ったのだが勢い余ってぶつかってしまった。ああ、すまないドレスがびしょびしょに!!」
大きく響くその声につられてメリーを見れば、持っていた飲み物の大半をメリー自身が被っていた。子爵令嬢の黄色いドレスにもほんの少しだけシミを作っている。
「悪い、そこの君も巻き込んでしまったね。すまない、俺がぶつかってしまったばっかりに。主催者に頼んですぐ2人に代わりのドレスを用意させるよ。メリー嬢、さあ、こちらへ」
「あっ、待て。彼女は……」
婚約者を目の前で連れ去られそうになって慌ててシャインは声をかけた。
「あ、失礼。君はたしかメリー嬢の婚約者だったね。私は彼女の所属する部活動の部長だ。申し訳ないがそちらの令嬢とは面識が無くてね。君は先ほどまでダンスをしていたようだから、そのままそちらの令嬢のエスコートを頼むよ。彼女も見ず知らずの者より、知り合いの方がいいだろう」
さっさとメリーのエスコートを始めた男には見覚えがある。たった今自己紹介を受けたように、メリーが所属しているオカルト研究会の部長だ。たしか、こいつも転生者であったはずだ。
そして爵位は――ウチより上だったはず。
「分かりました。では、メリーまた後で」
何となく面白くない気分のまま――メイドに先導されシャインは子爵令嬢と共にその場を後にした。
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案内されるままメリーが部屋に入ると、何着ものドレスが用意されていた。色に偏りは感じるがサイズはどれも問題ないようだ。
部屋の中には着替えの手伝いをしてくれるらしい数人のメイド。部屋の外では部長が待ってくれている。この中から好きなドレスを選んでいい、ということらしい。
その中から一着を選び――手伝ってもらいながら着替えを済ませると、部長が部屋へと入ってきた。
メリーが目に入ると部長は目を見開いて驚いていた。ドレスと同じ深緑色の目が視線を泳がせて動揺を隠しきれずにいる。
「あー、その、ええと。似合うよ」
「なんか、誤解されたみたいですね」
メリーの存在は身分の上下関係なく知れ渡っている。その「真実の愛の子」に婚約者がいるのは知られているので、付き添ってきたからと誤解されたのかもしれない。
その証拠に、着替えを手伝っていたメイド達はいつの間にか姿を消している。ご丁寧にドアまできっちり閉めて。
気の付く部長が誤解のないようにとすぐにでも開けそうなものだが動く様子はない。
「あのぉ……部長。ドア、いいんですか? 誤解されちゃいますよ?」
妙な空気の中。メリーがそう言えば。
「――で、悪役令嬢様。どういうつもりだ。ワインなんかかけて。メリー嬢をどこへやった」
動揺を抑えて不機嫌そうな部長が言葉を返す。
それを聞いて、整えた笑顔で「メリー」が嗤った。
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