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海くんの結婚式
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「お前を連れてくるつもりは無かったんだけどな」
スーツを着せられ、連れてこられたのは結婚式場だった。
……誰の結婚式だろう?
そう思いながら真実と会場に入る。
真実は顔見知りがいるらしく何人かに挨拶をしながらあまり目立たない、端の方の席に座った。
殆どが会ったことのない人ばかりだったが、一部の人は水野家の新年会で会ったことのある人もいた。
……水野関連の人かなあ?
なんだか不安になり真実の顔を見ると真実はただ優しく微笑む。
新郎新婦の入場が始まり、辺りは暗くなった。
会場に入ってきたのは海くんであった。
ぎゅうっと心臓を鷲掴みにされたように締め付けられ、心臓の鼓動が速くなる。
「っ……!!」
無意識に胸を抑えると隣に座っていた真実がそっと背中を撫でてくれた。
「落ち着けよ、もう大丈夫だから。もうアイツはあの頃とは違って大人だ」
「……うん」
そうは思っても無意識にイヤな思い出ばかりを思い出してしまう。
「それにどうせアイツからは俺たち見えてないと思うぞ。このスポットライトじゃこっちは暗闇に近いだろうし、この人数だ。いちいち一人ひとりの顔まで見れないだろうよ……」
……たしかに、海くんとその隣に座ってる綺麗な女の子にライトが当てられ、代わりにこちら側は電灯が薄暗くなっているため顔の判別は難しいだろう。
それにこの人数だ。
200人程が集まっているこの会場ではもう誰が誰かなんて分かるのは知り合い同士だけだろう。
そう考えると少し気が楽になる。
式は滞りなく進んでいった。
「ほら、少し呑めよ。気が楽になるぞ?」
ウェイターに声を掛けた真実はグラスを手渡してくれた。
「うん……」
勧められるままに一口……
味なんて分からなかった。
「アイツの式はともかく、料理は美味いぞ。お前さっきから全然食ってないだろ」
……食べる気は起きなかった。
……この状況で食欲なんて湧くはずない。
「ほら、口開けろって」
真実がフォークに差した何かを差し出してくる。
「えっと……待ってっ」
真実がそんな事をしてくるとは思わなかったので焦ってしまう。
「お前泉のは食えて俺のは食えないってのかよ?」
「ん!?」
真実は面白そうな顔で脅してくる。
「この前伊勢行った時泉に食わせて貰ってただろ。せっかく俺がこうしてやってんだから食えよ、それとも俺のはイヤか?」
「いやっ、そんなことは……」
押し問答しても仕方ない。
少し恥ずかしかったが真実の差し出すフォークに刺さった何かを……食べさせてもらった。
「ん?アレっ……牡蠣?」
口の中に入れた瞬間のこの食感とこの味は……
ものすごく美味しかった。
さすがは名産地である。
「旨いだろ?後は自分で好きなだけ食えよ。
楽しそうに真実は笑う。
そうこうしているうちに式は終わり、気がつけば少しだけ酔ってしまっていた。
「ひょっとして真実の用って海くんの結婚式に出ることだったの?」
そう聞くと真実は頷く。
「父さんも爺さんも都合がわるかったみたいでな、俺しかこれる奴がいなかったんだ。泉は絶対にイヤだとか言うし、浅川を飛行機に乗せるのはまだ怖かったし。まあお前が来てくれて助かったよ」
「……まあ真実の役に立てたなら良かったよ」
でも正直なところ海くんはやっぱり……
「真実さんっ!!」
背後から不意に声が聞こえて、思わず身体がビクつく。
この声は紛れもなく海くんだ。
「ああ、結婚おめでとう。幸せそうだな」
真実はそう声を掛けた。
軽い足取りで直ぐ近くに来た海くん。
なんだかあの頃と違い、ツンとしたところがすっかりなくなっていた。
「遠いのによく来てくれましたっ!本当にありがとうございましたって、透さん!?」
海くんは驚いたように俺を見る。
何も返せずに固まっていると海くんが逆に怯えたようなそぶりを見せる。
「あのっ……このこと泉さんは!?オレっ……泉さんに殺されたりしないですよね!?!?」
そう言いながら後ずさる海くん。
……泉に??何を言ってるんだろう?
不思議に思い海くんを見つめると困ったような顔で説明してくれた。
「昔、いっ時一緒に住んでたことがあったでしょ?オレ最後の日に泉さんに好きだって告白したら全力で拒否られて……挙句の果てに透さんに今後関わったり傷つけるような事をしたら絶対赦さないって言われてたんですよ。だからあの後……顔を出さないようにして……あの時の泉は本当に怖かったな……」
……その話を聞いて逆に驚いてしまう。
泉が怒るところなんてまだみたことは無かった。
海くんは思い出したかのように話を続ける。
「確か透さんと真実さんが水野家を出て行った次の日だったと思いますよ。オレ……調子に乗ってて……泉さんはいつも優しかったから、てっきりオレのことも受け入れてくれるんじゃないかって思ってて……キスしようとしたら思いっきり泣かせちゃって、そのまま家を出ていっちゃって……」
……思い出した、どしゃ降りの雨の日に泉がバイト先に来た時のことだろう。
全身ずぶ濡れになりながらオレの家に連れ帰って、一緒にお風呂に入った時のことだろう。
もう随分前の話だが、未だに鮮明に覚えている。
泣いている泉のキスは恐ろしく気持ちがよくって、興奮のあまり泉を抱いてしまうところだった。
「泉さん、泣きながら透さんを傷つけたら一生赦さないって……オレ……あの頃は本当にイヤなやつで……ごめんなさい」
海くんはそう言いながら頭を下げる。
海くんの代わりように驚いてしまった。
「い、いいよ。もう昔のことだから気にしないで?ほらっ、今日はおめでたい席なんだしさっ!」
そういうと海くんはホッとしたように微笑む。
「やっぱり透さんはすっごく優しいですね。泉さんが透さんを選んだ気持ちが良くわかりますよ」
海くんにそう言われてなんだかタジタジしてしまう。
「そんなこと無いよ!オレなんて……将来性もないし、バカだしさ。……泉だってオレと結婚して幸せかどうかだって……分からないし……」
自分で言いながら情けなくなり思わず手元を見つめる。
隣で真実がため息を吐く。
「はあっ?何言ってるんですか?泉さんすっごい幸せそうですよ!?まだあの時の事怒ってるのかは分からないけど事あるごとにオレの所に透さんとの写真入りハガキ送りつけて来るし……そりゃあもう嫌がらせかってレベルで……」
海くんが懐からハガキの束を取り出す。
「今日真実さんが来るって言ってくれたから、泉さんに謝罪を伝えてもらおうと思ってたんです。泉さんオレが連絡しようとしても一切受け入れてくれないし。でも事あるごとにハガキは送ってくるし……」
海くんにハガキの束を渡される。
……これはつい最近のやつだ。
泉と一緒にお出かけした時の……真実達と伊勢に行った時の物まである。
どんどん見ていくと最終的に大学生の頃の物まであった。
泉は細々とした事やら海くんの体調を気遣うような事を書いていたが決まって最後には一言添えている。
その一言に気づいて思わず泣きそうになってしまった。
「透と一緒にいられて幸せ……か。良かったな」
真実の優しい声が耳に入ってくる。
海くんも頷いていた。
「最初はオレに対する牽制なのかって思ってました。透さんに近づくなよって。でも毎年毎年送られてくる写真見てたらなんだか羨ましくなって……大切な人と一緒に生きたいって、だからオレ結婚しようって決めたんですよ」
我慢していた涙が溢れた。
持っていたハンカチで涙を拭いていると困ったように海くんが言う。
「……それで、そろそろ泉さんに赦してって伝えて貰えませんか?まあ多分家も遠いしそんなに会う事は無いだろうけど、まだ泉さんを怒らせてるのかと思うとオレ……」
「大丈夫、泉はもう怒ってなんかないと思うよ」
なんとかそう伝える。
「……でもこのハガキ……」
ハガキの束を返すと海くんは恐る恐ると言った様子で懐にしまう。
「……っていうか泉のヤツ多分誰かに自慢したいんだと思うぞ?その相手にお前が選ばれたんだと思うぞ」
真実はため息混じりにそう言った。
「えっ!?」
「ん!?」
海くんと一緒に真実を見つめる。
「同じようなハガキ俺の所にも来てたぜ?大学の頃離れて住んでた時はな。今は職場も棲家も近いから送って来なくなったけど。泉は怒ってるんじゃなくって透の事を誰かに自慢したくて仕方ないようだな」
真実の声を聞きながらなんだか泉にとても会いたくなってしまう。
ハガキに写っている泉はとても嬉しそうに笑っていた。
「まあ機会があったら遊びにこいよ。泉ももう怒ってないと思うぜ?」
真実はそう言い、海くんの肩を叩く。
その隣でオレも頷くと海くんは嬉しそうに微笑んで、新婦さんの元に戻って行った。
「海くん幸せそうだね」
なんだか心の底からホッとした。
「そうだな、人はいつだって変わる事ができるもんだ。アイツはすっかり変わったよ」
真実も嬉しそうに海くんの背中を見つめていた。
スーツを着せられ、連れてこられたのは結婚式場だった。
……誰の結婚式だろう?
そう思いながら真実と会場に入る。
真実は顔見知りがいるらしく何人かに挨拶をしながらあまり目立たない、端の方の席に座った。
殆どが会ったことのない人ばかりだったが、一部の人は水野家の新年会で会ったことのある人もいた。
……水野関連の人かなあ?
なんだか不安になり真実の顔を見ると真実はただ優しく微笑む。
新郎新婦の入場が始まり、辺りは暗くなった。
会場に入ってきたのは海くんであった。
ぎゅうっと心臓を鷲掴みにされたように締め付けられ、心臓の鼓動が速くなる。
「っ……!!」
無意識に胸を抑えると隣に座っていた真実がそっと背中を撫でてくれた。
「落ち着けよ、もう大丈夫だから。もうアイツはあの頃とは違って大人だ」
「……うん」
そうは思っても無意識にイヤな思い出ばかりを思い出してしまう。
「それにどうせアイツからは俺たち見えてないと思うぞ。このスポットライトじゃこっちは暗闇に近いだろうし、この人数だ。いちいち一人ひとりの顔まで見れないだろうよ……」
……たしかに、海くんとその隣に座ってる綺麗な女の子にライトが当てられ、代わりにこちら側は電灯が薄暗くなっているため顔の判別は難しいだろう。
それにこの人数だ。
200人程が集まっているこの会場ではもう誰が誰かなんて分かるのは知り合い同士だけだろう。
そう考えると少し気が楽になる。
式は滞りなく進んでいった。
「ほら、少し呑めよ。気が楽になるぞ?」
ウェイターに声を掛けた真実はグラスを手渡してくれた。
「うん……」
勧められるままに一口……
味なんて分からなかった。
「アイツの式はともかく、料理は美味いぞ。お前さっきから全然食ってないだろ」
……食べる気は起きなかった。
……この状況で食欲なんて湧くはずない。
「ほら、口開けろって」
真実がフォークに差した何かを差し出してくる。
「えっと……待ってっ」
真実がそんな事をしてくるとは思わなかったので焦ってしまう。
「お前泉のは食えて俺のは食えないってのかよ?」
「ん!?」
真実は面白そうな顔で脅してくる。
「この前伊勢行った時泉に食わせて貰ってただろ。せっかく俺がこうしてやってんだから食えよ、それとも俺のはイヤか?」
「いやっ、そんなことは……」
押し問答しても仕方ない。
少し恥ずかしかったが真実の差し出すフォークに刺さった何かを……食べさせてもらった。
「ん?アレっ……牡蠣?」
口の中に入れた瞬間のこの食感とこの味は……
ものすごく美味しかった。
さすがは名産地である。
「旨いだろ?後は自分で好きなだけ食えよ。
楽しそうに真実は笑う。
そうこうしているうちに式は終わり、気がつけば少しだけ酔ってしまっていた。
「ひょっとして真実の用って海くんの結婚式に出ることだったの?」
そう聞くと真実は頷く。
「父さんも爺さんも都合がわるかったみたいでな、俺しかこれる奴がいなかったんだ。泉は絶対にイヤだとか言うし、浅川を飛行機に乗せるのはまだ怖かったし。まあお前が来てくれて助かったよ」
「……まあ真実の役に立てたなら良かったよ」
でも正直なところ海くんはやっぱり……
「真実さんっ!!」
背後から不意に声が聞こえて、思わず身体がビクつく。
この声は紛れもなく海くんだ。
「ああ、結婚おめでとう。幸せそうだな」
真実はそう声を掛けた。
軽い足取りで直ぐ近くに来た海くん。
なんだかあの頃と違い、ツンとしたところがすっかりなくなっていた。
「遠いのによく来てくれましたっ!本当にありがとうございましたって、透さん!?」
海くんは驚いたように俺を見る。
何も返せずに固まっていると海くんが逆に怯えたようなそぶりを見せる。
「あのっ……このこと泉さんは!?オレっ……泉さんに殺されたりしないですよね!?!?」
そう言いながら後ずさる海くん。
……泉に??何を言ってるんだろう?
不思議に思い海くんを見つめると困ったような顔で説明してくれた。
「昔、いっ時一緒に住んでたことがあったでしょ?オレ最後の日に泉さんに好きだって告白したら全力で拒否られて……挙句の果てに透さんに今後関わったり傷つけるような事をしたら絶対赦さないって言われてたんですよ。だからあの後……顔を出さないようにして……あの時の泉は本当に怖かったな……」
……その話を聞いて逆に驚いてしまう。
泉が怒るところなんてまだみたことは無かった。
海くんは思い出したかのように話を続ける。
「確か透さんと真実さんが水野家を出て行った次の日だったと思いますよ。オレ……調子に乗ってて……泉さんはいつも優しかったから、てっきりオレのことも受け入れてくれるんじゃないかって思ってて……キスしようとしたら思いっきり泣かせちゃって、そのまま家を出ていっちゃって……」
……思い出した、どしゃ降りの雨の日に泉がバイト先に来た時のことだろう。
全身ずぶ濡れになりながらオレの家に連れ帰って、一緒にお風呂に入った時のことだろう。
もう随分前の話だが、未だに鮮明に覚えている。
泣いている泉のキスは恐ろしく気持ちがよくって、興奮のあまり泉を抱いてしまうところだった。
「泉さん、泣きながら透さんを傷つけたら一生赦さないって……オレ……あの頃は本当にイヤなやつで……ごめんなさい」
海くんはそう言いながら頭を下げる。
海くんの代わりように驚いてしまった。
「い、いいよ。もう昔のことだから気にしないで?ほらっ、今日はおめでたい席なんだしさっ!」
そういうと海くんはホッとしたように微笑む。
「やっぱり透さんはすっごく優しいですね。泉さんが透さんを選んだ気持ちが良くわかりますよ」
海くんにそう言われてなんだかタジタジしてしまう。
「そんなこと無いよ!オレなんて……将来性もないし、バカだしさ。……泉だってオレと結婚して幸せかどうかだって……分からないし……」
自分で言いながら情けなくなり思わず手元を見つめる。
隣で真実がため息を吐く。
「はあっ?何言ってるんですか?泉さんすっごい幸せそうですよ!?まだあの時の事怒ってるのかは分からないけど事あるごとにオレの所に透さんとの写真入りハガキ送りつけて来るし……そりゃあもう嫌がらせかってレベルで……」
海くんが懐からハガキの束を取り出す。
「今日真実さんが来るって言ってくれたから、泉さんに謝罪を伝えてもらおうと思ってたんです。泉さんオレが連絡しようとしても一切受け入れてくれないし。でも事あるごとにハガキは送ってくるし……」
海くんにハガキの束を渡される。
……これはつい最近のやつだ。
泉と一緒にお出かけした時の……真実達と伊勢に行った時の物まである。
どんどん見ていくと最終的に大学生の頃の物まであった。
泉は細々とした事やら海くんの体調を気遣うような事を書いていたが決まって最後には一言添えている。
その一言に気づいて思わず泣きそうになってしまった。
「透と一緒にいられて幸せ……か。良かったな」
真実の優しい声が耳に入ってくる。
海くんも頷いていた。
「最初はオレに対する牽制なのかって思ってました。透さんに近づくなよって。でも毎年毎年送られてくる写真見てたらなんだか羨ましくなって……大切な人と一緒に生きたいって、だからオレ結婚しようって決めたんですよ」
我慢していた涙が溢れた。
持っていたハンカチで涙を拭いていると困ったように海くんが言う。
「……それで、そろそろ泉さんに赦してって伝えて貰えませんか?まあ多分家も遠いしそんなに会う事は無いだろうけど、まだ泉さんを怒らせてるのかと思うとオレ……」
「大丈夫、泉はもう怒ってなんかないと思うよ」
なんとかそう伝える。
「……でもこのハガキ……」
ハガキの束を返すと海くんは恐る恐ると言った様子で懐にしまう。
「……っていうか泉のヤツ多分誰かに自慢したいんだと思うぞ?その相手にお前が選ばれたんだと思うぞ」
真実はため息混じりにそう言った。
「えっ!?」
「ん!?」
海くんと一緒に真実を見つめる。
「同じようなハガキ俺の所にも来てたぜ?大学の頃離れて住んでた時はな。今は職場も棲家も近いから送って来なくなったけど。泉は怒ってるんじゃなくって透の事を誰かに自慢したくて仕方ないようだな」
真実の声を聞きながらなんだか泉にとても会いたくなってしまう。
ハガキに写っている泉はとても嬉しそうに笑っていた。
「まあ機会があったら遊びにこいよ。泉ももう怒ってないと思うぜ?」
真実はそう言い、海くんの肩を叩く。
その隣でオレも頷くと海くんは嬉しそうに微笑んで、新婦さんの元に戻って行った。
「海くん幸せそうだね」
なんだか心の底からホッとした。
「そうだな、人はいつだって変わる事ができるもんだ。アイツはすっかり変わったよ」
真実も嬉しそうに海くんの背中を見つめていた。
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