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前編
しおりを挟む「魅了の持病があるので今日の水泳の授業はお休みします……」
水泳の授業前。体育教師である僕にそんなことを言ってきた女生徒がいた。ああ、またか――と僕はうんざりした。
異世界で。せっかく夢だった体育教師になったのに、夏のプールの授業だけはこうしてサボりが横行するのだ。
前世。僕は体育教師になるのが夢だった。実際その為の勉強も続けていたし、体だって鍛えていた。しかし、予期せぬ交通事故でその夢はあっけなく潰えてしまった。
それからはリハビリと、諦めと、妥協の人生。
それなりに充実はしていたが、やはり叶えられなかった夢を諦めることはできなかった。しかし、記憶を持ったまま転生出来たことで僕の人生は心機一転、輝きを取り戻す。
幸運にも高位貴族へと生まれ変わった僕。将来騎士を目指す生徒はともかく、貴族社会のなかではあまり運動に重点が置かれない。そのせいかどうしても肥満になりがちだ。
そんな、この異世界での教育制度の問題点を根気強く訴えて、教育改革を行ったのだ。
時に前世の知識を使い。時に権力を行使して。
多少強引であったとは思うが、健康面に不安を抱える貴族たちを見ると、このままではいけないと思った。
今世での母もそうだったが、若いうちは行動的だし夜会や社交でダンスをしたりするからいいが、年配になってその機会が減ると一気に体調面に出てくる。
平民ならば朝から晩まで働いてそんな心配もないのだろうが、ある程度以上の貴族は多かれ少なかれその問題を抱えているのだ。特に高位貴族にその傾向が強い。
だから僕は決意した。この世界にも運動の重要性を幅広く認知させ、意識を根本から変えようと。そのためにはまず教育改革だ――と。
いつかは平民にも浸透させたいが、彼らは十分体を動かしている。だから、まずは貴族から。
そう考えた僕は苦労の末、性別を問わず「体育」の授業を貴族学園にねじ込むことに成功した。そして、色々な事例をあげて、学園にプールを作り、水泳の授業を始めることもできた。
前世、交通事故からの回復の過程でプールでのリハビリは僕に希望を与えてくれた。手ごたえもあった。夢は諦めざるを得なかったが、日常生活は取り戻すことが出来た。
ダンスで膝を痛める貴族も多いし、あれはコチラでも役立つはずだ。そのためにもまずは教育の過程で自然と水に慣れる機会を作るべきだろう。そんなこともあって、僕は水泳の普及に尽力した。
まあ、コレについては本音を言えば、僕が泳ぐのが好きなだけ。海辺で育った僕からすれば、泳ぐことは当たり前の生活の一部なのだ。
それもあって、泳ぐことの楽しさを生徒たちにも広めたかった。
高位貴族を狙っての、川や海に突き落としての暗殺が多かった時期だから、その辺を絡めて生徒への水泳教育の必要性を訴えたのが功を奏した。
漁業を生業とする平民ならともかく、高位貴族に泳げるものはほぼいなかったから。
ただ、どうしてもプールの授業は貴族の女生徒には抵抗があるらしく「淑女の日なので……」などと言ってやんわりと回避をする者が多い。ソレを言われるともう認めるしかない雰囲気になってしまう。
だが、2週間も3週間も続いている場合がほとんどだからプールを避けるための言い訳となっているのは明白だ。他にも当主からの命令だから……などと言って避ける生徒もいる。
ただ、正直、それらを言われると無理強いすることは難しいので、水泳の授業への出席率は著しく低い。
あちらと違いコチラはまだ肌を見せることに抵抗があるようなので水着も露出をかなり抑えたものにはしたのだが、あまり効果はないようだ。
水泳普及に勤しむ僕の行動を、好色ゆえだと悪し様に噂する者もいるが、それは誤解だ。
僕はただ純粋に泳ぐことの楽しさを知って欲しいだけなのに。
しかし、今回の女生徒の言い訳は魅了の持病か。
確かにこの世界には魔法があるし、魅了スキル持ちの生徒もいる。しかし、高位貴族はある程度の魅了耐性を持っている者が多いし、僕も魅了持ちに狙われたことはあるが、引っかかったことは一度もない。
だから。
「そんな言い訳は通用しない。具合が悪いのでないならば、見学は認めない。」
「でも、そうすると魅了が……」
「いいから、早く水着に着替えて準備をしなさい。何かあっても責任は全て僕が取るから」
恥ずかしい。肌を見られたくない。髪を濡らすのが嫌だ。
彼女の必死さを、そんなよくある生徒の我が儘だと判断してしまった。僕はもっと考えるべきだったのだ。
いくら前世と同じように水泳の重要性が国から認められても、ココは異世界。生活習慣や社会常識だけでなく、潜在する能力すら前世とは違うのだから。
それが原因で、あんな騒動を引き起こしてしまうことになんて。
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