Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美

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EMANON side

EMANON side:ブラッド

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 最近姐さんの家にガキが住み始めたらしい。 
 優しいあの人の事だから行く宛のないガキを放っておけなかったのだろう。昔の俺の時と同じである。
 ガキは記憶喪失らしいが、野郎である事に変わりはない。
 どんなガキかわからないのだから姐さんはもうちょっと危機感を覚えた方がいいとメッセージで伝えると、いい子だからそんな気は起こさないよと軽い感じで流された。

 今なら昔のあの時のロジェさんの心情がわかる。
 得体の知れないガキを拾ってきて、挙句の果てにそいつを自分の家に住まわせるなんて正気じゃない。 
 姐さんの場合は完全な善意なんだろうが、この最下層じゃ裏社会に片足どころか両足突っ込んでいるガキなんざ探せばいくらでもいるのだ。
 此処はそういう場所である。

——でもまあ、姐さんは優しいから目の前の相手を救わずにはいられねェんだろう。

 俺はひとまずガキは監視する事に決めた。
 朝出勤すると、ロジェさんにエッシと店に行って例の物を受け取ってくるよう指示された。
 正直あまり気は乗らなかったが、仕方ない。
 JP区に向かうと、店主の一重かずしげから例の拳銃を点検ついでに見せられた。

「引き金引いたら通知いくように設定してあるし、許可証は中入れてるからな」
「おー。サンキュー」
「あの、一重さんお代は?」
「先払いで払ってくれてるから大丈夫やで」

 一重はエッシに笑いかけると、奥の扉を開けた。

「琴子ーエッシちゃん来とるでー」

 変わらない声量で妹の名前を呼ぶと、琴子ちゃんが階段を下りてこっちに顔を出した。
 
「エッシさん!」
「琴ちゃん!」

 琴子ちゃんはエッシに駆け寄ると、嬉々として話を始めた。
 俺は拳銃がしまわれたアルミ合金のアタッシュケースを一重から受け取ると、スマホで時間を確認した。

「お前の分の武器の手入れも出来たで」
「もう? 早ェな」
「武器は早い方がいいやろ。ところでこの刀何処でうたん?」
「あー覚えてねェ」
「絶対嘘やん」

 俺は刀を受け取ると、抜いて刀身を上から下まで見た。
 錆一つない綺麗な刀身である。

「お前研師とぎしにならねェの?」
「刀主流の時代じゃないから儲からんて。そもそも俺のじいちゃんの方が上手いし」
「フーン」
「アッ興味なさそ!」

 一重と少し雑談すると、ちょうどいい頃にエッシ達の話が終わった。
 事務所に帰ろうとしたが、途中で警察官に職質されて時間を食ってしまった。
 エッシはいつの間にか先に帰ったようで、俺は少し苛つきながらも歩く足を早めた。

 事務所に戻ると、エッシに真っ先に文句を言った。
 職質なら慣れてるでしょと言われたが、見ていたなら助けろと言い返した。
 舌打ちをしてアルミ合金のアタッシュケースをロジェさんの机の上に置くと、見慣れない存在に気付いた。
 客かと思ったが、コイツが姐さんと一緒に住んでいるガキらしい。
 注意深く観察していると、エッシから嫉妬していないで挨拶くらいしろと言われた上、ルイスにまで便乗された。
 名前だけ名乗ってやると、ガキはサンと言った。
 差し出された手を握るコイツに、姐さんを傷付けたら殺すと忠告して強めの握手をすると、エッシに思い切り手を叩かれた。
 ガキはエッシに心配されていたが、痛くなかったから大丈夫だと返事をしていた。
 手加減をしたから当たり前だと言うと、痛くしていたらドン引きだとルイスが喧嘩を売るような発言をしたため、喧嘩売ってんのかと睨んでやった。

 どうやらルイスは記憶喪失のコイツに随分肩入れしているようだ。
 何があったかは知らねェが、肩入れするほどコイツに魅力があるとは思えなかった。
 ガキがルイスの隣に座ると、マリアさんが二人分の飲み物を持ってきた。
 マリアさんは俺とエッシに飲み物は何がいいか聞くと、もう一度飲み物を入れにキッチンに行った。
 
 エッシが以前コーヒーを吐いたのに飲めるのかと聞いてきて、俺は適当に返事をする。
するとエッシは今度はガキにコーヒーが好きなのかと聞いていた。
 ガキはマリアさんが淹れてくれたコーヒーは美味しいから好きらしい。
 エッシはそれだけでガキをいい子と評した。
ルイスも当然のように頷いている。
 ガキの言動は"いい子"だろうが、会って間もない人間を善良と判断するのは時期尚早すぎる気がした。
 
——俺はそう簡単に信じねェぞ。

 出来る事は協力すると言うエッシに、ガキは嬉しそうに礼を言った。

 ソイツの話によると、歳は十九らしかった。
 若いと言うエッシにお前も若いだろと突っ込むと、十代と比べるなと言われた。
 大福とよもぎがエッシに同意するように鳴く。
 俺は軽く大福の頬を引っ張ると、餅みたいに伸ばしてやった。
 しばらく遊んでやると、ルイスが大福をいじめるなと言ってきたため、いじめてねェと言い返した。
 大福が俺に同意するように鳴く。
 冗談でいつも優しいと言っているとアテレコすると、エッシにキモイと言われた。キモイ言うな。
 エッシは俺を無視して大福の頭を撫でていた。

 少しするとマリアさんがキッチンから戻ってきて、飲み物とウエットティッシュを配った。
 大福がマリアさんの所に行くと、ルイスはマリアさんに少しは休むよう言った。
 働き者のマリアさんは休む気はないらしい。
 アポなし訪問は日を改めるように伝えてあると言うと、エッシもゆっくりしようとマリアさんを休憩に誘った。
 マリアさんは迷いながらもソファに腰を下ろしたが、飲み物を淹れてくるというエッシに遠慮してまた立ち上がろうとした。
だがよもぎの前足によってそれは阻止された。
 年下の俺達に雑用させればいいと軽く言うと、同意するようによもぎが鳴く。
 マリアさんがよもぎを撫でると、よもぎは幸せそうな顔をしていた。
 
 前回むせたブラックコーヒーに口を付けると、砂糖を入れてくれたのか苦味が薄く感じた。
 俺は今回、ミルクだけ入れてコーヒーを飲んだ。
 エッシが戻ってくると、マリアさんに紅茶とウェットティッシュを渡して美味しいと会話に花を咲かせている。
 いない二人の居場所を聞くと、ルイスは入れ違いで外に行ったと答えた。
   
……俺がもっと早くに戻ってきていたら、姐さんに一秒でも早く会えたのに。

 帰りに走らなかったのを悔やんでいると、マリアさんにしみじみと姐さんが好きなんですねと言われた。
 マリアさんの言っている事は事実だが、改めて言われると恥ずかしいものがある。
 ルイスは最初の俺の牽制を蒸し返すと文句を言ってきた。
 世間の厳しさを教えてやったんだから感謝してほしいくらいだと返すと、ルイスとエッシは無言で俺を見てきた。
 言いたい事あんなら口で言えと訴えると、アイツらは打ち合わせでもしたのか同時に溜息をついた。

 不意打ちの肘鉄をエッシから食らって痛みに震えていると、エッシはガキに謝った。
 最下層は平和ボケしていられるほど穏やかな世界ではないのだ。
 少し厳しくしたくらいで文句を言われる筋合いはないと噛み付くと、言い方がどうとか不器用がどうとか言われて俺はますます腹が立った。
 マリアンネさんは落ち着けと手を叩くと、記憶喪失のコイツは悪意のない“普通の優しい子”だと俺に話した。
でも俺はマリアさんに言われたからといって、目の前のコイツを簡単に信じる気はなかった。
 ガキは俺が考えているより思慮深く、信用出来ないのは当然だと言った。
 ルイスとエッシが俺を悪者のように見てくる。
 マリアさんがガキに誰かを傷付ける意思はない事を確認すると、ガキは力いっぱい大きく頷いて返事をした。
 どこまでもまっすぐで純粋で、俺は居心地が悪くなった。

 煙草を吸いに屋上に向かうと、内ポケットから煙草のケースを取り出して一本口に咥える。
 そのままライターで火をつけると、肺まで息を吸い込んで煙を吐き出した。

「ワン!」
「あ? お前こっち来んなよ」

 煙草を左手に持つと、風下に移動してまた煙草を吸った。
 大福は俺を気にして追いかけてきたようで、足元に座るとじっと見上げてきた。

「お前も俺に説教かァ?」
「ワフッ?」
「違ェならいいけどよ」

 灰が落ちそうになって、反対の内ポケットの中から携帯用灰皿を取り出した。
 灰皿の中に灰を落とすと、大福は遊べと俺の足元をうろついた。

「吸ってる時に危ねェだろーが。ちょっと待ってろ」
「ワン!」
「返事だけはいいよなお前」
「ワンワン!」

 期待の眼差しで見てくる大福を適当に足であやすと、煙草を吸った後に撫でてやった。
 誰にでも人懐こいコイツは可愛がられるが、特に可愛がっていない俺に構うのは未だに不思議である。
 撫でてやると間抜けな顔をして笑うから、俺もつられて笑ってしまった。

 三十分ほど時間が経つと、姐さんから依頼料の回収と昼食の買い出しに行くよう連絡が入った。
 俺一人でも出来そうな事を他の奴らと一緒に頼むのは解せなかったが、俺は階段を下りて応接室に戻った。
 さっさと行くぞとアイツらに声をかけて、外に出る。
 ガキが少し遅れて来ると謝ってきたが、コイツの謝罪より姐さん達が帰ってくる前に雑用を終わらせる事の方が重要だった。
 俺が先頭を歩くと、大福は後ろをついて歩いた。

 大通りを歩いて細い小道に入ると、近くにパン屋さんがあるのか小麦の匂いがした。
すると大福が俺を追い越して足を止めると、腹が減ったと訴えた。
 最初は依頼料の引き取りだから我慢しろと言うと、大福は甘えるように鳴いた。
 俺はその手には乗らねェと毅然とした態度を取った。
 大福は無言で俺を見つめてきたが、後方からルイスが俺と大福の話をしているのが聞こえたため、無駄話するなと言って睨んでやった。
だがルイスは軽い調子でハイハイと手を振って軽く流した。

——絶対ェ話聞いてねェだろ。

 俺は薄情な後輩に短く溜め息をつくと、その瞬間、大福が俺の肩に飛び付いてきやがった。
しかも顔を舐めだす始末である。
 やめろと言っても聞きやしなかった。
 大福は俺の顔を舐めまくった後、清々しい顔で鼻を鳴らした。
 濡れた顔の不快感と漂う獣臭けものしゅうが何とも言えないが、口を舐められなかったのは幸いだった。
 俺はズボンのポケットからハンカチを取り出すと、顔を拭いた。
 
「ったく、姐さんいたらやらねェくせに……」
「フンッ」
「お前いい度胸してやがんな」

 嬉しそうに笑っている大福に口元を引き攣らせると、俺は歩くのを再開した。
 細い小道を抜けて路地裏に入ると、いつものように樽の上でポーカーをして賭け事をしている奴らがいた。
 まっすぐ歩くとドレッド野郎が葉巻を吸っていて、俺は片手を挙げると挨拶をした。
 コイツは死にかけている所を姐さんに拾われたらしく、今は裏社会の入口の情報網として役立っている。
 野郎はルイスの訳ありという言葉を聞くと、自己紹介はしなくていいと気の利いた事を言ってガハハと笑った。
 俺は金の入ったアタッシュケースを受け取ると、適当に挨拶をして来た道を戻った。
 路地裏を出ると、ガキが顔色を悪くしていて、ルイスが心配していた。
どうもガキはドレッド野郎の見た目にビビったらしかった。
 此処じゃもっとヤバイ奴がいると教えると、ルイスに新人を脅すなと言われた。 
 ルイスはドレッド野郎の経歴をガキに教えていたが、ガキは情報が既に怖いと言っていた。平和ボケにも程がある。
 その内死ぬぞと忠告すると、ガキは俺の言う通りだと頷いた。
 自分の立場はそれなりにわかっているようだ。
 ルイスは軽い調子でガキを死なせないために俺達がいると言ってきたが、俺の最優先事項は姐さんである。
 俺を頭数に入れるなと注意すると、守ってくれないのかと当然のようにルイスが言い返した。
 姐さんから何かあった時はよろしくと言われてはいるが、あくまでそれは俺の目が届く範囲の話だ。
勘違いすんなよとルイスに念押しすると、大福が空気を読まずに鼻を鳴らして気が抜けた。
 大福は視線が自分に集まると、俺達を見上げて首を傾げた。
 嬉しそうにしながら大福がガキの足元を回る。
 ルイスはガキに身体を擦り寄せた大福を都合よく解釈すると、それをガキに伝えた。
 大福が応えるように鳴くものだから、ガキは感動して大福に礼を言っている。

……まあ、大福が気を許しているならおそらくコイツは悪い人間ではないのだろう。
 
 ガキを信用した訳ではないが、動物に好かれる人間は比較的穏やかで優しい性格が多いといわれている。
 大福は尻尾を振ってガキの周りを回った。
 俺が何かあった時は大福の能力を頼るよう話すと、ガキは不思議そうな顔をした後、何を思ったのか大福が警察犬になれるんじゃないかと言ってきた。
 この返答は予想していなくて、俺は思わず黙り込んだ。
 大福が警察犬になれるかなんて今まで一度も考えた事がなかったからである。
 俺は目の前の大福を見て、改めて大福が警察犬になれるかを思考した。
 食い意地の方が張っているコイツに務まるかと言うと、無理だとルイスが答えた。
 大福はショックを受けたようで、ガキの足に寄りかかって落ち込んでいる。
 ルイスはよもぎの方が適任だと言うと、人間嫌いだから警察犬は無理だと話した。
 俺は欠伸をしながらまだ落ち込んでいる大福にパンを買って帰るぞと声をかけると、大福は尻尾を振って俺の側にやって来た。
 ルイスに犬用のパンが売っていたか聞かれて、看板に書いてあった事を言うと、俺はルイスに先に行くよう促した。

 二人の後ろを大福と歩く。
 途中で犬が好きそうな人間にすれ違ったが、大福の頭の中はパンでいっぱいのようだった。
 十分くらい歩いてパン屋に到着すると、大福がはしゃいで回り始めたため、通行の邪魔にならないように脚で挟んだ。
 皺が集まった顔で睨まれても怖くない。
 店を指差してルイスにさっさと買ってくるよう言うと、欲しいものを聞かれたがどれでも良かった。
 店内に入るルイスとガキを見送ると、大福は俺を恨みがましそうに見てきた。

「人間のモン見たってお前食えねェんだから、入っても意味ねーだろ」
「ワウゥ……」
「へいへい」

 唸る大福をあしらってスマホを取り出して操作すると、トークアプリには何の通知も入ってなくて、すぐにジャケットの内ポケットにしまった。 
 五分くらいすると二人が買い出しを終えて戻ってきた。
 うろちょろするなと忠告して脚に挟んでいた大福を解放すると、大福は真っ先にルイスにじゃれついた。
 俺が約束を守らないなら飯抜きにするぞと脅すと、大福はすぐガキの所に避難した。
 ルイスが有害じゃないとか言ってきたが、ただの例えだと言い返して背を向ける。
 早足で歩くと、三つの足音が俺についてきた。
ただ大福はパンが気になるようで、俺を追い越したり立ち止まったりしていた。

 帰る途中で近所の犬のレジーが大福に駆け寄った。
 首にはリードが付いたままだ。また散歩中に脱走したらしい。
 辺りを見回すと飼い主であるケイリーとキャシーがこっちに目掛けて走ってきた。
 二人はレジーに抱きつくと、好きに撫で回したついでに大福も撫で回した。
 ひとしきり撫でて満足すると、二人は俺達に元気よく手を挙げて挨拶した。
 挨拶を返しながら屈んでレジーを撫でてやると、レジーは尻尾をゆっくり揺らした。
 俺の真似をして二人がレジーをまた撫でる。
 また逃げられたのかと言うと、ケイリーはよそ見をしていたら走っていっただけだと言い返した。ガキらしい言い訳である。
 姉貴の真似をしてキャシーも同じ事を俺に言い返した。
 気をつけて行けよとケイリーにリードの持ち手を渡して手を振ると、二人はそれぞれ返事をしてレジーに引きずられるように走っていった。
 ルイスはガキにEMANONうちの近所の子だと説明した。
 俺はアイツらの家はじいさんばあさんしか住んでない事を話すと、余計な詮索はするなと言ったが、ガキはいまいちピンときていないようだった。
 親の事を二人には聞くなと釘を刺すと、何故かガキは俺に礼を言ってきた。
 全くもって意味がわからなかった。
 理解不能なガキの言動に呆気に取られていると、ルイスが俺を悪ぶっているが根はまあまあいい人だと勝手な事を言い出した。
 俺は睨みをきかせて、お前のために言っていないから礼を言われる筋合いはないとガキに伝えた。
 だがルイスは俺の言葉を流すと、ガキに気にしなくていいと声をかけていた。
 先輩を敬えと言ってもルイスの態度は変わらない。
 姐さんが待っていると言われて、俺は次の言葉を諦めると、早く帰るために先を急いだ。
 膝裏に大福が飛んできて転けそうになったが、踏ん張って体勢を整えた。

「お前なァ! 飛びつくな!」
「ワン!」

 叱ってもどうかしたかと言いたげな顔で、大福はこっちを見てきた。
 文句を言っても仕方ないが、この犬はたまに俺をおもちゃだと思っている節がある。
 最大権力者の姐さんに叱って貰うかと考えていると、事務所に着いた。
 俺は真っ先に走っていく大福を見て、姐さん達が先に帰ってきている事を知った。
 待たせまいと急いだのに意味がなかったと少し落ち込んだが、気を取り直してドアをノックして部屋に入った。
 大福が姐さんの所に走っていく。
 姐さんは俺達におかえりと言うと、ガキの荷物を受け取って手洗いに行くよう促した。
 俺は引き取ったアタッシュケース二つをロジェさんに渡して、洗面所に行った。
 手を洗って戻ってくると、テーブルにパンと飲み物が綺麗に並べられていた。
 ルイスが帰りが早かった事を言うと、ロジェさんはたいした内容じゃなかったから切り上げて帰ってきたと返事をした。
 何があったかは知らないが、それなりに楽な仕事だったのだろう。
 新聞を読むロジェさんは機嫌良さそうに見えた。
 パックジュースを飲んでいると、ルイスがガキに食わないと大福に食われるぞと言っていた。
 姐さんがいるからそんな真似はしないだろうが、ルイスなりにガキの世話を焼いたらしい。
 ガキは頷くとホットドッグを大福の目の前で食べていた。
 大福はガキの前から動こうとしないで咀嚼の様子を見つめている。
 マリアさんはガキなら食べ物を貰えると思って大福が飛んで来ているのだろうとしみじみ言った。 
 エッシがそれに同意すると、ルイスは大福にガキが食いづらいだろと注意をした。
すると大福は左に少しずれて座った。
 正面じゃなければいいんだろとでも言いたげな背中をしている。
 マリアさんとエッシに笑われると、大福は二人に近付いて首を傾げた。
そして俺の所に来ると、足の上に自分の前足を置いてきた。
 マウントかと思って注意したが、大福の表情は崩れない。
 足を動かして避けると、大福は更に前足を乗せてきた。
 また足を動かして避けると、大福が前足を乗せる。
 繰り返しになって闘っていると、俺が大福に下に見られているとエッシが失礼な発言をしてきた。
 言い返すと倍の言葉で言い返されたため、口喧嘩の語彙を頭の中で引き出す。
しかしマリアさんに仲裁されて、俺は仕方なくパンの包み紙を開けた。
 大福は怒ったエッシを気にしてか、ソファに飛び乗るとエッシの顔を見つめた。
 怖かったかと大福に聞くエッシに、怖い時しかねーだろと茶々を入れる。
すかさず姐さんから名前を呼ばれて、俺は固まるはめになった。
 自分が悪いという自覚はある。
 言い訳しようにも姐さんの前だと上手く言葉が出てこなくて、俺はやっとの思いで謝罪の言葉を口にした。
 姐さんはエッシと仲がいいのは知っているが、ほどほどにと言ってきた。
 仲良くないときっちり否定して勘違いを正すと、姐さんは小さく笑った。
その認識は互いに絶対有り得ないのだ。
 
 寛ぐ大福を横目に惣菜パンにかじり付くと、よもぎがソファの上に飛び乗った。
 マリアさんの午後は久々にゆっくり出来そうだという発言にロジェさんが苦い顔をすると、マリアさんとルイスが何があったのか問いかけた。
 ロジェさんは害虫駆除の件を話すと、思い出したのか顔を引き攣らせていたが、俺は一人で作業をした事を思い出して不満を口にした。
 適材適所とは理解は出来ても納得は出来なかった。
 話題が逸れて虫の話になると、エッシがガキに虫が得意か聞いた。
 ガキの方は関わった記憶がないらしく、得意でも苦手でもないと言っていたが、蝶々は地上で見た事があるらしかった。
 最下層生まれの俺達にとっては珍しい回答だ。
 エッシは続いてガキに地上がどんな所か覚えているか聞いていたが、ガキは記憶喪失である。
 ガキは案の定困った顔をしていた。
 話を聞いてなかったのか馬鹿と言おうとしたが、さっき姐さんに叱られた事を思い出して続きを言うのをやめた。
 姐さんに叱られるのは嫌いじゃないが、二回目三回目となると俺が言う事を聞かない馬鹿と思われる。
 エッシの冷たい眼差しはスルーした。
 
 ルイスが地上の話を持ち出すと、さんはそれに対して曖昧な答えを返したが、ロジェさんは極端な答えを返した。
 とにかく地上は此処と違って平和らしい。
平和には程遠い最下層で生まれた俺は、地上の話は子供のお伽話とぎばなしに聞こえた。
 姐さんとロジェさんは昔話を少しすると、ロジェさんが地上のルールを掻い摘んで説明した。
 前にも話には聞いた事はあるが、規制が緩いようで厳しいのが地上だとぼんやり思った。
 
——テストとかルールとか面倒くさそうだし、地上生まれじゃなくて良かった。

 ロジェさんはその頃から頭が良くてテストで満点を取っていたそうだ。
 目をつけられてどうなったか個人的に気になるところだが、藪をつついて蛇は出したくないため、今回は聞かない事にした。
 思えばこの人達の過去は幼い頃地上から地下に落ちてきて、医者のレネーさんに世話になっている事ぐらいしか知らないのだ。
 本人達も昔の話はするが、それはあくまで世間話程度のものだった。
 ルイスが姐さんをお嬢様だと言うと、姐さんはロジェさんもお坊ちゃまだと会話に巻き込んだ。
 幼馴染をからかう姐さんは可愛いが、俺の知らない過去があると思うとモヤモヤした。

 ロジェさんは話を打ち切って本題に入った。
 ガキは注目されてパンを喉に詰まらせていた。
 咽せるガキの背中をルイスがさすると、ガキは小さな声で大丈夫だと言った。
 微妙な顔をしているロジェさんが面白かったが、笑うと確実にどやされるから我慢した。
 ロジェさんは気を取り直して今後の話をすると、一重がカスタムした例の護身用の拳銃をガキに投げ渡した。
 ビビるガキをよそにロジェさんは拳銃の仕組みを説明したが、ガキはいまいちわかっていないようだった。
 ルイスがわかりやすく言うとやっとガキは理解したようで、まじまじと拳銃を見つめた。
だがガキは完全に平和ボケしていて、スマホがあるからという理由で拳銃を返却しようとした。馬鹿である。
 ガキはロジェさんに詰められると、一言も言い返せずに撃沈していた。やっぱり馬鹿である。
 落ち込むガキにコイツらは慰めの言葉をかけていたが、正直俺はロジェさんの意見には完全同意だったから、ガキを慰める気にはならなかった。

 ルイスがガキに拳銃の扱い方を教えると、空砲の威力を知ったソイツはまたビビっていた。
 ガキにエッシみたいに無闇矢鱈と発砲するなよと忠告すると、エッシはいつの話だと言ってきた。
 二ヶ月前だと言い返すと、そこにいたからだと滅茶苦茶な理論を展開された。
 そもそも射撃が上手くないなら銃なんて使うなという話だ。
 言い訳をするエッシに耳ついてんのかと煽ると、大福が俺の腹目掛けて突っ込んできた。
 大福の頭部がちょうど鳩尾に入って悶えていると、次は頸動脈だと確実に殺す気の馬鹿の発言が聞こえて、俺は全力でキレた。

 地味に痛む腹をさする。
 するとよもぎが近付いてきて俺をやる気かと思ったが、よもぎは俺の膝の上に乗ると何も言わずに尻尾を倒した。
 慰めてくれているのが嬉しくて、俺はよもぎを撫でると、次に大福をからかってやった。
 暴力女に加担した罰である。
 大福はよもぎを俺から取り返そうとクンクン鳴いていたが、よもぎは知らん顔で欠伸をしていた。
 エッシに大福をからかうなと言われて、事実を言っているだけだと言い返すと、地震がきた。
 揺れる視界にまたかと思っていると、少しずつ揺れが収まって音が止んだ。
 今回の地震は自然現象らしい。  
 ガキが最下層は地震が多いのかと聞くと、姐さんは地上ではなかったのかと聞き返した。
そして姐さんはガキが地震を初めて体験した事を知ると、怖かっただろうと申し訳なさそうな顔をしてガキを労った。
 俺は思わず、姐さんに余計な気を遣わせるなとガキを睨んだ。
 ロジェさんは一呼吸置いてガキの質問に答えると、地震が起きても地下の方が安全だと豆知識を披露した。
 感心していると、ルイスが地下にいる自分達はラッキーだと評した。
 ロジェさんは酸欠になる危険もあると言っていたが、エッシが下層にいる時点で危険も何もないと元も子もない事を言うと、確かにと言って笑っていた。
 エッシの僅かに赤くなった頬が見える。
 ロジェさんは気付いていないようだった。
 マリアさんが此処は事件事故の方が多いと言うと、ルイスが過保護に新人を脅すなと言った。
 俺はマリアさんに同意すると、パンを頬張った。
 平和なら警察もなくていいと極論を言うと、ロジェさんは自分の友人が職を失うと珍しい冗談を言った。
 ロジェさんは賞賛の声を流すと、姐さんに交友関係を言及した。
さっきの冗談はこのための布石だったようだ。
 姐さんは笑って誤魔化していたが、またどうも危ない橋を渡っているらしかった。
 その後は大福が気を利かせてロジェさんに抗議をしに行っていた。
 冷徹と謂れるロジェさんでも動物相手は弱いようで、姐さんに助けを求めていた。

 空気がいつもの調子に戻ると、よもぎは俺の膝から下りて姐さんの所に走った。
 大福とよもぎは姐さんに撫でられると、二匹はまとめて姐さんの膝の上に乗せられていた。
 正直羨ましかった。
 姐さんはキーボードを打つのをやめると、明後日に区域清掃がある事を知らせた。
 今月も人手不足らしい。
 最近地味な仕事が多いと不満を洩らすと、平和な証拠だとエッシに言われた。
 期間限定の平和ってなんだと更に言い返す。
するとエッシは毎日戦争しているよりはいいと投げやりな返事をした。
 包み紙を開けながら身体が鈍ると言うと、エッシは筋トレ、ルイスはゲームを勧めてきた。
 実戦がしたい俺はどっちの提案も却下した。
 俺はもう一つのパンを平らげると、人差し指に付いたケチャップソースを舐め取ったが、姐さんから組手に誘われて吹き出しそうになった。
 姐さんの申し出は非常に有り難いし嬉しいが、好きな人に触れられて正気でいられる自信がないため普通に断った。
 役不足かと言う姐さんに、言葉を必死に選びながらNOを伝える。
 姐さんの残念そうな顔を目にして罪悪感が一気に押し寄せてきたが、負ける訳にはいかなかった。

「じゃあお前ロジェさんと組手出来んのかよ?」
「出来る訳ないでしょ!」
「出来ねーんじゃねェかよ! 俺に言うな!!」

 組手ぐらいやればいいと簡単に言ってきたエッシは、立場を置き換えると出来ないとほざいた。
 小声で言い返していると、エッシも小声で言い返してきた。
 マリアさんは唯一俺を紳士だと評価してくれたが、心底不思議そうな顔をするエッシとルイスは俺を馬鹿にしているとしか思えなくて腹が立った。
 まったく先輩を敬わない後輩ばかりで困る。
 俺は溜息をつくと、待機時間を溜めた報告書を書く時間に費やした。
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