燕の軌跡

猫絵師

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売女

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「へー…」

ワルターに出した手紙の返事に笑みが零れた。

朗報だ。エインズワース家には女の子が産まれたらしい。

アニタの母親の名前を貰って《メアリ》と名付けられたそうだ。

いいなぁ…

子供ができないことをまだ引き摺っていた…

それでも、過度に気に負わなくて済んだのは、ミアが俺を受け入れてくれたからだ。彼女には感謝している。

テントの外で俺を呼ぶ女の声がした。

手紙を置いてテントから出ると、洗濯物を持った女が立っていた。

頼んでいた洗濯物を受け取ると、白粉の匂いのする女は、勝手に俺の腕に自分の細い腕を絡めた。

彼女は甘える猫のような仕草で俺の気を引こうとした。

「ね~、団長さん。いつになったらテントの中に呼んでくれるのさ?」

「悪いけど、俺は愛妻家なんでね。客ならいっぱいいるだろ?」

「あんたみたいな好い男がいるのに、芋みたいな男たち相手にするのは辛いのよ?

それにあんたに買ってもらったら箔が付くのよ?

ちゃんと満足させてあげるからさ。ね?いいでしょ?」

「まぁ、考えとくよ」と濁して、彼女から腕を抜き取ると、洗濯物をテントに入れた。

相手にしなかったが、彼女はまだ諦めてなかったらしい。

彼女はテントの隙間から勝手に入り込んで、甘えた声で囀った。

「ねぇ、団長さん。あんたも男でしょ?

清貧気取っても、溜まるもんは溜まるんだからさ、やることやらなきゃ」

彼女は俺の手を取って自分の胸を触らせると、妖艶に笑って、反対の手でスカートを捲った。

白い足が根元の辺りまで晒される。

「…やめろ」露骨な誘惑に怒りが湧いた。

「もうあんたに仕事は頼まない」と絶縁を叩きつけた。

彼女は明らかに動揺して顔を青くした。

「え?!ねぇ!ちょっと…」

「聞こえなかったのか?帰れ!

酒保の姐さんには、あんたは今後俺の所に来させるなって言っておく!

その厚化粧二度と見せるな!」

娼婦を怒鳴りつけてテントから追い出した。

彼女は何か喚いていたが、聞こえないように耳を塞いだ。

望んでしたことではないが、女の柔い胸に触れて、際どい姿を見せられて、気持ちが少し揺れかけた…

俺には、俺を選んでくれたミアがいるのに…

別に、ミアに止められている訳でもないし、もし、そういう関係になっても、彼女は『仕方ないね』と笑って許してくれるだろう…

彼女も昔は同じことをしてたんだから、昔の自分と同じ事で生計を立てている女性たちを悪く言うことは無いはずだ。

だからこそ、俺が嫌なんだ…

イライラしていると、テントの外で喚く女の声を別の声が宥めた。

「はいはい、姐さん、今日は帰んなよ?

ウチの団長、機嫌悪くなるとめんどくさいんだからさぁ」

女を宥めて追い払った男は「よぉ」と笑いながら、ズカズカとテントに上がり込んだ。

「モテるねぇ」とニヤニヤ顔の貼り付けた男を睨んだ。

「何だよ?」と凄んだが、イザークは意に介さなかった。

「えー?困ってると思ったから来てあげたのに酷くない?」イザークはそう言って肩を竦めた。

あの女とのやり取りをどこかから見てたらしい。嫌なものを見られた…

「別に困ってなんか…」

「そお?あの姐さんさ、あんたに『買ってもらうんだ』って息巻いてたぜ。

さすがにさぁ、あんだけ押し売りも強けりゃ俺だって引くわ」

「はぁ…面倒臭いな…」

さっきの女を思い出して、消えかけた苛立ちがまた胸の奥で燻った。

ミアもあんな風に自分を売ってたのか?

あの不愉快な女のせいで、そんな嫌な想像が頭を過った。

「何?機嫌治せよ?腹減ってるの?」

「そんなんじゃない…」と拗ねながら煙草を出して咥えた。

イザークは何も言わずにマッチを取り出すと、俺に火を寄越した。

「あんたがさ、有名になればなるほど、ああいうの増えるんだ。慣れろよ」

「…慣れって」

「そのままの意味だよ」

イザークは自分も煙草を取り出して咥えた。

彼は煙をテントの中に放つと、口を開いた。

「俺たちが追い払ってもいいんだけどさ、そしたら今度は変な噂が立つんじゃないか?

程々に女遊びもした方がいいと思うよ、俺は」

「それは傭兵の先輩として言ってんのか?」

「まぁな…

あんたその顔だろ?変に誤解されるのもやだろ?」

「ふざけてんのか?」

「いーや、マジで言ってるよ。

女の噂ない奴は、そっちの方が好きな奴が寄ってくるからさ…あんたそっちの方が嫌だろ?」

そう言いながら、イザークは自分の無精髭を撫でた。

「傭兵なんてな、結局小汚いのが一番だ。あんまりキレイにしてると、面倒臭い事になる…

俺ちゃんも割と苦労したのよ…」

「元々小汚いもんだと思ってたよ」

「ヒッデェ…」とイザークは文句を言って低く笑った。

彼は自分の思い出をなぞるように、何も無い天井を見上げた。

「まぁさ、そういうのディルクは世話したがらないだろうから、俺が世話してやるよ。

その気になったら言えよ」

「お前の世話になるのは不安しかないんだが…」

「ヒッデェな…」とまた含むように笑って、イザークはテントから出て行った。

テントの外で何か話し声が聞こえてきたが、すぐに人の気配は消えた。

イザークが何か適当に言って、誤魔化してくれたんだろう。

「…はぁ」

ため息を吐いて、寝台に潜り込んだ。

茶色い古びた毛布を被って、服の上から首飾りに触れた。

面倒臭い…こんな時、エルマーだったら…

そんな事を思ってしまう。

それって皆してるの?それが普通なの?

モヤモヤした気分を抱えて、質問の答えを模索した。誰か答えてくれないかな…誰か…

「あーもー!ムカつく!」

ダメだ!ここにいると気が滅入る!

毛布をはね上げて飛び起きると外に出た。

時間は黄昏時だ。夏の遅い夕焼けがカナルを赤と紫に染めていた。

湿った風に乗って、夕餉の匂いがする。その匂いに釣られるように、腹の虫が空腹を訴えた。

まだ、時間があるから、顔馴染みの酒保の所に行こうかとも思ったが、さっきの件があるので行きづらい…

イザークの前で強がった手前、彼に何か頼むのも調子に乗らせそうでなんか嫌だ…

だからって他を探してまで頼むような事でも無い。

特に目的もなく宿営地をウロウロしていると、ぼーと煙草をふかしているカミルを見つけた。

「何してるの?」と彼に歩み寄って訊ねると、カミルは「何も」と答えてため息のように煙草の煙を吐き捨てた。

「親父さん…もう飯食ったかな…」

彼の呟きは夕焼けのカナルの風に乗って、俺の耳にも届いた。

「ゲルトなら大丈夫だよ。ワルターたちもいるし、ミアもルカもいるからさ」

「…俺がいなくてもなんも変わらねえか…」

カミルはそう呟いて苦く笑った。

「うるせぇ俺が居なくてせいせいしてるかもな」

「そんなことないだろ?どうせゲルトのことだから、顰めっ面で君が居ないと不自由だって、ボヤいてるよ」

「そんなのいつもと変わらねぇよ」

「何だよ?帰りたいのか?」

「…まぁな」と、彼は自分の気持ちを偽らずに口にした。

カミルはゲルトとずっと一緒だったから、離れるのは嫌だったはずだ…

誰かにゲルトを任せるのだって、本当は嫌で嫌で堪らなかったはずだ…

それでも、カミルは俺と一緒にカナルに来た。

ゲルトをカナルに来させないために、自分の心を殺して大切な人を置いてきた…

二人で並んで煙草を咥えて、夕日の映るカナルの水面を眺めた。

対岸のオークランド陣営も、篝火が灯り始め、空に煙を燻らせていた。

「カミルはさ…」と話を切り出した。

彼に訊ねたい事があった。

「子供とかいらないの?」

「…何で?」

「だってさ、君、自分のことに興味無さそうだからさ…女の人の話も聞かないし」

「まぁ、他の奴らに比べりゃ薄いわな…

でも、無いわけじゃないんだよな。女なら時々買ってるし…」

「そういう女の人のこと好きにはならないの?」

「本気になるってか?無い無い。そんなの面倒くせぇだろ?」

彼は当たり前の事のように俺の質問を一蹴した。

「俺は親父さんの世話が焼きたいんだ。

まぁ、所帯を持つことが悪いってんじゃねぇけどよ。俺にとっちゃ、親父さんの世話を焼く方が、嫁やガキをこさえるのより大事なんだよ」

「ふーん…」

どうやら俺とカミルの考え方は根本的に違うらしい。

彼は子供が作れるのに、それは彼の望みではないのだろう。

皮肉だな…

「で?何だよ?そんなつまらんこと訊きに来たのか?」

「まぁ…少し気になってさ…」

「何かあったのか?」とカミルは首を傾げた。

彼にだけ答えさせて、俺が答えないのは狡い気がして、さっきあったことを話した。

「イザークは『女遊びしろ』って言うんだけどさ…それって必要か?」

「まぁ、間違っちゃいねぇな…

傭兵と《恋人たち》は持ちつ持たれつだし、スーが団長を続けるなら、今後も同じような奴も出てくるだろうよ。

あとは、まぁ…なんだ…男の方が好きって勘違いされんのも困るだろ?」

「君も同じことを言うんだ…」

「割と多いんだぜ、そういうの」とカミルは短くなった煙草を指先で摘んで苦く笑った。

「まぁ、付き合い程度に相手してやるのも大事だぜ。そこから面白い話も色々聞けるしさ。

ここで生活するんなら、多かれ少なかれ《恋人たち》の世話にならなきゃなんねぇんだ。

押し売りは追い返してもいいけどな、あんまり無下にすんなよ?」

「…うん」

「あーあー…煙草が切れたな…買いに行ってくる」

「待ってよ。俺も行く」と歩き出したカミルの後を追った。

酒保の姐さんの店先は賑わっていた。

ここの楽しみなんて、酒と女と喧嘩くらいしかない…

「おや、《燕の》兄さん方じゃないか?」

店から顔を出したおばさんが俺たちを見つけた。

彼女は「エラが迷惑かけたね」と俺に謝った。

「あの子さ、子供抱えてるから必死なのさ。許してやっとくれよ」

「子供?」

「そう、これさ」と酒保の姐さんは自分の背におぶった赤ん坊を見せた。

赤ん坊は寝汗をかいて寝ていた。また半年くらいしか経ってないだろう。赤ん坊からは甘い匂いがした。

「この子の分も稼がないとならないからさ、洗濯物だけは回してやってくれよ」

それで必死に客を取ろうとしてたのか…

少しだけ彼女に同情する気持ちが芽生えた。

「まぁ…いいけど」と答えて赤ん坊に手を伸ばして、頬に触れた。

赤ん坊らしい、滑らかなふわふわの肌だ。

「抱くかい?この子は女の子だから、抱くんなら銀貨一枚だよ」と酒保の姐さんは冗談交じりにそう言って笑った。

「いいよ、安いくらいだ」と銀貨を出して彼女には握らせた。本当に払うと思ってなかったのだろう。酒保は呆れたような顔で俺を見た。

「あんた物好きだね…」

「子供は好きなんでね」と答えて、まだ眠り続ける赤ん坊を受け取った。

心地よい重さと、湿った温もり…

汗に混ざったミルクの匂いに癒される…

あぁ…いいなぁ…

「この別嬪さんの名前は?」

「フリーデだよ」と酒保は赤ん坊の名前を教えてくれた。

「フリーデ…お姫様みたいだ」と笑って、腕に納まった赤ん坊を愛でた。

「何だよ?その別嬪さん気に入ったのか?」

カミルが俺を笑ったが、悪い気はしなかった。

「この子なら客になってもいいさ」と甘い香りをするお姫様の手を握った。

✩.*˚

世話になってる酒保の姐さんの伝言で、団長のテントに呼ばれた。

夕方の事、まだ怒ってるのかも…

あたし吊るされる?殺されたりとか…

心配するあたしに、姐さんは預けていたチビちゃんを降ろしてあたしに返した。

「《燕》の団長さん、フリーデも連れて来いって言ってたよ」

「何で私のチビちゃんまで…」

訝しむあたしに、姐さんは「預かってたよ」と銀貨を握らせた。前金まで渡されたら行かなきゃならない…

「そんなにビビらなくていいよ。団長さん、その子の事気に入ってたんだから、悪いようにはしないよ」

姐さんはそう言ってたが、そんなの当てにならない。

チビちゃんはあたしの胸の当たりに小さな手を伸ばした。

お腹が空いてるのか必死だ。

「チビちゃん…」

産むつもりはなかった。

五月婚で一緒になった男との間にできた子だ。

その男とは長く続かずに、子供ができたのを知ると、一方的に別れを告げられて逃げられた。

男なんてやっぱりクソだ。

産んだのが男の子だったら捨てただろうけど、産まれてきたのは可哀想な女の子だった…

捨てれなかった…

産んで抱っこしたら情が湧いた…

チビちゃんはあたしを必要としてくれたから、あたしはこの子の母親になろうと決めた。

あの団長が怒ってるなら、断ったら後が怖い…でも行くのも怖い…

「お乳飲ませてからで…」と行くのを先送りにして時間を引き伸ばした。

「そうしな。腹空かせてたら可哀想だからね」と姐さんは荷物を積んだ幌馬車の荷台に上げてくれた。

「チビちゃん、飲みな」

おっぱいを出すと、赤ん坊は本能的におっぱいに吸い付いた。

時々あたしの顔を見上げて、確認するようにお乳を飲んでいる。

この時間が一番癒される…

一番あたしが必要とされてる時間だ…

柔いほっぺを指先で撫でながら、鼠鳴きでチビちゃんをあやしていると、外から声がした。

「遅いから迎えに来たんだよ。

スーの機嫌が悪くなる前に来てくれないと困るぜ」

「今フリーデにお乳をあげてるんだよ。終わったら行かせるから待ってておくれよ」

隙間から外を覗くと、団長のテントで見た男ともう一人別の奴が姐さんと話していた。

「じゃあここで待ってるわ」

おしゃべりそうな男はそう言って、姐さんと世間話を始めた。

そこに居たら逃げれないじゃん!

焦った。なんか適当に誤魔化して逃げるつもりだったのに…

逃げれそうにないから観念するしかない…

チビちゃんだけでも置いて行けないかな…

気に入られようと無茶やって、あいつらの怒りを買ったのはあたしだ。チビちゃんまで巻き込みたくなかった…

男なんて信用出来ないんだから…

お乳を飲み終えて、満たされたチビちゃんはおっぱいを離した。

ウトウトと船を漕ぎ出したチビちゃんはすぐに眠ってしまった…

「ごめんね、チビちゃん」

柔らかいくせっ毛を撫でて額にキスした。

やっぱり姐さんに預かってもらおう。連れて行ってまずいことになったら可哀想だ…

幌の外から馬車をノックする音がして、姐さんが馬車の中を覗き込んだ。

「待たせすぎだよ。早くしな」

「うん…」気の進まないまま頷いた。

「姐さん、やっぱりフリーデを預かっててよ」とお願いすると、彼女は眉を寄せた。

「ダメだよ。その子も連れて来いって言ってたんだから」

「でも…なんかあったら…」

「馬鹿だね。なんもないよ。

あんた去年は居なかったから知らないだろうけどさ、《燕》の連中は割と行儀がいいんだ。

それに金も誤魔化さないし、あんたの心配するようなことなんてありゃしないさ。

なんかあったら、あたしがお偉いさんに言ってやるよ」

「お偉いさん?」

「ヴィンクラー爺さ。あの男はあたしに借りがあるんだ。あの鼻たれ共なんてわけないよ」

彼女はそう言って荷台にあがると、あたしからチビちゃんを抱き上げて、一緒に来るように促した。

この姐さんには世話になってたし、嫌とは言えなかった…

「二人ともちゃんと返しておくれよ?」と姐さんは迎えに来た二人に念を押した。

「分かってるよ。心配なら一緒に来るかい?」とあの軽薄そうな男は姐さんに軽口を叩いた。

「誰が店番してくれるのさ?

ほら、行った行った」と姐さんはチビちゃんを男に渡してしまった。

「フリーデ!」慌てて取り返そうとしたが、男の様子は思っていたのとは違った。

「あーら、可愛い。

こりゃスーもメロメロだわ」

眠っているチビちゃんを抱く腕は慣れていた。

チビちゃんも起きる気配がない。

「ほら行くぞ。団長が楽しみにしてんだから」と男はあたしを誘った。

もう一人は見張りみたいで、あたしのすぐ後ろを着いてくる。

夕方、追い出されたテントに着くと、テントの主は「遅い」と文句を言った。

「ちゃんと連れてきたんだろうな?」

「連れてきたよ。ほら、この子だろ?」と男は抱いていたチビちゃんを団長に渡した。

チビちゃんは何知らずにスヤスヤ眠っている。

どうしよう…どうしよう…

どうやってチビちゃんを取り返すか悩んでいると、団長はあたしの前でテントの入口を開けた。

「入って」と言われて、恐る恐るテントの中に入ると、チビちゃんを抱いた団長もテントに入った。

「子供がいるって知らなかった」

「ごめん…」子持ちは嫌だったんだろうか…でも男なんてだいたいそんなんだ…

あたしの謝罪に、彼は少し眉を歪めた。

「べつにそんなこと責めてないけど?

それよりさ、フリーデの世話ちゃんとできてるのかよ?

この子小さいし痩せてないか?」

団長はチビちゃんの小ささを指摘した。

そりゃ、世話だってずっとできる訳じゃない…

見かねた姐さんが手伝ってくれているとはいえ、チビちゃんを養うには、チビちゃんと離れて仕事するしかない。

チビちゃんはいつまで経ってもチビちゃんのままだった…

何にも知らない奴に言われて、悔しくて涙が滲んだ。

「この子の父親に捨てられたんだ…

あたしだって…好きでこの子にひもじい思いさせてない…」とつい目の前の男に恨み言を口にした。

あたしの抱えてた怨みが、ドロっと溢れた。

「あたしたちが普通に暮らせないのは身勝手な男のせいだ!

できたからって…あたしもこの子も捨てられて…二人で必死に生きてんだ!

あんたに説教される筋なんてない!」

男なんて嫌いだ!

腹の中ではあたしたちを見下して、何かあったら暴力で黙らせて、都合が悪くなりゃ女を残してバックレるんだ!

あたしが惨めなのも、チビちゃんが小さいのも全部男のせいだ!

チビちゃんを抱いた男は、驚いた顔であたしを見ていた。

「説教したつもりは無いよ。気にしてたんなら悪かったよ」と彼は驚くほど素直に謝った。

彼は自分の荷物から何かを取り出して、あたしに差し出した。

「近くの村に人をやって、すぐに用意させたけど、それしか手に入らなかった。

フリーデの肌着にしてやって」

団長は白い柔らかい布をあたしに渡した。

思ってもなかったことに戸惑っていると、彼はポケットから銀貨を二枚取り出して「君とフリーデに」と握らせた。

「洗濯物は君に頼むから3日に一度取りに来て。あと、俺が呼んだら、俺のテントにフリーデを連れてくる事。

その二つを約束してくれるなら、カナルにいる間、君たちの面倒は俺が見る。どうかな?」

「…嘘でしょ?」

「本気だよ」と彼は自分の抱いた赤ん坊に視線を落とした。

「女の子欲しかったんだ…

でも難しいから、諦めてたんだよ。

でもちょうどいい子がいたから、ここにいる間だけ、勝手にこの子のパパになるよ」

そんな理由?

また男の勝手な思いつきに振り回されるのかと思ったが、目の前の男は愛おしげにフリーデの髪を撫でた。

彼は本当の子供のようにチビちゃんを愛おしく思ってるように見えた。

まるでおままごとだ…

「俺から仕事貰うのが嫌なら嫌でいいけどさ。悪い条件じゃないだろ?」と彼はあたしに笑った。

確かに、こんな好条件滅多にない。

それに、チビちゃんのためなら…

「分かったよ」と彼の条件を飲むと、若い団長は嬉しそうに無邪気な笑顔を見せた。

✩.*˚

つまらん戦場だ…

全く動きのないカナルの岸を睥睨した。

まぁ、あの兄弟じゃなくても、悪ふざけしたくなる気持ちは分からなくもない。俺も隊長じゃなかったらやってた…

それでも、俺には責任ってもんが着いて回るから、やらないだけだ。

この岸に配されたが、何も無さすぎて退屈で死にそうだった。

何ぞ、愉快なものは転がってないものだろうか?

いつもの癖で自分の手の匂いを嗅いだ。

手のひらからは土と自分の汗の匂いがする。

俺の求めた赤い匂いはしなかった…

つまらん…

隊長なんてやりたくなかったが、団長に指名されたから仕方ない。

あの気難しい《烈火》さえ、団長には逆らえなかった。

あいつの場合は火傷のせいで傭兵以外の仕事にありつけなかっただけだが、俺の場合は人格的な問題で傭兵を続けていた。

ただただ、血の匂いを欲していた。

あの泥臭い中に充満する鉄の匂いに興奮した。

俺の陳腐な《祝福》を理解出来ずに、驚いた顔を苦悶に歪めて死んでいく奴らに愉悦を覚えた。

あの感情を知ってしまったら最後、人間には戻れない。

俺の《掏り替えスウィッチ》は地味な能力でその能力だけでは人も殺せない。

それでも使い用によっては厄介な能力に変貌する。

印付マーキング》したもの同士の位置を入れ替えるというシンプルなやつだ。

《印》は俺の血を対象に着けるだけだ。あとは目の届く範囲であれば、タイミングを合わせて《掏り替え》られる。

問題は《印》を付けないといけない事だが、あの弟のおかげでその問題は克服した。

あれだけの飛距離の出る弓で、寸分の狂いなく標的に当てられるのだから、あいつがいれば俺の血の着いた矢を対象に届ける事ができる。

元々は兄貴だけを拾うつもりだったが、オマケの方が俺にとって重要になった。

両方使えるお得な奴らだ。

兄貴の方も、弟さえ大事にしていれば割と言うことを聞く。兄弟で俺に拾われた事を恩に感じているらしい。

馬鹿馬鹿しい…使えるから拾っただけだ…

まぁ、いい… 

気分を変えるためにふらっと歩き出した。

子供の頃から好きだった童歌を口ずさみながら、軽い足取りで歩き出す。

「《稲穂を摘んだ鶏、死んだ

稲穂に混ざった石ころ飲んで死んだ

苦しい苦しい、血反吐を吐いて死んじゃった…殺したのは誰?》」

気味の悪い歌詞はなにかの風刺だったらしい。

意味は分からないが、なかなか不穏でいい歌だ…

対岸に並んだフィーアの連中を眺めて笑った。

ここには石ならたっぷりあるんだぜ…

暇だしな、やっぱり俺もちょっとイタズラしようかな?
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