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15 悪役令嬢様の指示を実行しよう
しおりを挟むとある土曜日。メリーと部長とリキッドは図書室にいた。
期末試験前ということもあり、図書室の中には勉強をしている生徒の姿がちらほら見える。
その中に、メリーの婚約者であるシャインと、転生者であるヴィオーラ・ホルテンズィー子爵令嬢もいた。
転生者は社会と魔法の勉強が苦手らしい。
前者は、前世の記憶が混ざることが原因と言われている。世界史や日本史、前世で覚えた年号や史実が、今世での歴史を含めた社会を学ぶ際に邪魔になるそうだ。
後者は前世に魔法がなかったから。脳が理解を拒否するらしい。
前世で母の胎内にいたメリーはそもそも勉強などしていないからメリーにはそれは当てはまらない。
前世の記憶はないし、産まれた時から魔法に親しんでいるので魔法に対する苦手意識もない。
その上で読み書きや算数などは物心つく前から前世のものも含めて転生者である両親からしっかりと教わっているので苦手な教科は特にない。
しいて言うならマナーくらいだろうか。それも、公爵家のおばあ様が最低限は何とかしてくれている。
なので、これもある意味、部長の言うところの「いいとこどり」に入るのかもしれない。
そして、件の子爵令嬢も転生者の例にもれず、社会と魔法が苦手なのだそうだ。
期末テスト前に図書室で勉強を見てあげるのだとシャインが言っていた。だからこそメリーは図書室で待ち伏せたのだった。
「は!? 普通、婚約者にそんなこと言うか? 無神経な……いったい、いつ言われたんだ」
「夜会へ向かう馬車の中で、です。中間テストの際もみてあげたらしくって」
協力を頼んだとき、部長は怒っていた。しかし、メリーにとってはいつものことだ。
良い意味でも悪い意味でもシャインは正直だった。悪気がないからこそメリーに言ってくるし、言ったからには悪気はないんだ、と開き直っている節もある。
長い付き合いのメリーにはそんな誤魔化しまで分かってしまうのがつらいところだ。
そして。君と違って本物の転生者だから教えてあげないと――そんな風に言われれば、そうですかとしか言えない。
でも、お陰で都合はいい。同じ転生者とはいえ、学年が違う子爵令嬢とメリーは面識がない。
『教科書隠せ』
『ノート破れ』
『落書きしろ』
これらの指示を実行するには、図書室という学年を問わず自由に出入りできる場所は都合がいい。
しかも、土曜日は午前中授業なので、閉館するまでに時間はたっぷりある。ノートや教科書に細工をする時間もとれるだろう。
指示が途中で変わったのは幸運だった。
『ワインかけろ』だけはメリーはどうしても実行できなかった。
例え婚約者から偽物転生者と言われても、両親の教えはメリーに染みついている。
食べ物を――ワインを無駄にした上にドレスを台無しにする。そんな鬼畜な所業、メリーには絶対的に無理だった。
シャインや子爵令嬢への思いなどとは関係なしに、それはメリーの信条だ。それに背くくらいなら現状維持でも構わない、とすら思っていた。
悪役令嬢様は嬉々として行っていたようだが、もしかしたらメリーのそんな心情を分かったうえで、実行しやすいものへと変えてくれたのかもしれない。
もちろん、その他の指示も決してメリーにとってハードルの低いものではないのだが。
シャインと子爵令嬢は教科書やノートを出して、勉強する準備をしている。風魔法の得意なリキッドに頼み、2人の会話を風に乗せて運んでもらえば、今日は社会の勉強を見てやるらしい。
使わない教科書やノートはとりあえず、といった感じで机の隅へと寄せている。
一番上は数学だ。
転生者は数学などの教科は得意な者が多い。こちらの方が遅れているうえ、共通する部分が多いから、だそうだ。
悪役令嬢様からは教科の指示はされていない。しばらく手に取らないのなら細工するのにちょうどいい。
数学の、ノートと教科書。メリーの狙いは決まった。
あとは人目をどうするか、だ。
先ほどからメリーは準備を進めていた。外には雨が降っている。しかし、正確には雨ではない。メリーが自らの水魔法で降らせているのだ。
図書室は窓が多い。本棚の部分は遮光がされているが、本を読む場所は外からの採光も考えられている。おかげで窓からの見晴らしもいい。
メリーは雨を止めると部長に合図を送る。僅かに頷いた部長は自らの魔力を空に展開させた。
絶妙な加減で、それは窓の外に美しい虹を作った。
部長の魔力は珍しい光属性。初めてそれを聞いたときはオカルトに傾倒しているのにイメージが真逆だ、とメリーは面白く思ったものだ。
しかし、今ではそこまで違和感を感じない。部室で部長にしがみついて泣きじゃくっているときに実感した。
目を閉じて真っ暗ななか、確かに感じる部長の体温は光を感じるものだった。
きっと光も闇も表裏一体なのだと思う。
「うわっ! 虹だ!! キレーだなぁ」
ざわざわざわ。生徒の一人がそれに気が付くと、他の生徒も窓へと群がった。司書の先生までもがあとに続き、突如窓の外に発生した見事な虹に見入っている。
「すごーい! こっちの世界でも虹は前世と……日本と同じなのね」
「へえ! そうなのか。ニホンと……」
はしゃぐ子爵令嬢を連れて、シャインも窓際へと近づいた。
さりげなく子爵令嬢の腰へと手を添えている婚約者はどこか夢心地に見えた。
図書室中の意識が窓の外へと向いているのを確認し――メリーは子爵令嬢の教科書とノートを持ち去った。
(さあ、ここからは時間との闘いよ!)
タイムリミットは図書室の閉館まで。メリーは協力者である部長とリキッドと共に、部室へと向かった。
ノートを別のノートにコピーする。そう言ったとき、何もそんな面倒なことをしなくても、と部長が言った。
しかしメリーは譲れない。
悪役令嬢様の指示は実行する。でも、子爵令嬢を傷つけたいわけじゃないのだ。
だから、一生懸命とったノートを破られたことに、本人が気が付かなければそれが一番いい。
部室に戻るとメリーは子爵令嬢のノートを破った。
破ったノートを新しく買ったノートに挟み、下から部長の光魔法で彼女の筆跡を透かしてもらってその場所に水魔法でインクを乗せた。
転生者は貴族、平民問わず学用品は購買部から支給される。そのお陰で同じノートを手に入れるのは簡単なのだ。筆跡さえ変わらなければ、偽物と入れ替えてしまえば、本物を破られたことに気が付かないだろう。
唯一の難点はインクの渇きの遅さだが、これは再びリキッドに協力してもらった。
リキッドの風魔法に、悪役令嬢様のお陰で使える火魔法の熱を僅かに加えて、温風で乾かした。
原本のノートの使われていない部分の真っ白い紙も念の為にと流れ作業の中で挟んでいったのでにじみもない。
ふと思いついて、落書きの指示も同時に終わらせることにした。
にじみ防止に挟んでいた元のノートの残骸。これに、シャインと子爵令嬢の名前を書いた。代表的な落書きだと聞いているから、これで問題ないはずだ。
見守っていた部長が何とも言えない顔をしていたが、何も言ってこないところをみるとこれでいいのだろう、メリーはそう判断した。
新しく出来上がったノートに、書いた落書きを挟み込む。
あとは、コレを元の場所に戻し、とった教科書をどこかに隠せば終わり。
既に虹は消えているし同じ手は使えない。どうしよう。
メリーが困っていると部長が動いてくれた。知り合いらしいツァールトハイト公爵令息に頼んで、あの2人を図書室から呼び出してくれた。
なんでもお試し夜会の不手際で迷惑をかけた詫びとして、あの日着用したドレスをサイズ直しして贈る、とか何とか理由を付けたらしい。
その隙にノートを元の場所に戻して、ついでに教科書も隠した。僅かに心に痛みは走るが――ここなら隠し場所として最適だろう。
こうして――メリーは全ての指示を実行した。
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