塔の悪魔は天を仰ぐ

あやさと六花

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5話 噂の真相

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「……ふ、はは! ははは!」
「ベネディクト様……?」

 ベネディクトが笑っている。自嘲するでもなく、ジェシカを挑発するのでもなく、ただ心から面白いと言うように。
 ベネディクトはひとしきり笑うと、目元の涙を拭いながらジェシカに問う。

「聞くけど、君をここに送ったのは王妃?」

 ジェシカは言葉に詰まった。これまでの侍女とは違い、ジェシカは王太子エリザベスの命により、ここに来たのだ。
 
 ベネディクトはエリザベスを恨んでいるという噂がある。正直に話せば、ますます嫌悪されてしまうのかもしれない。
 だが、ベネディクトの信頼を得たいのなら、ここで偽ってはならない。心を隠す者に誰が心を開くだろうか。

「いえ。……王太子殿下です」 
「なるほど、エリザベスの手の者か。どうりで……。いや、どうやら勘違いしてたようだな。君も、僕も」

 ベネディクトは納得したように頷いた。その顔には先程までの困惑も、今まで見せてきた嫌悪もない。
 予想していたのと真逆の反応に戸惑うジェシカに、ベネディクトはあっけらかんと笑った。

「いいよ、許してあげる。驚いただけで、怪我とかもしてないし。……でも、君って思ったより力が強いんだな。最初、見張りの奴らに押さえつけられたのかと思ったよ」
「……塔の鍵は全て侍女が所持しております。見張りの者達が単独でここに踏みいることはありませんので、ご安心ください」

 ベネディクトには侍従に襲われた過去がある。それを考慮しての発言だったが、ベネディクトは何のことかと不思議そうに首を傾げた。
 ベネディクトは、男とふたりきりになったり触れられたりすることに恐怖を覚えていないのだろうか。だが、そのことを尋ねるのも憚られる。彼の心の傷を抉るような真似はしたくはない。

「いえ。……我が家は武人の家系ですから、幼い頃から鍛えているのです」
「それで、剣も所持していたのか」

 ジェシカの腰にはいた剣に目を向けたベネディクトは興味深そうにつぶやく。朝と夜に素振りの日課をしているため、身につけていた。

「でも、それだけじゃないな? これまでの君の動きは侍女をやってきた人間とは思えない。何も命じられていない時に主人の傍に控えて立っている姿も、さっきのように膝をついて謝罪するのも、まるで騎士のようだった」
「……はい。お察しの通り、私は騎士として長年王太子殿下に仕えてきました。侍女となったのはここ最近のことです」
「そうか。だから、今までの侍女と違ったんだな。てっきり、王妃の手駒もつきかけて、ろくに仕込んでないのを送り込んだんだと思ったよ」 
「そ、そこまでひどかったでしょうか?」

 アネットに特訓を受けて及第点をもらったのだが、まだ駄目だったのだろうか。

「ん? ……ああ。いや、君の侍女としての腕に問題があるというわけではないんだ。ただ、前の侍女から引き継ぎなどはなかったのかと思っただけで」

 ベネディクトは青ざめるジェシカの懸念を払拭すると、苦笑を浮かべた。
 
「どうも、王妃の手の者は僕を監視したがるみたいでね。控室にいろと言っても何かと理由をつけてこの部屋に来るんだよ。それはもう、うんざりするほどしつこく。でも、君は大人しく控室に入ったまま、必要最低限しか僕と接触しなかった。僕の意志を尊重してくれた。だから……君には教えてあげる。心配もさせたようだし」
  
 ベネディクトは窓へと近づくと、ジェシカを呼んだ。

「僕は別に死のうと思ってたわけじゃない。ただ、あれを見てたんだ」

 ベネディクトが指さした先にあるのは満天の星空だった。

「星をご覧になられていたんですか?」
「宮殿でも見ていたのかと思ったのか? 王太子となった妹に嫉妬して呪詛でもかけてると?」
「まさか、そんなことは……! ですが、夜に宮殿を眺めていると聞いたことがあったので……」
「はは、冗談だよ。今日は新月だからな、特に綺麗なんだ。……僕が星を見るのはそんなに意外?」
「……はい。昼間はほんの少ししか窓をお開けにならないので、自然には興味がないのかと思っていました」

 明かりをとるためにわずかに開いているくらいだから、なるべく外の世界を見たくないのかと思ったのだ。

「昼間に開けていたら、いつ背後から突き落とされるかわからないからな。下は芝生だから多少衝撃を和らげてくれるとは思うが……」

 ベネディクトは顔をしかめながらつぶやく。
 その不穏なつぶやきに、ジェシカは背筋が凍る思いがした。

「これまでの侍女に命を狙われたことがあったのですか?」
「ああ。侍従の時は平穏だったけど、侍女に変わってからは何度も危ない目にあった、偶然を装って突き落とされそうになったこともあれば、食事にも毒を盛られたこともあった」
 
 だから、掃除をした時に窓を開けたままにしたのを嫌がったのか。ジェシカが隙をついて落とそうとするのではないかと危惧していたのだろう。

 何度も毒殺されそうになったから、ベネディクトはジェシカが毒を盛っているのかと疑いをかけたのか。
 給仕を断ったのも、食事量が少ないのも、そのせいなのかもしれない。

「もしかして、デザートにも毒を盛られていたんですか?」
「そう。デザートなら僕が全部食べると思ったんだろう。……今朝は悪かった。君が王妃の手下だと勘違いしていたから、誤解してしまったんだ。あの時僕が言ったことは忘れてくれ」
「いえ! こちらこそ、申し訳ございませんでした。今後は気をつけます」

 その時、きらりと夜空に走るものがあった。

「流れ星か。今日は結構多いな」

 ベネディクトは窓に近づく。先程ジェシカを驚かせたためか、窓から身を乗り出すことはなく、窓際の椅子に座った。

「夜ならゆっくりと外を眺められるんだ。……たまに見張りがこちらに気づくこともあったけど、睨んだら逃げ出した。あいつら、図体はでかいくせに結構臆病なんだ」

 ケラケラと笑うベネディクトの言葉に、だから見張りがいなかったのかと納得する。
 上に報告するにしても、このことは言い添えたほうがいいだろうか。そう考えるジェシカの背中を、ベネディクトが叩いた。
 ベネディクトはもう一脚の椅子を指さした。

「君も座りなよ。星を見ていたんだろ? ここは木で視界が塞がれないから、多分地上よりも綺麗に星空が見えるはずだ」
「え……ですが、せっかくベネディクト様が楽しまれていたのに、お邪魔になりませんか?」
「ならないよ。たまには誰かと見るのもいいだろうし」

 ベネディクトはそこで口を閉ざして星を見上げた。
 ジェシカは恐縮しながらも、用意された席について空を見上げる。
 ベネディクトの言う通り、遮るものがないため星がよく見えた。

「綺麗……」
「だろ? 特等席なんだよ、ここは」

 ベネディクトは空を指差しながら、星の解説をしてくれた。

「あの星座は目立たないけれど、なかなか良い逸話があるんだ。とある、神話の兄弟の話なんだけど――」

 きっと彼は星が好きなのだろう。これまで見たことがないほど、楽しそうに語っている。
 ジェシカも自然と口角が上がった。少しはベネディクトに心を許してもらえたのかもしれない。そう思うと、嬉しかった。
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