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12 しょっぱいランチタイム
しおりを挟むその日は朝から浮かれていた。
前日、メリーは夕方には布団に入り、当日は早朝から厨房を使わせてもらった。
途中、厨房へと様子を見に来たメイドに聞いたところ、メリーは夜、ちゃんと眠っていたらしい。最近は眠ったつもりでも動き回っていることが多かったから珍しい。
しかし、そのお陰か久しぶりに体調は良かった。
少し時期はずれるが、旬のうちにメリーが下処理を済ませて状態保存庫に保管しておいたタケノコを使ったタケノコご飯。
シャインの好きな鳥の唐揚げ。おかずになるようにとしょっぱめに作った出汁入りの卵焼き。ウインナーはタコさん。
フォークでも食べやすいようにと、タケノコご飯は俵型にしておいた。彩りと健康を考えて煮物も少々。
自分と家族の分も作ったから、メリーは一番奇麗に出来た物をシャイン用にした。味は問題ないと思う。
起きてきて弁当を見たメリーの母が、「写真撮りたいー♡」と言いながらカメラのフィルムを捜していたから見た目も問題ないはずだ。
ただ、こちらではフィルムは高額なので弁当の記録に使うのはどうかと思う。
信じられないことに、あちらでは毎日の弁当を写真に撮ったりすることがあるそうだ。そんな話もシャインにしたいが、深く聞かれると何も答えられないので言わない方がいいかもしれない……とメリーは思う。
最近ではこうやって、事前に会話を選別することが多くなっていた。
そうして待ちに待った昼休み。時間通りにシャインは来てくれた。
中庭のベンチ。最近は子爵令嬢と過ごすことが多いその場所に、今はメリーが座っている。
いつもは上から眺めるその場所に自分がいるのが少しだけ不思議に感じた。まるで、自分の場所ではないような。
久々にとる婚約者とのランチだから、そんな風に感じてしまうのかもしれない。
弁当を渡すと、シャインは笑顔で受け取った。
弁当箱を包む布は恥ずかしいがメリーの目の色に合わせた明るい緑。自分の弁当はシャインの目の色に合わせたスカイブルーの布に包んだ。やり過ぎかもとは思ったがメリーは勇気を出した。
解いた布を膝の上に広げ、弁当箱の蓋を開ける婚約者の様子をドキドキしながら見つめ――。一瞬、その目に動揺が走るのを見てしまい、メリーは焦る。
何故だろう。シャインの好みを考えて、細心の注意を払ったはずなのに。
「あれ? 白いご飯じゃないんだ……」
「あ、はい。シャイン様は苦手だとお聞きしていたので」
メリーの家で開くパーティーや夜会にはちょっとした前世の料理も揃えている。
特に、転生者が集まる場などではおいしそうな料理があると『御飯が欲しいー!!』となることが多いので、最初からオシャレに偽装した一口サイズのおにぎりなどを用意しているのだ。
転生者には大人気のそれだが、こちらの人は味のない白いご飯を食べる習慣がないらしく人気がない。
シャインもそれは同様のようで、それでもあちらへの興味から口にしたもののあまり好きではないと言っていた。
それでも炊き込みご飯などのときは美味しいと食べていたのでご飯に味をつけたのだが……。
「いや、そうなんだけど。その……前に転生者に作ってもらった弁当は白いご飯だったんだ。それなのに、上から『ふりかけ』とかいうのをかけたら美味しく食べられてさ。聞いたらそれがあちらの弁当の定番らしい。だから、今日もあれを食べられると思っていたから……。いや、これもおいしいよ」
もぐもぐと、静かに食べ進めるシャイン。メリーは自分の弁当を広げるのも忘れて、その様子を見守る。
唐揚げやウインナーは婚約者の好物だけあって美味しそうに食べていた。ご飯は失望させてしまったみたいだけど、その他は問題なさそうだ。
メリーはホッとする。
「これも作ってくれたんだね。大好きだから楽しみだな」
シャインはそう言って卵焼きを大事そうに横によける。どうやら最後に取っておくようだ。
ここしばらく見たことのないくらいにご機嫌な様子にメリーは弁当を作って良かったと心から思った。
しかし、最後にとっておいた卵焼きを嬉しそうに口に入れた瞬間。
「…………」
シャインの眉間にしわが寄る。
「あの、どうかしましたか?」
いつもの何倍も注意をはらって作ったはずだが、カラでも入っていたのだろうかとメリーは不安になった。
しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「しょっぱい」
「え」
それはそうだ。おかずになるようにとあえてしょっぱい味付けの出汁入りの卵焼きにしたのだから。
味見はしたが、程よい塩分でしょっぱすぎることはなかった。
母に続いて起きてきた弟が弁当箱に入らず残った切れ端を食べてもっと食べたいとニコニコしていたから、メリーの味覚の問題でもないと思う。
ならば、何故?
「……この前転生者に作ってもらった卵焼きは甘くて美味しかった。でも、これは少し違うな」
「あ、それはおかずになるようにとうちでは……」
「ああ、いいよ。これはこれで食べられない訳じゃないから。ただ、本物のあちら風の卵焼きを食べられるかと楽しみにしていたからガッカリしただけだ。メリーは気にするな。分かってる、仕方ないさ。だって君は、ほら……」
「ニセモノ……ですか?」
不思議と、笑えた。泣き笑いみたいな顔をしているのは分かっていたが、気持ちの上では笑いの方が大きかった。
(バカみたい。何で喜んでもらえるなんて勘違いをしたんだろう。偽物の私が用意したモノは、所詮まがい物にすぎないのに)
「あ、いや、そこまでは」
期待とは違ったけど美味しかったよ、そんな慰めをメリーはしっかりとした笑顔で聞いた。
先ほどとは違う、公爵家のおばあ様が教えてくれた心と体を切り離す自然な作り笑い。
初めて、それが実践できたとどこか冷静な自分が採点していた。でも、きっと長くは持たない。
転生者としてもそうだけど、貴族としても自分は偽物だから。
「シャイン様、食べてくださってありがとうございました。申し訳ありません。まだまだ勉強が足りなかったみたいです。あ、食べ終わったお弁当箱は持って帰りますね」
メリーは挨拶をすると、笑顔でその場を離れる。
「ああ、いや。なかなか本物に近かったよ。また、今度頑張ればいいよ」
その、最後の言葉には答えられなかった。
※※※
「ひっく、ひっく、えぐ……ふえぇ……ぐすぅ……っ」
どこをどう歩いたのか。メリーは気がついたら部室にいた。
途中、何故か体が軽かった。どこかふわふわとして、自分が自分じゃないような。
それでも外見上は普通を保てていたと思う。出来の悪い中途半端な孫だが、多少は表情や外見の取り繕い方も身についていたようだ。
流石は公爵家のおばあ様。教え方がいいのだろう。今度会ったらしっかりとお礼を言おうとメリーは思った。
おかげで取り乱さないで済んでいるのだから。
しかし、それも部室に入るまでだった。
懐かしい、いつもの、自分が自分でいられる場所。
入った途端に全ての感情が流れ出した。口からは嗚咽しか出てこないけれど。
手の中のお弁当箱。一つは空で、一つはまだ開けてすらいない。
婚約者の色を纏ったスカイブルーの弁当箱を手に持って、床にたたきつけでもしたら気が晴れるのだろうか。そう、強く思ったが実践はできなかった。
朝、早く起きて頑張って作ったのはメリー自身。
細心の注意を払って、少しでも婚約者に喜んでもらいたいと心を込めたのもメリー自身。
込めた思いの分だけ躊躇した。
なにより、『食べ物を無駄にしてはいけない』――そんな前世風の両親の教育がメリーの中には生きている。
「偽物……なのに」
そうだ。自分は転生者だけど転生者じゃない。あちらのことなんて覚えていないし、シャインが言う通り全てが人から聞いた知識だけ。
ニホンに生きたメリーなんてものはいないのだ。いない。いなくていい。
『か・わ・い・そ・う・に……』
誰かが自分を憐れんだ。優しい気配が可哀そうなメリーを温かく包み込む。
心地よいそれに身を委ねたくなった。
(何だろう……もう、何も考えたくないな)
限界を超えたメリーは気が遠くなる。意識を手放したら、きっと楽になるに違いない。
力を抜こうとした、その時に。
「メリー嬢? どうかしたのか?」
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