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閑話・ジャンクフード2
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✩.*˚
《カラカラの卵》から少しずつだが順調にレポートは進んでいた。
僕の周りがアンバーの宿題を知って自分から申し出てくれたからだ。
アンバーの城だけでも色々な魔族が住んでいる。
「お父様も面白い宿題を思いついたものね」
穏やかに微笑みながら彼女はハーブティーを優雅な手つきで口元に運んだ。
ウィオラに招待されて部屋を訪れたが、彼女の部屋はこの城の中でも特に不思議な空間だ。
ウィオラの部屋は開放感があり、庭に面していて緑を感じられる仕様になっている。彼女がストレス無く過ごせるようにというアンバーの配慮だ。
蔦の這う緑の屋根にはところどころ隙間があり、差し込む木漏れ日は自然の温もりを感じる。
風が緑の隙間を通るたびに、床に敷かれたタイルの上を揺れる木漏れ日はまるで踊っているみたいだ。
「…ふぇ」
ウィオラの傍らに置かれた揺りかごから小さな声が漏れた。
「あら?お目覚めかしら?」と笑って、ウィオラはカップをソーサーに戻して、揺りかごの中でモゾモゾと動きだした娘を抱き上げた。
「ルキア。おはよう」と彼女の抱いた赤ん坊に声を掛けると、赤ん坊は僕の声に反応して視線を向けた。
「ふふ。ルキアったら。大好きなミツル様に抱っこしてほしいの?」と、ウィオラは愛娘をあやしながら話しかけている。
幸せそうな風景だが、僕にはこの二人に少し負い目がある…
本当なら、この幸せな風景の中にはルキアの父親・ステファノの姿があるはずだった。
ここに彼がいないのはもう彼がこの世の住人では無いからだ。
ルキアが生まれる直前に、彼女らがいた集落を襲った人間に殺された。
ひどい話だが、アーケイイックに存在する希少生物や魔族を捕まえて商売する連中がいるらしい。そういう人間は《略奪者》という総称で呼ばれている。それもあって、最初は僕も歓迎されなかった。
アンバーも対策をしているが、広大なアーケイイック領内全部をカバーするには至ってないから、人間とはイタチごっこになっているらしい。
彼女らみたいな人間の被害者をこれ以上増やしたくなくて、僕は《勇者》になるって決めたんだ。具体的にできることはまだ無いけど、僕はこの国で《勇者》としてできることを探している。
僕にそう思わせてくれたのは、一番大切な人を失って辛かったはずのウィオラで、決意させてくれたのは命の重さを教えてくれたルキアだ。
僕はあのとき抱いた新生児の温もりと重さを一生忘れないだろう。
「ルキアを抱いてもらえますか?」と頼まれて、ウィオラからルキアを受け取った。
初めて抱っこしたときより重くなって、よく動くようになっていた。
エルフの寿命も種族によって異なるが、子供は総じて成長が早いらしい。個人差はあるものの、だいたい人間の二歳から三歳くらいまでは成長速度は同じくらいで、その後は少しずつ成長速度がゆっくりになるそうだ。
「ちょっと大きくなったね」と僕が抱いた感想を伝えるとウィオラは嬉しそうに娘の成長を自慢してくれた。
「もう離乳食を食べるようになったんですよ。まだお乳も欲しがりますが、少しずつ美味しいものを覚えていると途中です。ミツル様と一緒ですね」
「そっかー。一緒に頑張ろうね」
「そうだ。お父様からの宿題にルキアの離乳食もいかがですか?」
そう言ってウィオラは少しだけ席を立った。
戻ってきた時にいくつかのお皿の乗ったお盆を持っていた。
お盆を覗き込むとルキアが「きゃー」と可愛い声を上げた。ご飯が食べれると思ったようだ。
「結構色々あるんだね」
お盆に並んだ小皿にはペースト状の離乳食が並んでいた。それぞれ違うものみたいだが、六皿くらいはある。
「これは芋のペーストです。それでこっちがカボチャのペースト。カブを炊いたペースト。魚のすり身。おやつ用の桃のペースト。ムギツバメの巣をふやかしたものです」
「ムギツバメ?」初めて聞く単語だ。ツバメの巣って中華料理のアレみたいな?
「あら?初めて聞く名前ですか?
アーケイイックに生息する鳥で、ツバメに似てますが全く別の種類の鳥です。
断崖などに子育て用の穀物を食んで作った巣を作ります。子育ての他に越冬するための保存食としても使われます。親は巣を持たずに川原の葦で寝泊まりするんですよ。
栄養価が高いので、私たちも赤ん坊の離乳食に少しだけ頂戴しています」
「へぇ、そうなんだ」
「あぶぶ」と僕の腕の中でお腹を空かせたルキアがご飯を要求した。
「あ、ごめんね、ルキア。何が良いかな?」
「ふやかしたツバメの巣にペーストを付けて食べさせてあげてください」とウィオラに教えられながら、芋のペーストを付けた離乳食をルキアの口に運んだ。
なかなか食いつきが良い。あーんして待っている顔は期待の眼差しでキラキラしている。
これは大きくなるわ。
ルキアの見事な食いっぷりを見て、僕はそう確信して笑った。
✩.*˚
「あー!ゆーしゃだ!」「よわよわゆーしゃ!」
子供たちの甲高い声に呼び止められて足を止めた。
ペトラに呼ばれて、城の端っこの方にある孤児院みたいな場所に足を運んだ。
ここはアーケイイックの中で迷子になった子供や、《略奪者》によって孤児になってしまった子を一時的に預かる場所だ。
家族や引取先が見つかるまで預かるが、もし引取先が見つからなかった場合はアンバーの計らいで城で働けるように引き取るらしい。城で働いている人たちはほとんどがそういう生い立ちの人たちのようだ。
最初は僕の事を嫌っていた子供たちだったけど、ペトラが間に入ってくれたから少しずつ仲良くなれた。まぁ、ナメられてるけど、嫌われているんじゃないんなら僕はそれでも良いかな、と思っている。
「ゆーしゃ!《ドッジボール》しよー!」「えー!《だるまさん》がいいー!」と口々に遊びに誘ってくれる。僕が教えた遊びだ。子供は順応が早いから楽しいことはすぐに覚えてくれる。
子どもたちに絡まれていると、他の子に手を引かれてペトラが迎えに来てくれた。
「いらっしゃいませ、ミツル様」と笑顔で出迎えてくれたペトラは《サンベルナ》と呼ばれる小麦色の肌のエルフだ。
元々アーケイイックにいた種族ではなく、もう少し南の方で暮らしていたが住めなくなってアーケイイックに流れてきたらしい。そういう移民のような魔族もアーケイイックを頼ってやってくる。
ペトラも過去に《略奪者》の被害を受けたが、危ない所をアンバーに助けられて、双子の弟のイールと一緒にアンバーの養子として引き取られた過去がある。
彼女らも《勇者》としてこの世界に召喚された僕のことが大嫌いだったけど、色々あって今では仲良しだ。むしろペトラに至っては大好きですらある。
ひょんなことから気に入られて、彼女から《求婚》を意味する《花かご》を贈られて、そうと知らずに受け取ってしまった。
そういうわけで僕はペトラとは婚約者という関係になってしまって今に至る…
人生始めてできた彼女が《魔王の愛娘》とは笑えない。
「ミツル様。実は子どもたちがすごく良いものをプレゼントしてくれたんです。ミツル様が珍しい食べ物を調べていると仰ってたので一緒に召し上がられないかな?と思って」
「へぇ、なんだろう?」
「僕が見つけた!」と元気な声で獣人の男の子が手を上げた。
「木に登って取ってきたの!ペトラ様の大好きなおやつ!」
「今ね、井戸で冷やしてるんだよ!」「甘くて美味しいんだよ!」と子どもたちが口々にヒントをくれる。
《木に登って》ってことは木の実か何かかな?
「へぇ、それは美味しそうだね」と相槌を打ちながら子供たちの話を聞いた。
獣人の子供もいればエルフの子もいる。みんな僕よりずっと物知りだ。
ここに来てるということは、辛いことがあったかもしれないが、それでも前向きに生きようとしてる姿には励まされる。
しばらく子供たちと一緒に遊んで、小腹が空いたところでペトラに呼ばれた。
彼女は手に収まるくらいの小さな藤のかごを持っていた。どうやら例のおやつはその中に入っているみたいだ。
「うふふ。めったにお目にかかれない珍しいものですよ。楽しみにしててくださいね!」と彼女が僕の期待を更に膨らませた。
子供たちと別れてペトラと一緒に僕の自室に戻った。
「みんなの分もあったら良かったのですが、流石に数がないので…」とペトラは申し訳無さそうにしていた。
「そんなの貴重なもの、僕がもらってよかったの?」
「子供たちがそう言ってくれたので。あの子たちもいつも遊んでくれるミツル様にお礼がしたいって言ってて、これを一生懸命探してくれていたんです」
「僕のために?」
そんなの聞いちゃったら涙でちゃうよ…本当にいい子たちだなぁ…
後でちゃんとお礼言わなきゃ。
ベティがお茶を用意してくれるのを待ってからペトラが子供たちからのプレゼントをお披露目してくれた。
「じゃーん!《フラウトゥ・ルップス》です!」
「へぇ!どれどれ?」
可愛く紹介された外国のお菓子みたいな名前に期待が膨らむ。椅子から腰を浮かせてかごの中を覗き込んだ。
それを目で見た瞬間、僕の脳みそは思考をするのを止めた。脳がそれが何なのか理解するのを拒否したのだろう。
これ冗談?もしかして僕、彼女にからかわれてる?壮大なドッキリ?
そんな考えが頭の中をぐるぐると巡るが、僕の絶望とは対象的に、ペトラは演技とは思えないキラキラした目で嬉しそうに《フラウトゥ・ルップス》について語った。
「すごいですよね!プリプリで美味しそう!こんなに大きいのなかなか手に入らないんですよ!しっかり冷やしたので今なら食べ頃です」
わぁー、今のペトラの表情すっごく可愛い…僕はもうこれでお腹いっぱいです…
この場に子供たちがいなくて良かった…だって、これ…
「む…虫だよね?」僕の絞り出した言葉にペトラは少し驚いた顔をして固まった。
あれ?もしかして僕の勘違い?まさかなんか目の錯覚でそういうふうに見えたとか?
彼女の驚いた表情を見て、そんな淡い期待が湧いたが、やっぱりここは異世界だった…
「そうですけど?」
そうですけど?!嘘やん!それだけ?!
疑いは確信に変わり、絶望が坂道を転げ落ちて加速する。
「早く食べないと味が落ちちゃいますよ。
あ、もしかして、初めて食べるから食べ方わからないですか?」
気遣いの方向が斜め上だ…
ドン引いている僕にそう言って、ペトラはかごの中に入っていたイモムシを指で摘んで手のひらに乗せた。
《フラウトゥ・ルップス》の見た目は淡い蛍光緑でマスカットみたいな色のボディはつやつやしている。
形はまんまカブトムシの幼虫。
クルンと丸くなった身体の頭側にはちゃんと昆虫独特の脚も確認できる…
背筋にゾワゾワしたものが駆け上がるのは脳が警鐘を鳴らしているからだろう。
ペトラは手のひらに乗せたイモムシの頭の方を摘むと迷わずそれを口の中に入れた。
「ヒッ!」っと引きつった悲鳴を上げる僕とは対象的に、ペトラはご満悦の表情で口に入れたものを咀嚼していた…
え?嘘でしょ?
頭の中での情報処理が追いつかない。
ペトラは本当に美味しい物を食べている顔で、何を食べたか見てなければ普通に美味しいものを食べてるようにしか見えない。
この世界に来てそれなりにピンチはくぐり抜けて来たつもりだが、今が一番のピンチだ…
「ミツル様もどうぞ」と、ペトラが差し出したかごの中には間違いなく色違いのカブトムシの幼虫が入っていた…
「頭は硬いから食べないでくださいね。冷水に浸して弱らせてますけど稀に噛まれる事ありますから注意してください」と食べ方をレクチャーしてくれるペトラの声が意識の外から聞こえてくる。
脳みそがぐるぐるして僕は考える能力を失った…
完全にフリーズしていると、彼女は何か思いついたような顔をしてベティを呼んでイモムシの入ったかごを手渡して何やら指示を出していた。
「嫌ですわ。私ったら、はしたない所をお見せしてしまいました」と言いながらペトラは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
危機が去ったのかと思ったが、彼女の《はしたない》は虫を食べることでは無かったらしい。
「そのまま一口で食べるなんてはしたないですよね?私ったらつい…」
テヘペロみたいな可愛い顔しているが、そこじゃないんだが…
「これでいいですか?」と戻ってきたベティがペトラにお皿を渡した。
なんということでしょう…
イモムシは食べやすいサイズに切り分けられ、手が汚れないようにフォークも御用意頂いている…
逃げ場はない…僕はまた座ったまま気を失いそうになっていた…
その時、走馬灯のように子供たちの顔が浮かんだ。後で思えば完全に思考回路がバグっていたのかもしれない…
コレを食べたら僕は《勇者》だ…
自分にそう言い聞かせて、震える手でフォークを握った。
いちばん小さい切れ端を選んだのはまだ理性が残ってたからだろう。
色んな覚悟を決めて、一思いにパクッといった。ちょっと泣いてたかもしれない。
口に入れた瞬間、雷に打たれたようなショックを味わった。
えぇ…何これ…すっごいジューシー…
瑞々しく口に広がる甘みと、高級メロンのようにとろける舌触り…
洋梨のような上品な香りが口いっぱいに広がる。
果物のいい所を全部詰め込んだような味わい深さがある。
…まぁ…虫なんだけど…虫…
やりきったことで極度の緊張の糸が切れて、僕は気を失った…
✩.*˚
あの虫事件で若干のトラウマを抱える結果になったが、僕は頑張って目標の22種類の食べ物のレポートを仕上げてアンバーに提出した。
「ほう…なかなかの量だな」とつぶやきながら、指で摘んだ紙の束をパラパラと流すように目を通した。
「課題をこなして来た生徒に対してもうちょっと言うことは無いのかい?」
「ふむふむ。君が勤勉な生徒で私も鼻が高いよ。で?どうだった?楽しめたかい?」
「まぁ、色々あったけど楽しめたよ」
「それは良かった」と、課題を出した張本人は満足そうに頷いた。
「君にはこの国を深く知って好きになってほしいからね。まぁ、これはそのための貴重な一歩だ。君は私の子供たちと更に距離が近くなったわけだ。嬉しいことだね」
「本当はそっちが目的だったの?」
「ふふ、どうかね?」と意味深に笑って、彼は身を乗り出すように机に両肘を突いて、指を組んだ手の上に顎を乗せた。
「君が苦戦している話は退屈しなかったよ。随分いろんなものにチャレンジしたらしいじゃないか?君がこんなにチャレンジャーだとは思わなかったよ」
「僕も、こんなに大事になるとは思ってなかったよ…」
犬のガム食べたり、珍しい卵が更に珍しくなって普通の卵だったり、トラウマを植え付けられたり…あぁ、でもちゃんと美味しいものもあった。
思い出しながらなんか笑えてきたな…
「でも…案外悪くなかったよ」というのが僕の素直な感想だ。
アンバーは僕のシンプルな感想に満足そうに頷いた。
長い時間をかけてアーケイイックを育ててきた不死者の王は、その手をかけた時間の分だけこの国の全てに愛情を持っていた。
一生懸命教えてくれたり、一緒に探してくれたり、一緒に食べて感想を言い合ったり。みんな優しかったんだ…
他所から来た人間の僕のために、アーケイイックのみんなは一生懸命になってくれた。
「そうだろう?私の自慢の国だ。私もこの国が大好きだ」
アンバーも元々は隣国であるオークランド王国の出身だ。そういう意味では、彼も僕と同じなのだろう。
「こんな話をするタイミングではないけどね、無知と無関心は恐いものだ…
君はこの世界に無知ではあるが、無関心ではない。それに、他者を認める寛容さがある。利己的な利益を求めないし、新たな発見を楽しむ余裕だってある。それが私とこの国にとって救いだよ。
すべての人間がそうであればと思うが、なかなか君のようになれる人間も珍しいからね」
「でもそういう人だっているだろ?」
「そうだね。でも多くはないから、君は面白いサンプルだよ。本当に君は研究しがいがある」
「うーん…なんか誉められてんだかなんだかわかんない評価だな…」
「誉めてるさ。なんせ《魔王》直々に君に興味があると言っているんだからね。君は特別な人間だよ、《勇者殿》」
呵々と笑う姿は魔王らしい不穏さがある。
結局僕は彼にとって《ちょっと珍しい行動をするマウス》くらいのものらしい。殺伐とした関係じゃないのはありがたいけど、なんか素直に喜べない。
「まぁ、今回の課題が君にとって糧があるものであるなら私も課題を出した甲斐があるというものだ。今後もこういう課題を出すのも良いかもしれないな…
私としてもよく頑張ったね、と言ってあげたいのだが、ここで君に一つ残念なお知らせがある」
アンバーはそう言いながら提出したレポートの束の上下をひっくり返して僕に突き返した。アンバーの前置きの言葉とその動作に嫌な予感がする。
まさか、やり直し?!まだレポートの中身ちゃんと読んでないじゃん!数が少ないとかクレームつけるつもり?!
身構える僕にアンバーが放ったのは意外な一言だった。
「読めない。大変申し訳無いが、公用語で書き直してくれ」
「…あ」忘れてた…そうでした…
僕は異世界から召喚されたから、《現地適応》という能力が付与されているらしい。
ようには、強制的に発動する自動翻訳機能がついているから、他の人が話す言葉は自動的に翻訳された状態で聞こえるし、文字なども自動的に翻訳され状態で情報として脳に流れてくるという便利な能力だ。
これが意外と厄介で、ついつい普通に話してしまうが、相手が何語で話しているのかも分からないし、覚える必要がないからついつい日本語で書いてしまうのだ…
そして、《魔王》の知識を持ってしてもアンバーは日本語を理解するのは困難らしい。
…恐るべし日本語…
ひらがな、カタカナ、漢字の文章は確かに複雑だもんなぁ…
全ページ日本語のレポートは翻訳という作業が追加されて返ってきた。
やっぱり異世界なんだよなぁ…
そんな便利な言い訳と苦笑いで自分を納得させることにした。
✩.*˚
「わぁ!これが《ジャンクフード》ですか?」
机に並んだ料理を眺めてペトラが目をキラキラさせている。
本当に彼女は食べるの好きだ。ペトラは初めて見るハンバーガーやポテトなどに興味津々だ。
何かと代償があった気がするが、努力の甲斐あって《ジャンクフード》の再現の許可がおりた。
まぁ、できる範囲での再現なので、材料などはちょっと違うが見た目はそれっぽくできている。
よく僕の拙い説明でここまで再現できたもんだ。料理長に感謝と敬意を伝えたいと思う。
「《ピザ》まで作ったんだ!すごいね!」
ちょっと歪な感じだが、座布団のようなパン生地にひき肉のソースと玉ねぎを乗せたピザは香ばしい香りとたっぷりのチーズで再現されている。カロリーがヤバそうだがこれはこれですごく美味しそうだ。
「残念ながら、《マヨネーズ》という物は用意できなかったがね。料理長が嘆いていたよ」と言いながらアンバーはお品書きみたいな紙を眺めている。
残念ながら彼は実食できないので見学だ。
そして食べれない人物がもう一人…
「ちょっと?いくらなんでも栄養偏り過ぎじゃない?野菜食べないと身体に悪いわよ!」と叱るのは仮面を付けた金髪のゴスロリ少女だ。
彼女もアンバーと同じく《不死者》であり、一切の飲食ができない。不死者なのに栄養バランスにうるさいのは彼女が《医者》と名乗っているからだろう。
「胃がもたれそうな料理ばかりだな…」とルイは既にげんなりしている。
確かに、濃い味が苦手なルイにはちょっときついかも…
まぁ、そういう事もあろうかと、《ジャンクフード》じゃない料理も用意してもらってる。
立食パーティーだから各自好きなものを食べたら良いと思う。
好き嫌いもあるだろうし、無理してまで食べてもらおうとは思っていない。だってそんなの楽しくないだろう?食事の好みなんて人それぞれだ。
「好きなもの食べたら良いよ。料理ならまだまだ来るからさ」と笑って答えると、不意に袖を引かれた。
「ミツル様、これはなんですか?」と、ペトラの指差す先にあったのは山積みのナゲットだ。ちゃんといろんな味のソースが用意されていて、再現度が高い。
「《ナゲット》だよ。鶏肉を刻んで、寄せ集めて油で揚げたもので、好きなソース付けて食べるんだよ」と教えてあげた。
「姉上。珍しいのは分かりますがあまり食べすぎないで下さいよ?」
そう釘を刺すのはペトラとそっくりな顔の双子の弟のイールだ。姉に比べて食の細い弟は繊細で、《ジャンクフード》は進まないようだ。
この二人は双子でも性格も嗜好もだいぶ違うらしい。
「手づかみで食べるのは行儀悪くないか?それに脂っこくて手がベタベタになる」とクレームをいれるのは彼が繊細だからだろう。
「これはこれでたまには良いんじゃない?」と笑うペトラの口元にはかなり思い切った量のソースがついていた。
本当にこの双子は全然違うなぁ…
不機嫌そうな弟と対象的に、ご機嫌な姉はフードファイター顔負けな食べっぷりを披露している。
「美味しい?」と訊ねると、彼女はにっこり微笑んで食べようとしていたソースの付いたナゲットを《あーん》してくれた。
ちょっと塩気の薄いナゲットは少し味気ないが、ソースの方は絶品だ。さすが王城の料理人が手掛けているだけある。
他の《ジャンクフード》も僕の世界のものとは違うが、それはそれで全部美味しかった。特にチーズは濃厚で思った以上にお腹に溜まった。
会場をウロウロしながら料理を見学していたアンバーが戻ってきて僕に感想を訊ねた。
「我が国の《ジャンクフード》はどうだい、《勇者殿》?」
「ちょっと違うけど、悪くないよ」
僕のいた世界とは違うけど、これはこれで良い。違うから面白いんだ。
2つの世界が歩み寄った結果に僕は満足していた。
END
《カラカラの卵》から少しずつだが順調にレポートは進んでいた。
僕の周りがアンバーの宿題を知って自分から申し出てくれたからだ。
アンバーの城だけでも色々な魔族が住んでいる。
「お父様も面白い宿題を思いついたものね」
穏やかに微笑みながら彼女はハーブティーを優雅な手つきで口元に運んだ。
ウィオラに招待されて部屋を訪れたが、彼女の部屋はこの城の中でも特に不思議な空間だ。
ウィオラの部屋は開放感があり、庭に面していて緑を感じられる仕様になっている。彼女がストレス無く過ごせるようにというアンバーの配慮だ。
蔦の這う緑の屋根にはところどころ隙間があり、差し込む木漏れ日は自然の温もりを感じる。
風が緑の隙間を通るたびに、床に敷かれたタイルの上を揺れる木漏れ日はまるで踊っているみたいだ。
「…ふぇ」
ウィオラの傍らに置かれた揺りかごから小さな声が漏れた。
「あら?お目覚めかしら?」と笑って、ウィオラはカップをソーサーに戻して、揺りかごの中でモゾモゾと動きだした娘を抱き上げた。
「ルキア。おはよう」と彼女の抱いた赤ん坊に声を掛けると、赤ん坊は僕の声に反応して視線を向けた。
「ふふ。ルキアったら。大好きなミツル様に抱っこしてほしいの?」と、ウィオラは愛娘をあやしながら話しかけている。
幸せそうな風景だが、僕にはこの二人に少し負い目がある…
本当なら、この幸せな風景の中にはルキアの父親・ステファノの姿があるはずだった。
ここに彼がいないのはもう彼がこの世の住人では無いからだ。
ルキアが生まれる直前に、彼女らがいた集落を襲った人間に殺された。
ひどい話だが、アーケイイックに存在する希少生物や魔族を捕まえて商売する連中がいるらしい。そういう人間は《略奪者》という総称で呼ばれている。それもあって、最初は僕も歓迎されなかった。
アンバーも対策をしているが、広大なアーケイイック領内全部をカバーするには至ってないから、人間とはイタチごっこになっているらしい。
彼女らみたいな人間の被害者をこれ以上増やしたくなくて、僕は《勇者》になるって決めたんだ。具体的にできることはまだ無いけど、僕はこの国で《勇者》としてできることを探している。
僕にそう思わせてくれたのは、一番大切な人を失って辛かったはずのウィオラで、決意させてくれたのは命の重さを教えてくれたルキアだ。
僕はあのとき抱いた新生児の温もりと重さを一生忘れないだろう。
「ルキアを抱いてもらえますか?」と頼まれて、ウィオラからルキアを受け取った。
初めて抱っこしたときより重くなって、よく動くようになっていた。
エルフの寿命も種族によって異なるが、子供は総じて成長が早いらしい。個人差はあるものの、だいたい人間の二歳から三歳くらいまでは成長速度は同じくらいで、その後は少しずつ成長速度がゆっくりになるそうだ。
「ちょっと大きくなったね」と僕が抱いた感想を伝えるとウィオラは嬉しそうに娘の成長を自慢してくれた。
「もう離乳食を食べるようになったんですよ。まだお乳も欲しがりますが、少しずつ美味しいものを覚えていると途中です。ミツル様と一緒ですね」
「そっかー。一緒に頑張ろうね」
「そうだ。お父様からの宿題にルキアの離乳食もいかがですか?」
そう言ってウィオラは少しだけ席を立った。
戻ってきた時にいくつかのお皿の乗ったお盆を持っていた。
お盆を覗き込むとルキアが「きゃー」と可愛い声を上げた。ご飯が食べれると思ったようだ。
「結構色々あるんだね」
お盆に並んだ小皿にはペースト状の離乳食が並んでいた。それぞれ違うものみたいだが、六皿くらいはある。
「これは芋のペーストです。それでこっちがカボチャのペースト。カブを炊いたペースト。魚のすり身。おやつ用の桃のペースト。ムギツバメの巣をふやかしたものです」
「ムギツバメ?」初めて聞く単語だ。ツバメの巣って中華料理のアレみたいな?
「あら?初めて聞く名前ですか?
アーケイイックに生息する鳥で、ツバメに似てますが全く別の種類の鳥です。
断崖などに子育て用の穀物を食んで作った巣を作ります。子育ての他に越冬するための保存食としても使われます。親は巣を持たずに川原の葦で寝泊まりするんですよ。
栄養価が高いので、私たちも赤ん坊の離乳食に少しだけ頂戴しています」
「へぇ、そうなんだ」
「あぶぶ」と僕の腕の中でお腹を空かせたルキアがご飯を要求した。
「あ、ごめんね、ルキア。何が良いかな?」
「ふやかしたツバメの巣にペーストを付けて食べさせてあげてください」とウィオラに教えられながら、芋のペーストを付けた離乳食をルキアの口に運んだ。
なかなか食いつきが良い。あーんして待っている顔は期待の眼差しでキラキラしている。
これは大きくなるわ。
ルキアの見事な食いっぷりを見て、僕はそう確信して笑った。
✩.*˚
「あー!ゆーしゃだ!」「よわよわゆーしゃ!」
子供たちの甲高い声に呼び止められて足を止めた。
ペトラに呼ばれて、城の端っこの方にある孤児院みたいな場所に足を運んだ。
ここはアーケイイックの中で迷子になった子供や、《略奪者》によって孤児になってしまった子を一時的に預かる場所だ。
家族や引取先が見つかるまで預かるが、もし引取先が見つからなかった場合はアンバーの計らいで城で働けるように引き取るらしい。城で働いている人たちはほとんどがそういう生い立ちの人たちのようだ。
最初は僕の事を嫌っていた子供たちだったけど、ペトラが間に入ってくれたから少しずつ仲良くなれた。まぁ、ナメられてるけど、嫌われているんじゃないんなら僕はそれでも良いかな、と思っている。
「ゆーしゃ!《ドッジボール》しよー!」「えー!《だるまさん》がいいー!」と口々に遊びに誘ってくれる。僕が教えた遊びだ。子供は順応が早いから楽しいことはすぐに覚えてくれる。
子どもたちに絡まれていると、他の子に手を引かれてペトラが迎えに来てくれた。
「いらっしゃいませ、ミツル様」と笑顔で出迎えてくれたペトラは《サンベルナ》と呼ばれる小麦色の肌のエルフだ。
元々アーケイイックにいた種族ではなく、もう少し南の方で暮らしていたが住めなくなってアーケイイックに流れてきたらしい。そういう移民のような魔族もアーケイイックを頼ってやってくる。
ペトラも過去に《略奪者》の被害を受けたが、危ない所をアンバーに助けられて、双子の弟のイールと一緒にアンバーの養子として引き取られた過去がある。
彼女らも《勇者》としてこの世界に召喚された僕のことが大嫌いだったけど、色々あって今では仲良しだ。むしろペトラに至っては大好きですらある。
ひょんなことから気に入られて、彼女から《求婚》を意味する《花かご》を贈られて、そうと知らずに受け取ってしまった。
そういうわけで僕はペトラとは婚約者という関係になってしまって今に至る…
人生始めてできた彼女が《魔王の愛娘》とは笑えない。
「ミツル様。実は子どもたちがすごく良いものをプレゼントしてくれたんです。ミツル様が珍しい食べ物を調べていると仰ってたので一緒に召し上がられないかな?と思って」
「へぇ、なんだろう?」
「僕が見つけた!」と元気な声で獣人の男の子が手を上げた。
「木に登って取ってきたの!ペトラ様の大好きなおやつ!」
「今ね、井戸で冷やしてるんだよ!」「甘くて美味しいんだよ!」と子どもたちが口々にヒントをくれる。
《木に登って》ってことは木の実か何かかな?
「へぇ、それは美味しそうだね」と相槌を打ちながら子供たちの話を聞いた。
獣人の子供もいればエルフの子もいる。みんな僕よりずっと物知りだ。
ここに来てるということは、辛いことがあったかもしれないが、それでも前向きに生きようとしてる姿には励まされる。
しばらく子供たちと一緒に遊んで、小腹が空いたところでペトラに呼ばれた。
彼女は手に収まるくらいの小さな藤のかごを持っていた。どうやら例のおやつはその中に入っているみたいだ。
「うふふ。めったにお目にかかれない珍しいものですよ。楽しみにしててくださいね!」と彼女が僕の期待を更に膨らませた。
子供たちと別れてペトラと一緒に僕の自室に戻った。
「みんなの分もあったら良かったのですが、流石に数がないので…」とペトラは申し訳無さそうにしていた。
「そんなの貴重なもの、僕がもらってよかったの?」
「子供たちがそう言ってくれたので。あの子たちもいつも遊んでくれるミツル様にお礼がしたいって言ってて、これを一生懸命探してくれていたんです」
「僕のために?」
そんなの聞いちゃったら涙でちゃうよ…本当にいい子たちだなぁ…
後でちゃんとお礼言わなきゃ。
ベティがお茶を用意してくれるのを待ってからペトラが子供たちからのプレゼントをお披露目してくれた。
「じゃーん!《フラウトゥ・ルップス》です!」
「へぇ!どれどれ?」
可愛く紹介された外国のお菓子みたいな名前に期待が膨らむ。椅子から腰を浮かせてかごの中を覗き込んだ。
それを目で見た瞬間、僕の脳みそは思考をするのを止めた。脳がそれが何なのか理解するのを拒否したのだろう。
これ冗談?もしかして僕、彼女にからかわれてる?壮大なドッキリ?
そんな考えが頭の中をぐるぐると巡るが、僕の絶望とは対象的に、ペトラは演技とは思えないキラキラした目で嬉しそうに《フラウトゥ・ルップス》について語った。
「すごいですよね!プリプリで美味しそう!こんなに大きいのなかなか手に入らないんですよ!しっかり冷やしたので今なら食べ頃です」
わぁー、今のペトラの表情すっごく可愛い…僕はもうこれでお腹いっぱいです…
この場に子供たちがいなくて良かった…だって、これ…
「む…虫だよね?」僕の絞り出した言葉にペトラは少し驚いた顔をして固まった。
あれ?もしかして僕の勘違い?まさかなんか目の錯覚でそういうふうに見えたとか?
彼女の驚いた表情を見て、そんな淡い期待が湧いたが、やっぱりここは異世界だった…
「そうですけど?」
そうですけど?!嘘やん!それだけ?!
疑いは確信に変わり、絶望が坂道を転げ落ちて加速する。
「早く食べないと味が落ちちゃいますよ。
あ、もしかして、初めて食べるから食べ方わからないですか?」
気遣いの方向が斜め上だ…
ドン引いている僕にそう言って、ペトラはかごの中に入っていたイモムシを指で摘んで手のひらに乗せた。
《フラウトゥ・ルップス》の見た目は淡い蛍光緑でマスカットみたいな色のボディはつやつやしている。
形はまんまカブトムシの幼虫。
クルンと丸くなった身体の頭側にはちゃんと昆虫独特の脚も確認できる…
背筋にゾワゾワしたものが駆け上がるのは脳が警鐘を鳴らしているからだろう。
ペトラは手のひらに乗せたイモムシの頭の方を摘むと迷わずそれを口の中に入れた。
「ヒッ!」っと引きつった悲鳴を上げる僕とは対象的に、ペトラはご満悦の表情で口に入れたものを咀嚼していた…
え?嘘でしょ?
頭の中での情報処理が追いつかない。
ペトラは本当に美味しい物を食べている顔で、何を食べたか見てなければ普通に美味しいものを食べてるようにしか見えない。
この世界に来てそれなりにピンチはくぐり抜けて来たつもりだが、今が一番のピンチだ…
「ミツル様もどうぞ」と、ペトラが差し出したかごの中には間違いなく色違いのカブトムシの幼虫が入っていた…
「頭は硬いから食べないでくださいね。冷水に浸して弱らせてますけど稀に噛まれる事ありますから注意してください」と食べ方をレクチャーしてくれるペトラの声が意識の外から聞こえてくる。
脳みそがぐるぐるして僕は考える能力を失った…
完全にフリーズしていると、彼女は何か思いついたような顔をしてベティを呼んでイモムシの入ったかごを手渡して何やら指示を出していた。
「嫌ですわ。私ったら、はしたない所をお見せしてしまいました」と言いながらペトラは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
危機が去ったのかと思ったが、彼女の《はしたない》は虫を食べることでは無かったらしい。
「そのまま一口で食べるなんてはしたないですよね?私ったらつい…」
テヘペロみたいな可愛い顔しているが、そこじゃないんだが…
「これでいいですか?」と戻ってきたベティがペトラにお皿を渡した。
なんということでしょう…
イモムシは食べやすいサイズに切り分けられ、手が汚れないようにフォークも御用意頂いている…
逃げ場はない…僕はまた座ったまま気を失いそうになっていた…
その時、走馬灯のように子供たちの顔が浮かんだ。後で思えば完全に思考回路がバグっていたのかもしれない…
コレを食べたら僕は《勇者》だ…
自分にそう言い聞かせて、震える手でフォークを握った。
いちばん小さい切れ端を選んだのはまだ理性が残ってたからだろう。
色んな覚悟を決めて、一思いにパクッといった。ちょっと泣いてたかもしれない。
口に入れた瞬間、雷に打たれたようなショックを味わった。
えぇ…何これ…すっごいジューシー…
瑞々しく口に広がる甘みと、高級メロンのようにとろける舌触り…
洋梨のような上品な香りが口いっぱいに広がる。
果物のいい所を全部詰め込んだような味わい深さがある。
…まぁ…虫なんだけど…虫…
やりきったことで極度の緊張の糸が切れて、僕は気を失った…
✩.*˚
あの虫事件で若干のトラウマを抱える結果になったが、僕は頑張って目標の22種類の食べ物のレポートを仕上げてアンバーに提出した。
「ほう…なかなかの量だな」とつぶやきながら、指で摘んだ紙の束をパラパラと流すように目を通した。
「課題をこなして来た生徒に対してもうちょっと言うことは無いのかい?」
「ふむふむ。君が勤勉な生徒で私も鼻が高いよ。で?どうだった?楽しめたかい?」
「まぁ、色々あったけど楽しめたよ」
「それは良かった」と、課題を出した張本人は満足そうに頷いた。
「君にはこの国を深く知って好きになってほしいからね。まぁ、これはそのための貴重な一歩だ。君は私の子供たちと更に距離が近くなったわけだ。嬉しいことだね」
「本当はそっちが目的だったの?」
「ふふ、どうかね?」と意味深に笑って、彼は身を乗り出すように机に両肘を突いて、指を組んだ手の上に顎を乗せた。
「君が苦戦している話は退屈しなかったよ。随分いろんなものにチャレンジしたらしいじゃないか?君がこんなにチャレンジャーだとは思わなかったよ」
「僕も、こんなに大事になるとは思ってなかったよ…」
犬のガム食べたり、珍しい卵が更に珍しくなって普通の卵だったり、トラウマを植え付けられたり…あぁ、でもちゃんと美味しいものもあった。
思い出しながらなんか笑えてきたな…
「でも…案外悪くなかったよ」というのが僕の素直な感想だ。
アンバーは僕のシンプルな感想に満足そうに頷いた。
長い時間をかけてアーケイイックを育ててきた不死者の王は、その手をかけた時間の分だけこの国の全てに愛情を持っていた。
一生懸命教えてくれたり、一緒に探してくれたり、一緒に食べて感想を言い合ったり。みんな優しかったんだ…
他所から来た人間の僕のために、アーケイイックのみんなは一生懸命になってくれた。
「そうだろう?私の自慢の国だ。私もこの国が大好きだ」
アンバーも元々は隣国であるオークランド王国の出身だ。そういう意味では、彼も僕と同じなのだろう。
「こんな話をするタイミングではないけどね、無知と無関心は恐いものだ…
君はこの世界に無知ではあるが、無関心ではない。それに、他者を認める寛容さがある。利己的な利益を求めないし、新たな発見を楽しむ余裕だってある。それが私とこの国にとって救いだよ。
すべての人間がそうであればと思うが、なかなか君のようになれる人間も珍しいからね」
「でもそういう人だっているだろ?」
「そうだね。でも多くはないから、君は面白いサンプルだよ。本当に君は研究しがいがある」
「うーん…なんか誉められてんだかなんだかわかんない評価だな…」
「誉めてるさ。なんせ《魔王》直々に君に興味があると言っているんだからね。君は特別な人間だよ、《勇者殿》」
呵々と笑う姿は魔王らしい不穏さがある。
結局僕は彼にとって《ちょっと珍しい行動をするマウス》くらいのものらしい。殺伐とした関係じゃないのはありがたいけど、なんか素直に喜べない。
「まぁ、今回の課題が君にとって糧があるものであるなら私も課題を出した甲斐があるというものだ。今後もこういう課題を出すのも良いかもしれないな…
私としてもよく頑張ったね、と言ってあげたいのだが、ここで君に一つ残念なお知らせがある」
アンバーはそう言いながら提出したレポートの束の上下をひっくり返して僕に突き返した。アンバーの前置きの言葉とその動作に嫌な予感がする。
まさか、やり直し?!まだレポートの中身ちゃんと読んでないじゃん!数が少ないとかクレームつけるつもり?!
身構える僕にアンバーが放ったのは意外な一言だった。
「読めない。大変申し訳無いが、公用語で書き直してくれ」
「…あ」忘れてた…そうでした…
僕は異世界から召喚されたから、《現地適応》という能力が付与されているらしい。
ようには、強制的に発動する自動翻訳機能がついているから、他の人が話す言葉は自動的に翻訳された状態で聞こえるし、文字なども自動的に翻訳され状態で情報として脳に流れてくるという便利な能力だ。
これが意外と厄介で、ついつい普通に話してしまうが、相手が何語で話しているのかも分からないし、覚える必要がないからついつい日本語で書いてしまうのだ…
そして、《魔王》の知識を持ってしてもアンバーは日本語を理解するのは困難らしい。
…恐るべし日本語…
ひらがな、カタカナ、漢字の文章は確かに複雑だもんなぁ…
全ページ日本語のレポートは翻訳という作業が追加されて返ってきた。
やっぱり異世界なんだよなぁ…
そんな便利な言い訳と苦笑いで自分を納得させることにした。
✩.*˚
「わぁ!これが《ジャンクフード》ですか?」
机に並んだ料理を眺めてペトラが目をキラキラさせている。
本当に彼女は食べるの好きだ。ペトラは初めて見るハンバーガーやポテトなどに興味津々だ。
何かと代償があった気がするが、努力の甲斐あって《ジャンクフード》の再現の許可がおりた。
まぁ、できる範囲での再現なので、材料などはちょっと違うが見た目はそれっぽくできている。
よく僕の拙い説明でここまで再現できたもんだ。料理長に感謝と敬意を伝えたいと思う。
「《ピザ》まで作ったんだ!すごいね!」
ちょっと歪な感じだが、座布団のようなパン生地にひき肉のソースと玉ねぎを乗せたピザは香ばしい香りとたっぷりのチーズで再現されている。カロリーがヤバそうだがこれはこれですごく美味しそうだ。
「残念ながら、《マヨネーズ》という物は用意できなかったがね。料理長が嘆いていたよ」と言いながらアンバーはお品書きみたいな紙を眺めている。
残念ながら彼は実食できないので見学だ。
そして食べれない人物がもう一人…
「ちょっと?いくらなんでも栄養偏り過ぎじゃない?野菜食べないと身体に悪いわよ!」と叱るのは仮面を付けた金髪のゴスロリ少女だ。
彼女もアンバーと同じく《不死者》であり、一切の飲食ができない。不死者なのに栄養バランスにうるさいのは彼女が《医者》と名乗っているからだろう。
「胃がもたれそうな料理ばかりだな…」とルイは既にげんなりしている。
確かに、濃い味が苦手なルイにはちょっときついかも…
まぁ、そういう事もあろうかと、《ジャンクフード》じゃない料理も用意してもらってる。
立食パーティーだから各自好きなものを食べたら良いと思う。
好き嫌いもあるだろうし、無理してまで食べてもらおうとは思っていない。だってそんなの楽しくないだろう?食事の好みなんて人それぞれだ。
「好きなもの食べたら良いよ。料理ならまだまだ来るからさ」と笑って答えると、不意に袖を引かれた。
「ミツル様、これはなんですか?」と、ペトラの指差す先にあったのは山積みのナゲットだ。ちゃんといろんな味のソースが用意されていて、再現度が高い。
「《ナゲット》だよ。鶏肉を刻んで、寄せ集めて油で揚げたもので、好きなソース付けて食べるんだよ」と教えてあげた。
「姉上。珍しいのは分かりますがあまり食べすぎないで下さいよ?」
そう釘を刺すのはペトラとそっくりな顔の双子の弟のイールだ。姉に比べて食の細い弟は繊細で、《ジャンクフード》は進まないようだ。
この二人は双子でも性格も嗜好もだいぶ違うらしい。
「手づかみで食べるのは行儀悪くないか?それに脂っこくて手がベタベタになる」とクレームをいれるのは彼が繊細だからだろう。
「これはこれでたまには良いんじゃない?」と笑うペトラの口元にはかなり思い切った量のソースがついていた。
本当にこの双子は全然違うなぁ…
不機嫌そうな弟と対象的に、ご機嫌な姉はフードファイター顔負けな食べっぷりを披露している。
「美味しい?」と訊ねると、彼女はにっこり微笑んで食べようとしていたソースの付いたナゲットを《あーん》してくれた。
ちょっと塩気の薄いナゲットは少し味気ないが、ソースの方は絶品だ。さすが王城の料理人が手掛けているだけある。
他の《ジャンクフード》も僕の世界のものとは違うが、それはそれで全部美味しかった。特にチーズは濃厚で思った以上にお腹に溜まった。
会場をウロウロしながら料理を見学していたアンバーが戻ってきて僕に感想を訊ねた。
「我が国の《ジャンクフード》はどうだい、《勇者殿》?」
「ちょっと違うけど、悪くないよ」
僕のいた世界とは違うけど、これはこれで良い。違うから面白いんだ。
2つの世界が歩み寄った結果に僕は満足していた。
END
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