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10 悪役令嬢様と部員達
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「あら、意外とダンスが上手いのね。……で、なんでわたくしと貴方が踊っているのかしら」
着替えを終えた悪役令嬢様を連れて夜会会場へ戻ると、エーサンは彼女をダンスに誘った。
悪役令嬢様はダンスフロアに目をやると、一瞬だけ考えるそぶりを見せたがすぐにエーサンの手を取り踊り出した。
「夜会を楽しみたいんだろう? ならば、全力で接待をさせてもらう。余計な行動をとる暇もないくらいに」
このまま野放しにするつもりはない。そんな決意を込めてエーサンがメリーの耳元で囁けば。
「へえ……? 面白いじゃない。いいわ、のってあげる。悲劇の廃嫡転生王子のお手並みを見せていただくわ」
更なる小声でやり返された。
「……どこで、それを。生徒には知られていないはずだ」
「ふふふ。悪役令嬢様は情報通なの。神出鬼没な悪役令嬢様は噂話がだぁい好き。そして、噂をするのは生徒だけじゃなくってよ」
「……」
動揺からステップが乱れかけるが持ち直す。
とりあえず悪役令嬢様の興味は引けたのだから、これでいい。あとは、飽きさせなければエーサンの勝ちだ。
「あら、流石ね。でも、ダンスももうすぐ終わるわよ? 正式な夜会ではないとはいえ、流石に婚約者でもない相手と何度も踊るのはまずいでしょう。どうするつもり?」
遠くに見えるメリーの婚約者と子爵令嬢を冷ややかな目で見ながら悪役令嬢様はそう言った。
なるほど。先ほどはメリーの婚約者の動向を確認したのか。着替えた後、彼らは再びダンスをしていたようだ。
あちらはあちらで誤解があったのだろう。シャインの目の色に合わせたスカイブルーのドレスを纏った子爵令嬢は高価なドレスを揺らしながら楽しそうに踊っている。
時間をあけたとはいえ、二度目のダンス。
マナーをとやかく言われないとはいっても、噂が立たない訳ではない。しっかりと目撃されたソレは、週明けには新たな噂として学園を賑わせることだろう。
そして、部長であるエーサンは気遣いのできる男。
ただでさえ目立つメリーと踊るのだ。その辺のことはとっくに対策済みだった。だからこそ根回しの為にリキッドを別行動させていたのだ。
メリーと部長がダンスを終えるとすぐに、一人の令息が声をかけてきた。
整えた表情を保っていた悪役令嬢様の目が、一瞬だけ驚きに見開かれる。しかし、その表情の変化に気付くのは部長と令息のみ。
あとの注目は長身で優雅な身のこなしの――声をかけた方の令息が集めている。
「やあ――お久しぶり。次は僕と踊っていただけませんか。……『悪役令嬢様』」
最後のささやきは悪役令嬢様にしか聞こえない。
公爵家嫡男という最高の身分を持ち、その美貌と頭脳で女子生徒の人気を一身に集めながらも婚約者不在の最後の優良物件――夜会を主催しているツァールトハイト公爵家の嫡男だった。
※※※
「なるほど。更なる分かりやすい材料を投下して、噂を分散させる作戦ね。まさか、貴方が来るとは思わなかったわ」
流れるようなステップを踏みながら悪役令嬢様は言った。
話題の貴公子。超優良物件。にもかかわらず、彼には浮ついた噂が流れることはない。
彼には婚約者がいない――が、存在しなかったわけではない。彼の婚約者は数年前に病気で儚くなってしまったのだ。
その後も新たな婚約者を立てない一途さから噂はながれても醜聞には発展しない。オカルト研究会部長はなかなかいい人選をしたといえるが、一瞬とはいえ驚かされた悪役令嬢様は面白くなかった。
彼とは面識(?)があったからだ。影で色々と調べまわっていたらしい部長は分かっていて呼んだに違いない。
ニコニコとリードする相手は流石は公爵家令息。身分はどうあれ前世記憶覚醒後は趣味に生きてきたエーサンよりもダンスの腕前は確実に上だった。
そして『今の』メリーもそれについては引けを取らない。目立つ2人のダンスは会場中の注目を浴びている。
「エーサンとは親戚だからね。頼まれはしたけれど、ダンスに誘ったのは僕の個人的な感情からだ。君には感謝しているんだ。あのとき――あのまま失った婚約者に執着して禁忌に手を染めていたら、きっと破滅していただろうから」
「……別に、事実を教えてあげただけよ」
公爵家令息――フェイトは婚約者の令嬢を失った時にその現実を受け入れられなかった。だから自然の摂理に逆らい、オカルト的な物に頼ろうとした。
大事な婚約者にもう一度会いたい。生き返らせたい。
親戚であるエーサンには止められた。前世での神話でも物語の中でも、そちら方面に手を出して、幸せな結末に行くのを見たことがないと。
それでもフェイトは諦めなかった。倫理的に問題のありそうなものも含めて願いを叶える方法を捜し続けた。
そんな時に知ったのが学園で流行っていた『悪役令嬢様』だ。
死者と話ができる遊びだと聞きすがる思いで儀式を行ったのだが、降りてきたのは死んだ婚約者ではなく悪役令嬢様だった。
本来、悪役令嬢様は婚約者のいる者の元にしか現れない。フェイトは婚約者とは死別していたからグレーゾーンではあったが、頑なに婚約者を思い続け、一年近くも反応のない儀式を続ける彼に悪役令嬢様が折れた。
そして、死者との対話を求める彼に言った。
『て・ん・せ・い・ず・み』
――と。
それを聞いた瞬間。フェイトは憑き物が落ちたようだった。
ずっと割り切れなかった何かが割り切れた。あるがままに受け入れられた。
身近にエーサンという転生者がいたのも大きかったのかもしれない。前世の存在に縛られて、現在の生き方に制限をかけられている彼の姿を傍で見てきたから。
婚約者は既に新しい人生を始めている。
フェイトはそれを邪魔したくないと思った。
どこに生まれ変わったのかどんな人間に生まれ変わったのか。
分からないけれど、フェイトの知っている優しい彼女ならばきっと幸せな人生を送れるはずだ。ならば、余計な枷はつけたくない。
彼女にとって自分は過去の人間なのだと、そう思うことができた。
だからフェイトはそのきっかけをくれた悪役令嬢様に感謝している。仄かに恋情を抱いてしまうくらいには。
「それでも感謝しているんだ。あの一言で僕は救われたから。前を向けるきっかけをくれた君と踊れるなんて、エーサンにも感謝しなくちゃな。目的は達成できなかったけどオカルト研究会に入っててよかったよ」
「……ああ、貴方も幽霊部員の一人なの。知らなかったわ」
うんざりしたような悪役令嬢様にフェイトは柔らかい笑みを向ける。フェイトはダンスが終わるとその手を取って、さりげなく次へと誘導した。
「ふふふ。本物の幽霊に言われると光栄だね。さて、次の接待要員が来たようだ」
「あ、メリー先輩。初めまして! ダンスお上手なんですね。部長から先輩が練習相手になってくれるって聞きました! ぼく、平民だからバイトで忙しくてあまり部室に行けなくて初対面ですけどよろしくお願いします! 足踏んだらごめんなさい!!」
ニコニコと笑う後輩に対し、悪役令嬢様の顔は若干引きつった。
その後もどこからか沸いて出てくる自称部員たちは途絶えることなく、悪役令嬢様は完全にペースを崩された。
見かねたリキッドがグリーンティーを差し出し休憩に誘うころには、悪役令嬢様は一挙解決する元気などないくらいに疲れ切っていた。
だから悪役令嬢様は気が付かなかった。踊る悪役令嬢様を食い入るように見つめている目線があることに。
そして。
帰りの馬車ですっかり眠ってしまった『メリー』をもの言いたげなシャインが見ていることに。
着替えを終えた悪役令嬢様を連れて夜会会場へ戻ると、エーサンは彼女をダンスに誘った。
悪役令嬢様はダンスフロアに目をやると、一瞬だけ考えるそぶりを見せたがすぐにエーサンの手を取り踊り出した。
「夜会を楽しみたいんだろう? ならば、全力で接待をさせてもらう。余計な行動をとる暇もないくらいに」
このまま野放しにするつもりはない。そんな決意を込めてエーサンがメリーの耳元で囁けば。
「へえ……? 面白いじゃない。いいわ、のってあげる。悲劇の廃嫡転生王子のお手並みを見せていただくわ」
更なる小声でやり返された。
「……どこで、それを。生徒には知られていないはずだ」
「ふふふ。悪役令嬢様は情報通なの。神出鬼没な悪役令嬢様は噂話がだぁい好き。そして、噂をするのは生徒だけじゃなくってよ」
「……」
動揺からステップが乱れかけるが持ち直す。
とりあえず悪役令嬢様の興味は引けたのだから、これでいい。あとは、飽きさせなければエーサンの勝ちだ。
「あら、流石ね。でも、ダンスももうすぐ終わるわよ? 正式な夜会ではないとはいえ、流石に婚約者でもない相手と何度も踊るのはまずいでしょう。どうするつもり?」
遠くに見えるメリーの婚約者と子爵令嬢を冷ややかな目で見ながら悪役令嬢様はそう言った。
なるほど。先ほどはメリーの婚約者の動向を確認したのか。着替えた後、彼らは再びダンスをしていたようだ。
あちらはあちらで誤解があったのだろう。シャインの目の色に合わせたスカイブルーのドレスを纏った子爵令嬢は高価なドレスを揺らしながら楽しそうに踊っている。
時間をあけたとはいえ、二度目のダンス。
マナーをとやかく言われないとはいっても、噂が立たない訳ではない。しっかりと目撃されたソレは、週明けには新たな噂として学園を賑わせることだろう。
そして、部長であるエーサンは気遣いのできる男。
ただでさえ目立つメリーと踊るのだ。その辺のことはとっくに対策済みだった。だからこそ根回しの為にリキッドを別行動させていたのだ。
メリーと部長がダンスを終えるとすぐに、一人の令息が声をかけてきた。
整えた表情を保っていた悪役令嬢様の目が、一瞬だけ驚きに見開かれる。しかし、その表情の変化に気付くのは部長と令息のみ。
あとの注目は長身で優雅な身のこなしの――声をかけた方の令息が集めている。
「やあ――お久しぶり。次は僕と踊っていただけませんか。……『悪役令嬢様』」
最後のささやきは悪役令嬢様にしか聞こえない。
公爵家嫡男という最高の身分を持ち、その美貌と頭脳で女子生徒の人気を一身に集めながらも婚約者不在の最後の優良物件――夜会を主催しているツァールトハイト公爵家の嫡男だった。
※※※
「なるほど。更なる分かりやすい材料を投下して、噂を分散させる作戦ね。まさか、貴方が来るとは思わなかったわ」
流れるようなステップを踏みながら悪役令嬢様は言った。
話題の貴公子。超優良物件。にもかかわらず、彼には浮ついた噂が流れることはない。
彼には婚約者がいない――が、存在しなかったわけではない。彼の婚約者は数年前に病気で儚くなってしまったのだ。
その後も新たな婚約者を立てない一途さから噂はながれても醜聞には発展しない。オカルト研究会部長はなかなかいい人選をしたといえるが、一瞬とはいえ驚かされた悪役令嬢様は面白くなかった。
彼とは面識(?)があったからだ。影で色々と調べまわっていたらしい部長は分かっていて呼んだに違いない。
ニコニコとリードする相手は流石は公爵家令息。身分はどうあれ前世記憶覚醒後は趣味に生きてきたエーサンよりもダンスの腕前は確実に上だった。
そして『今の』メリーもそれについては引けを取らない。目立つ2人のダンスは会場中の注目を浴びている。
「エーサンとは親戚だからね。頼まれはしたけれど、ダンスに誘ったのは僕の個人的な感情からだ。君には感謝しているんだ。あのとき――あのまま失った婚約者に執着して禁忌に手を染めていたら、きっと破滅していただろうから」
「……別に、事実を教えてあげただけよ」
公爵家令息――フェイトは婚約者の令嬢を失った時にその現実を受け入れられなかった。だから自然の摂理に逆らい、オカルト的な物に頼ろうとした。
大事な婚約者にもう一度会いたい。生き返らせたい。
親戚であるエーサンには止められた。前世での神話でも物語の中でも、そちら方面に手を出して、幸せな結末に行くのを見たことがないと。
それでもフェイトは諦めなかった。倫理的に問題のありそうなものも含めて願いを叶える方法を捜し続けた。
そんな時に知ったのが学園で流行っていた『悪役令嬢様』だ。
死者と話ができる遊びだと聞きすがる思いで儀式を行ったのだが、降りてきたのは死んだ婚約者ではなく悪役令嬢様だった。
本来、悪役令嬢様は婚約者のいる者の元にしか現れない。フェイトは婚約者とは死別していたからグレーゾーンではあったが、頑なに婚約者を思い続け、一年近くも反応のない儀式を続ける彼に悪役令嬢様が折れた。
そして、死者との対話を求める彼に言った。
『て・ん・せ・い・ず・み』
――と。
それを聞いた瞬間。フェイトは憑き物が落ちたようだった。
ずっと割り切れなかった何かが割り切れた。あるがままに受け入れられた。
身近にエーサンという転生者がいたのも大きかったのかもしれない。前世の存在に縛られて、現在の生き方に制限をかけられている彼の姿を傍で見てきたから。
婚約者は既に新しい人生を始めている。
フェイトはそれを邪魔したくないと思った。
どこに生まれ変わったのかどんな人間に生まれ変わったのか。
分からないけれど、フェイトの知っている優しい彼女ならばきっと幸せな人生を送れるはずだ。ならば、余計な枷はつけたくない。
彼女にとって自分は過去の人間なのだと、そう思うことができた。
だからフェイトはそのきっかけをくれた悪役令嬢様に感謝している。仄かに恋情を抱いてしまうくらいには。
「それでも感謝しているんだ。あの一言で僕は救われたから。前を向けるきっかけをくれた君と踊れるなんて、エーサンにも感謝しなくちゃな。目的は達成できなかったけどオカルト研究会に入っててよかったよ」
「……ああ、貴方も幽霊部員の一人なの。知らなかったわ」
うんざりしたような悪役令嬢様にフェイトは柔らかい笑みを向ける。フェイトはダンスが終わるとその手を取って、さりげなく次へと誘導した。
「ふふふ。本物の幽霊に言われると光栄だね。さて、次の接待要員が来たようだ」
「あ、メリー先輩。初めまして! ダンスお上手なんですね。部長から先輩が練習相手になってくれるって聞きました! ぼく、平民だからバイトで忙しくてあまり部室に行けなくて初対面ですけどよろしくお願いします! 足踏んだらごめんなさい!!」
ニコニコと笑う後輩に対し、悪役令嬢様の顔は若干引きつった。
その後もどこからか沸いて出てくる自称部員たちは途絶えることなく、悪役令嬢様は完全にペースを崩された。
見かねたリキッドがグリーンティーを差し出し休憩に誘うころには、悪役令嬢様は一挙解決する元気などないくらいに疲れ切っていた。
だから悪役令嬢様は気が付かなかった。踊る悪役令嬢様を食い入るように見つめている目線があることに。
そして。
帰りの馬車ですっかり眠ってしまった『メリー』をもの言いたげなシャインが見ていることに。
応援ありがとうございます!
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