ハバナクラブ・モヒートは、あの日のまま

Nuit et Verre

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第3章 まだ、間に合うなら

第12話 「あの時の返事、まだ言ってないんだ」

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律希は、ふいにグラスを拭く手を止めた。

 「……あの時さ、卒業式のあと、言いかけたことがあったんだ。」

 私は、息を飲んだ。

 「“ありがとう”の前に、もう一つ、言おうとしてた。覚えてる?」

 私は記憶を辿る。教室のドアの前で、立ち止まった彼の背中。振り返ったその表情。

 あのとき――確かに、彼の唇が何かを言いかけたのに、私は目を伏せてしまった。
 こわくて。何も聞きたくなくて。

 「……うん。わかってた。たぶん、言いたかったこと。」

 「言うべきだったよな。あの時。」

 律希の声には、悔しさよりも、時間の重さがあった。

 「でも、聞く準備、私もできてなかった。」

 正直に言えた。過去の自分に、ようやく言えた気がした。

 「だから――」

 私はそっと、グラスを彼に差し出す。

 「今、聞いてもいい?」

 律希はグラスを受け取り、そっとそれを磨きながら、静かに言った。

 「“好きだった”。……それが、あの時の返事の前に、俺が君に言いたかったこと。」

 モヒートの泡が、グラスの底で静かに弾ける音がした。

 「じゃあ、今、私が返事してもいい?」

 彼は驚いたようにこちらを見つめた。

 「私も、好きだったよ。ずっと。言えなかったけど。」

 ふたりのあいだに、言葉より深い沈黙が流れた。
 でも、それはもう気まずさじゃなくて、あたたかい何かの輪郭だった。

 「……今さらだな。」

 「うん。でも、いいよ。今なら、ちゃんと伝えられる。」

 彼がゆっくりと、グラスを満たしていく。

 ミントの香りが、またふたりの間に漂った。
 過去の続きとしてではなく、今を生きる私たちのための一杯として。

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