魅了堕ち幽閉王子は努力の方向が間違っている

堀 和三盆

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297 肉球模様と眼鏡拭き

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「…これは……?」

「眼鏡拭きと眼鏡ケース。良かったら使って」


 いつもの休王子召喚日。
 いつも通り召喚されてきた偽王子(腹黒)に眼鏡のお手入れセットを渡すと彼はそのまま固まった。



※※※※※

 大雪が降った日の翌日。

 大学からの帰り道、あまりの寒さと道路事情の悪さに途中で100均へと避難したのだが。いつも通りなんとなく眼鏡コーナーを眺めていたら、偽王子(腹黒)のことを思い出した。

 いや、ほら。腹黒さんてば、指でレンズ触っちゃうのが癖なのか何なのか、いっつも眼鏡のレンズが汚れているんだもん。

 それどころか最近ではレンズに謎の肉球模様までついているから気になって気になって。

 ……見た目は可愛いけどあの肉球模様、眼鏡をかけている本人は気にならないのだろうか? 絶対に見づらいと思うんだけど。

 ウチに来てお昼寝ばかりしていた頃は寝ている隙に私がこっそりお手入れをしていたけれど、腹黒さんも最近はお昼寝そっちのけですっかりギャルゲーにハマり込んでいますからね。

 まあ、あの腹黒さんが巨乳キャラに夢中になっている姿は人間味があると言いますか、彼が持つ得体のしれない怖さが薄れて微笑ましいと言いますか……おっと、腹黒さんに私の思考が読まれていますね。これは命の危機です。ごめんなさい。

 そんなわけで、本日は腹黒さん用に眼鏡のお手入れセットを購入。

 予定外の寄り道をして疲れたので、夕飯はちょっぴり手抜きをして、冷凍ハンバーグを使っての『和風おろしハンバーグ』です。

 冷凍とはいっても市販品ではなく、ひき肉が安い日にまとめて作っておいた私の手作りなので、これくらいの手抜きは勘弁してほしい。ほら、大根おろしだって地味に面倒ですからね? 量が多いと腕とか痛くなるし。

 でもまあ腹黒さんはサッパリとした和食を好んでいるみたいだから、喜んでくれるならこのくらいの手間は別に……って、あれ? 何かニコニコしてるな。いつ機嫌が直ったんだろう? …まあいいか。


 腹黒さんはゆっくりと食事を摂って。ゲームをやって。私は後期テストが近いので、腹黒さんがゲームをしている横で大人しくお勉強です。




「…さてと。わたくしはそろそろお暇しますね」
「えっ、もうそんな時間?」


 私が試験勉強をしている間にあっという間に帰りの時間になっていたらしい。

 私ってば随分と集中して勉強をしていたんだなあ……と感動していたのだが、時計を見るとまだ23時前。私が試験勉強を始めてから一時間くらいしか経っていない。
 帰るっていうから、てっきりもう24時近いのかと思ったのに。

 ああ、でもそうか。謎のこだわりで召喚可能時間ギリギリを攻める王子や、若さゆえの大胆さでグッスリ眠りこんで大幅に時間オーバーする育ちざかりの猫ちゃんと比べたりしたらいけないわよね。

 しっかり者の腹黒さんは他の3人と比べて早寝なのかも。年の功というか、ほら、年配の方は早寝早起きで……あ、いえ。嘘ですごめんなさい。……だけど私は老眼鏡とかも全然いけますので!

 あれ? おかしいな。腹黒さんがどんどん悪い顔に……。
 私、何か余計なことを言ったかな?


「『他の3人』……ねえ? 変ですねえ『王子』は1人しかいないはずなんですけどねえ……ああ、もちろんわたくしは王子ですよ?」

「!!!!」


 クスクスクス……と温度のない目で嗤う腹黒さんを前に固まる私。

 まずい、まずい、まずい。少し機嫌が良さそうだったから油断した! どうしようサクッとされる!? せっかく腹黒さん用に眼鏡拭きを用意したのに眼鏡が綺麗になったところを見られないの!? ……腹黒さんの肉球模様眼鏡が私の最後の記憶になっちゃうの!??

 ――と、パニックになりかけている心を落ち着けるために腹黒さんがかけている眼鏡……の肉球模様を思わずガン見する。いや、メッチャ気になるんだってば、ソレ!! 余裕ないのについつい眼鏡拭き買っちゃうくらいには。


「……まあ、貴女の思考を読む限り召喚時以外もわたくしのことを考えてくださっているようですし? 本日は予想外の贈り物をもらってわたくしも機嫌がいいので、多少の失言は見逃しましょうか。貴女がわたくしのために用意してくださった食事も美味しかったですしね」


 あ。良かった、腹黒さんのご飯を柔らかいハンバーグにしておいて。これがステーキとかだったら嚙み切れなかった可能性も……って、コワイ、コワイ、コワイ!!


「ああ、でもちょっぴりイラっとはしたので、嫌がらせだけはシッカリとさせていただきますね。なぁに、贈り物のお礼を兼ねて、サクッと忘れてもらうだけですよ。仕返しはいつもの彼にお任せするとして、バランスをとるために前回とは反対側にしておきましょうか……どうせ明日には忘れているでしょうけどね」


 クスクスクス……。


 腹黒さんの楽し気な笑い声と共にかわいい肉球模様が近づいて。
 私の左頬に柔らかな感触がしたと思ったら、意識が遠く……な…って……。




 目が覚めたら既に朝だった。

 どうやら、腹黒さんを召喚した後、私は試験勉強をしながら眠ってしまったらしい。

 おっと、私が風邪をひかないように背中にオカ研ローブをかけてくれていますね。相変わらずその場に放置でベッドに運んではくれませんが、非力な眼鏡君キャラと思えばそれも悪くない。むしろ好感が持てます。

 ――ま、腹黒さんに関しては『君』なんて年齢でもなさそうですが……。


 何故だか頭がボーっとするけれど、100均で衝動買いした眼鏡の手入れセットは無事腹黒さんに渡せたみたいなので良かったです。

 眼鏡拭き、ちゃんと使ってくれるかな?
 次に会う時が楽しみです!




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