『二十六時のアオイヒカリ』

まとめなな

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時間を撮るということ

第十六章 失われた夕陽

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 早春の西空は、本来なら金と紅が溶ける絵具皿のように輝くはずだった。しかし日永町では数日間、夕刻になっても空が灰色のまま染まらない。雲が覆うわけでも黄砂が来るわけでもない。ただ〈夕陽〉という色相だけが、誰かの手で削除されたように欠けていた。  
 九条時計店の奥で相談を受けた照人は、兄と茅乃を伴って裏山の観測ステーションへ向かった。古い気象ドームのガラス窓には残像ピント対応の回転フィルタが装備されている。  
 「スペクトル測定では六百ナノメートル帯がごっそり沈んでいる」と茅乃。「赤成分だけが吸収され、空から行方不明」  
 兄はG―SHOCKを睨み、「未来貯蔵時計を鎮静した反動かもしれない」と呟く。  
 照人はファインダーを覗き、わずかな紫揺らぎに青光の脈を確認。「青が余り、赤が不足……色の帳簿が傾いてる」と判断した。  

◆ 失われた夕陽の探査  

 真昼フィルターと青潮フィルターを同時装着し、空をスキャン。センサーが捉えたのは山際に浮かぶ橙の点――夕陽の“コアサンプル”が一点だけ残っていた。場所は幽光ライン最終トンネル西坑口。  
 兄は躊躇なく決めた。「今夜プロト列車で行く。夕陽は線路守の第三保管庫にあるはずだ」  

◆ 夕陽回収列車  

 無客レトロ車両へ乗り込んだ三人は、青光窓を解除し黄赤強調フィルタを装着。トンネル内部は夕焼けを瓶詰にしたような暖光で満ちていた。札が宙に浮かび〈夕陽 第三保管庫〉と示す。列車は車体をまるごとカメラに変形し、乗員を被写体側へ転じさせる逆転モードへ。  
 茅乃が床のレバーを引き、外皮全体を感光板化。兄は懐中時計の秒針をはずし中央へ置いた。「夕陽の欠片を時刻化して持ち帰る」  
 列車が静止し、車内照度ゼロ。三秒の闇の後、壁面が茜色に閃く――列車カメラがシャッターを切った瞬間だった。  

◆ 色を返す帰路  

 戻りの線路で窓景色が柿色に染まり、トンネル出口では雲が燃えるように発光。町上空は三日ぶりの夕焼けを取り戻した。駅前で市民は歓声を上げ、兄が懐中時計を回すと空の赤が日没ラインで静止。未来貯蔵の一分が夕陽色として返済された。  

◆ 線路守の報告札  

 夜、札が掲示板に貼られる。〈夕陽返却 完了 色差プラスマイナス〇・〇一〉。九条は「線路守も景観の大切さを理解したようだ」と笑った。  

◆ 夕陽のプリント  

 列車外皮を現像すると夕焼けタイルが長尺フィルムへ統合された。照人はA1プリントを伸ばし〈失われた夕陽、二十六時への往復便〉と題す。兄の後ろ姿と未来列車のシルエットが水平線で交差し、茅乃は「一日の終わりが戻った」と微笑んだ。  

◆ 夕陽の余白と未来色  

 翌朝、試験プリントに昨夜の夕焼けが残光を宿し、新たな金線が浮かんだ。「これは明日の黄昏だ」と兄。観光課からは〈十二ヶ月の時間色〉撮影依頼が届く。町は色彩そのものを資源へ昇華しようとしていた。  
 兄は懐中時計を太陽へ翳し、静止した針の外輪が虹色に鼓動。遠くで試運転ホイッスルが黄金を帯び、白昼の空へ朱が滲む。夕陽は失われるのではなく循環し、新たな物語に色を注ぐ燃料になる。  
 フィルムポケットの未現像ロールには帰還した夕焼けの温度が宿っていた。照人はシャッターを半押しし、心の中でカウントダウン。三、二、一――未来色を迎える準備はできている。了
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