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最下層 side
最下層 side:ルイス
しおりを挟むシェルアさんが少年を拾ったらしい。
少年が動物が苦手かもしれないから大福とよもぎをしばらく預かってほしいと夜中にメッセージが届いていた。
姉貴に急かされて一緒にシェルアさんの家に行くと、大福とよもぎはシェルアさんの腕に抱かれていた。
若干よもぎは不満そうだったが、大福は久々の外泊にはしゃいでいる。
落ち着けと大福の頭を撫でると、大福は余計尻尾を高速で振って喜んだ。
♢
休日だったため、珍しく早起きをして朝からゲームを始めた。
大福とよもぎは姉貴から朝食を貰うと、それぞれ食後にソファで寛いでいた。
部屋で対戦ゲームをしていると、ロード画面の時にスマホの通知が見えた。
どうやらシェルアさんは、今日は日用品の買い物をしているらしい。
サンという少年の情報が綴られていて、そいつが記憶喪失である事が判明した。
俺は返信の文章を考えたが、結局面倒になっていつものように了解ですとだけ送信した。
昼頃に朝昼兼用の食事を摂ってゲームを再開すると、姉貴の騒がしい声がして、無遠慮に部屋のドアが開いた。
「ルイス! こっちに大福くんとよもぎちゃん来てません!?」
「来てねーけど……いつもの散歩じゃねぇの?」
ヘッドホンを外して答えると、姉貴は焦った顔で俺も探せと肩を掴んで訴えた。
正直面倒だから嫌だ。それに前にもこういう事があったから、ちょっとしたら大福もよもぎも帰ってくるだろう。
適当に理由をつけて断ろうとすると、姉貴の小言が飛んできて俺は溜息をついた。
「じゃあシェルアさんとこに一旦連絡入れればいいだろ。何もなかったらあいつらも普通に帰ってくるだろうし」
「そ、うですけど……」
「姉貴は心配しすぎ」
俺はシェルアさんに大福とよもぎがそっちに行っていないかとトークアプリで連絡すると、ヘッドホンを着けてゲームを再開した。
すると五分後、再び来た姉貴にヘッドホンを外されて、無言でスマホの画面を見せられた。
スマホの画面には、大福とよもぎがこっちに来ているという文字が並んでいる。
姉貴はじとりと俺を睨んだ後、すぐにシェルアさんに電話した。
……俺のせいじゃなくて大福のせいだろ。
シェルアさんは予想通り俺達を責める事なく、アニマルセラピーになったから結果的に良かったと言っていた。
姉貴は今からでも二匹を引き取りに行くと言ったが、シェルアさんはそれを断ると、俺達に夕方家に来れないかと尋ねた。
おそらく例の少年だろう。
面倒だからあまり行きたくはなかったが、姉貴は俺の意見も聞かずにYESと返事をした。
電話が終わると、シェルアさんから少年の情報がメッセージで届いた。
例の少年は記憶喪失で、生活における動作は覚えているものの、人の記憶が抜け落ちている状態らしい。しかも自らを“凡人”と名乗っているそうだ。
最下層で自らを“才人”と名乗る奴はいても“凡人”と名乗る奴は今までに見た事も聞いた事もない。
仮にいたとしたらかなり嫌味な奴だろう。
俺と姉貴は最下層生まれの最下層育ちだ。
だから凡人についてはよく知らないし、地上のルールもよくわかっていない。
ただ地上にいる才人は、否応なしに地下に落とされるシステムになっているとシェルアさんから話は聞いていた。
地下には凡人を憎む人間もいるらしいが、俺は憎しみを抱くほど凡人に関心はないし、空に昇る太陽を人工物だと言われてもふーんとしか思わない。
何せ地上の“本物”の太陽を知らないのだ。
見た事のない物をあれこれ言われても、いまいちピンと来なかった。
だからシェルアさんが拾ったというそいつが仮に本当に“凡人”だとしても、慣れない土地で大変だろうなと感想を抱いただけだった。
メッセージには比較的年の近い同性である俺の方が話しやすいだろうから、一緒にゲームでもしてほしいとシェルアさんの希望が綴られていた。
俺は愛想がいい方ではないし、コミュニケーションも得意な方ではない。どちらかというと姉貴の方がそういうのは得意だ。
でもまあ向かい合ってずっと話をする訳じゃないからいいかと、俺はシェルアさんのお願いを了承した。
断ってもシェルアさんはいいよと言ってくれるだろうが、それをしたら姉貴に睨まれるため最初から選択肢はあってないようなものだった。
休日だというのに姉貴が張り切るから仕事着を着ていくはめになった。
俺は仕事着は窮屈であまり好きじゃないが、言い出したら聞かないのが姉貴の性分である。
そもそも俺達の雇い主であるシェルアさんは自分の事は自分でほぼやってしまうため、俺達がこの格好をする意味はないに等しい。
服自体は特注品だから機能性は抜群にいいが、注目を集める執事服はどうにも苦手だ。
抗議しても結局は姉貴に押されて負けるから、最近はほとんど諦めている。
夕方になってシェルアさんの家に行くと、何食わぬ顔で大福が俺達を出迎えた。
大福はお土産はとでも言いたげに無邪気に首を傾げている。
反省しろと軽く大福を叱って、餅みたいな大福の頬を少し引っ張る。
大福はすぐに姉貴の後ろへと隠れた。
リビングに行くと姉貴は例の少年に早速挨拶をした。
少年は戸惑いながらもこんにちはと挨拶をしたが、メイド服を着た女と執事服を着た男が急に現れたらそりゃビビるだろう。
現実逃避をしたくなっていると、シェルアさんが今日は仕事だったかと俺達の服装を突っ込んだ。
姉貴の妙なこだわりだと暗に言うと、姉貴はこういうのはきちんとしないとと、半分合っているが半分間違っている事を口にした。俺を巻き込まないでほしい。
シェルアさんに助け船を求めると、シェルアさんは俺の期待通りの答えを言ってくれたが、姉貴の回答で振り出しに戻されてしまった。
姉貴は例の少年に自己紹介すると、少年はガチガチに緊張しながらサンだと自分の名前を名乗った。
堅い挨拶をするからビビッていると姉貴に指摘すると、咎めるように姉貴に自分の名前を呼ばれて、俺は仕方なく軽い自己紹介をして手を差し出した。
サンという少年の手は筋肉もなく、かといって不健康でもない所謂普通の手だった。
握手すると、サンも手を握り返して丁寧な挨拶をした。
人の顔をまじまじと見る趣味はないが、あえて特徴をあげるなら左目の色だろう。赤はかなり珍しい色だ。
記憶喪失だからなのか、元々の性格だからなのか、サンは他人にやたら気を遣っている様子だった。
まず此処じゃ間違いなく食い物にされるタイプの人間だろう。
俺達がそんなに堅くならないで家族みたいな自然体でいいと言うと、サンは顔を赤くしてよろしくお願いしますと言葉を返した。
俺はあまり見ない純粋な反応に呆気に取られた。
姉貴が俺の話を持ち出したところで我に返って、話を遮ろうと姉貴の口を手で塞ぐ。
見かねたシェルアさんが姉貴を注意したが、姉貴は懲りていないようだった。
姉貴の口を塞いでいた手を離すと、シェルアさんはサンに俺とゲームでもするよう言った。
サンは不思議そうに自分も料理を手伝うと言う。
それにシェルアさんが気遣いの言葉をかけると、サンは更に首を傾けた。ゲームを手伝う意味がわからなかったらしい。
シェルアさんが脳筋で自分で倒さなくてもエンディングを見たい人だと説明すると、サンはようやく手伝いの意味が理解出来たみたいだった。
シェルアさんは仕事で頭を使うからゲームでくらい息抜きしたいとこぼした。
息抜きの割にはやり込んでいると言うと、そんな事はないと否定されたが、絶対にそんな事ある。
シェルアさんが指差したゲームは割と昔のゲームだった。一時期リメイク版が流行ったのを覚えている。
早速やろうと誘うと、上手くないからと言われたが、フォローしてやるからと返事をした。
キッチンの方から姉貴が、俺はゲーマーだから足を引っ張るくらいでちょうどいいと微妙なフォローをする。
姉貴は下手すぎて話にならないと事実を言ってゲーム機の電源を入れると、テレビ画面にオープニング映像が流れた。
微妙な反応なサンに、嫌だったら見てるだけでもいいと伝えると、サンは全然嫌じゃないと言って、ゲームも好きでやっていたような気がすると口にした。
——本当かどうかはわからないが、ゲームをして何か思い出すならそれもありだろう。
俺はサンにコントローラーを渡すと、最近のセーブデータを読み込んだ。
動作確認でサンに一通り説明をした後、チュートリアル代わりに最初のボス戦に挑む。
サンは最初慌てていたが、筋は悪くないようで、防御のボタンを教えるとすぐに反応した。
画面のゲージが必殺技という記憶はあるらしく、俺は聞かれた事をそのまま素直に答えた。
サンは俺が一撃で敵のHPを減らした事に驚いていたが、強化アイテムを使っただけでたいした事はしていない。
敵のゲージも残り半分だからと攻撃を促すと、サンは俺に言われるままモンスターに攻撃を続けて、勝利を収めた。
入れ替わるようにして次の敵が立ちはだかる。
敵の逃げ足の速さと、武器を変えるかアイテムを使うかした方がいいと助言をすると、サンは何を使えばいいか尋ねた。
淡々と答えていくと、今度はどの爆弾がいいかと聞かれたため、とりあえず投げてみろと言う。
サンの投げた手榴弾は敵に掠りもしなかった。
無言になるサンにそんな事もあると慰めると、サンは投げるのが難しくないかと責任転嫁した。
子供っぽい一面もあるらしい。
下から二番目の爆弾を使うよう言うと、サンは眉を下げたままボタンを押した。
レア度の高い爆弾はプレイヤーの上手い下手に依存せず、まっすぐ敵に向かって飛んでいくのが特徴だ。
爆弾が敵を追跡した後爆発すると、サンはその威力に驚いていた。
上手く焼けたなと言うと、何ですかコレと言われたため爆弾だと答える。
黒焦げになった件を責められたが、どうも地上ではあまり見ない光景らしかった。
グロいのは駄目か聞くと、衝撃が強かったからと言葉が返ってきた。
勝ってメニュー画面に戻ると、俺は次に三番目の敵を選んだ。
ステージを見て敵はいないのかと言うサンに、下にいると答える。
敵キャラが轟音を響かせて地面から現れる。
サンは驚いた後、回復方法をすぐさま尋ねた。
三秒同じ位置にいたら攻撃を食らうはめになる事を教えると、先に言えと食い気味に言われた。
協力プレイだと死んだとしても一回は蘇生が出来る。
後付けで説明すると、だから言わなかったのかと聞かれたため、俺は言わない方が面白いかと思ったと素直に口にした。
沈黙が流れる。
サンの横顔は複雑そうで、拗ねるなよとサンのプレイキャラを回復させると、サンは渋々ながらもありがとうと言った。
ブラッドさんならここで蹴りの一つでも俺に食らわせてくるが、サンは驚くほど素直だった。
どうやって倒すのかと聞くサンに、俺は倒す方法を教えると、大剣のモーションがかっこいい事をついでに教えた。
サンは食い入るように目を輝かせて見ている。
必殺技を使った後、敵キャラの体力が半分に減るとモンスターの方が凶暴になるから注意するよう言うと、サンは二手に分かれた方がいいか聞いてきた。
そのまま攻撃を続けるよう指示すると、サンは素直な返事をして最初の時よりも上手く立ち回った。
ゲームが上手いと言うと、サンはそんな事はないと思うと否定した。
このゲームは流行りはしたが、ゲーマー向けで難易度は高い方である。
それを指示があるとはいえ、今まで一度も死なずに来れたのはサンのセンスがあるからだろう。
もしかしたら記憶がなくなる前は、誰かと一緒にゲームをしていたのかもしれない。
サンはそれに、かもしれませんねと微妙な返事をした。
傷付けたかと焦って横顔を盗み見たが、サンはただただゲームに熱中しているようだった。
胸の内の動揺を知られないようにそっと息をつく。
その内思い出すだろと慣れない励ましの言葉を送ると、ほぼ同時に敵を撃破した。
最後はラスボスが相手である。
攻撃力二倍、無限回復、倒したタイムでアイテムガチャがあると説明すると、サンは地獄、えぐいと感想を口にした。
戦いが始まると軽くパニックになっていたが、敵の攻撃パターンを教えると、結構上手く避けていた。
俺は最初からアイテムを使用してクリティカル攻撃を続けた。
避けるのに慣れたらアイテムを使って攻撃するよう言うと、初心者だとサンに言い返された。
仕方なく一人で攻撃していると、ちょうどゲージが溜まって必殺技を出せた。
火柱の色が青ならレアアイテム獲得である。
サンは突然の戦闘終了に呆然としていた。
十分以内のクリアタイムに間に合った事を知らせると、自分はいらなかったんじゃないかとサンは呟くように聞いた。
一人だと集中攻撃食らうため二人プレイを推奨されている事を教えると、それでもサンは俺一人で充分だったと言う。
俺が一人でやっても面白くないだろと言い返すと、サンは人がゲームをしているのを見るのは好きだからとよくわからない事を言った。
……ゲームってやるものじゃないのか。
疑問に思ったが、知り合いにゲームの動画をネットに上げている奴がいたのを思い出した。
聞けばサンは地上でゲームソフトを買う参考に実況動画を見ていたらしい。
気になった奴をパケ買いする俺からしたら、考えられない価値観だった。
典型的な今時の若い子だと言うと、何か駄目だったかと聞かれたため、知り合いにサンみたいな奴がいると話した。
話の流れでその知り合いが友達にホラーゲームをさせて笑っているような奴だと言うと、サンは友達同士だと楽しそうでいいですねと返事をした。
俺は知り合いをサンに紹介した方がこいつの精神的にいいんじゃないかと一瞬思ったが、俺が紹介するのもサンは気を遣うだろうし、あいつらだってこいつに気を遣うだろうから普通に無理だった。
そもそもサンは友達がほしいのかと気になって問いかける。
するとサンは友達がほしいのではなく、友達という仲のいい関係性を羨ましがっているようだった。
俺がサンの“友達”になるのは流石に無理があるが、一緒にゲームをするくらいの事は出来る。
友達が出来るまで俺とゲームをすればいいと伝えると、サンはいいのかと俺に尋ねた。
まだ遠慮しているのかと少し呆れたが、シェルアさんに頼まれてこんな事を言っている訳じゃないと言い切る。
恥ずかしさを誤魔化すように後頭部を掻くと、サンが嬉しそうに笑った。
悪意がないのはわかっているが、なんとなくバツが悪くて何ニヤついてんだよと口調がきつくなった。
それでもサンは心底嬉しそうだった。
どうも俺と一緒にゲームが出来るというだけで、本当に嬉しいらしい。
なんだか純粋すぎて構えていた自分が馬鹿らしくなった。
記憶喪失でもそれだけ笑えるなら何とかなるだろう。
サンと一緒にゲーム機を片付けると、キッチンから俺達を呼ぶ声がした。
サンと一緒にキッチンに向かうと、料理が出来上がっていた。
何か手伝うと言うサンに、シェルアさんが食器を並べるよう提案する。
俺は姉貴に頼まれて、よもぎと大福の夕食であるドッグフードを用意した。
食べない二匹をサンが不思議がる。
一緒に食べるから俺達が座るまで待っていると言うと、サンは驚きながらも何故かよもぎと大福に謝っていた。
早く座るよう促すと、サンは椅子に座った。
姉貴の質問には水でいいと答えていて、畏まりすぎじゃないかと言いたくなったが、初日である事を思い出して俺は言葉を飲み込んだ。
シェルアさんの合図でよもぎと大福が食べ始める。
明日はどうするのかという姉貴の問いに、シェルアさんは診察の予定だと話した。
この辺の医者といえばレネーさんである。
名医だが、言う事を聞かない患者は殴って聞かせる人で有名だ。
俺も姉貴も子供の頃から世話になっている。
コロッケを食べていると、姉貴は先月の検診には行ったのかとシェルアさんに尋ねた。
シェルアさんは忘れて行っていないと平然と答えた。
レネーさんの容赦の無さを知っているならそんな事は出来ないはずだが、旧知の仲だからだろうか。
ブラッドさんが両足を骨折した時、文句を言いながら折れた足を蹴っていたのを思い出して身震いする。
姉貴は怒られますよと当然の事を言ったが、シェルアさんはまだ怒られていないから怖いなんて、危機感のない返事をした。
その後シェルアさんは、レネーさんは普段は優しいからとサンにフォローをしていたが、あまり意味がないような気がした。
パエリアを食べていると、同じ物を食べたサンが美味しいと頬を緩ませる。
姉貴はサンにコロッケとオムレツを小皿によそうと、サンに渡した。
サンは嬉しそうに御礼を言って、早速コロッケとオムレツを一口ずつ口にした。
姉貴とシェルアさんにすごい、尊敬すると褒め言葉を述べる。
恥ずかしげもなく言っている様子から、普段から言っているのだろう。
デザートもあるから食べすぎないよう言うと、サンは目を丸めた。
シェルアさんは貰い物が多い。
二週間くらい前の酒の贈り物の件を話に持ち出すと、バーに差し入れとして贈ったと返事をされた。
あの量を差し入れとして贈るシェルアさんもすごいが、貰う側も相当である。
金持ちの考えはいまいちわからないと思っていると、サンがシェルアさんにお酒は飲まないのかと質問した。
嗜む程度だというシェルアさんの答えに、サンは頷いて俺達に同じ事を聞いた。
俺は飲むより食べる方が好きだ。
姉貴もシェルアさんと同じだから、此処に酒を積極的に飲む人間はいない。
もしかして酒を飲みたいのかと姉貴はサンに突拍子もない質問をしたが、サンは興味があるだけで自分は未成年だと慌てていた。
一応最下層では酒や煙草は二十歳からになっている。
サンは微妙な沈黙の後、自分は何歳くらいに見えるかと俺達に尋ねた。
俺は高校生、姉貴は中学生、シェルアさんは高校卒業したてくらいの年齢だとそれぞれ答える。
するとサンは多分十九歳だと自分の年齢を口にした。
正直、十九歳にはとても見えなかった。
背も低いし、見た目がやや幼かったからだ。
子供っぽいのかと落ち込むサンに、シェルアさんと姉貴は見た目が可愛らしいからと言っていたが、サンは納得出来ないようだった。
男なのに可愛いと言われるのは複雑なものである。
シェルアさんと姉貴に続いて、そんなに気にするなとサンを雑に励ますと、俺は残りのパエリアを口に運んだ。
明後日の件を聞くと、シェルアさんは仕事内容によってはサンを一緒に連れて行くつもりらしい。
姉貴はシェルアさんの近くにいた方が安全と言うが、人見知りの俺からしたら知らない職場に連れて行かれるなんて地獄だ。
率直に言うとシェルアさんはその考えが頭になかったのか、すぐにサンに謝罪した。
謝られたサンは慌てて手を振っている。
話ついでにブラッドさんがうるさいと言うと、姉貴に叱られた。
「職場の人で、シェルアさんをかなり慕ってるんだよ」
「へ、へえ……」
シェルアさんは“ちょっと”やりすぎな所があると言ったが、その“ちょっと”が問題なのだ。
イチャモン付けられてマフィア一つ壊滅させるのはどう考えてもやりすぎである。
姉貴も俺の言葉に賛同すると、シェルアさんは苦笑を浮かべた。
それでもシェルアさんは昔に比べたらマシだとブラッドさんをフォローした。
シェルアさんの優しいところは美徳だが、あの人は調子に乗っている節があるからもっと上から強く言うべきである。
俺はそう思っているのはシェルアさんだけだとはっきり告げた。
どれを食べようか迷っているサンになんとなくコロッケをやると、サンは律儀に御礼を言った。
返事をすると姉貴が笑ってきたため、何笑ってんだよと姉貴を睨む。
姉貴は微笑んだだけだとムカつく笑みを浮かべて言い返した。
余計な事を言うなと目で訴えていると、シェルアさんがお兄ちゃんになったなと姉貴と似たような事を言い出して参った。
やめてくれと言うとシェルアさんは謝ったが、その後サンにいい兄貴分だよねととんでもない事を聞いていた。
サンもサンで即答で肯定するから、俺は恥ずかしくなった。
サンのコロッケを増やして暗に黙れと伝えると、無言で食事に集中する。
俺の行動にサンは戸惑ったようだったが、俺も同じように戸惑っていた。
——弟扱いはされても、兄貴扱いされたのは初めてだった。
俺は姉貴の声を無視すると、顔に集まる熱を逃した。
食事が終わると、デザートの果物とチーズアイスを食べた。
後片付けくらいはこっちでやろうとスポンジを握ると、姉貴は自分がやると食い下がったが、適当に言いくるめるとシェルアさんが姉貴をキッチンから連れ出してくれた。
俺が食器を洗って、サンが食器を拭くという作業を繰り返していると、大福が俺の足元にやって来てひと鳴きした。
何もないぞと言うと、大福はとぼけた顔で見上げてくる。
最近太り気味である事を指摘すると、大福は尻尾を垂らして落ち込んだ。
サンは太っているのかと不思議そうに尋ねたが、見た目が可愛いから外に出たら色々貰う事を話すと、納得していた。
よもぎは外で貰ってもすぐにその場で食べないで、俺達の反応を見たり家に持って帰って来たりしている。
俺は最後の食器を洗い終わると、サンに渡して手を洗った。
濡れた手を拭きながら、太るとよもぎが怒るぞと忠告すると、大福はわかっているとでも言いたげに力なく鳴いた。反省はしているようだ。
突然よもぎが大福に突進した。
目を瞬かせていると、よもぎは大福の首を噛んで文句を言っている。
俺はサンの手にある食器を取ると、一番上の棚にしまって足元の二匹に目を向けた。
まあいつもの事だから大丈夫だろう。
喧嘩じゃないのかと言うサンに、喧嘩しても次の日は仲直りをするからと返事をする。
サンは不可解な物を見る目をしていたが、人間の都合で邪魔したら喧嘩も出来なくなると言うと、今度は納得したようだった。
本気でヤバかったら止めに入ると補足すると、サンは小さく頷いた。
よもぎは大福を噛んで満足そうに鼻を鳴らしている。
勝敗はついたかのように思えたが、大福がよもぎに飛びかかると形勢は逆転した。
大福は完全に遊びの顔になっている。
よもぎは疲れたらしく、身体を伏せて脱力していた。
サンは仲直りでいいのかと聞いてきたが、俺はよもぎが怒るのも馬鹿らしくてやめた感じだろうと見たままの感想を口にした。
よもぎはゆっくり立ち上がると、ダイニングルームから出ていった。
それにつられて大福もよもぎを追いかけて出ていく。
サンは大福とよもぎが仲がいいと評したが、俺は普通だと思った。
しかしサン曰く、喧嘩をしても仲直りが出来るのは仲がいい証拠らしい。
地上でそういう言い伝えがあったんだろうかと考えていると、徐々にサンの目の焦点が合わなくなっていったため、俺は大丈夫かと静かに声をかけた。
サンはすぐ正気に戻って、大丈夫だと答える。
何か思い出したかと聞くと、浮かない顔でまだだと言った。
サンは何かを誤魔化すように、姉貴と喧嘩したりするのかと尋ねた。
ちょっとした言い合いみたいなのはあると答えると、仲がいいと言われた。
姉貴と“仲がいい”はなんとなく違和感があって、俺は小さい時は喧嘩する暇がなかった事を話した。
世間話の一環で親が虐待していたクズだと言うと、サンは目を見開いた。
憐んでいるのか、気の毒だと思っているかはわからなかったが、俺はシェルアさんと同じ匂いをサンに感じていた。
おそらくサンも根っからの善人なのだろう。
俺はこんな話を聞いて、いちいち気に病んでいたら此処では生きていけないと指摘した。
優しさを利用しようとする奴はこの世界に山ほどいるのだ。
気にしなくていいと言うと、サンはよくある話じゃ駄目だと言葉を返した。
言っている意味がわからなくて、俺は目を瞬かせた。
サンはもう一度同じ事を言うと、顔を俯かせる。
そこで初めて、俺はこいつが気遣って言葉を選んでいる事に気付いた。
サンは優しい奴だった。
俺はサンの頭を撫でると“多分”優しいと言ったのを撤回して、親の件は悲観していないと話した。
姉貴はどう思っているかは知らないが、俺は今の生活に満足しているのだ。
頭に触れていた手を離すと、サンが顔を上げた。
サンは途切れ途切れに俺の力になりたいと、自分に出来る事があったら言ってくれとまっすぐな言葉を俺にぶつけた。
あまりに純粋すぎて、俺はこんな人間がまだいたのかと吹き出してしまった。
感謝を告げると、サンはきょとんとしている。
馬鹿にした訳じゃなくてサンのお人好しに笑ったのだと話すと、サンはシェルアさんの方がお人好しだと言った。
あの人はお人好しだが、度が超えている上にかなり特殊だ。
周りから聖母だの救世主だの言われているのは一種の宗教のようで、たまに狂気を感じる。
シェルアさんの話をすると、サンは妙な溜息を漏らして感心した。
普通は周りを気にする余裕がある奴はいないと言うと、サンは自分の話をシェルアさんにすり替えてシェルアさんを褒めた。
それが本人の謙虚さからくるものなのかはわからなかったが、俺はサンの発言も充分すごい事だから覚えておけと言ってやった。
頭を優しくぽんぽんと叩くと、サンは少しの沈黙の後、嬉しそうに大きく首を縦に振った。
——せめて最下層にいる間は守ってやろう。
俺をいい兄貴分だと思ってくれているなら、そうしてやるのが一番いいだろう。
俺は弟分の誕生に、口元が自然と緩んだ。
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