燕の軌跡

猫絵師

文字の大きさ
146 / 207

思い出

しおりを挟む
「元気そうだな」と爺になった親友と挨拶を交わした。

「可愛い娘を貰ったんだってな」とグスタフはニヤニヤと笑っていた。

また要らんことを言いやがって…

「お前の息子に勝手に押し付けられたんだ」と不機嫌な声で返して、用意されていたソファに腰掛けた。

二人で話をしてると、ノックの音がして、ロンメル家の侍女がお茶を運んできた。

何だよ…嬉しそうな顔しやがって…

小汚かった少女は、今では上品そうな素振りで、綺麗な服を着こなしている。

仕方なくヴィンクラーの名前を分けてやった少女は、「失礼します」と断って、慣れた様子で俺とグスタフの間にお茶や菓子を並べた。

「出来た娘さんだ」とグスタフは分かりやすく俺を茶化した。

聞こえないふりをしてお茶を口に運んだ。

「美味しい?」とライナは俺に訊ねた。

「んなもん、誰が入れたって茶は茶だろうが」

「素直に『美味い』って言えばいいだろうに…」と呆れて呟くグスタフに、ライナは「いいよ」と笑った。

「お爺ちゃん天邪鬼だから、褒められたら心配になるよ」

「そうか。なるほどな…

この子は俺よりお前の扱いが上手いな」

グスタフは豪快に笑ってライナを褒めていた。

お前だってその子を気に入ってるじゃねぇか?

「ねぇ、お爺ちゃん」

「何だ?用事が済んだら下がってろ」

「もう…そんなこと言わないでよ」と頬を膨らませるライナに、グスタフも同調した。

「余裕のない奴だな。子供の話くらい聞いてやれよ、《お爺ちゃん》」

茶化すグスタフを睨み付けたが、この男にそれは通じない。余裕のある笑みを浮かべて、グスタフはライナに発言を譲った。

「お爺ちゃん、おかえり」と言ってライナは笑顔を見せた。

そんなつまらないことを言うために来たのか?

「あぁ」と無愛想に返した。

そんな返事しかできないのは、少女に見破られた通り、俺が天邪鬼だからだ…

ライナは昔のように俺の傍に来て、以前のように勝手にハグをした。

見せかけの上品な所作より、その懐っこい子供らしい行為の方が彼女らしく感じられた。

「ねぇ、みんな元気?」

「変わりねぇよ」

「そっか。良かった」と満足したように頼りないほど小さい子供の身体が離れた。

温もりを残して、少女は邪魔したことを詫びて部屋を後にした。

「良い子じゃないか?」

グスタフはそう言って紅茶を口に運んでいた。

そんなの知ってら…

無理やり不機嫌を顔に貼り付けて、誤魔化すため息を吐き出した。

あいつは良い子すぎるんだよ。俺には勿体ないだろう?

そんな言葉を飲み込んで、話さなくていいように出された菓子を口に運んだ。

甘い焼き菓子を頬張りながら、喋らないようにライナの口に放り込んでやればよかったと、つまらない考えが頭を過ぎった。

✩.*˚

お爺ちゃん元気そうだったなぁ…

厨房に戻る廊下を歩く足は軽かった。

本当はもっと話したいこともあったけど、顔見れたし、また今度でいいや。

「ミア姉、行ってきたよ!」

「おかえり。どうだった?ちゃんとできた?」

「うん!バッチリだよ!

お爺ちゃんはああだから褒めてくれないけど、ビッテンフェルトのお爺ちゃんは褒めてくれたよ!」

「良かったね」とミア姉は自分の事のように喜んでくれた。

「ねぇ、次は何したらいい?」と仕事がないか訊ねた。

「うーん、そうね…

あ、そうだ。さっき出てた洗濯物が返ってきたから、リネン室の棚に戻しておいてくれる?」

「了解!」と返事をして物置の部屋に向かった。

簡単な仕事だから後回しになってたみたいだ。

お客さんの来る時は、棚の出入りも激しい。片付けないと溜まってしまう。

部屋の中に入ると、入口の辺りに畳まれて籠に収まったリネンの山ができていた。

「よいしょっと」

持てるだけ手に抱えて、奥に持って行こうとして、部屋に誰かがいるのに気付いた。

「…ケヴィン?」

名前を呼ばれたケヴィンは、「見つかっちゃった」と恥ずかしそう目を伏せた。

ケヴィンの目は少し赤くなって、隠した袖には濡れたシミが見えた。

「どうしたの?」

珍しい…

いつもニコニコしてるケヴィンが落ち込んでるように見えた。いつもと違う彼の様子が気になって、片付けようとしていたリネンを放り出してケヴィンに駆け寄った。

「泣いてたの?」

「やだな…恥ずかしいところ見られちゃった…忘れて」とケヴィンは笑って見せたが、その顔が寂しげなのは見逃さなかった。

「どうしたのさ?何かあったの?」

ケヴィンの手を握って問い詰めた。

手を握ってなかったら逃げられちゃいそうだったから、ギュッと握った。

ケヴィンは少し驚いた顔をして、また小さく笑った。

「なんでもないよ。そんなに握ったら痛いよ」

「だって、ケヴィン…泣いてたでしょ?」

握った手の覗く袖はやっぱり湿っていた。

「君が泣いてるなら、ほっとけないよ。

あたしが寂しがってた時、世話してくれたじゃん?

それって嬉しかったんだ。

あたしがそれを返したいって思うのは変かな?」

「…ライナ」

「誰にも言わないよ。だから…一人でこんなところで泣かないでよ」

あたしに優しくしてくれたケヴィンが、何か悩みを抱えているなら、少しでも彼の役に立ちたかった。

「ありがとう」と笑ったケヴィンはあたしの手をそっと握り返した。

「…本当に…誰にも言わない?」

「うん」

「笑ったりしない?」

「しないよ」

「絶対?」

「うん。約束する」

リネンの並んだ棚の隙間で二人で小指を絡めて約束した。

リネンを片付けるのを手伝いながら、ケヴィンは泣いてた理由を教えてくれた。

「ジビラお姉さんが結婚するって…」

「旦那様の姪っ子の?」

「うん…ちょっと憧れてたんだ…」とケヴィンは言っていたが、それって片思いだったってことかな?

「どこが好きだったの?」と興味本位で訊ねた。

「え?ど、どこって…」

掘り下げられると思ってなかったのか、ケヴィンは顔を真っ赤にして動揺してた。

なんかケヴィンには悪いけど、ちょっと可愛いな…

「や、優しいところ…なんか、フワってしてて…女の子らしくて…上手く言えないけど、そんなところ…」

耳を真っ赤にしながら、ケヴィンは憧れたお姉さんへの想いを口にした。

その形の定まらない表現が、なんかリアルで、恋してるって感じがした。

「…ライナは?」と唐突にケヴィンがあたしに話を振った。

「僕だけ言うの恥ずかしいよ…

ライナも…好きな人いる?」

「あたし?好きな人?」

ケヴィンは自分の晒した秘密の代わりを欲しがった。

好きな人?

いっぱい顔が浮かんだけど、ケヴィンの欲しがってるのは多分それとは違う答えだ。

「分からない…好きな人はいっぱいいるけど、そういうのあんまり考えたことないもん」

今までそんなことを考える余裕はなかった。

「そっか…」と応えて、ケヴィンは残念そうにため息を吐きながら、あたしから棚に入れるリネンを受け取った。

「じゃあ、好きな人出来たら教えてよ」ケヴィンは代案として提案した。

「何でケヴィンに言わなきゃいけないのよ?」

「だって僕はちゃんと答えたでしょ?

ライナも教えてくれたら平等だよね?」

「だって、好きとか分からないもん」

「それはまだライナがそう感じてないからだよ。

好きな人出来たら応援してあげる」

ケヴィンはそう言って、ふふっと余裕ぶって笑った。

恋したからってお兄さん気分?

失恋して泣いてたくせに、カッコつけちゃって…

「そう?いいよ、好きな人出来たら教えてあげる。

でもちゃんと協力してよね?

あたしが先に結婚しても、『ずるい』とか文句言わないでよね?」

「言わないよ。心外だな」

ケヴィンはハシゴを使って上の棚にリネンを戻すと、ぴょんっと飛び降りてあたしの前に立った。

差し出された手は、約束を求めるように小指を突き出していた。彼の濡れた袖はもう乾いてた。

仕方ないからあたしも小指を出して、ケヴィンの小指と結んで約束した。

『ずるい』って言われるのも嫌だしね…

二人でリネン室を片付けて、部屋を出た。もうすっかりいつもの彼だ。

ケヴィンはやっぱり笑ってる方がいいよ。

✩.*˚

毛布の外に感じる冷気で目を覚ました。

まだ外は薄暗いけど、時間は朝のいつもの起床時間だ。

名残惜しい、暖かい毛布から抜け出そうとすると、僕を引き止める腕が伸びて、毛布の中に引きずり込まれた。

「…寒い」とヨナタンは僕を湯たんぽ代わりにした。

「ヨナ、暖炉用意しますね」

そう言ってヨナタンの頭を撫でた。

ヨナタンは寝起きが悪い。寒いから余計だ。なかなか離してくれないから、部屋は寒いままで、僕も凍えてまた毛布に潜り込んだ。

「もう、ヨナ。今日は挨拶に廻るんでしょう?

遅いって、ブルーノ様が迎えに来て、こんなところ見られたら恥ずかしいですよ。起きてください」

僕の説得に、ヨナタンは渋々手を離した。

「よくできました」と年上の恋人を褒めて、彼が寒くないように暖炉に火を入れた。

お湯を沸かして、彼の身支度を手伝いながら窓の外に視線を向けた。

今日も寒そうだ。曇った硝子の向こう側は、白く街を縁どっていた。

「雪、凍ってないといいですね」

「面倒くせぇな…」と彼は煙草を咥えながらボヤいて、「お前も用意しろ」と僕にも身支度するように告げた。

「え?でも僕は留守番でしょう?」

「昨日のことがあるから一人にするのは無理だ。ビッテンフェルトの屋敷で待ってろ」

「でも…」それじゃブルーノ様にも迷惑になるんじゃ…

ヨナタンはそんな僕の考えはお見通しだったみたいだ。

「お前に何かあった時の方が面倒だ。

前にもそういうゴタゴタに巻き込まれたことがあるが、必ず助けられる保証はない。

それなら多少やり過ぎだとしても、用心するに越したことはない」

ヨナタンはそう言って、僕に出かける用意を促した。

彼の言うことは尤もで、確かに僕は問題を抱えている。その問題は、僕が生きている限り、一生ついてまわるものだ。

「ヨナ、ありがとう」

心配しくれる恋人に礼を言うと、彼は黙って大人の硬い手のひらで僕の頭を撫でた。

幸せだった頃の記憶に重なって、頭を撫でられた記憶がお父様を思い出させた。

恨んだこともあったが、両親の最後の望みは、僕に《生きること》を望んでいた。

もうあの頃に戻ることはできないけれど、両親の最後の望みを無駄にしないためにも、僕は生きなければならない。

身支度を済ませて、肩から提げたカバンに暇つぶしの本を入れて家を出た。

「寒っ…」と文句を言いながら、ヨナタンは背中を丸めた。心做しか、歩く速度も遅い気がする。

寒いから人の姿はまばらだ。それでも物売りはいつもの場所でお客を待っていた。

顔見知りの新聞を売ってるおじさんが「買うかい?」とヨナタンに声をかけた。

「アルド、買っといてくれ」

ヨナタンは寒いからポケットから手を出すのを嫌がった。横着な彼に笑顔で頷いて、財布から銅貨を出しておじさんに渡した。

「まいど」とおじさんから新聞を預かって振り向くと、後ろに知らない男の人が立っていた。

新聞を買うために並んでいたのかと思って場所を譲った。

「…」男の人は僕に小声で何か呟いたようだったが、聞き取れなかった。

男の人は僕の顔をじっと見ていた。その男性の視線に居心地の悪さを覚えた。

「お先にすみません」と会釈して離れようとした。

「あ!待ってくれ、少年!」

急に呼び止められて肩を掴まれた。

急だったから驚いて悲鳴を上げた。通りでそれなりに人目もある。男の人はそれで少し怯んだ。

「俺の連れに何する!」

すぐに異変に気付いたヨナタンが、僕と男の人の間に割って入った。

ヨナタンは相手を睨むと、怖い声で男を威嚇した。

「いきなり何のつもりだ?人のもんに手ぇ出すってんなら、それ相応の覚悟があるんだろうな?」

その言葉に空気がヒリついた。

ヨナタンの背に隠れていると、男の困ったような声が聞こえてきた。

「すまない、驚かすつもりは無かったんだ…

ただ、ちょっと顔を確認させて欲しかっただけで…」

「断る。なんのつもりか知らんが、こいつは見世物じゃない」

「そうじゃなくて、私が探してる子供に似てたんだ」

男はそう言って、懐からガサガサと紙を取り出してヨナタンに見せた。

「この絵は誰だ?」とヨナタンの方から男に訊ねた。

男は「それは言えない」と答えて、隠れていた僕にも絵を見せようとした。

一瞬見えた似顔絵をヨナタンの手が乱暴に払った。

「人違いだ」短い苛立つ返事を残して、ヨナタンは僕の肩を抱いて歩き出した。

「ヨナ…」

呼びかけたが、彼は僕と視線を合わせようともしなかった。ヨナタンは怖い顔で黙って早足で歩いた。

半ば引きずられるように彼の隣を歩いた。

歩きながら、一瞬見えた絵を思い出して震えた。

あれは、僕だった…

多分、10歳頃の僕だろう。オークランドにはまだランチェスター家の絵が残っているはずだ。それを模写したものみたいだった。

「大丈夫か?」と硬い声でヨナタンが訊ねた。

「昨日の奴みたいだ。気づかなくて悪かった。

何かされたか?」

「呼び止められるときに肩を掴まれて驚いただけです。何も無いです」

僕の返事にヨナタンは苦い表情で舌打ちした。

「アルド。しばらくビッテンフェルトの屋敷に預かってもらえ。俺からブルーノに話してやる。

あの家じゃ心許ない」

「でも…」

「あいつ一人とは限らないし、俺も四六時中お前を守ってやれない。

しばらくは用心した方がいい」

「ヨナは?どうするんです?」

僕を匿っているヨナタンだって危険だ。彼はこの街じゃ顔が知られているけど、相手が彼を見逃す保証はなかった。

場合によっては、僕を匿っている彼の方が危ないかもしれない…

「フリッツや大御所が戻ったら相談する。

お前は自分の心配してろ」

僕を子供扱いする手のひらが頭に重なった。

僕は相変わらず、守られるだけの無力な子供だ…

ヨナタンは人通りの多い道を選んで、ビッテンフェルトのお屋敷に向かった。

お屋敷に着くまで、ヨナタンは僕と手を繋いでいた。いつもならポケットに隠れてるはずの彼の手は、僕の手より冷たかった。

お屋敷に到着すると、待っていたブルーノ様が僕たちを出迎えた。

「遅かったですね。道中何かありましたか?」と心配してくれたブルーノ様に、ヨナタンが事情を説明して、僕を預かってくれるように頼んだ。

「そうですか。承知しました。お預かりします」とブルーノ様はヨナタンのお願いを快諾して、僕のために部屋を用意してくれた。

「ご迷惑をおかけします」と巻き込んでしまったブルーノ様に詫びた。

「迷惑じゃないですよ。実は私もこの屋敷に一人で留守番していて退屈してたんです。

アルドがいてくれたら寂しくないですよ」とブルーノ様は嬉しそうに言ってくれた。

「戻ったら一緒に食事しましょう。トゥーマン殿も召し上がって行ってください」

「それより、何でもいいから今摘めるものないか?

道中食べてくるつもりだったんだが、予定が狂った」

「そうですか。何か簡単なものを用意させますね」

ブルーノ様が世話を焼いてくれて、ようやく朝食にありつけた。

ヨナタンとブルーノ様は用意を済ますと、僕を置いて挨拶回りに出かけた。

ブルーノ様は部屋の用意と一緒に、本も貸してくれた。しばらくは退屈で死にそうになるということは無さそうだ。

大人しく本を読んでいると、ビッテンフェルト家のメイドがお茶とお菓子を用意してくれた。

お礼を伝えて紅茶をいただくと、彼女は意外そうな顔をした。

「何か?」

「あ、いえ。とてもお行儀よくでいらしたので…」と彼女は僕の違和感を指摘した。

孤児や傭兵らしくなかったかな?

行儀悪く振る舞う方法が分からなかった。

笑って誤魔化したけど、少し行儀悪くなった方がいいかもしれない。

そんなことを思いながら、用意された親切を頂戴して、また読書に戻った。

昼までに一冊読み終えて、次の本に手を伸ばした。

深い緑色の装丁の本を手にして、おや?と首を傾げた。

《カレンデュラの庭》

ライン語に翻訳されていたが、同じ題名のパテル語の本を読んだことがある。

手に取って、やはり自分の知ってるものだと確信する。

お母様のお気に入りだった本だ…

『いらっしゃい、ヴィヴィ』と僕を呼んでお膝に乗せて読んでくれた。子供の僕には難しい恋物語だ。

本を読んでいる時のお母様は可愛らしかった。

『またそれかい?』とお父様が本を覗き込むと、お母様は少女のような笑顔で『だって好きなんですもの』と答えていた。

主人公たちの再会のシーンには特に熱が入っていたな…

お母様を思い出して目頭が熱くなった。

今はどうしてるだろう?

本から視線を外して、白く曇る窓に視線を向けた。

貿易大国として知られるイザード王国の貴族に嫁いだと聞いているが、どんな生活を送っているのかまでは知らない。

知りたいとも思わなかった…

そんな余裕もなかった…

命さえ危うい生活から脱したといっても、毎日が忙しくて思い出す機会もなかったし、幸せだった頃を思い出すのは彼に悪い気がした。

今だって僕は幸せだ…

そう言い聞かせて、深い緑色の装丁の本を机に戻した。

この本はやめておこう…

代わりに対象的な赤紫色で装丁された本を手に取ってページを捲った。

思い出をくすぐらない、知らない物語に安堵した。

✩.*˚

しくじったな…

本当は新聞を買いに出ただけだった。

そこでたまたま、昨日酒場で見た灰色の長髪の男を見つけた。

煙草を咥えた男はまだ私に気づいてなかった。

声をかけるか、しばらく様子を見るか迷っていると、先に新聞を買った背の低い先客が新聞を手に振り返った。

外套のフードの下で、少し驚いたような顔で私を見上げて、『どうぞ』と場所を譲った。

フードの下ではっきりとは見えなかったが、その顔は探していた少年と酷似していた。

半年以上探して、やっと目の前に現れた少年を前に、らしくもなく焦りが出てしまった。

驚いて声を上げた少年に気付いて、あの男が間に入って私から少年を遠ざけた。

無駄に警戒されてしまった。

らしくない失敗を後悔したが遅い。

ようやく見つけたのだ。完全に他人だと確認できるまで引き下がれない。

それに、あの少年を庇っていた男の反応が、私にさらに確信を与えた。

あの男ともう一度直接話す必要がある。

少し聞き込みをすると、男の情報は簡単に手に入った。

この街の名士として知られる、ビッテンフェルト家で雇われている男らしい。

とりあえず、すぐにどこかに逃げられる心配は無さそうだ。

腰に提げた雑嚢から木を削って作った小鳥を取り出した。

「《宿れ》」と命じると、木彫りの小鳥は私の魔力を吸って生きた鳥に変わった。

小鳥に依頼主から預かった髪の毛を与えて《探す》ように命じた。

小鳥は飛び立つと、頭上をクルクルと回って、どこかに飛び去った。

私の魔力を与えられた小鳥の居場所はだいたいで分かる。

傀儡は燃料である魔力が切れると、木彫りの人形に戻る。

そんなことを繰り返しながら、ようやくこの街にたどり着いたのだ。

小鳥の気配を追って、大きな屋敷に辿り着いた。

貴族か金持ちの家であることは間違いなさそうだ。ここにいるのか?

背の高い塀に拒まれて、中は確認できそうにない。それでも小鳥の気配はその屋敷に吸い込まれるように消えていた。

裏口に回るのも一苦労だ。

裏口らしい場所を見張って、使用人や商人の出入りを待った。

数人の使用人に似顔絵を確認させたが、答えてくれなかった。どうやら使用人の指導は行き届いているようだ。

益々厄介だ…

今日は無理か、と諦めかけていた時に、裏口から執事のような佇まいの男が出てきて、私に声をかけた。

「当家に御用ですか?」

物腰の柔らかい印象とは対照的に、言葉は棘を含んでいた。

他の使用人たちから聞いて、不審者を排除しに来たのだろう。

「人を探しておりまして」と伝えて、似顔絵を出して見せた。

「この子の母親から探してくれと依頼を受けています。この近くで目撃されているようなので、もしご存知なら教えて頂きたい」

執事は黙ってその似顔絵を確認して、「人探しご苦労様です」と絵を返した。

「残念ならが、申し上げる事は何もございません。

当家の旦那様は今不在です。どちらにご滞在ですか?」

宿を訊かれて、「まだ決めていない」と答えた。

相手が敵か味方か分からない以上、答えるのは危険だ。寝込みを襲われるのは避けたい。

執事風の使用人は、私に幾つかの宿の名前を教えて、そのどれかに滞在するように勧めた。

「お伝えできることがあれば、《ビッテンフェルト家》から使いを送ります。とりあえず今日はお引き取り下さい」

彼としても最大の譲歩だろう。ここでゴネても答えてくれそうにはないし、腕っ節のある用心棒を呼ばれても困る。

「よろしくお願いします」と頭を下げて、その場は引き下がった。

寒くなってきたし、潮時だろう。

身体は冷えきってるし、腹も減った。

小鳥を呼び寄せて、戻って来た傀儡をポケットに仕舞うと、昨日食事した近くの酒場に足を向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

処理中です...