燕の軌跡

猫絵師

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「あれ?ヘンリックじゃん?」

街道の警備をしていると、懐かしい顔の並んだ一行と出くわした。

前に会った時より歳を食ってて、茶色い髪には白髪が混ざっていたが一目で彼だと分かった。

何か偉そうな人の馬車の護衛を頼まれたらしい。

馬車の近くに控えていた彼の方も俺に気付いて、馬首を変えて列を離れると俺の方に馬を寄せた。

「よぉ!スーじゃねぇか?久しぶりだな!」

「おっ!マジで《妖精》じゃねぇか?」「元気だったか?」と猟師兄弟の声が重なった。彼らも一緒だったようだ。懐かしい顔と手を打ち合って再会を喜んだ。

「スー、《燕》はこんなところで何してんだ?」とヨハンが訊ねた。

「ヴェルフェル公子からラーチシュタットまでの街道の警備を依頼された。この辺りは俺たちの持ち場だ」

「なるほど…道理で俺たちの仕事がないわけだ。ここまで暇で暇で仕事を受けたのを後悔していたぐらいだぜ」

「矢の一本も飛ばしてねぇからな」「聖人にでもなった気分だ」

ヘンリックの言葉に合わせて大袈裟なまでに暇を強調して、双子はへそを曲げたように同じ顔で拗ねていた。

「親父!先行くぜ!」と馬車の一行から若い張りのある声が届いた。

「応!すぐ戻る!」と怒鳴り返したヘンリックの返事を確認して若い男が馬に合図して列に戻った。

「俺んところの次男坊だ」とヘンリックは自慢するように若者を見送った。

ヘンリックとの話で子供が多いというのは聞いていた。彼も良い歳だし、子供が大きくても驚くようなことじゃない。ワルターが父親になるのが遅すぎたんだ。

「長男よりしっかりしてる」などと言うヘンリックは父親みたいだ。

「長男は?」

「置いてきた。叔父貴の相手も必要だからな。あいつは今頃ビアンカにケツを蹴とばされながら俺の代わりに留守番しているよ」

「ふぅん。ビアンカも元気そうだな」

「おう。お前んとこも元気か?」

「ミアもルドも元気だよ」

「そうか。いい土産ができた」

ヘンリックはそう言って嬉しそうに笑った。

彼はずっとミアとルドの事を気にかけていて、時々手紙をくれていた。前にくれたスプーンも『小さくなったろう』と新しいものを贈ってくれるくらいだ。

「ルド、新しいスプーン気に入ってたよ」

「そうかい。そりゃよかった。

うちのチビ達もお前からの贈り物喜んでたよ」

そんな他愛のない話の中で、ふと、ワルターの話が出た。

「そういえば、昨日ワルターが通ったよ。ヴェルフェル侯爵の護衛として付き添ってるらしい。無給だってボヤいてたよ」

「そりゃお前、あいつ結構貰ってんだろ?貴族様の年金ってのを一度拝んでみたいぜ」

「ワルターは貴族年金に追加で《英雄》としての賞与やら領地からの税収やらで遊んでても金入ってくるからさ。なんも無い時はずっと娘たちと遊んでるよ」

「あいつ…随分いい生活してるじゃねぇか?」

「まぁ、テレーゼの学校に殆ど持ってかれるんだけどね。ワルター自身は貧乏が身に染みてるから大して金使わないし」

「なるほどな。まぁ、あいつも楽しくやってるようで良かったよ。お前らには叔父貴が世話んなった」

ヘンリックはそう言って懐かしむ様な表情を浮かべていた。

「なんだかんだ言いながら世話してくれたのはゲルトの方だ。俺たちは爺さんに呆れられて怒鳴られて拳骨されてただけだよ」

「そうかい。そりゃ上手い事やってたな。《黒腕》に拳骨くらって生きてるんだからお前が可愛かったのさ」と、ヘンリックはうそぶいていた。

ヘンリックと話していた時間は短いものだったが、あまり長くなると仕事に支障が出る。「そろそろ行く」と言って、ヘンリックらは馬の背に戻った。

少し残念に思いながら彼らを見送った。去り際に振り返ったヘンリックは懐っこく二っと笑って、「頑張れよ、団長」と言ってくれた。

全然違うのに、どこかゲルトの面影に重なって見えた。

そうだよな…時間が過ぎた分だけみんな年取ったんだよな…

一人でそう納得して、言葉にできない侘しさを感じながら、白髪交じりになった友人の背中を見送った。

✩.*˚

「父上。到着なさっていたのなら私にもお知らせください」と、ラーチシュタット城で顔を合わせた息子に叱られた。

確かに連絡しなかったが、それは私にも都合があったからだ。

それに到着したのはラーチシュタットの門限をわずかに過ぎてしまっていて、コンラートの長めの小言を食らっていたから、息子夫婦を訪ねに行くには遅い時間になってしまっていた。

「どうせ遅かれ早かれ顔を合わせるのだ。お前も無駄に気を遣わずにすんだろう?別に私は逃げも隠れもしてないぞ?」

「父上は相変わらずですね。それではアレイスター子爵に苦言を呈されますよ」

「小言なら既に昨日もらった。お前は相変わらず真面目だな」

「父上が自由すぎるのです」

手厳しく返す息子は私より叔父に似てしまったようだ。

確かに関わることも少なかったし、それに少し寂しい気もしたが、よく考えればヴォルフラムも柔らかく微笑みながら私の自由を諫める側だった。

私は子供たちにとって反面教師になっていたみたいだ。まぁ、私にも思い当たる節は多々あるが…

「わざわざ呼び止めてそんなことを言いたかったのか?他に言う事があるんじゃないのか?」

そう切り返した私に、息子はまじめに佇まいを直して伝えたかったことを口にした。

「父上に少し時間を頂戴したいのです。私とクラウディアから大切な報告をしなければなりませんので…」

「報告?一体なんだ?」

「それは…その…」とアレクは言葉を濁しながら、ちらちらと辺りを気にしていた。私の連れはバルテルとロンメル男爵くらいで、アレクの方もバルツァーくらいだが、城内ということもあり他にも目がある。

「ふむ…バルテル、今日はどこかで時間を作れるか?」

「かしこまりました。午前中は来賓者への挨拶周りがありますので調整は難しいです。ホーエナウ公爵閣下との会談と昼食の後に一時間ほど休憩時間を用意しておりますが、そこでいかがでしょう?」

「そうか。それでもいいか?」

「ありがとうございます。その時間にクラウディアを連れてお伺いいたします」

「後回しになってすまんな。クラウディアは元気か?」

「はい。彼女も父上に挨拶するのを楽しみにしていました」

「大袈裟だな」と笑ってアレクの妻を思い出していた。今年の新年会でも顔を合わせてたし、春先にも会ってる。シュタインシュタットに戻る前に時間を取るつもりでいたが、向こうが会いたがってるなら少し時間を取っても良いだろう。

息子は一礼して顔を上げると、どこか幼さを感じる笑顔を見せた。

まだ少し話をしたかったが、時間と有能な部下がそれを許してくれなかった。

「閣下、お時間がございますので…この辺りで…」

「…そうだな。では後でな、アレク」

「はい。貴重なお時間を頂戴いたしました」

生真面目な息子の言葉に距離を感じたが、そういう関係にしてしまったのは私だ。

いっそ、ロンメル男爵やスーのようにふざけて軽口をたたき合える関係になれたらと思うが、それはできないのだろう。

それに少し残念な感情を抱きながら、予定をこなすために踵を返して息子に背を向けた。

✩.*˚

直属の上司は朝から機嫌が良さそうだった。

いつもの仏頂面だが、細かい事を指摘することも、無駄に厳しく叱責することもない。ここしばらくピリピリしていたからこの変化は歓迎だ。

レプシウス邸は、ラーチシュタット城の次に敷地が広いなどと言われるくらいデカい。

なんせ、邸宅から、治療院、孤児院、学院、礼拝堂などが同じ敷地内にあるのだから、下手すれば小さな村ぐらいの広さがある。そのすべてに関わり、それだけの貢献をした人物だったのだ。そう考えれば、これほど大掛かりな葬儀になったのも頷ける。

来賓には七大貴族のうちヴェルフェル侯爵家とホーエナウ公爵家の当主本人が参列するし、縁のあった貴族がわんさか来る。

城下では、珍しく出入りする貴族ら相手に、掻き入れ時とばかりに商売をしていてちょっとした祭りのような感じになっている。

そのせいで、あちこちでトラブルが続出していた。

おかげで騎士団も憲兵もてんてこ舞いで、猫の手も借りたいくらいだ。とてもじゃないが、ラーチシュタットの外まで面倒見切れそうにない。

何とか他所から応援を貰って、体裁を保ってる状態だ。プライドの高い上司にとってはストレスだったのだろう。

自分もこんな貧乏くじでなきゃ、こんな面倒な人間に関わりたくないね…

「暑いな…」うんざりした気分を吐き出すようにぼやいた。

当たり前の言葉に、部下たちは苦笑いで返した。誰もがそう思ってる。

こんな暑いときに葬式しなくてもいいのにな…

さすがに日中に葬儀を執り行うのは暑いので、本番は夕方から明日の午前中という事になっている。今はお偉方の顔合わせと打ち合わせの時間らしい。

交代で休憩を取りながらレプシウス邸の警護を続けていると、一台の大きな馬車が門の前に到着した。

六頭の白馬に引かれる豪勢な馬車には《六角の盾侯爵家》の紋章が掲げられている。紋章は一角獣だ。その馬車が目の前を通過するときにひんやりとした風が吹いた。

何か避暑用の魔法が施されているのだろうか?羨ましい限りだ…

「ミュラー副隊長」と馬車から声がかかった。

「侯爵閣下が案内を求めている。卿に頼めないか?」

ご指名か…隊長が席を外している時に来るなんて絶対わざとだろう?

まぁ、俺の方もそうしてもらえると手間も時間も省けて助かるが…

少し持ち場を外れることを部下に伝えて、促されるまま馬車に乗り込んだ。

ひんやりとした空気の広い馬車の中には男が三人乗っていた。

南部候とバルテル卿は知っているが、もう一人は誰だ?ただの護衛にしては貴族のように着飾ってる。だが、貴族にしては柄が悪いような…

「彼はロンメル男爵だ。私の護衛として同行している」と侯爵が彼を紹介した。

あぁ…あの、元傭兵の《英雄》になった男爵か、と妙に納得した。

勧められるまま男爵の隣に座ったが、男爵の隣に着いたとたん全身に鳥肌が立って身震いした。

恐怖じゃない…なんか物理的に寒いのだ。この馬車の中の冷気は彼から出ているようだった。

「あぁ、悪ぃな、上手く調整できねぇんだ」

俺が身震いしたのを見て詫びると、男爵から漏れ出ていた冷気が途切れた。

涼しい顔をしているが、本来必要な詠唱もなく、魔法を使った様子もない。

これが《神紋の英雄》の《祝福》か…

その不気味さに肝が冷えた。もうあの暑さが恋しいくらいだ。

俺の腹の中など関係ないとばかりに、侯爵は話を切り出した。

「ロンメル男爵は私の信頼する娘婿だ。彼に隠し事は無い。ローゼンハイム卿についての報告を聞こうか」

まぁ、そう来るよな。そのために俺を馬車に招いたのだから…

「ローゼンハイム卿は健勝かね?」と、侯爵は他人のように息子の様子を訊ねた。

「はい、ご健勝です。とはいえ、ここ最近はご多忙なため、少々気が立ってるようでした」

「そうか…」

「多少余裕が無いように見受けられる時もありますが、仕事は部下がうんざりするほど真面目ですし、懐妊中のご内儀とも仲は良さそうに見受けられます。

私生活でも特に問題なさそうですし、仕事が終わればほとんどまっすぐ帰っています」

「ふむ…問題行動などはなさそうか?アレクシスの事は何か言っていたか?」

侯爵は更に踏み込んだ質問をした。侯爵にとってそれが気がかりだったのだろう。元々それが問題でラーチシュタットに預けられたのだ。

俺は依頼主に依頼内容を報告する義務がある。

「ローゼンハイム卿がヴェルフェル公子様を悪し様に言う事はありません。少なくとも自分は耳にしたことはありません。多分自制されているのだと思います。

ただ、先日顔を合わせた折、少々行き過ぎた言動がありました」

先日、レプシウス邸前で顔を合わせた折の話を第三者の視点で話した。どちらかに偏ったような話し方はしてないはずだ。

話を聞いてわずかに侯爵の表情が曇って、馬車の中の空気が少し冷えた。

「傭兵に頼るのが嫌なのか?いい歳してとんだお坊ちゃまだな」と、実の父親の前で息子を批判する男爵の発言に更に肝が冷えた。

「そう言うな、男爵。その件以外に何か不仲と思われるような言動などは無いか?」

「いや、自分は特に思いつきませんが…」

そう言いながら記憶をたどっていた。

基本的にクソ真面目意外に彼の欠点はなさそうに見えた。

公私ともに完璧で、特に問題行動もない。ただ、気になるとしたら…

「えっと…これは、プライベートな事なので、報告は微妙かと思っていたのですが…」

「何かね?」

「夫婦仲は悪くないでしょうが、ローゼンハイム卿も男性ですので…

娼婦の居そうな裏路地に入るのは深く追求しないようにしようと…」

そこまで言った時に刺すような冷気を肩に感じた。恐る恐る確認すると男爵の顔には怒りの感情が滲んでいた。

「…嫁さんが妊娠してるのに浮気してんのか?」

どうやら私の報告が男爵にとっての地雷を踏んだらしい。しかし、事実として報告しただけで俺は悪くないはずだ。

「いや…そういう事も…珍しくないかと…」

「男爵、落ち着きたまえ。時間は少ないのだ。あと、寒いから自制してくれ」

侯爵に注意されて、男爵は険しい顔のまま冬の気配を引っ込めた。

この《祝福》が感情に左右されるものなら、このまま報告をするのはいささか不安だ…

「それで?路地裏で本当に女性と密会していたのかね?」と、侯爵は続きを促したが、その先は確認できてない。

「近付きすぎて気付かれるのが怖かったので、路地裏に消えた理由は確認出来ていません」と、隠さずに伝えると、侯爵は「そうか」とだけ呟いて頷いた。

「その場所を教えてくれ。後で調べさせる」

求められるまま、一番最近消えた場所を教えた。

何するのか知らないが、俺の知ったことでは無い。

「ご苦労だった。とっておきたまえ」

侯爵の指示でバルテル卿が情報への報奨金を俺に握らせた。

「今後も引き続き頼む。何かあったら報告するように」と、囁くのも忘れていない。

「かしこまりました」と応えて、渡された金貨をポケットに入れた。

年取った病気の母親には金がかかる。汚いように思える稼ぎても、金は金だ。

この仕事を引き受けるにあたり、治療院への紹介状も貰えたから、十分な治療や薬も約束されている。

ガキの頃に父親が戦で死んで、女手一つで育ててくれた母親だ。天秤にかけて、どちらが重いかは明白だろう。

用事を済ませて馬車を降りると、忘れかけていた夏の風が纏わりついた。

心地よくすら思える夏の湿った風に安堵して、来た道を歩いて持ち場に戻った。

✩.*˚

留守番って暇なんだよな…

椅子に座ってぼんやりと煙草をふかしていた。

いくら依頼で出払っているとはいえ、《燕の団》の拠点を空にするわけにはいかないから、団員数人と一緒に留守番を引き受けた。

足の方は元通りとはいかないが、それでも生活に支障はないし、支えがあれば普通に生活できる。

「アルノー、お客さんだよ」とティナに呼ばれて視線を向けると、おどおどした様子の若い男が立っていた。確か、雑貨屋の若いのだ。

「なんの用事だ?」

「仕事でシュミットシュタットまでの護衛を頼みたかったんだけど…」

閑散とした様子を見て、依頼をするのが難しいと踏んだのだろう。依頼人は既に回れ右をしたそうな顔をしていた。

「護衛なら一人頭、日当で小銀四枚だ。デカい仕事かい?」

「いや…二人ぐらいでいい。日帰りで明日買出しを手伝ってもらいたい」

「分かった。二人だな。明日の朝一番で送るよ」と約束して、依頼を引き受けた。

受けれるやつは受けて、難しそうなら待ってもらうか断るようにと言われていた。フーゴが残して行った契約書に名前を書いてもらい、前払いで金を貰った。半分は《燕の団》の手数料で、もう半分が傭兵の取り分だ。

誰を同行させるか考えていると、丁度残っていたエルマーが通りかかった。

「おう、エルマー。仕事だ」

声をかけると彼は気怠そうに返事をした。

エルマーはやる気は無いが、することはちゃんとする質だ。依頼のことを話すと、エルマーは仕方なさそうに引き受けた。

「もう一人誰か付けるよ」と、言ってその時は終わった。

翌日、朝早く拠点に行くと、エルマーの姿がなかった。

「なんか、昨日の夜に手紙受け取って、急用ができたって出てったぜ」と代わりを引き受けた団員が言っていた。

先の約束を反故にするような用事がどんなものか分からないが、勝手な事をされて少しイラっとした。

傭兵が勝手に消える事はよくあるが、それでも仕事を受けたならその後にしてくれと思う。エルマーもまぁまぁ長く《燕の団》に居たから油断していた。

一応奴の部屋を見に行ったが、案の定だった。

バックレた奴の部屋は幾度となく見ているから、雰囲気でなんとなく分かった。

部屋はがらんとしていて、エルマーもおそらく戻ってこないつもりだろう…

スーに何て言うかな…

回らない頭で言い訳を考えながら抜け殻みたいな部屋を後にした。

まぁ、スーたちが戻るまで少し様子見てからでもいいだろう。もしかしたらふらっと帰ってくるかもしれないしな…

身内も無いらしいから、あいつにも帰るところがあった方が良いだろう。特段騒ぎ立てるようなことでも無いような気がした。

そんなお人好しな考えで目の前の問題に蓋をしてしまった。

✩.*˚

…全く、どいつもこいつも…

「夏の盛りですのでこの老体には堪えるのですよ。ロンメル男爵とご一緒できるとは幸運でした」

人の良さそうな老人は穏やかに笑いながら暑そうな法衣を見せた。

最高位の聖職者ともなれば法衣も気合の入ったものだ。案外その辺の騎士の甲冑といい勝負なのではないかとさえ思える。

もっと涼しい格好をすればいいのに、と思うが、これが彼の正装なのだから仕方ないのだろう。

「本番は聖堂いっぱいに人が入りますからもっと暑いでしょうな…」

「確かに。ロンメル男爵には貴賓席で警護に着いてもらうつもりです。貴賓席は少し涼しいでしょうな」

「助かりますよ、ヴェルフェル侯爵。本当に有能な部下をお持ちで羨ましい限りですな」

それって本当に褒めてるのか?

うんざりしながら高い天井に視線を向けた。天井が高いとはいえ、それなりに夏のこもるような熱は気になる。《神紋》が刻まれてから、暑いや寒いに対して鈍くなった俺でも分かるくらいだ。

ご機嫌そうなパウル様とホーエナウ公爵はしばらく葬式の打ち合わせをして、少し早く昼食に移動した。

ホーエナウ公爵はレプシウス師と古い友人らしく、今はレプシウス邸に宿泊しているらしい。

バカでかい敷地を移動してレプシウス邸に到着すると、小さい少女らが女主人のようにホーエナウ公爵を出迎えた。その顔に見覚えがあった。

レプシウス師に引き取られたいつぞやのエルフの少女らだ。少女らの傍らに、これまた見覚えのあるデカい女が突っ立っている。

「お帰りなさいませ、ホーエナウ公爵様」

しおらしく涼やかな声で出迎えるエルフの少女らにパウル様は気を惹かれたらしい。

「おや?かわいらしいお嬢さんたちだ。レプシウス師の侍女かね?」

「彼女らはレプシウスの妻と娘だそうです」

ホーエナウ公爵の言葉にさすがのパウル様も驚いていた。俺も驚いた。

あの爺さん、こんな子供を嫁に…俺が言えた義理じゃねぇが無茶苦茶じゃねぇか…

呆れてものも言えなくなった俺たちに、ホーエナウ公爵は小さく笑って、友人の遺志を教えた。

「死者を責めないでください。彼女らに財を残すためにという事だそうです。

二人を養子とすると、遺児として遺産と一緒に本家に引き取られてしまうかもしれません。片方を妻とするなら、二人を引き取ったとしても彼の残したものは妻のものになりますし、無理に養子にして引き離すこともできませんから」

「ふむ…確かにそれは悪くない話だ」と、パウル様もその考えに納得したらしい。

レプシウス師は長く独身を貫いていたから、彼女ら以外に遺産を残す相手がない。彼自身は分家に当たるので遺産を残す相手が無ければ、一番近い親族として、甥に当たるレプシウス家の本家が受け取ることになる。

少々せこいやり方だが、レプシウス師は自分の財産を本家に渡したくなかったのだろう。もし本家に彼の遺産を渡すことになったら、彼の大切にしてきたものが全て失われてしまうかも知れない。

あの爺さんもなかなかな策士だな…

「私も知った時は驚きましたが、正式な書類もあります。私も彼の遺書を確認しました。私は個人として親友の遺志を尊重します」

「なるほど。ヴェルフェル侯爵家もレプシウス師には父の代から世話になっております。彼女らについては南部に居る限り責任を持ちましょう」と、パウル様もホーエナウ公爵に応じた。

難しい話は分からんが、事情は分かったから少し安心した。

屋敷の中に案内される時に、「ひさしぶりだね」と少女らに着いていた女に声を掛けられた。公爵らの手前、声を潜めて返事をした。

「おう。久しぶりだな、ミリガン。何でこんなところ居るんだ?《灰狼》辞めたのか?」

「違うよ。あんたの所の小僧に子守りを押し付けられたのさ」という返事に、あぁ、と納得した。どうやらスーが絡んでいるらしい。

ミリガンにとってスーは息子らみたいな存在のようで、カナルで顔を合わせると世間話をする仲だ。

彼女は迷惑を装っていたが、パウル様たちを案内する少女らに見たことないような優しい視線を向けていた。

「あの子らがほっとけないって泣きつかれたのさ。あたしもガキ共がいるってのにさ…

まぁ、うちの兄ちゃんにもいい機会さね。これを機に独り立ちしてもらうよ」

「あー、あの小僧共か…」

ミリガンの周りをちょろちょろしていた息子たちを思い出していた。

そろそろ一番上のが二十歳越える頃だろう。確か、元旦那の《灰狼の団》の団長の子供が二人いたはずだ。割り切った関係だったし、もう別れていると聞いていた。

息子らが団長を継ぐことは無いかもしれないが、傭兵やってるのならそれなりに期待されてる立場だろう。

「ヘンゼルのおっさんは元気か?」

「相変わらずだよ。あたしに面倒押し付けて好き勝手やってるさ。足が悪いから杖はついてるけど元気なもんだよ」

そんな風に元旦那を評して、ミリガンは「あんたはどうさ?」と俺の事を訊ねた。

「惜しいね、こんな偉くなるならあんたを捕まえときゃよかったよ」なんて恐ろしい事を言っていたが俺はそんなわけあってたまるかい!

「お生憎様、俺は今が幸せなんでな。男は他所で探してくれや」と、取り付く島もないそっけない返事を受けたくせにミリガンは笑っていた。

「そうかい。そいつは良かったね」

その言葉が彼女の本心だったのか、皮肉だったのかは俺には分からなかった。

「あんた、だいぶいい顔になったよ。親父みたいな世話焼きの顔さ」

彼女の言いたいことはなんとなく分かったが、それって俺が歳食ったって話だろ?

もうちょい若かったら気分を悪くしていたかも知れないが、残念なことに歳食ったのも親父らしくなったのも事実だ。なんなら《親父みたい》ってのは俺にとっては誉め言葉だ。

服の上からフィーが忍ばせた土産にこっそりと触れた。

何も無かった頃より不自由にはなったが、幸せにはなったと思う。

義理父の用事に連れまわされたり、嫁の我儘に付き合ったり、子供らに振り回される、そんな今の生活を気に入っている。

気付くのに遅すぎたけど、気付かないで生きていたよりマシだろう。

「俺の娘たちは可愛いんだぜ」と息子しかいない彼女に自慢した。

「娘なんてあたしには縁のないもんさ。息子なら拳骨で育てられるから楽さね」

「…おっかねぇ」

「娘なんて息子がいりゃそのうちできるさ。そんなのであたしに勝とうなんて片腹痛いね」と言われて返す言葉を失った。

やっぱり俺は《母親》ってのには勝てそうにない。

こそこそ話をしているうちに一行は大きな扉の前で足を止めた。少女らに案内されて、パウル様たちは食堂らしい場所に入って行った。

「子供を自慢したいなら、酒のついでに少しぐらい付き合ってやるよ」と最後にそう言って、ミリガンは少女らの元に戻って行った。

俺も護衛という名目で同行しているから、パウル様らの座る席の傍に控えていなければならない。

娘自慢はまた今度だ。

視線で合図を送って、お互いの仕事に戻った。
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