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29 本物の誤算(シャイン)
しおりを挟む「メリーとの婚約が白紙になったって本当なのか!?」
前触れもなしにシャインの元を訪ねてきた転生者の友人がそう言った。
これで何人目だろうか。メリーとの婚約を白紙に戻してから、こういうことは珍しくなかった。
彼らとの出会いは小等部教育の頃。元々はメリーの転生者学校での知り合いで、そのうちにシャインとのみ親しく付き合うようになった。
小等部の頃は前触れなく突然訪ねてくることも珍しくなかったが、成長するにつれ彼らはアポイントを取ってからくるようになった。これはあちらでもそういうものらしい。
突然訪ねてくるのはあちら風の親しさの象徴みたいに思えて当時は嬉しく思っていたが、大人になるとそう自由ではいられなくなるのはどこの世界でも同じようだ。
それが、ここのところは再びこういう訪問が続いている。どこからか、シャインとメリーとの婚約の解消を聞きつけて慌てて真偽を確かめに来るからだ。
今、シャインの目の前にいるのは一番中身が若い友人だった。
転生者は見た目と中身の年齢が釣り合わない。シャインが話を聞く限り、彼は誰よりもメリーと年が近かった。
「ああ。婚約は白紙になった。手続きは済んでいるし、既に僕には別の婚約者がいる。真実の愛を見つけたんだ」
学期末のダンスパーティーの後。シャインとヴィオーラ・ホルテンズィー子爵令嬢は正式に婚約者となった。本当はゆっくりと話を進めるつもりでいたのだが、あの後も噂がどんどん広がって、収拾がつかなくなったからだ。
「そんな……。何で、だよ。メリーはあんなにお前のために必死に……なのに……。お前だって、だからこそ俺は……」
ショックを受けたような友人に、軽い嫉妬を覚える自分はひどく勝手なのだろう。当然のように元婚約者の名前を呼べる姿が何故か面白くない。
「……分かった。でも、きっと後悔するからな。シャイン、友人として忠告はしたからな。そうなっても慰めるつもりはないが――まあ、話くらいは聞いてやる」
「友人でいてくれるのか?」
正直なところ意外だった。シャインは既に、転生者の友人の多くを失った。メリーと連絡を取らなくなっていても、彼らはメリーの幸せを誰より願っているからだ。
中身の年齢が上であればあるほど、その傾向は強かった。彼らは誰よりあちらの気質を持っているメリーを孫や娘を可愛がるように大事にしていた。そんな彼らはシャインの心変わりを許さなかった。
性格上言いふらしはしないとしても、二度と口は聞いてくれないだろう。
そんな中、目の前の年若い彼はメリーに他の奴らとは違う思いを抱えていることは分かっていた。だからこそ、シャインは彼をメリーから遠ざけたのだ。それなのに。
「歳の近い男友達は貴重だったからな。メリーは大事な……友達だったが、お前だって同じくらい大事な友達なんだ。だからこそ……心から馬鹿だな、って思うよ」
少なくとも、一人は友人を失わずに済んだようだ。とはいえ、シャインは産まれかけているわだかまりを話すことはしなかった。
プライドもあるし、認めてしまうには失ったものが大きすぎる。それに、失うばかりでなく手にいれたモノだってあるはずだと、自分で自分に言い聞かせた。
少しだけ雑談をすると、彼は仕事を抜け出してきたから、と言って帰って行った。
彼は男爵家の長男だ。貴族なうえ転生者ではあるが、あまり家が裕福ではないため、転生者学校の夜間高等部へと通いながら昼間は仕事をしている。貴族も通う転生者学園に比べ、転生者のみの転生者学校は転生者に対する国からの補助がより手厚いからだ。
転生者は学業に対して真剣な者が多い。前世での失敗を繰り返したくないからだとみんなは言っていた。働きながらの学業は大変だろうに、彼はそれに対して文句を言ったことはない。
しかし、そんな彼がメリーのことだけはよく言っていた。絶対、幸せにしてほしい、と。
転生者学校小等部の頃。彼は前世への郷愁から体調を崩したことがあるそうだ。そんなとき、メリーが「うどん」を作ってくれたのだと嬉しそうに語ってくれた。
消化にいいようにクタクタに煮てあって、スプーンですくって食べたのが忘れられないと言っていた。前世と同じ味がしたのだと言って、彼はどこか遠い目をしながら、切なげにメリーの名を呼んでいた。
その話を聞いた後、シャインは居ても立ってもいられなくなってメリーの家へ行きうどんを食べさせてもらった。金曜日はうどんの日だと言っていたのをシャインは覚えていたのだ。
ちょうどその日は金曜日。狙い通りメリーはうどんを作っている最中だった。
しかし、完成して出てきた物はやたら長くてつるつる滑って、それを二本の棒で食べるのだと言われて混乱した。
話に聞いていたものと全く違う。彼と同じものが食べたかったのに。
メリーは本物を知らないからコロコロ出来上がりが変わるのだろうか。シャインはそう思った。
彼には本物を作ったのに自分にはこんな食べづらいものを作って。そう考えたら腹が立った。だからもう人に作るのは止めた方がいいと注意をしてその日はすぐに帰った。
あの日のメリーの泣きそうな顔と、苦い思いは婚約を白紙に戻した今もシャインの心に刻み込まれて残っている。
彼と会い、そのことを思い出したシャインはヴィオーラにうどんを作って欲しいと頼んだ。ヴィオーラは作ったことがないからと嫌がっていたが、しつこく頼むと作ってくれた。
そして、出てきたモノを見てシャインは目を見開いた。
「あ、あの。初めてだから上手くできなくて、細切れになっちゃって、その……。スプーンじゃないと厳しいかも」
とろとろの、細かいうどん?が入ったスープのようなもの。二本の棒……今はもう名前を知っている。箸を使って食べるのは無理だろう。
味は、正直まずいし、メリーの作った物のほうが比べ物にならないほど美味しかったけれど、スプーンを使って食べるそれは、友人の言っていたモノに近かった。
だから、シャインはホッとした。自分は間違っていなかった。確かに失ってしまったものは大きいけれど、自分はやっと、本物を手に入れたのだ。これこそが自分がずっと望んでいたものなのだ。
きっと、今の自分はあの時の彼と同じように、熱に浮かされたような顔をしているのだろう。
……味はどうしても受け付けなくて大半を残してしまったけれど。シャインはとても満足だった。
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