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34 部長の告白
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「どうしよう、ちっとも眠れない……」
流石に徹夜した後15時間も爆睡したからだろうか。お腹いっぱい夕食を食べて、ゆっくりとお風呂に入ったというのに頭はスッキリ。メリーは眠れずに困っていた。
ちなみにここのお風呂は温泉だ。あちらの温泉宿を意識した大浴場のような作りとなっている。なので、ここを利用する転生者の間では大人気だった。
部員の合宿への参加率の高さはこの辺からも来ているのかもしれない。とはいえ、女子部員のいないオカルト研究会ではそんな豪華な温泉も女湯は貸し切り状態だった。楽し気な男湯の笑い声が、メリーは羨ましくてたまらなかった。
部屋に戻っても、個室のメリーは一人きりだ。
「女友達がいたらいいのに……あ、そうだ」
学期末のダンスパーティーの後。なんだかんだと忙しくて、悪役令嬢様とお話しができていなかった。筆記用具もあるし、お土産を買うために持ってきた金貨もある。部員に飲んでもらおうと持ってきた緑茶もある。深夜ではあるが、久しぶりのお茶会をやるいい機会ではないだろうか。
メリーがそんなことを思い、茶葉を片手にお湯を沸かすため食堂へ行こうと部屋を出ようとしたところで、控えめなノックのような音が聞こえた。
気のせいかも、と思いつつも、メリーがそっとドアを開ければ風呂上りらしい部長がいた。
「部長? どうしたんですか、こんな夜中に」
昨日、部長はほとんど寝ていないはずだ。夕食後はすぐに部屋へと戻って寝ていたはずだが、どうしたのだろうか。まだ、2、3時間しかたっていない。
「その……眠れなくてな。話がしたい。少しだけ、いいか?」
色々ありすぎて、気が張っているのだろうか。結果的に心配をかけてしまったメリーは申し訳なくなった。
しっかり眠ったメリーはともかく部長は早く眠った方がいい。話をして落ち着くならその方がいいはずだ。少しだけ悩んだ後、メリーは部長を部屋へと招き入れた。
ドアを半分開けておくかで迷ったが……時間が時間だけに、話し声がしたら迷惑かもしれない。そう思ったメリーはドアを閉めた。
「これは?」
机の上に書きかけの五十音を見つけて、部長が眉を顰めた。
メリーが眠れないのでお茶会をするつもりだったと言えば、部長の表情が険しくなった。
「その……悪いが、今日だけはやめてくれ」
「え、あ、はい」
慌てて筆記用具を片付けるメリー。確かに夜中にやることではないかもしれない。悪役令嬢様が眠っている可能性を考えていなかったとメリーは反省した。
部屋に来たものの、どこか不機嫌そうに黙っている部長にそんなことを話せば、違うんだと部長はようやく口を開いた。
「今日……メリーがいなくなったことに気が付いて、あちこち探しまわった。見つかったはいいけど起きる様子もなくて。フェイトを叩き起こせば、メリーの体を悪役令嬢様に乗っ取らせるつもりだったと聞いて――正直、君の目が覚めるまで生きた心地がしなかった。目が覚めて。君じゃなかったらどうしよう。消えてしまっていたらどうしよう。そう思ったら、とてもじゃないがそばを離れられなかった。体中の血の気が引いていくようだったよ」
震える声で部長にそう言われ、メリーは頬に手を触れられた時の手の冷たさを思い出す。そっと部長の手を取りあの時のように自分の頬に当ててみれば、風呂上がりのせいかほんのりと温かくてメリーはホッとした。
そのままふと見上げれば、部長は真っ赤になって固まっていて、メリーも同じように固まってしまった。
「す……すいません、つい」
メリーが気を取り直し慌てて頬の手を離そうとすれば、思いもよらぬ抵抗にあい、手を離すどころか部長の両方の手で頬を挟まれた。
「部長? ……あれ? 部長の目……髪も?」
黒髪に深緑色の目をしたいつもの部長。ではなかった。髪は鮮やかで、目の色も徐々に明るく変化して……。
不思議だった。印象は変わらないのに、外見が違う。
「ああ、悪い。風呂上がりで、認識阻害の補助魔法陣をつけていないから。動揺して認識阻害が切れた」
一瞬で、いつもの部長へと戻る。夢でも見ていたようだ。
「悪い。色々、話せないことがある。あるけど、もう俺はメリーがいないと駄目みたいだ」
「部長?」
制服のときも、私服のときも。部長はいつも黒いローブのようなものを着ている。部活のユニフォームみたいなものだが、今はそれを着ていない。
そのせいか、いつもと同じはずなのに見慣れなくて少しドキドキしてしまう。
「今日、メリーがいなくなるかも、と思っただけで怖くて頭がおかしくなりそうだった。笑っちゃうよな。散々怖い話をしてきたのに。どんな怖い話とも比べ物にならないくらいの恐怖だった。今も、思い出すだけで眠れない。目を離した隙に、またいなくなるんじゃないかって。誰かに奪われるんじゃないかって、落ち着かないんだ。君に婚約を申し込んだときは気軽にリセットできるなんて言ったが、俺には無理だ。君以外とは結婚したくない。リセットなんて絶対しない。悪役令嬢様にも、フェイトにも、君を奪われたくない」
「悪役令嬢様はともかく……フェイト様ですか?」
悪役令嬢様には何度か体を乗っ取られていたから分かるが、なぜフェイトの名前が出てくるのだろうか。メリーにはいくら考えても分からない。困惑するメリーに部長は困ったように笑った。
「ああ。誰にも付け入るスキを与えたくない。生きている人間にも死んでいる人間にも、だ。だから、前にも言った通り、悪役令嬢様とのお茶会は俺の見ている前でだけやってくれ。知らないところで消えられたらと思うと耐えられない。そして、帰ったらすぐに俺達の婚約を正式に発表しよう」
「えっ。婚約を白紙にしたばかりだから少し待った方がいいって」
「君の元婚約者のグロウ伯爵令息とホルテンズィー子爵令嬢は既に婚約を発表している。君との婚約白紙からの早すぎる婚約発表に悪い噂が立っているが、俺達も発表すれば少しは火消しになるだろう。だから君の幼馴染のためにも」
「シャイン様が?」
悪い噂なんて知らなかった。周りが気遣ってメリーの耳に話題が入らないようにしてくれていたのだろうか。だとしたら2人が気の毒だ。部長の言う通り一刻も早く発表してあげた方が彼らのためになるのかも。
「ああ、いや違うな」
部長の提案に賛同しようとしたところで、部長自身が否定をしてきた。メリーの頬は部長の両手に挟まれたままだ。なので、部長から目を逸らすことはできない。
「それっぽい理由で誤魔化すのはよくないな。さっさと発表したいのは自分のためだ。今回のことで余裕がなくなった。メリー、俺は君を手放せないし、そんな選択肢すら与えたくないんだ。だから、あの時みたいに必要に迫られてじゃなくて、もう一度プロポーズさせてくれ」
赤く染まった部長の顔が見ていられないくらい恥ずかしいのに目が逸らせない。頬に触れている部長の両手が熱をもって、メリーの顔まで熱くする。
「メリー、俺の傍に居てくれ。生きている間は俺の隣に。死んでしまったら俺の後ろで。ずっと一緒にいて欲しい」
「え。死んでも……ですか?」
「死んだくらいじゃ離してやれない。むしろそこからが本番だ。ずっと後ろで自己主張してくれ。俺もする」
真剣なわりにどこかコミカルな提案に、メリーはくすりと笑ってしまう。プロポーズまでホラー仕立てだ。しかも、死んでもずっと部長は後ろにいてくれるらしい。
「はい、部長。ずっと一緒にいます。横でも、後ろでも」
「……あと、2人のときは特別な呼び方をしたい」
「特別な呼び方、ですか?」
「ああ。君は、世界中のほぼ全ての人から名前で呼ばれているからな。俺の一番大事な、慣れ親しんだ名前で呼ばせてくれ」
「メリーさん」
そうつぶやいた部長の唇が、メリーの唇にそっと一瞬だけ触れた。唇が離れた後ギュッと抱きしめられて、耳元でもう一度特別な呼び方を繰り返された。その響きに、メリーは部長と初めて出会った時のことを思い出す。
『えっ君メリーさんっていうの? 有名な怪談と一緒の名前だね。ぜひウチの部室で怖い話をしないか?』
初めて出会ったときに呼ばれた名前。メリー嬢。メリー様。メリーちゃん。みんなが親しく名前を呼んでくる中で、近いのか遠いのか分からないその響きが新鮮だった。
「ふふふ。部長だけですよ。そんなふうに私を呼ぶの」
お風呂上がりの部長の腕の中はいいニオイがして温かくて心地がいい。メリーは頭をギュッと部長の胸に擦り付けた。
怖い話が大好きな癖に、メリーがいなくなるかもと思っただけで眠れなくなるほど怖がりな人。
ずっと、この人の横で、後ろで。名前を呼ばれるのを聞いていたい。寝不足のせいか、やたらと速い部長の心拍数を聞きながら、メリーはそんなことを思った。
その後は昨日あんなことがあったばかりなのに悪役令嬢様とのお茶会をしようとしていたことを部長に咎められ、念の為にと部屋で見張られた。メリーは今日はやらないと何度も言ったが、実際にやろうとしていたところをみられているので流石に信憑性がない。書きかけの五十音の紙は心配だからと部長に破かれてしまった。
朝まで話そうと言われ了承したが、流石に二徹は無理があったようで、気が付けば部長はメリーの布団を乗っとってすやすやと眠っていた。
昼間、ずっと寝顔を見られていたことに対して思うところがあったのでメリーも仕返しとばかりに部長の寝顔を眺めていたのだが、ふと気が付けば一緒になって眠っていた。
翌朝。
目を覚ましたメリーはもう朝だから騒音は気にしないでいいかと、誤解がないようにと部屋のドアを半分開けた。
そして。
「クシュン! うー。部長が私の(布団)奪うから」
「悪いな、メリーさん。流石に(二徹は)我慢できなかった」
「部長が帰ってくれなかったんですよ? 私、昨日はやらないって言ったのに」
「仕方ないだろう。いくら1人で寂しいからってあそこまで準備しているのを見ちゃったら」
「ただの『さ行』ですよ? お湯もまだだったのに無理矢理(儀式の紙を)破くなんて酷いです。……神聖なものなのに」
廊下に響き渡る2人の声。
……部屋に部長がいないことに気が付いて探しに来たリキッドに見つかり2人して今まで以上に説教されたのは言うまでもない。
合宿終了後、2人の婚約は無事発表された。
真実の愛の子の新たな婚約は国内外を問わず騒がれた。突然のことに周囲は驚いていたが、合宿に参加したオカルト研究会の部員達だけは何故か誰一人驚いていなかったという。
流石に徹夜した後15時間も爆睡したからだろうか。お腹いっぱい夕食を食べて、ゆっくりとお風呂に入ったというのに頭はスッキリ。メリーは眠れずに困っていた。
ちなみにここのお風呂は温泉だ。あちらの温泉宿を意識した大浴場のような作りとなっている。なので、ここを利用する転生者の間では大人気だった。
部員の合宿への参加率の高さはこの辺からも来ているのかもしれない。とはいえ、女子部員のいないオカルト研究会ではそんな豪華な温泉も女湯は貸し切り状態だった。楽し気な男湯の笑い声が、メリーは羨ましくてたまらなかった。
部屋に戻っても、個室のメリーは一人きりだ。
「女友達がいたらいいのに……あ、そうだ」
学期末のダンスパーティーの後。なんだかんだと忙しくて、悪役令嬢様とお話しができていなかった。筆記用具もあるし、お土産を買うために持ってきた金貨もある。部員に飲んでもらおうと持ってきた緑茶もある。深夜ではあるが、久しぶりのお茶会をやるいい機会ではないだろうか。
メリーがそんなことを思い、茶葉を片手にお湯を沸かすため食堂へ行こうと部屋を出ようとしたところで、控えめなノックのような音が聞こえた。
気のせいかも、と思いつつも、メリーがそっとドアを開ければ風呂上りらしい部長がいた。
「部長? どうしたんですか、こんな夜中に」
昨日、部長はほとんど寝ていないはずだ。夕食後はすぐに部屋へと戻って寝ていたはずだが、どうしたのだろうか。まだ、2、3時間しかたっていない。
「その……眠れなくてな。話がしたい。少しだけ、いいか?」
色々ありすぎて、気が張っているのだろうか。結果的に心配をかけてしまったメリーは申し訳なくなった。
しっかり眠ったメリーはともかく部長は早く眠った方がいい。話をして落ち着くならその方がいいはずだ。少しだけ悩んだ後、メリーは部長を部屋へと招き入れた。
ドアを半分開けておくかで迷ったが……時間が時間だけに、話し声がしたら迷惑かもしれない。そう思ったメリーはドアを閉めた。
「これは?」
机の上に書きかけの五十音を見つけて、部長が眉を顰めた。
メリーが眠れないのでお茶会をするつもりだったと言えば、部長の表情が険しくなった。
「その……悪いが、今日だけはやめてくれ」
「え、あ、はい」
慌てて筆記用具を片付けるメリー。確かに夜中にやることではないかもしれない。悪役令嬢様が眠っている可能性を考えていなかったとメリーは反省した。
部屋に来たものの、どこか不機嫌そうに黙っている部長にそんなことを話せば、違うんだと部長はようやく口を開いた。
「今日……メリーがいなくなったことに気が付いて、あちこち探しまわった。見つかったはいいけど起きる様子もなくて。フェイトを叩き起こせば、メリーの体を悪役令嬢様に乗っ取らせるつもりだったと聞いて――正直、君の目が覚めるまで生きた心地がしなかった。目が覚めて。君じゃなかったらどうしよう。消えてしまっていたらどうしよう。そう思ったら、とてもじゃないがそばを離れられなかった。体中の血の気が引いていくようだったよ」
震える声で部長にそう言われ、メリーは頬に手を触れられた時の手の冷たさを思い出す。そっと部長の手を取りあの時のように自分の頬に当ててみれば、風呂上がりのせいかほんのりと温かくてメリーはホッとした。
そのままふと見上げれば、部長は真っ赤になって固まっていて、メリーも同じように固まってしまった。
「す……すいません、つい」
メリーが気を取り直し慌てて頬の手を離そうとすれば、思いもよらぬ抵抗にあい、手を離すどころか部長の両方の手で頬を挟まれた。
「部長? ……あれ? 部長の目……髪も?」
黒髪に深緑色の目をしたいつもの部長。ではなかった。髪は鮮やかで、目の色も徐々に明るく変化して……。
不思議だった。印象は変わらないのに、外見が違う。
「ああ、悪い。風呂上がりで、認識阻害の補助魔法陣をつけていないから。動揺して認識阻害が切れた」
一瞬で、いつもの部長へと戻る。夢でも見ていたようだ。
「悪い。色々、話せないことがある。あるけど、もう俺はメリーがいないと駄目みたいだ」
「部長?」
制服のときも、私服のときも。部長はいつも黒いローブのようなものを着ている。部活のユニフォームみたいなものだが、今はそれを着ていない。
そのせいか、いつもと同じはずなのに見慣れなくて少しドキドキしてしまう。
「今日、メリーがいなくなるかも、と思っただけで怖くて頭がおかしくなりそうだった。笑っちゃうよな。散々怖い話をしてきたのに。どんな怖い話とも比べ物にならないくらいの恐怖だった。今も、思い出すだけで眠れない。目を離した隙に、またいなくなるんじゃないかって。誰かに奪われるんじゃないかって、落ち着かないんだ。君に婚約を申し込んだときは気軽にリセットできるなんて言ったが、俺には無理だ。君以外とは結婚したくない。リセットなんて絶対しない。悪役令嬢様にも、フェイトにも、君を奪われたくない」
「悪役令嬢様はともかく……フェイト様ですか?」
悪役令嬢様には何度か体を乗っ取られていたから分かるが、なぜフェイトの名前が出てくるのだろうか。メリーにはいくら考えても分からない。困惑するメリーに部長は困ったように笑った。
「ああ。誰にも付け入るスキを与えたくない。生きている人間にも死んでいる人間にも、だ。だから、前にも言った通り、悪役令嬢様とのお茶会は俺の見ている前でだけやってくれ。知らないところで消えられたらと思うと耐えられない。そして、帰ったらすぐに俺達の婚約を正式に発表しよう」
「えっ。婚約を白紙にしたばかりだから少し待った方がいいって」
「君の元婚約者のグロウ伯爵令息とホルテンズィー子爵令嬢は既に婚約を発表している。君との婚約白紙からの早すぎる婚約発表に悪い噂が立っているが、俺達も発表すれば少しは火消しになるだろう。だから君の幼馴染のためにも」
「シャイン様が?」
悪い噂なんて知らなかった。周りが気遣ってメリーの耳に話題が入らないようにしてくれていたのだろうか。だとしたら2人が気の毒だ。部長の言う通り一刻も早く発表してあげた方が彼らのためになるのかも。
「ああ、いや違うな」
部長の提案に賛同しようとしたところで、部長自身が否定をしてきた。メリーの頬は部長の両手に挟まれたままだ。なので、部長から目を逸らすことはできない。
「それっぽい理由で誤魔化すのはよくないな。さっさと発表したいのは自分のためだ。今回のことで余裕がなくなった。メリー、俺は君を手放せないし、そんな選択肢すら与えたくないんだ。だから、あの時みたいに必要に迫られてじゃなくて、もう一度プロポーズさせてくれ」
赤く染まった部長の顔が見ていられないくらい恥ずかしいのに目が逸らせない。頬に触れている部長の両手が熱をもって、メリーの顔まで熱くする。
「メリー、俺の傍に居てくれ。生きている間は俺の隣に。死んでしまったら俺の後ろで。ずっと一緒にいて欲しい」
「え。死んでも……ですか?」
「死んだくらいじゃ離してやれない。むしろそこからが本番だ。ずっと後ろで自己主張してくれ。俺もする」
真剣なわりにどこかコミカルな提案に、メリーはくすりと笑ってしまう。プロポーズまでホラー仕立てだ。しかも、死んでもずっと部長は後ろにいてくれるらしい。
「はい、部長。ずっと一緒にいます。横でも、後ろでも」
「……あと、2人のときは特別な呼び方をしたい」
「特別な呼び方、ですか?」
「ああ。君は、世界中のほぼ全ての人から名前で呼ばれているからな。俺の一番大事な、慣れ親しんだ名前で呼ばせてくれ」
「メリーさん」
そうつぶやいた部長の唇が、メリーの唇にそっと一瞬だけ触れた。唇が離れた後ギュッと抱きしめられて、耳元でもう一度特別な呼び方を繰り返された。その響きに、メリーは部長と初めて出会った時のことを思い出す。
『えっ君メリーさんっていうの? 有名な怪談と一緒の名前だね。ぜひウチの部室で怖い話をしないか?』
初めて出会ったときに呼ばれた名前。メリー嬢。メリー様。メリーちゃん。みんなが親しく名前を呼んでくる中で、近いのか遠いのか分からないその響きが新鮮だった。
「ふふふ。部長だけですよ。そんなふうに私を呼ぶの」
お風呂上がりの部長の腕の中はいいニオイがして温かくて心地がいい。メリーは頭をギュッと部長の胸に擦り付けた。
怖い話が大好きな癖に、メリーがいなくなるかもと思っただけで眠れなくなるほど怖がりな人。
ずっと、この人の横で、後ろで。名前を呼ばれるのを聞いていたい。寝不足のせいか、やたらと速い部長の心拍数を聞きながら、メリーはそんなことを思った。
その後は昨日あんなことがあったばかりなのに悪役令嬢様とのお茶会をしようとしていたことを部長に咎められ、念の為にと部屋で見張られた。メリーは今日はやらないと何度も言ったが、実際にやろうとしていたところをみられているので流石に信憑性がない。書きかけの五十音の紙は心配だからと部長に破かれてしまった。
朝まで話そうと言われ了承したが、流石に二徹は無理があったようで、気が付けば部長はメリーの布団を乗っとってすやすやと眠っていた。
昼間、ずっと寝顔を見られていたことに対して思うところがあったのでメリーも仕返しとばかりに部長の寝顔を眺めていたのだが、ふと気が付けば一緒になって眠っていた。
翌朝。
目を覚ましたメリーはもう朝だから騒音は気にしないでいいかと、誤解がないようにと部屋のドアを半分開けた。
そして。
「クシュン! うー。部長が私の(布団)奪うから」
「悪いな、メリーさん。流石に(二徹は)我慢できなかった」
「部長が帰ってくれなかったんですよ? 私、昨日はやらないって言ったのに」
「仕方ないだろう。いくら1人で寂しいからってあそこまで準備しているのを見ちゃったら」
「ただの『さ行』ですよ? お湯もまだだったのに無理矢理(儀式の紙を)破くなんて酷いです。……神聖なものなのに」
廊下に響き渡る2人の声。
……部屋に部長がいないことに気が付いて探しに来たリキッドに見つかり2人して今まで以上に説教されたのは言うまでもない。
合宿終了後、2人の婚約は無事発表された。
真実の愛の子の新たな婚約は国内外を問わず騒がれた。突然のことに周囲は驚いていたが、合宿に参加したオカルト研究会の部員達だけは何故か誰一人驚いていなかったという。
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