魔王と勇者のPKO 2

猫絵師

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侯爵と勇者

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「何これ?あのバカ、雷雲とでも戦ったの?」

手に付いた人間の鮮血を拭いながら訊ねた。

腹を開いたからどうしても余分な出血があった。服も少し汚れてしまった。

あーぁ、最悪…

朝からいきなり呼び出されて、事情も聞かされずに治療してくれとミツルに泣き付かれた。

命令されるのはあんまり好きじゃないけど、第一王子のイールお兄様のから命令じゃ仕方ない。

「アドニスは?」

「腸の一部が調理に失敗したソーセージみたいになってたわ。

肝臓ももう少し火加減考えた方が良いわね。

他の内蔵も焦げたようなダメージが見て取れるけど、私はお肉はレアの方がいいと思うの、ウェルダンじゃやりすぎよ。

いっそお腹にハーブでも詰めてみるっていうのも良いかもね」

「止めてよ、そんなブラックジョーク聞きたくない!

アドニスは助かるの?!」

「私を誰だと思ってるの?

死体の以外なら何とかするわよ」

「じゃあ助かる?」

勇者の問いに頷いてみせると、彼は足から崩れ落ちた。

安心して腰が抜けたのね。

相変わらずヘナチョコ勇者だこと…

「マリー様ありがとうございます、は?

ありがとうのキスしてくれても良いのよ、お義兄様」

「あ、ありがとう…」

「そうそう、それよ。

誰かと良い関係を築きたければ《ありがとう》と《ごめんなさい》は大事よ」

ペトラお姉様には悪いけど、この勇者を玩具にするのは気分が良いわ。

「私が優秀な《不死者リッチ》で良かったわね。

アンデットを作る術式を少し変えて、魂を体に繋いで、生命力だけ増幅させて腸は無理やりくっ付けたわ。

肝臓も元通りとは行かないけど死なない程度に使えるでしょ?

しばらく安静。

可哀想に、お粥も食べれないわよ。

損傷も心臓や脳じゃなくて良かったわね」

「良かった…」

「良くない、勝手に終わらせないでよ。

私への説明がまだよ」

何があったか知らないが、内蔵だけを焼かれる魔法なんて聞いたことがない。

この状態は文字通り落雷にあった人間の状態に近い。

「アドニスがワルターを…ヴェストファーレンを襲ったんだ。

ヴェストファーレンは悪くない…

僕が悪いんだ…」

ヴェストファーレンは確かフィーア王国の使者の名前だ。

以前会った時は物腰柔らかな紳士のように見えたけど、随分えげつない魔法を使うのね…

「あんたが悪いとか悪くないとか、そんな話はどうでもいいわ」

「…そうだけど…

僕もオークランドとフィーアの事をもう少し知りたくて、アレンと話してたんだ…

そうしたら、昨日ヴェストファーレンから聞いた話を思い出して…オークランドの副宰相が暗殺されたって聞いたと話をしたら急にアドニスが怒り始めて…」

「何で?親しかったのかしら?」

アドニスは元々オークランドの王直轄の《聖剣の騎士団》の団長だったわね。

副宰相との間柄は知らないが接点が全くない訳では無いだろうけど…

「伯父さんって言ってた」

「はーん…そういうこと…」

ミツルの言葉に納得する。

あの単純バカの騎士様のことだから、勝手に頭の中でフィーア人の仕業と繋げたのだろう。

「いい迷惑だわ」

「ごめん…」

またミツルが私に謝り沈黙する。

あんた何も悪くないじゃない…

「お父様の所にはカッパー君を行かせたわ。

一応親族だものね、知らせないと…」

カッパー君は私のお気に入りのペットだ。

変身する蛇ムータンス・アングイースという希少な蛇で、知能が高く変身能力がある。

短い言葉程度なら伝えることができる。

錬金術師の王レクス・アルケミストの人間だった頃の名前はアンバー・ワイズマン。

アドニスの血縁上の先祖に当たる人間だ。

子孫として彼を放っておけないらしい。

お父様も人がいい…

「国際問題になるわ。

このバカは例外になるかどうか分からないけど、お父様の与えた特使の旗を持った使者を攻撃したら例外なく死刑よ。

私が助けた意味がなくなるかもしれないわ」

面白い症例の治療だったから私としては満足だけど、ミツルが求めてるのはそういうことじゃない。

「ねえ、何とかならない?」

「私には関係ないわ」

助けを求める子犬みたいな目で見ないで欲しいわ…

私はできない約束も、無駄な希望も持たせる気は無い。

ため息を吐いてミツルに現実を告げる。

「あんたはいい子よ、とってもいい子…

でもね、あんたみたいな優しい子にはこの世界を救うには役不足だわ。

あんたの優しさで法をねじ曲げれば、滅びるのはこの国なんだからね。

それだけは御免こうむるわ」

そんな傷ついた顔しないでよ…

「あとはお父様しだいだもの…

アドニスはしばらく預かるから、あんたはもう部屋に戻りなさい。

私の研究室ラボは繊細なんだからさっさと出てってよね」

分かりやすく傷ついて、ミツルは肩を落としながら部屋を後にした。

彼の長所も短所も優しさだ。

「なかなか皮肉が効いてるじゃないの…」

そういう所も含めて嫌いじゃないけどね。

✩.*˚

イールから報告を受けた時は寒気を感じた。

皮膚も肉もない身体だが、嫌な汗をどっとかいたような気がした。

「ヴェストファーレン殿は無事なのか?」

「無事というか…

一方的にアドニスが襲って、返り討ちにしてされただけです。

彼は傷一つありませんし、髪の毛一本も落ちてません。

恐ろしい男です…」

「今回はその強さに助けられたな…」

私は安堵のため息を吐いた。

「それで?今はどうしてる?」

「大人しく部屋に戻ったらしく、扉の前にはルイの部下を立たせています。

アドニスはマリーに任せました。

ミツルは…随分ショックを受けてる様子でした…」

「…あの子は優しいからね」

ミツルらしい。

「後で様子を見に行きたいが…

まずはヴェストファーレン殿と話をせねばな…」

オークランド王国と通じていると邪推されると厄介だ。

誤解は早めに解かねば手遅れになる。

イールが「その事ですが」と言葉を続けた。

「彼らも少し隠し事をしていたようです。

昨日の夜、ヴェストファーレン殿の部下が城内に使い魔を放っていたようです。

ヴェストファーレン殿は関与してないようですが、大方ミツルの居場所を探っていたんじゃないかと…

どう致しますか?」

「どうもこうも…お互い腹を割って話すしかないだろう?

オークランド人の件はまた今後話すつもりでいたが、逆に少し拗れてしまったな」

こうなったら隠しておく理由もない。

隠し事は逆効果だ。

分が悪いがここは一つ話し合いで解決させたい。

やりかけの仕事を放置していくのは気が引けるが、後回しにしていいような問題ではない。

時間が惜しい。

席を立ってイールに告げた。

「私がヴェストファーレン殿と話をしてくる。

伴は不要だ、二人で話したい。」

イールは「お一人で大丈夫ですか?」と私の身を案じていたが、話し合いをするだけで私は大丈夫だ。

「いきなり襲ってきたりしないさ、彼は計算高いからな。

私には優秀な子供たちがいる。

頼りにしているよ」

✩.*˚

「急に訪ねてすまない」

ノックのあった扉を侍女が開けると錬金術師の王レクス・アルケミストがいた。

彼の突然の来訪に驚いたが、すぐに気を取り直して王を出迎えた。

アーケイイック王は私の姿を見るなり頭を下げて謝罪した。

「ヴェストファーレン殿、話は聞いた。

我が城で不手際があり、誠に申し訳ない。

怪我はなかったかね?」

「ご心配に与り恐縮にございます、陛下。

私はこの通り無事でございます。

それより、火急のこと故、城内にて魔法を使用致しました。

申し訳ございません」

「貴殿の行為は正当なものだ。

誰も貴殿の行為を否定できない」

陛下はそう言って私の権利だと認めた。

やはり私は間違っていない。

「勇者殿からはやり過ぎだと言われましたよ」

「ミツルが?」

「動けない者へのトドメは必要ないと…

随分甘い勇者殿だ」

「そうか…彼はそんなことを…」

失望したとて無理はない。

彼は勇者として大きな欠陥がある。

「彼は人を殺したことがないのでしょう?

勇者として、戦う者の心構えを説きましょうか?」

私の言葉に魔王は頷かなかった。

王は驚きの言葉を口にする。

「私はミツルには是非そのままでいて欲しいと思っている

彼は私の理想とする人間だ」

「理想ですって?

失礼、仰る意味が理解できません」

魔王は人間が力を持つことを望まないということか?

脆弱そうに見えた彼を理想と言う彼が信じられなかった。

魔王という全てを手に入れる力のある者の台詞には思えない。

「私はミツルの良いところを沢山知っている。

それが弱さに繋がっていることも理解している。

それでも彼の良い所を大事にしてあげたい。

彼は優しく慈悲深い。

勇者には不向きかもしれないが、彼の心は真っ直ぐで歪みなく美しい」

なんて甘い魔王だ…

「失礼。

陛下は勇者を観賞用のペットか何かと勘違いしておいでではありませんか?

勇者は見ようによっては兵器に等しい。

強さこそが本来の勇者の姿ではありませんか?」

何せ、勇者とは本来魔王を討伐するために召喚される人間の奥の手だ。

戦わない勇者など何の役にも立たない。

やはり見た目通りのただの子犬なのだろうか?

私の見立てが間違っていたということか…

私のそんな心を読んだのか、アーケイイック王は口を開いた。

「ヴェストファーレン殿、貴殿は勘違いをしておいでだ」

厳かな確信のある声で王は言葉を続けた。

「私はミツルの強さを知っている。

彼は勇者としての役目に耐えうる強さがあると確信している。

君は知らないが、ミツルは腹を括ったらすごく強いんだよ。

必要があれば剣を振るう勇気も、他者を救う優しさも持っている。

ヴェストファーレン殿から見れば、トドメを刺せない事は弱さの象徴でも、私はミツルのやり方を快く思っている」

「随分過大に評価されておいでだ…

私には理解できない領域です」

「武を極めた君には認められない事かもしれないね」

そう言って骨の姿をした王はふふふ、と笑った。

「ミツルのせいで話が逸れたが、こんなことを言いに来たんじゃないんだった。

ヴェストファーレン殿、どうやらお互い秘密があったらしい。

この際誰も聞いていないところで二人きりでぶちまけないか?

私も君を咎めないし、君も私を責めないという約束で…」

「そうでした。

このままじゃ円満な交渉には至りませんからね。

私としてもありがたいお申し出です」

「じゃあ場所を変えよう。

今は庭園の薔薇も見頃だ。

むさくるしい男同士の話を密室でするなんて息が詰まる。

庭を散歩しながらどうだね?」

魔王の申し出とは思えない優雅なお誘いだ。

できることなら美しい乙女と歩きたいところだが、この国の最高権力者と並んで歩くのも悪くないだろう。

「お供致します、陛下」

今度はどんな話が飛び出すか…

全く、アーケイイック王は私を退屈させないな…

✩.*˚

「ミツル様、お食事をとられないとお身体に悪いですよ…

何がお召し上がりになりませんか?」

ベティから話を聞いたのだろう。

公務で忙しいはずなのに、ペトラが訪ねてきてくれた。

「分かってるよ。でもなんか食べれないんだ…」

「アドニスはマリーが見ててくれています。

私はアドニスよりミツル様の心と身体の方が心配です」

ペトラは同じソファに腰掛けて、二本の腕で優しく抱きしめてくれた。

彼女の温もりが伝わってくる。

鼻にツーンとした痛みが走り、目頭が熱くなる。

気が付けば涙が溢れてた。

「アドニスが…助かっても死刑かもしれないって…

友達なのに…僕は何もしてあげれない…」

元はと言えば、僕の軽はずみな発言で彼を傷付けてしまった。

知らなかったとはいえ、彼の親しい人の死を、こんな不本意なかたちで伝えてしまった自分が許せない…

「アドニスは悪い奴じゃない。

他の人より少し熱い奴だから先走っちゃっただけで…

僕が、止めれたはずなのに…全然追いつけなくて…」

「ミツル様。

大丈夫、大丈夫ですから。

落ち着いて下さい。貴方のせいではないのですから」

ペトラはやっぱりお姉ちゃんだ。

優しい声でそう言いながら僕の背中をさすってくれた。

「全部陛下が上手く納めて下さいます。

私もお手伝い致します。

ミツル様のためなら何も出し惜しみ致しません。

だから一人で苦しまないでください」

自分の服が汚れるのも気にせずに抱きしめてくれる。

自分の子供にするように、何度も僕の頭にキスしてくれた。

張っていた緊張の糸が切れたような気がした。

ひとしきり泣いて落ち着いたが、今度は頭がボーとする。

疲れてたんだ…

「このまま膝の上で寝ますか?」

ぐったりする僕にペトラが微笑みながら尋ねた。

彼女は僕の返事を待たずに、身体を少しずらして僕の頭を自分の膝の上に誘った。

頭を撫でる手が優しい。

「…ペトラ」

「はい」

「ありがとう…少し落ち着いた」

「泣き虫イールのお世話で慣れてますわ」

「…イール泣き虫だったの?」

「えぇ、とても」頭の上で彼女のふふっと笑う声がした。

「あの子だけじゃない…

私も泣きましたし、みんな泣いて強くなっていったんですよ。

だからミツル様も辛い時は泣いていいんですよ」

優しく微笑みながら見下ろす彼女は聖母のようだった。

何でこんな素敵な人が、頼りない僕なんかを選んでくれたのか分からない。

「泣いて眠って、起きたらお腹も空くはずです。

そうしたら何が食べましょうね。

私はずっとここにいますから…」

敵わないな…

「ありがとう、ペトラ」

「おやすみなさい、私の勇者様」

ペトラの声が心地いい。

優しくゆっくり撫でる手が、楽器を奏でるような一定のリズムで眠くなる…

「君が…いてくれて良かった…」

瞼が重い。

彼女にちゃんと感謝を伝えられたかな?

僕はそんな事を考えながら、暖かく心地よい眠りに落ちて行った…

✩.*˚

ミツル様が眠ってしばらくしてからベティが様子を見に来た。

「ミツル様は?」と尋ねる彼女に、私は人差し指を立てて合図した。

「静かにね…

今寝たところよ。

見て、とても可愛いでしょう?」

「でも、ペトラ様。

足がお辛くなりませんか?」

「良いのよ、これがいいの。

ミツル様の可愛い寝顔を一番特等席で見れるんですもの」

私が笑うとベティも困ったような顔で笑った。

「起きたらお食事の用意をお願いね。

あと、何かミツル様に掛けるものを用意してくれないかしら?」

「ブランケットをお持ち致します。

少々お待ちくださいませ」

小声でやり取りして、時々ミツル様の身体を撫でた。

気を許した相手でなければこんなことできない。

ミツル様も私に心を許してくれているのだと思うと嬉しかった。

足が少し痺れたところでどうってことない。

年齢の割に幼い顔立ち。

黒い硬い髪と同じ色のまつ毛。

自分の膝の上で寝息を立ててる彼が愛おしい…

そんな彼はとても重い役目を背負っている。

「勇者なんて過酷な運命…貴方には似合いませんわ…」

平凡な、よく笑う普通の男の人…

気取ったところもなく、いつも誰かを心配してる。

優しく繊細で傷つきやすいくせに、自分のことはまるで分かっていない。

彼は優しすぎるのだ。

彼は、魔王を倒す運命とやらを背負った最強の存在なんかになれやしないだろう。

魔王の事まで心配してしまうのだから…

ベティに手渡されたブランケットを掛け、眠った婚約者を起こさないように気を付けながら背を撫でた。

その背中は世界を背負うには小さすぎる気がした。

✩.*˚

遅くなってしまったが、関係者を全員玉座の間に集めて一堂に会した。

「忙しい中、皆が揃ってくれたことに感謝する。

先に述べておくが、此度の騒動、アーケイイック王である私とヴェストファーレン殿の間で真摯に話し合い和解した事を報告する。

お互い責めも咎めもしないと約束して話し合ったことだ。

良いな?」

特にイールを見やって断りを入れる。

一触即発の状況は何とかクリアできたようだが、この報告は気が重い。

「話し合った内容を伝える。

発言は終わってからして欲しい…特にイール王子」

釘を指しておいて間違いはないだろう。

イールは苦々しい顔で頷いた。

「まず、アーケイイック側は先だって捕らえた捕虜であるオークランド人についてフィーア側に伝えなかったことを謝罪する。

それに伴い、使者殿に無礼を働いたオークランド人アドニス・ワイズマンと同じくオークランド人のアレン・サッチャーの存在を公とする。

彼らは私が勇者に従者として与えた者達だ。

まだ三名地下牢で幽閉している事も伝えてある。

また、ヴェストファーレン殿を危険に晒したことは誠に遺憾で深く謝罪する。

隠し立てし申し訳ない」

私の言葉に、既に事情を知っているヴェストファーレンは深々と礼をして返した。

「続き、フィーア側の咎も伝えねばならん。

先日の深夜、城内で徘徊していた獣の正体はウィルヘルム・フォン・モーントメンシェンの使い魔との事だ。

くどいようだが、我々は秘密を共有するに当たって互いに責めないと約束している。

決して責めないように…

あと、こちらの方が言いにくいのだが…」

視線をちらっとヴェストファーレンの隣の仮面を付けた従者に向ける。

咳払いして言葉を続けた。

「驚かないで聞いて欲しいのだが…

従者と思っていたそこの彼がヴェルフェル侯その人だそうだ…」

流石に皆がザワついた。

それはそうだろう?私だって驚いた…

「フィーア王国南部侯にしてヴェルフェル侯爵家当主ヘルリヒト殿その人だ」

「ご紹介に預かり恐縮です、錬金術師の王レクス・アルケミスト陛下」

金髪の男が仮面を外した。

仮面の下から現れたのは、繊細そうな線の細い男性だった。

繊細そうな印象とは裏腹に、アイスブルーの瞳は力強い光を宿している。

仮面は気配を遮断する魔法道具だったようで、急に彼の主張が強くなる。

自ら従者の姿で乗り込んでくるとは、噂通りの破天荒な人物だ。

皆が固まってしまった中、彼だけが歌劇ミュージカルの主人公のように一人玉座の前に進み出て跪いた。

「初めてお目にかかった時といささかもお変わりない姿にお喜び申し上げます」

「貴殿とは一度だけ会っていたな…

確かまだ小さな子供だった…私を見て泣き出したのを覚えているよ」

「あの頃はまだ幼い子供でした」と彼は笑った。

ヴェストファーレンに伴われ、二十年ほど前に一度会ったことがある。

「ヴェルフェル侯、知っていれば正しいおもてなしが出来たのに、何故そのような姿でいらっしゃったのか?

我々は貴殿に正しいおもてなしをする機会を奪われてしまった」

「いや、お構いなく。

ヴェストファーレンは臣下ですが、我が師でもあります。

弟子が従者として来訪しても問題ありますまい」

皆がポカンと呆気にとられる中、彼だけはよく喋る。

「この国は実に良い国だ。

アーケイイックは森に囲まれた辺鄙な場所だと思っていたのに、蓋を開ければ随分豊かな国ですね。

王の几帳面さが細部にまで宿っています。

私も是非陛下から内政を学ばせて頂きたい」

「いやいや、私は既に人間を辞めていますし、魔族相手では参考にはならないでしょう」

「そうでしょうか?

それでも人間の勇者を指導しておいでだ」

なかなか痛いところを突いてくる。

師が師なら弟子も弟子だ…

「ところで、不躾ながら、勇者はどなたでしょうか?

ご紹介いただけないでしょうか?」

「勇者を紹介する前に、一つお約束頂いてもよろしいかな?」

「なんでしょうか?」

「彼はヴェストファーレン殿に無礼を働いたオークランド人の助命を嘆願しています。

どうか聞き届けていただけないだろうか?」

私の申し出にヴェルフェル侯は驚いた顔をした。

「失礼ですが、そのオークランド人は何者ですか?

そこまでして守る価値はおありでしょうか?」

「ある」

間髪入れずに答える。

ミツルのためにもこれだけは譲る訳にはいかない…

「ヴェストファーレン殿には事情は説明した。

私の遠縁の子孫であり、オークランド王国の英雄だった男だ。

勇者の従者であり友人として私が与えた」

「随分弱い英雄だ…

本当なのか?ヴェストファーレン?」

「私もそう思いましたが、勇者によって《祝福》を剥奪されたそうです。

彼はもうただの人間です」

「…剥奪された?

勇者は《祝福》を奪うというのか?」

生まれ持って神から与えられる特殊な能力 《祝福》は彼らにとって特別な意味を持つ。

ヴェルフェル侯も《祝福》持ちだ。

天敵となる勇者の能力に、さっきまでお喋りだった彼も口元を抑えて沈黙した。

どう出るかと思っていたが、彼は目を輝かせて叫んだ。

「すごい!さすが勇者だ!」

「閣下、お声が…」

「実に興味深い!

《祝福》の剥奪など、人には許されない神の領域だ!

アーケイイック王、勇者に会って話ができるなら私は彼の願いは何でも叶えよう!」

「そのお言葉、勇者に伝えてもよろしいかな?」

「是非!」

子供のように喜ぶヴェルフェル侯は二つ返事で応じてくれた。

彼にとってアドニスの事などどうでもいいのだろう。

それは幸いであり喜ぶべきことなのだが、同時に虚しさも募る。

「良かったなミツル」

玉座の脇に控えさせていたミツルに声を掛ける。

天鵞絨ベルベットのカーテンの裏に隠れていた彼は小さく頷いた。

玉座を後にし、ミツルの肩に手を置いて囁いた。

「私が居る。

君は君らしく振舞いたまえ」

「分かった」

「おいで、ヴェルフェル侯を紹介しよう」

ミツルの肩を抱いて一緒に玉座の階段を降りた。

ヴェルフェル侯からの好奇の視線がミツルに注がれる。

ミツルはヴェルフェル侯に臆することなく手を差し出して名乗った。

「初めまして、平和島満です。

僕の友人を許してくれてありがとうございます」

「君が勇者…」

嬉しそうに目を輝かせて侯爵はミツルの手を取った。

「私がフィーア王国の南部を預かるヴェルフェル侯ヘルリヒトだ。

勇者がこんなに可愛い少年だとは思わなかったよ。

ハグしていいかな?」

「あ、はい」

ミツルはなんの疑いも無しにハグを受け入れる。

そのままヴェルフェル侯は膝を折ってミツルの手の甲にキスした。

…ん?なんかおかしいぞ…

ペトラの顔からも血の気が引いた。

そういえばヴェストファーレンのせいで忘れていたが、フィーア王国の貴族って…

「可愛い…純粋そうな目がたまらない。

君という人間に私を刻みたい。

一目で気に入ったよ、私の恋人になってくれないか?」

「え…」

侯爵の言葉にミツルの思考も身体もフリーズする。

その場の一同が凍ったように動かなくなる。

このケースだけは想像だにしなかった…

「閣下、冗談はお止め下さい」

慌ててヴェストファーレンがたしなめるが、彼は全く意に返さない。

「冗談なものか、私は本気だよ。

彼との出会いは運命だ!」

「アーケイイック王の御前です。

それに彼はペトラ王女の婚約者ですよ」

「ミツル、私を選んでくれないか?

君のためなら何でも好きな物を用意しよう!」

なかなか手を離さないヴェルフェル侯にヴェストファーレンが静かに怒気を孕んだ声で告げた。

「ヘイリー、手を離さないとウィルの影の檻にぶち込むぞ。

私は本気だからな。

アインホーン城までそのままだからな」

ヴェストファーレンにかなりキツめに叱られ、ヴェルフェル侯は渋々手を離して引き下がった。

「陛下、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。

ミツルも大丈夫かね?」

「あ…うん…」

「フィーア王国の貴族は男色文化があってね…

断っておくが、私は男色家ではないから安心したまえ。

ヴェルフェル侯の中では普通の事なので、君に不快感を与えるとかそういうことが分からないんだ。

彼に代わって私が謝罪させてもらうよ」

「…普通…なの?」

ミツルがぎこちない声で私にも確認するので頷いて見せた。

「フィーア王国の貴族の中ではよくある事だ。

私も失念していた、すまなかったミツル」

「…そういうことなら…まあ、仕方ないよね…」

何とか無理矢理に自分に納得させて、居心地悪そうに辺りを見回した。

「ペトラならあそこだ」

「彼女の隣に行っていいかな?」

「あぁ、構わないよ」

動揺してるな…無理もない…

ミツルは早足でペトラの傍らに行って、やっと少し笑顔を見せた。

私もわずかながら安堵した。

「これでとりあえずお互いに痛い腹の中は晒せたということでよろしいですかな?

私は最後の最後でとんでもない恥を晒してしまいましたが…」

「貴殿のせいではないさ…

隠し事は肩がこる。

ぶちまけるのは気分がいいものだ」

ヴェストファーレンとそう言い合って次の話し合いの準備を行う。

今回は随分時間がかかったが仕方ない。

「これより誓約書及び交易の仮目録の確認を行う。

やっと本題に入れるというものだ…」

二人で視線を交わし、やれやれとため息を吐いた。

お互いに用意した羊皮紙の巻物を取り出し、誓約を読み上げる。

お互いに確認した上で、契約書にサインをしてその場はお開きとなった。

彼らは明日の午前中にフィーア王国に向けて出立する手筈だ。

たった二日ほどなのにやたらと長く感じたのは気の所為ではないだろう。

疲れを知らない身体のはずが、どっと疲労感が押し寄せた気がした。

✩.*˚

「…怖かった」

手はまだ彼に握られた感触が残っている。

思い出すと鳥肌が立った。

勇者かと疑問に思われる事は予想してたが、まさかの《やらないか?》の人とは…

フィーア王国の貴族文化…恐るべし…

「よく手を振り払うのを我慢しましたね。

私なら平手打ちしてました」

ペトラが僕の代わりに怒ってくれている。

綺麗な顔なのに怒っていたら勿体ない。

「そんなことする度胸はないよ」

「勇者を欲しがるとは思ったが、まさか男色とはな…

私には分からない世界だ…」

一緒に部屋まで付いてきていたイールがため息混じりにそう言った。

「僕だってそっち系の世界は知らないよ!他人事だと思って!

恋人にするなら僕より絶対イールの方がいいに決まってる!

線も細いし、綺麗な顔してるし良いことづくしだろ?」

「やめろ!気持ち悪い!聞きたくない!」

イールは寒気を覚えたようでガタガタ震えながら悲鳴を上げていた。

ほら、やっぱりそうだろうさ!

僕らの様子を見てたマリーが意地悪そうに笑った。

「二人とも、お尻がピンチになったら私が診療してあげるわよ」

「マリー!お前兄を何だと思ってる!」

「あーら、残念ながら私は関係ないものね。

お父様と私は死体愛好家ネクロフィリアでもない限りモテないものね、残念だわー」

マリーは兄王子であるイールにマウントをとって楽しそうだ。

「マリー、アドニスはどうしたの?」

「あれ以上悪くなることは無いから、診てるのも面倒くさいしホムンクルスのプールに放り込んできたわよ。

ゾンビにするならもっと簡単にできるのに」

「怪我人だよ!酷くない?」

「いいのよ、ホムンクルス作る要領で欠損部の補填をしてる最中なんだから。

下手に弄ると未熟児みたいになるわよ。

お父様と私の研究材料にしてあげてるんだから光栄でしょ?」

「…そのやり方で助かるんだよね?」

「知らないわよ。

迷惑かけたんだから、身体ちょっと弄られたところで文句言う資格はないわよ。

失敗したら失敗した時よ」

無茶苦茶だ…

治療を頼む相手を間違えた。

フランケンシュタインの怪物みたいにならないと良いけど…

「それでも、何とか無事に事態が収まって良かったですね。

しばらくはまた平和に過ごせそうです」

僕もペトラの言葉に頷く。

フィーア側は一ヶ月後くらいにまた目録の交易品を持ってくるらしい。

こちら側で用意したものもその際に持ち帰るとの事だった。

アーケイイック側も準備で忙しくなるそうだ。

「もう何も無いといいね」

ものすごく濃い二日間だったな…

思い出すと嫌な汗が吹き出してくる。

「大丈夫ですよ」

僕の心を読むように、ペトラは手を握って微笑んだ。

「ミツル様には陛下も私達も付いていますから。

フィーアにもオークランドにも絶対に渡しません。

あなたの居場所はここアーケイイックです。

もし、今後ミツル様が出て行くって言っても私は絶対に逃がしませんからね!」

「だ、そうだぞ…

良かったな、色男」

イールの視線が痛い…

同じエメラルドの瞳でも温度差がすごいな…

どこの国のラブコールもなかなかヘビーだ。

勇者って大変だな…

でも僕はアンバーに召喚されて良かったと思う。

「僕もこの国が好きだよ。

アーケイイックはいい国だし、僕はアンバーもペトラ達も大好きだ。

まだまだ知らないこともいっぱいあって、未熟者の勇者だけど、君たちの役に立てるように頑張るよ。

しばらくはタダ飯くらいの居候だけどね」

「ミツル様はいてくれるだけで良いんです」

「それじゃあヒモじゃないか?」

ペトラにそう言うと、イールが僕のことを鼻で笑った。

「ヒモだろ?何言ってるんだか?」

「まあ、そのうち役に立つでしょ?

少なくとも利用価値のあるヒモだから捨てずに大事にしまって置いたらいいんじゃない?」

マリー…辛辣…

君達は僕が好きなのか嫌いなのかどっちなんだ?

ツンデレってやつなのかな?

まあ、でも、ハッキリしているのは、僕はこの国で必要とされているという嬉しい事実だった。
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