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第4章:グラスの底にあるもの
第16話 カクテルのレシピに似た日々
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尚也は、最近スプモーニを飲むたびに、決まって思い出す顔があった。
氷の溶ける音、カンパリの赤、グレープフルーツの苦み。
それらが志穂と結びついて、頭の中で自然と彼女を描き出す。
――なぜ彼女は、あの夜を“忘れたふり”で包んだのか。
その答えに手を伸ばせそうで、届かない日々が続いている。
•
昼休み、給湯室で同僚の高梨美咲とすれ違った。
彼女は営業部で志穂と以前一緒に働いていたことがある。
「水島くん、最近よく志穂さんといるよね?」
不意に話しかけられ、尚也は少し驚いた。
「……まあ、プロジェクトで関わってるだけです」
「ふーん。でも、あの人、あんまり人と深く関わらないタイプだよ。近づくと、ふっと距離を取るっていうか」
「そうなんですか?」
「うん。前の部署でも、ずっとひとりで抱えてる感じだった。誰にも甘えないし、誰かに頼るのもすごく下手。飲み会でも、最後まで残るけど、本音は絶対に見せない人だったな」
美咲はそう言いながら、コーヒーをカップに注いで去っていった。
•
オフィスに戻る途中、尚也は無意識にスマホのカレンダーを見ていた。
“あの夜”から数えて、もう何ヶ月が経ったのだろうか。
忘れたふりをしていたのは、自分も同じなのかもしれない。
あの夜、ふたりで交わした視線。
少しだけ長く交わした会話。
そして、連絡先も聞かずに別れたこと。
「また、いつかどこかで」
そんな言葉すら交わさなかったのに、再会してしまった。
まるで、スプモーニのレシピのように――
偶然が重なって、記憶のなかで配合されたような出来事だった。
•
その日の夕方、尚也はひとりで駅近くのバーに立ち寄った。
「スプモーニをください。氷は少なめで」
志穂と同じ注文を口にする自分に、小さく苦笑いする。
グラスが届き、ゆっくりとひと口飲む。
グレープフルーツの苦みと、カンパリの甘さ。
それらが微妙なバランスで混ざり合って、喉を通りすぎていく。
――彼女は、この味に何を重ねていたのだろう。
「このカクテルって、苦いだけじゃないんですね」
バーテンダーにぼそっと話しかけると、彼は静かに微笑んだ。
「そうですね。苦さと爽やかさが、レシピ通りにいかない日常に似ているって言う人もいます」
尚也は、目の前のグラスを見つめながら思った。
もしかしたら、志穂の日々も――
完璧に見えるレシピの裏で、何かをこぼしながら過ごしていたのかもしれない。
•
氷がまた、静かに音を立てた。
グラスの底で、溶けかけた気配が、ほんの少しだけ心にしみ込んでいく。
氷の溶ける音、カンパリの赤、グレープフルーツの苦み。
それらが志穂と結びついて、頭の中で自然と彼女を描き出す。
――なぜ彼女は、あの夜を“忘れたふり”で包んだのか。
その答えに手を伸ばせそうで、届かない日々が続いている。
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昼休み、給湯室で同僚の高梨美咲とすれ違った。
彼女は営業部で志穂と以前一緒に働いていたことがある。
「水島くん、最近よく志穂さんといるよね?」
不意に話しかけられ、尚也は少し驚いた。
「……まあ、プロジェクトで関わってるだけです」
「ふーん。でも、あの人、あんまり人と深く関わらないタイプだよ。近づくと、ふっと距離を取るっていうか」
「そうなんですか?」
「うん。前の部署でも、ずっとひとりで抱えてる感じだった。誰にも甘えないし、誰かに頼るのもすごく下手。飲み会でも、最後まで残るけど、本音は絶対に見せない人だったな」
美咲はそう言いながら、コーヒーをカップに注いで去っていった。
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オフィスに戻る途中、尚也は無意識にスマホのカレンダーを見ていた。
“あの夜”から数えて、もう何ヶ月が経ったのだろうか。
忘れたふりをしていたのは、自分も同じなのかもしれない。
あの夜、ふたりで交わした視線。
少しだけ長く交わした会話。
そして、連絡先も聞かずに別れたこと。
「また、いつかどこかで」
そんな言葉すら交わさなかったのに、再会してしまった。
まるで、スプモーニのレシピのように――
偶然が重なって、記憶のなかで配合されたような出来事だった。
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その日の夕方、尚也はひとりで駅近くのバーに立ち寄った。
「スプモーニをください。氷は少なめで」
志穂と同じ注文を口にする自分に、小さく苦笑いする。
グラスが届き、ゆっくりとひと口飲む。
グレープフルーツの苦みと、カンパリの甘さ。
それらが微妙なバランスで混ざり合って、喉を通りすぎていく。
――彼女は、この味に何を重ねていたのだろう。
「このカクテルって、苦いだけじゃないんですね」
バーテンダーにぼそっと話しかけると、彼は静かに微笑んだ。
「そうですね。苦さと爽やかさが、レシピ通りにいかない日常に似ているって言う人もいます」
尚也は、目の前のグラスを見つめながら思った。
もしかしたら、志穂の日々も――
完璧に見えるレシピの裏で、何かをこぼしながら過ごしていたのかもしれない。
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氷がまた、静かに音を立てた。
グラスの底で、溶けかけた気配が、ほんの少しだけ心にしみ込んでいく。
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