もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆

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番外編 獣人学者は運命の番を許さない

40 リスペットの勘違い(リスペット視点)

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 リスペットはせめて仕事面でクロワールの役に立とうと、里帰りついでに在庫が減ってきていた研究用の薬草を獣人国から持ち帰っていた。

 職場には栽培環境を調整できる立派な温室があって、常に一定数を確保してあるのだが、生育環境の違いから獣人国産の薬草はどうしても減りが早いのだ。長期休みの間に更に数を減らしているかもしれない、そう考えてのことだった。

 そして、それを職場へと運び込んでいた時に、リスペットの決意は早くも揺らいでしまった。まだ休み中にもかかわらず、誰もいないはずの研究室にはクロワールの姿があった。

 なんという偶然だろう。いや、リスペットが番を諦めようとしていたところにこうして会えたこと自体が、女神様の導きなのではないだろうか。

 愛する者を前にして、リスペットの頭にはそんな都合の良い考えばかりが浮かぶ。
 ダメだ、変な期待はするなと自分に言い聞かせても、一度ぶり返してしまった獣人としての本能は中々収まらない。久しぶりに見る番の姿に自然と胸がときめいて、同じ空間にいるだけで心には喜びがあふれてくる。

 しかも、いつもだったらリスペットを見るなりすぐに立ち去ってしまうクロワールが、わざわざ荷物を運ぶ作業を手伝ってくれたのだ。驚いたことに、リスペット相手にはほとんどしたことがない、ちょっとした雑談にまで応じてくれた。
 雑談と言っても内容は仕事のことだったし、当のクロワールも心ここにあらずといった感じではあったので、冷静になって考えてみればそこまで大騒ぎをするほどのことではないのだが、自分が人間国から離れる際にあれだけの喪失感を味わったのだ。

 もしかしたらクロワールの方にも何か似たような変化が起こったのではないか、だからこそ彼の態度がここへきて軟化したのではないか、リスペットはそんな風に考えてしまったのだ。

 そして――

「クロワール様……いいえ、モラルズ主任。私の思いを受け入れてくれとは言いません。ですからどうか、私を貴方の部下として、ここに残してくれませんか?」

 いよいよ本格的な帰国の日が迫り、思い切って告げた願いをクロワールが聞き入れてくれたことで、そのときに心からホッとしたような笑顔を見せてくれたことで、リスペットは勘違いをしてしまった。
 自分が傍にいることをクロワールも心のどこかでは喜んでくれているのだと、たとえ妻としては受け入れてもらえなくても、彼を支えられるのは運命の番である自分しかいないのだと、そうやって思い込んでしまった。

『番である君には申し訳ないが、ボクは既に婚姻している。愛する妻がいる以上、ボクは君を愛することはできない』
『何があっても、ボクの、妻への愛は揺らがないぞ』

 クロワールからはハッキリと拒絶する言葉を言われていたし、笑顔を見せられただけで調子に乗ってしまうくらい番からは徹底的に避けられていたというのに、この時のリスペットはそういった不都合な事実は頭の隅に追いやって、『運命の番』という獣人にとって最も大切なものを手放せる自分こそが、この世界で一番クロワールのことを愛しているのだと妄信してしまった。愛する者の幸せのために、そこまでの犠牲を払える自分に酔っていた。

 ……まさか、『番との縁』どころか、愛する夫のためならば、ためらうことなく『己の命』すら差し出すような人間がこの世界に存在するなんて夢にも思わずに――




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