魅了堕ち幽閉王子は努力の方向が間違っている

堀 和三盆

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270 腹黒さんいらっしゃい

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「とんでもないことをしてくれましたね」

 …………とんでもないことをしてしまいましたね。

 冬休み。
 早朝バイトはお休みのゆったりとした爽やかな朝。

 召喚されてきた魔法陣の上に立ったまま、地の底から響いてくるような不機嫌な声を発する偽王子(腹黒)の姿に。

 私は自分がやらかしたとんでもない失態に気が付いた。




 王子と共に、ちょっぴりお得な一日遅れのクリスマスを楽しんだ翌日。


 そう言えば昨日、王子が昼食を抜かれたって言っていたけど、今日のお昼ごはんはちゃんとあるのかな? 

 ……と、少し心配になって軽~い気持ちで王子の分の昼食も準備しつつ、いつも通り魔法陣ラグにおやつを供えて王子を召喚したら。

 ……来てしまいましたね。

 偽王子界のラスボスこと――怖い顔してガチギレ状態の偽王子(腹黒)さんが。


 …………いえね、いつもだったら一限から講義あるから召喚お休みの曜日だったんですよ。ただ、冬休みに入っているので、そのことすっかり忘れていました。

 ちなみに現在は朝の9:00。

 早朝バイトも休みだったから、ついつい朝イチで王子を召喚しちゃったよ。く……っ、やらかした!

 夏休み終了後は召喚時に王子が留守でも偽王子(猫耳・猫)、偽王子(大)しか来なかったから、猫ちゃんのモフモフに癒されたり、黙々と負けてくれる大さんと一緒にレースゲームを楽しんだり、これはこれで楽しいから別にいいやと油断して……よく考えもせず適当に召喚していたのが完全に裏目に出てしまった。

 害の少ない偽王子二人と楽しく遊ぶあまり、偽王子(腹黒)さんの存在がすっかり頭から抜けていたのだ。


 休王子召喚日に呼び出せば、彼が来る可能性だって十分あったというのに……!


「――おやおや、顔色が優れませんね。どうかなさいましたか?」


 言葉こそ丁寧だが、目の下真っ黒であからさまに不機嫌な様子の腹黒さん。口元は笑みを浮かべているが目がちっとも笑っていない。
 そして彼が何に対してそんなに怒っているのか、その原因についても見当がついている。


(――うん。まあ、間違いなく王子がやらかした『幽閉中の塔キラッキラ問題』について、でしょうね……)


 クリスマスイルミネーションに魅了され、自分が幽閉されている塔を精霊イルミネーションでキラッキラに飾り立ててしまった魅了堕ちした王子様。普通に考えて幽閉されている人間がやることじゃないよね……そもそも、普通の人間は幽閉なんてされないと思うけど。

 まあ、あの王子様は普通じゃないからその辺はしゃーない。通常営業。

 ただ、塔のキラキラはお城からも見えて大騒ぎになったとか言っていたし、腹黒さんの目の下のクマを見る限り、王家の影として不眠不休でその対応に追われていたってところだろうか。


「――ああ、解っていらっしゃるのなら話が早いですね」


 そう言うなり、クスクスクス……と笑い声をあげる腹黒さん。それで大切なことを思い出す。


 しまった、相変わらず思考が読まれている!! これは私が何らかの責任を取らされて、腹黒さんにサクッとされちゃうやつですね。
 自分で自分の残り時間を減らしてどうすんだ!


 ……あ、でも行動可能範囲が広がったからわざわざ王子を散歩に連れ出して駅前のクリスマスイルミネーション見せちゃったとか、そのせいで王子がやらかしたとか、その辺は言わなきゃバレないかも……。


「ほうほう。わざわざ王子に駅前のクリスマスイルミネーションを……ね。そうですか、やはりこの件は貴女が元凶でしたか。ははは……ククッ…フフフ…フ…」


 ぉおっと、口に出して言わずとも思っただけでアウトでした! ああ、もう。『思考翻訳』だっけか。腹黒さんのコレ本当に厄介だな。隠し事もできないじゃん!

 怒りを抑えるように、下を向いて乾いた笑い声をあげながら眼鏡のブリッジ部分を人差し指と中指でクイクイ押し上げている姿とか、マンガや乙女ゲームにおける私の大好物、闇堕ちしかけた敵役眼鏡キャラみたいで目が離せないけどそれどころじゃない。
 ……にしても、こういう緊迫した場面では腹黒さんの眼鏡遣いが映えること映えること……。


 などと、私が余計なことを考えれば考えるほど腹黒さんの怒りのボルテージが上がっていく。


「……これはこれは。まったく、貴女には感心しますねぇ……この機に及んでずい分と余裕がおありのようで?」

 クスクスクス……。
 楽しそうな言葉とは裏腹に部屋に響く冷たい笑い声。


 ――ああ、本当にそれどころじゃなかった!!


 だけど、今さら自分の性癖(?)は変えられない。身に危険が迫れば、ついつい自分の好きな物に逃避しちゃうのが人情というもの。

 腹黒さんの醸し出す圧に耐えかねて、視線は眼鏡に固定したまま私が思わず後ずされば。

 一歩……二歩……。

 自分が下がれば下がっただけ眼鏡のレンズ越しに冷たい目をした腹黒さんに距離を詰められて、気付いた時には壁際まで追い詰められてしまっていた。

 居心地が良いながらも狭い学生向けのアパートだ。
 逃げ場なんてどこにもない。


 ――詰んだ。




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