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後編
しおりを挟む「ならば――僕と縁を結んだらどうだろう」
「え。いえ、あの、先生。お気遣いはありがたいのですが」
「気遣いなどではない。僕は――公爵家出身である僕には魅了は効かない。でも、楽しく泳いでくれる君の笑顔には魅せられた」
目を丸くする彼女。そして――一瞬遅れて頬が赤く染まった。正しく意味を理解してくれたようだ。
そう――僕は彼女に魅せられた。魅了スキルの影響じゃない。貴族の女生徒たちが肌を晒すのを恥ずかしがって身を縮める中、僕の教えるとおりに手足を動かし自由に泳ぎ、楽しそうに笑う彼女の笑顔に――心奪われた。
いわゆる一目ぼれというヤツだ。
「公爵家という高位貴族出身ではあるが。夢を叶えるために継ぐべき爵位は弟に譲っているから、今の僕は一介の体育教師だ。大袈裟な社交などは必要ない。それでいて在学中の令息の誰より元の身分は高いから実家の威光で君を守り、爵位が下の貴族を黙らせることが出来る。しかも魅了に関係なく君に惹かれている。君の希望に一番近いのではないか? それに――実家にはプールがあるから好きな時に好きなだけ水着で泳げるぞ。他の誰の目に触れることなく」
真っ赤な顔をして。体を固くして、目を見開いたまま僕の言葉を聞いていた彼女の肩からフッと力が抜ける。
魅了スキルが発動して何人もの令息たちに追われ始めてから、どこか張りつめていた彼女の顔が和らいだ。笑っているような、泣いているような。
ようやく安心できる家族を見つけた迷子のような、そんな顔。放っておけなくてつい彼女を抱きしめた。あ、コレ教師としてまずいかも、と思ったが、思いのほか冷えていた彼女の体を今更放すことなんてできない。
彼女を抱きしめたまま動けなくなった僕の体から、熱だけが彼女へと移っていく。彼女の震えはいつの間にか止まっていた。
そんな彼女が僕を見上げて、悪戯っぽく微笑んだ。
途端に、心臓が跳ねる僕。
「……ふふふ。先生ってば、本当に泳ぐのが好きなんですね。家にまでプールを作っちゃうなんて。そんな先生が授業中に楽しそうに一生懸命勧めてくるから――私もつい泳いでみたくなっちゃったんですよ?」
責任、取ってくださいね――その言葉は彼女が言い終える前に、僕の口へと消えた。
むろん責任は取るつもりだ。だって、最初から僕は言っていたのだから。
何かあっても責任は全て僕が取る――と。
僕と彼女はすぐに婚約を結び、年が変わる頃には正式に結婚をした。彼女はまだ在学中ではあるが、事情が事情だけに問題にはならなかった。こうなってしまった以上、魅了の影響を受けた他の生徒からしっかりと守る必要がある。
こうして僕と彼女は正式に夫婦となった。
そんな高位貴族である僕と、男爵令嬢である彼女の身分差を越えた恋物語は女生徒たち――主に下位貴族の間に瞬く間に知れ渡った。
魅了の件は個人情報となるので生徒たちには伏せられている。なので、プールでのちょっと変わった出会い、と思われているそうだ。
そのおかげで。
あわよくば自分も見初められるかも……と、水着とプールは下位貴族の女生徒を中心に受け入れられて、やがてブームとなり、貴族社会全体に広がっていくことになるのだが――それは少し先の話。
そして、結婚して初めての夏。
妊娠したから今日の水泳の授業はお休みします……と言われた僕は涙を流して喜んだ。
(終)
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