ダンジョン鎮霊歌

kiseimatsumoto

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 二つの山と一つの谷の向こう。

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 赤、黄、白、青。紫や、橙も。
 緑の草原に咲き乱れる花輪は、この世のすべての色を余すことなく表現していた。
 透き通る青空の下は、春の草原が広がっていた。
 少しだけ、肌をツンとさすような冷たい春風がひとすじ吹き、草々がゆらぎ、ザーッとした心地良い音が鳴る。
 何があったとばかりに、野うさぎはひょっこりと首を緑草の上から出すように立ち上がる。きょろきょろと周りを見回し、なにもないことを確認すると、そそくさと草をかき分けて走っていく。
 キュルキュルとなく声がしたので、眩しい空を見上げると、5羽のツバメが空を切って飛んでいった。
 荒い麻で編まれた服越しの草のチクチクとした痛みと、湿った土のひんやりとした感覚が、本当に心地よい。
 竹で作ったかごの中に、朝摘んだ甘いレモンの皮を向いて口に入れる。
 舌から鼻孔まで透き通るツーンとした酸味。それに、この草原の南の林独特の甘さ。
 それが何百年経とうと新鮮で、愛おしいものだなと思いながら、魔女と呼ばれる少女は頭のなかを空っぽにして、眩しそうに目を細めながら笑う。
 笑う。楽しそうに。愉快そうに。
 ああ、こんな生活が、どれほど充実していて。
 どれほど、清々しいのか。
 それを自分のみが知る優越感にも浸る。
 魔族と呼ばれる人間と、自らを神聖教徒と呼ぶ人間の争いが、全く影響を及ぼさない、都市から2つの峻嶺と、海より深い峡谷を挟んだ、この草原が、これほど美しいのだと、誇示してやりたい。

 ――だけど、何かが物足りない。
 いつしかそう思い始める自分がいた。
 魔女と呼ばれた少女は、そう思う自分をおかしいと思った。
 だって、これほど私は満たされているじゃない。
 これ以上何かほしいっていうのなら、それは――外界の野蛮人と同じ考えじゃないか。
 貪欲にあらゆるものを追いかけ続けた結果を、自分は誰よりも知っているじゃないか。
 大地を炎で燃やし尽くし、川を血で染め上げる。
 自分は間近で見続けてきたのではないか。
 嗚咽と唸り声で溢れかえる戦場の片鱗が脳裏に浮かんできて、慌てて、それを止める。
 あれは、もう厭だ。
 こんなに、私は満足しているのに。
 何が足りないというの?
 それについて考えるのも、もはや数えきれぬ回数になる。
 自分は確実に何かを欲している。
 だが、それは何か、分からないし、そもそも、知ろうともしなかった。
 だけど、巨大ドミノが少しずつ崩れていくように、自分の中から、何かがかけていくような気がしていく。


 ああ、なんと寂しいのだろう。

 魔女は、その感情を、忘れてしまったのかもしれない。

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