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56 番が見ているのでさようなら3(番視点)

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 愛する番が俺を見捨てて、女神様に番を変えてもらっていた――それを聞いてからというもの、頭がぼんやりしていて、何をしていたのかあまりよく覚えていない。

 愛しい番の声であれやこれやと質問をされて、流されるままそれに答えていた気がする。


 本当に? 本当にもう番ではないのか? こんなに優し気に語り掛けてくるのに?


 性懲りもなく捨てきれない希望がチラついてくる俺の頭に止めを刺したのは、あの人間のオスが息も絶え絶えに地下牢へとやってきた時のこと。

 ふわり……とソイツの顔を見て微笑んだ番の顔を見て、俺はもうどうしようもないのだということを悟ったのだ。



 しゃらり……。



(……何だ…………?)

 人間のオスと共に番が出て行ったのをぼんやりと見送った後――しばらくして、自分が何かを握り締めているのに気が付いた。

 働かない頭で必死に番との最後の会話を思い出す。



「……質問は以上です。ご協力ありがとうございました。あの……それでね、どうやら獣人の番には『番を認識できる範囲』というのが存在するらしいの。範囲の外へと出られれば、番と出会う前の状態へ戻れるそうよ。私と貴方はまだ出会って間もないし、離れる距離も隣国くらいで充分ではないかしら。私、半年後には先生の研究に同行して他国に行くからそれで大丈夫だと思うけど、もしそれまでの間、貴方がどうしても耐えられないようだったら今の話を思い出してちょうだい。それと」


 番だった愛しい女は首から何かを外し、オレの手に握らせた。


「ずっと、私の命を繋いでくれた物だけど、私には必要なくなったから貴方にあげる。コレを売れば旅費ぐらいにはなると思うから。……それじゃあ」


‘番が見ているのでさようなら’


 ――そう言って。

 ふわふわ耳の彼女は、息も絶え絶えに牢に入ってきた人間のオスに、胸が締め付けられるような――あの美しい笑顔を浮かべたのだ。

 そして、その人間のオスと共にそのまま俺の前から去って行った。


 この、たった一本のネックレスを残して。






「……っざけんな、手切れ金ってことかよ」

 手の中にあるのは何かの宝石を加工したであろうネックレス。貴族である彼女には非常に似合っていたソレは、平民で定職にも付いていない俺にはとてもじゃないけど買えないような――見事な品だった。

 俺は一気に馬鹿にされたような気分になり、未だ番の気配の強く残るそれを振り上げて地面に……


「わー!! ちょっと、待った待った!!! 落ち着けって!」

 ……叩きつけようとしたところで、またおせっかいな犬が俺の邪魔をしてきた。


「何だよ、貰った物をどうしようと俺の勝手だろ」

「いや、だって……ソレって保管石だろ」

「保管石?」

「あー…。……まあ、知らなくても当然か。基本、獣人は体が丈夫だしな。医者にかかることすら滅多にないし。いいか、それは『保管石』つって、魔法薬を入れておくことが出来る魔道具だよ」




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