燕の軌跡

猫絵師

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苦境

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日が昇ってもまだ一人で起き上がれずにいた。

仕方なくテントで横になっている間、イタチはせわしなくテントを出入りしていた。

イタチは出入りする度に、毎回違うものを咥えて戻ってきた。寝床にはいつの間にかイタチの持ち込んだ土産がたくさん並んでいた。

「…なんだ?これ?」

飲み水を持って戻って来たディルクが寝床に集められたイタチの土産に気付いて眉を寄せた。

何か分からない葉っぱや木の実、小石はパッと見ゴミのようだ。中には虫の死骸もある。

「…もらった…置いといて…後で、見る…」

「貰ったって…ゴミじゃねぇか?」

ディルクはそう言って、イタチの土産を《ゴミ》として拾おうとした。その行動が大人しい地精の怒りに触れた。

「ぎぃいい!」

イタチはエルマーを襲った時と同じように顕現すると、毛を逆立ててディルクに襲い掛かった。

「うわ!なんだこいつ!」

「ギャー!ぐわわ!」

テントの中が一気に騒がしくなる。

贈り物を捨てられたくないイタチとディルクの喧嘩を聞きつけて、テントを見張っていた団員も中に踏み込んできた。

もう無茶苦茶だ…

一応療養中の怪我人がいるんだから騒がしいのは勘弁してほしい…

それにいくら大人しいとはいえ、イタチが本気になったら魔法を使えない人間じゃ太刀打ちできない。怪我人が増えるのも面倒だ…

「イタチ…捨てたりしないから…そんなに怒らないで…」

「ぷぷぷ…」不満そうに鼻を鳴らしながらもイタチは俺の言う事を聞いてくれた。

元のようなスマートな身体になると、憤然とした様子で短い前足で散らかった贈り物を搔き集めていた。その様子から見るに、これはイタチにとってゴミなどでは無いのだろう。

「今のはディルクが悪いから…ごめんな」と言ってやると、イタチは満足そうにすり寄って、ディルクの無礼を一応許してくれたみたいだ。

「何だその生き物…お前のか?」

「友達になった、この辺りの地霊…俺たちが何もしなければ、こいつも何もしないよ」

俺がそう言うと、ディルクらも剣を納めた。険悪な空気はそのままだったが、双方引いてくれたのでつまらない問題にならずに済んだ。

ディルク以外の団員を外に出して、テントの中には俺とディルクとイタチの三者だけになる。険悪な空気のままでは居心地が悪い。

「ディルク…俺の荷物の中に飴があるから…イタチにやって」

「飴?そんなの食うのか?」

「地精の好物らしい…それで仲直りしろよ」

俺の言う通りに荷物から飴を取り出すと、イタチの視線はディルクの手元に釘付けになっていた。飴が欲しくて子供みたいにうずうずしている。

「仲直りしな。あいつは俺の信頼できる部下だ」と伝えるとイタチはそろそろとディルクに近づいて差し出された飴を受け取った。

黄金色の飴を受け取って、ディルクへの警戒を解いたイタチは気配を消してテントの隅で大人しくなった。

「エルマーに襲われた時、一番に助けてくれたんだ…仲良くしろよ」

安心させようとイタチの活躍を教えたのに、ディルクはそれを聞いて何故か眉を顰めた。何が気に入らないのだろう?

「俺が付いてたら襲わせなかった…」

「あぁ…」出しぬかれたような気分なのだろうか?

でもあの時は一緒にいなかったのだから仕方ない。別に俺から離れていたのを責めてるわけじゃないし、そもそもディルクやイザークに席を外すように言ったのは俺だ。

「別に…お前らが悪いって、言ってるんじゃない…」

「違う。フーゴの言う通り、お前を一人にした俺たちが悪い」

俺から離れたことで自分を責めていたのだろう。ディルクは怒っているような顔で自分の足元を睨んでいた。

「誰かが着いてりゃ、エルマーだって手が出せなかったはずだ。お前も油断してたろうが、俺たちも油断してた。

今回は運良く助かったが、本当なら死ぬところだったんだ…」

ディルクは苦いものを含んでるように顔を歪ませて、過去を後悔を口にした。

これは気にするなって言ったところで逆効果だろう…

この空気が嫌になって、話題を変えるつもりでディルクに水を求めた。

腹は減らないけど、喉だけは乾く。介助してもらえば自分で飲めるようになっていた。

ディルクは相変わらず仏頂面で俺をの身体を起こすと、用意した水を口元まで運んでくれた。差し出された水は汲んできたばかりのようでまだ冷たかった。

水を飲み終わるとすぐにまた寝床に戻された。

暇すぎて死にそうだ。寝転がってるのも飽きてきていたが、話すだけで息切れしてしまう状態だ。到底起き上がれるわけもない。

ディルクは付き添ってくれているが、仏頂面を張り付けた男は怖い顔で俺を見張っているだけだ。これなら不真面目なイザークの方が付き添いに向いているだろう。

小さくため息を吐いて退屈を噛みしめていると、テントの隅に居たイタチがのそのそと近づいて来て顔の周りをうろうろしだした。

「ぎぃぃ」と相変わらずあまり可愛くない鳴き声で何かを主張すると、持ち込んだ土産から何かを拾って、俺の口元に落とした。

イタチはあの短い前足で口の中に何か押し込もうとしてくる。

唇に触れる何かはカサカサした感触で、枯葉を思わせた。

ディルクと張り合っているのだろうか?イタチなりに看病しようとしているのだろうが随分強引なやり方だ。

文句を言おうと口を開くと、イタチの前足ごと植物片を突っ込まれた。

うわ!なんだこれ!マズッ!

目を白黒させている俺に、イタチは素早く別のものも口に押し込んできた。

どさくさに紛れて虫っぽい何かも口にねじ込まれた気がする…

イタチは吐き出しそうになった俺の口元に覆いかぶさって邪魔をした。

飲み込めってか?!

この目に映らないイタチの暴挙にディルクは気付いてないようだ。

声を上げようにも口の中に押し込まれたものが邪魔して声が出ない。身体に力が入らないから、イタチを引きはがすこともできない。

口の中に苦い唾液が溜まる。結局、イタチに負けて、口に入れられたものをほとんど飲み込んでしまった。

「おま…何すんだよ…」

「ぎゃっぎゃっぎゃ!」と笑うような鳴き声が何かムカついた。

文句が言いたくてイタチを探すと、イタチは既に足の方に移動していた。

口の中には苦みや酸っぱいものが残っていて気持ち悪い…

「ディルク、水くれ」

「足らなかったのか?今飲んだろ?」

何かその呑気な対応にイラっとした。あんなことになってたんだからお前も気づけよ!

「イタチの奴が何か口に突っ込んだんだよ!めちゃくちゃマズくて…あれ?」

苛立ちからまくしたてるように言葉を吐き出して気付いた。

口の中は気持ち悪いが、頭の中がやけにすっきりしている。身体もさっきまでより軽くなった気がする。

ディルクも俺の変化に気付いたみたいだ。

試しに手を突いて身体を起こすと、驚くほどすんなりと起き上がれた。

「…起きれる」

「マジか?無理すんなよ?」

「無理はしてないけど…あれ、薬草か何かだったのか?」

それにしても効きすぎじゃないか?

何をねじ込まれのか不安を覚えながら、とりあえずディルクの用意しようとしてた水差しをそのまま奪って水を飲んだ。

水で口に残っていた物も流し込むと、調子悪かったのが嘘みたいに身体が軽くなった。何なら襲われる前より調子が良いような感じがする。

「あ、ありがとう」

一応礼を言うと、イタチは踊るように身体をくねらせて、変な鳴き声を上げながらテントの外に飛び出して行った。

何だったんだ…あいつ?

やり方はともかく、どうやらあいつに助けらたらしい。

「…もうわけわかんねぇよ…」とぼやくディルクの言葉に苦笑いしながら頷いた。

✩.*˚

団長は死にかけたってのにもうぴんぴんしていた。

何かの薬が効いたらしいが、そんなもんあったのか?

近くの村から攫ってきたヤブ医者の話じゃ生きるも死ぬも五分だって話だったが、この男は心配するだけ無駄だったみたいだ。

「悪いな、迷惑かけた」と、団長は俺の顔を見るなり素直に詫びた。俺が小言を言いたいって顔してたからだろう。

「まぁ、死ななかっただけ良かったよ…」

冗談などではなく、マジで心底そう思っていた。この男に万が一があったら俺は帰る場所まで失くしちまう。旦那からの小遣いという臨時収入も無しだ。

移動して一月も経ってないのにそりゃない…

「エルマーの奴は?」と、団長は話もそこそこに裏切り者の名前を出した。

「やれることはやったけどよ、あいつは何も話さねぇよ。

あんたとあいつの間で何があったのか俺たちもよく分かってねぇからさ、とりあえず何があったのか話してくれ」

「あいつはミアが病気になったって言いに来たんだ。だから俺にすぐに戻れって…

でも話を聞いててすぐにあいつの言ってることが嘘だって分かった。だから何か嫌な感じがして詰め寄ったら足を刺された。

あいつは最初から俺を殺すつもりだったんだ…」

「あいつに襲われるような心当たりあるのか?」

「ない。エルマーは《燕の団》でも古株の方だし、普段から俺に噛みつくような事も目立つような事もなかった。

《犬》にはしてなかったけど、それを気にしている様子も無かったし、不満を持ってるようには思えなかった。

金に困ってる様子は無かったと思う。回された仕事はするけど積極的に仕事を取りに来るほどじゃなかったし…」

団長は思い当たることは何もないようだった。それはディルクの方も同じだったようだ。

怨恨でも金でもないならなんだ?

誰かに頼まれたとして、自分の雇い主を殺すほどの理由があるのだろうか?

「エルマーは元々何してた奴なんだ?」と訊ねると二人は顔を見合わせて「知らない」と答えた。

「そう言えば、あいつの昔の話は聞いたことないな…」

「ブルームバルトで揉め事を起こして、とりあえず行き場がないからうちで引き取ったんだ。

その時団長と俺とイザークはいなかったから状況を知ってるのは爺さんたちとカイぐらいだな」

出自が分からないのは傭兵なら珍しい事じゃないが、こんな小さな団で割と古参なのに把握されていないってのが引っ掛かった。

そういえばエルマーの奴とはこの件までに話すことはほとんどなかった。

俺自身、新しい団に馴染むために積極的に団員と話すようにしていたが、エルマーと絡んだ記憶はほとんどない。

あいつ自身が努めて目立たないようにしていたのだろう。それを違和感としてとらえるべきだった…

俺の知っているそれと同じなら、俺自身も問題を見逃したことになる…

「あーあ…俺も叱られるじゃんか…」とぼやいて頭を掻きまわす俺を見て、団長らは不思議そうな顔をしていた。

本当にこいつらは思い当たるところが無いらしい。若い傭兵団だからその手の知識が無いのは仕方ないが、このままにしておくことはできなかった。

「とりあえず、今居る団員全員集めて面接だ。他にもいるかもしれねぇ」

「なんの話だよ?」

「暗殺者だよ。まったく、エルマーに殺されかけたのがまだ団の人間で良かった。これが他所のお偉いさん何かだったら団ごと潰されるところだったぜ…」

「何だよ、暗殺者?そんな大げさなもん…」

「現に殺されかけたんだ。認めろよ」

認めたくない現実を突きつけたついでに社会の闇ってやつを教えてやった。

「お前ら知らないだろうけどな、御伽噺みたいな眉唾物の連中さ。俺も実際に遭遇したのはこれが初めてだけどな…

暗殺集団の《蜘蛛》って知ってるか?多分エルマーはそれだ」

まったく、面倒に巻き込まれた、と腹の中で悪態づいていた。

「よくよく考えりゃ、特徴はあいつに合致する。

《蜘蛛》ってのは毒を使う暗殺集団でな。普段は一般人みたいに大人しくして色んな場所に潜んでるって話だ。

かしら》って奴から指示があるとその近場の《蜘蛛》が対象に群がってくるんだと…」

「…群がってくるって…一人じゃないのか?」

「よく知らねぇがそういう話だ。

毒もよく分からん毒だし、襲われたらほぼ逃げ切れねぇって話だ。そもそも誰が《蜘蛛》なのか分からねぇから逃げようがないしな…」

まったく、面倒くさい事になったもんだ…

詳しい人間なんてそうそういない。情報もなけりゃ話も通じない。ほぼお手上げじゃねえか?

「まぁ、エルマーが本当に《蜘蛛》なのかは分からんが、可能性は高いだろうよ…」

「何でお前がそんなこと知ってんだ?」

「俺は元々傭兵で食ってたんじゃねぇのさ。まぁ、ちょっとした情報屋みたいな仕事してた事もあるんだ。ぶっちゃけキツくてやめたけどな…

丁度その頃知り合ったゲオルグに誘われて《赤鹿》に入団したんだよ」

結局情報屋をしていた時より傭兵になってからの方が長いんだが、まぁ、今はそんなのどうでもいい。

その時のコネが今も役に立っているのは事実だ。

「俺が知ってる《蜘蛛》の話は情報屋してた時に別の奴から聞いた話だ。そいつはそういう手合いのものにも詳しかった。

あん時は眉唾物だったから適当に聞き流してたけど、あいつなら何か知ってるかもな…」

「その情報屋は今どこにいるんだ?」

「知らん。あいつは好きで情報屋してるような人間だったからまだ情報屋してるだろうけどよ、結構恨まれたりする仕事でもあるから居場所は転々としてるんじゃないか?」

俺のそっけない返事に二人とも残念そうな顔をしていた。

ぶっちゃけ今のところ何の進展もない。エルマーからの情報も期待できない。

そうなると俺たちができる対策はシンプルに一つしかない。

「とにかく、しばらくは団長を一人にしないことだな。周りも信頼できる奴以外は絶対に近づけるな。

俺は全員から話聞いて必要だと思ったらそいつは切る。例外は無しだ。いいな、団長?」

強引だがそうするしかない。恨まれる役でもあるが誰かがしなきゃならんことだ…

団長にそれができるとは思えないし、ディルクやイザークたちにも無理に思えた。思った通り、団長は俺の提案をすんなりとは受け入れなかった。

「とりあえず、ブルームバルトに戻すだけには…」

「あんた、ブルームバルトに大事な人間がいること忘れてんじゃねぇよな?

俺が怪しいと踏んだ奴が本当に《蜘蛛》だった時の事を考えて言ってんのか?」

俺の放った厳しい言葉に団長は顔を歪めた。

頭では分かってるが、感情では認めたくないのだろう。その考えが彼を幼く見せていた。

「スー。俺はフーゴに任すべきだと思う」と、今まで黙っていたディルクが口を開いた。

「お前の言いたい事も分かるが、俺たちとしては団員より団長が大事だ。

俺たちの中なら、変に思い入れが無い分フーゴが一番正しい判断ができるはずだ」

「…それは…分かるけど…」

「俺だって気に入らないからって団員を追い出す気はねぇよ。あんたの安全が優先だが、団員を無駄に減らす気もねぇよ」

「…分かった…お前に任せる」

団に思い入れのある若い団長には苦渋の決断だったろう。でもその決断ができるってだけで俺はこの団長を見直していた。

「悪いようにはしねぇよ。最悪、俺は帰る場所あるしな…」

そう言って腰を上げると話を終わらせた。

動くなら早い方がいい。後手に回るのはもう懲り懲りだ…

テントを後にしようとした俺の背に投げかけられた、団長の詫びるような「ありがとう」の声が纏わりつくように耳に残った。

✩.*˚

「えー?困りましたねぇ…」

ロンメル男爵に言われて《燕の団》を訪ねたが、何かあったらしく取り込み中だった。

何があったのかは教えてくれないが、スーに会わせてくれる気も無いらしい。

「僕、これでもロンメル男爵からの使いなんですよ?」

「それは聞いたよ。でも手紙も何も持ってないんだろ?

ちょっと問題があって、隊長たちもピリピリしてるから、俺たちも下手に取り継げないんだよ」

「だから、ロンメル男爵の遣いでケッテラーが来たって伝えて下さいよ。スーならそれで分かってくれるはずだ。

なんなら僕の家の家紋の入ったダガー預けますから、スーに見てもらってください」

「…うーん、でもなぁ…」

「手紙がないのは、スーなら僕のこと知ってるし、引き受けてくれるってロンメル男爵の判断です。何があったか知りませんが、とりあえず納得出来る返答が欲しいです」

若い団員も困ってるみたいで、ちょうど近くに居た別の団員を呼び止めて相談を始めた。

参ったな…すぐに済む用事だと思っていたのに…

僕としては時間がかかっても問題ないけど、ロンメル男爵が戻る昼までに仕事を終わらせるのがベストだ。それにアダルウィンの事も気になった。

出てくる時の彼は留守番を納得して受け入れているようには見えなかった。

戻ったら質問責めだろうな…

それにしても一体何があってこんなに厳戒態勢なのだろう?

色々気になることがあったが、今ここで無理に詮索して彼らを刺激するのは悪手だろう。どうせスーに訊けば分かる話だ。ここは静かにしておこうと腹に決めた。

その打算的な考えは功を奏したようで、しばらく大人しくしてたら知ってる男が来てくれた。

「悪いな、ケッテラーの兄ちゃん」

「やぁ、イザーク。来てくれて助かったよ」

彼はスーのお気に入りの一人だ。話の通じる人だしすぐにスーに取り継いでもらえると思った。

「ロンメルの旦那のお遣いだって?」

「そうなんだ。口の硬い体力ありそうな人を数人貸してほしい。理由はスーにだけ伝えて欲しいって口止めされてるんだ」

一応事が事だけに秘密を知る人間は少ない方が良い。彼なら理解してくれると思っていたが、返事はあまり良いものではなかった。

「悪いな、ケッテラーの兄ちゃん。

あんたの事信用してないとかじゃないんだけど、今スーは面倒なことになっててさ…

ロンメルの旦那の話は分かったけど、落ち着くまで待って貰えねぇか?」

「それは具体的にどのくらいかかるかな?僕も急ぎなんだけど…」

「急ぎか…参ったな…」

いつもなら適当に返事をするのに、今の彼は別人かと思う程慎重になっていた。

「時間は取らないから、スーに会わせてもらえません?」と、彼にお願いしたけど、これも困った顔で断られてしまった。

「あのね、僕もあまり言いたくないんですけど、ロンメル男爵からの依頼なんです。僕にも立場ってものがあるんですよ。

そちらにどんな都合があるのか知りませんけど、話に応じてもらえないなら僕もそのように報告するしかありません。仕事も他に頼みます」

強い言葉を使うのはあまり好きじゃないが仕方ない。

それに、依頼を断られたことより、スーに会わせてもらえないことの方が気になった。

「団長に取り継ぎをお願いします。

ロンメル男爵の代理人として、僕からの要望はそれだけです」

もしこの場にロンメル男爵がいたら、僕の威圧的な物言いを諌めただろう。

それでも僕はこの足踏みをしているような歯痒い状況に少し苛立っていた。それはイザークにも伝わったようだ。

「…分かったよ、あんたの立場もあるもんな…ちょっと相談してくるから待っててくれ」

他の団員に僕を見張るように声を掛けて、イザークは宿営地の方に走って消えた。

ため息を吐いて彼の背を見送って、ポケットから蛆の瓶を出して眺めた。

朝に餌として差し入れた生肉を、お気に入りの毛布のように抱いている。それを眺めて少しだけ癒された。

返事を待ちながら、緑のある方に視線を向けた。

ラーチシュタットはアーケイイックに近いから、もしかしたら珍しい虫がいるかもしれない。僕にはあの緑の茂みや不規則に並ぶ木々は宝が隠れている宝物庫に見える。

あの薮に飛び込みたくなる衝動を我慢して眺めていると、しばらくして数人の傭兵を連れたスーが姿を見せた。向こうから来てくれるとは思っていなかったから正直驚いた。

「ごめん、アル」と、スーの方から申し訳なさそうに僕に詫びた。

「少し面倒なことになってて、君を俺のテントに呼べなかったんだ」

「そうみたいですね」と頷いて、彼の周りに立っている人たちを眺めた。

傭兵たちは強面揃いだが、今はいつもより表情が険しい。雰囲気からして歓迎はされていないみたいだ。スーもどこか緊張しているようで表情が硬い。

「タイミング悪くてすみません。でもスーに会えてよかったです。君が無事みたいで安心しました」

「…君何か知ってるの?」

「いえ。問題があったみたいですし、頑なにスーに会わせてもらえないから何か君に悪いことがあったのかと…

そうじゃなかったら、君はすぐに僕を迎えてくれたでしょう?」

「すごいや。君って相変わらず察しが良いね」

どうやら僕の推理は当たっていたようだ。

「このまま話すのはちょっと場所が悪いから、宿営地の本部のテントで話を聞くよ。

俺の護衛を同席させるけど気を悪くしないでくれるかな?

俺が信用できると思ってる奴らだし、秘密の話なら聞かなかったことにさせる。それでいいかな?」

「分かりました。その代わり最低限にして頂きたいです」と、スーの提案を受け入れる代わりにこちらからもお願いした。

随分用心しているみたいだ。いつものスーなら挨拶に握手ぐらいするのに、今日は微妙な距離を保って話をしている。その距離が剣を避けられる間合いであるのにも気づいていた。

スーは僕のお願いに「分かった」と応じて、僕の知っている人だけを連れて本営代わりに使われている大き目のテントに案内してくれた。

ここまで無駄な時間浪費していた。

昼までに帰れるかなぁ…

そんな呑気なことを思いながら、帰ってからのアダルウィンへの言い訳を考えていた。

✩.*˚

「ふぅ…なんとか無事に終わりましたね」

そんな部下の気の抜けた台詞に返事を返す気にならず聞き流した。

レプシウス師の棺が墓に葬られて葬儀は一通り終わった。

葬儀自体は特に大きな問題もなく終了したが、その裏側で私にとって大きな問題が起きていたのを彼は知らない…

あの青年はどうしたものか…

葬儀の終盤で、少しまとまった空き時間があり、『妻の様子を見てくる』と言い残して席を外した。

妻を口実にしたものの、本当は隠していた死体を確認するのが目的だった。そこで死体を探る男の姿を見つけた。

青年はその場にあった廃材らしき木の棒を袋に突っ込んで中身をあらためていた。

今思えば、憲兵として声をかけるのが正しかっただろう。だが、頭で考えるより先に身体が動いてしまった。

その死体を探られることが、私にとって非常に不都合な事だったからだ…

忍び寄って剣の鞘で一撃を与えた。

私の不意打ちを避けられずに、青年は頭を殴られてその場に倒れ込んだ。

すぐに生死を確認したが、どうやら気を失っただけのようだ。このまま殺すかと思案したが、それは悪手のように思えた。

何より時間が無かった。

仕方なく、身動き出来ないように縛り上げて、路地の奥まで引き摺って行った。

周りの建物は既に主も無く朽ちていくだけの廃屋になっている。その中から一つを選んで、人の出入りの無いカビ臭い建物に放り込んでおいた。

後で何の目的があったのか確かめるつもりだ。

身なりは良かったから、恐らく金銭目的で死体を漁っていたわけではないだろう。だからといって好奇心で関わるものでもない。どちらにせよ問いただす必要があった。

服に付いた埃を払い落として、家に帰る余裕もなく急いで元来た道を戻った。

何食わぬ顔で警備に戻ったが、内心では酷く動揺していた。

以前、私が殺した相手は金のために動く悪党の部類だった。手を掛けたことに抵抗は無かった。

しかし、あの青年を手に掛けるのを戸惑ったのは、あの若者が悪党に見えなかったからだ。

幸い、私の顔は見られていないし、不審な行動をとっていたのはあの青年の方だ。

憲兵の立場を利用して尋問して、もし都合が悪い事を知ってるというならその時に始末すればいいし、何もなければ見逃してもいいと考えていた。

葬儀が終わり、参加者もそれぞれ解散していった。それに呼応するように警備についていた憲兵や騎士団も少しずつレプシウス邸を後にした。

我々の隊も役目を終えて本来の持ち場に戻るように指示を受けた。

長い仕事に区切りをつけて、ミリヤムの待つ家にようやく戻れる。

ただ、その前に済ませておかなければならないことがあった…

憂えを抱えたままでは都合が悪い。

私は彼女の前では完璧な夫でなければならないのだ…

私たちの未来はあともう少しで良い方向に変わるはずだから…

あと少しだ…あと少しで邪魔なものは無くなる。

そうしたら、私たちは太陽の下を歩くことができる。

愛するミリヤムと私たちの子を日陰から連れ出すことができるなら、私は仄暗い悪の沼に沈んでも本望だ…
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