Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美

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EMANON side

EMANON side:大福

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 今日はサンくんがEMANONの職場に初めて行く日だ。
 僕達は家で皆を見送った後、よもぎと一緒に職場に行った。
 先に職場に着いて僕達の休憩所で休んでいると、たくさんいた人の気配が減って、僕は応接室へと走った。
 シェルアさんとロジェさんは外に行ってしまったみたいで、見送りには間に合わなかった。
 改めてサンくんに挨拶すると、ルイスくんは二回目のおはようを言って、マリアさんは僕達が先に事務所に着いていた事を言った。
 サンくんは家にいたはずの僕達が此処にいるのにびっくりしたみたいで、状況を飲み込めていなかった。
 サンくんに近付くと、サンくんは僕の顎下を撫でてくれた。
 ルイスくんがサンくんの緊張を解そうとソファに座るよう言うと、マリアさんが紅茶とコーヒーどっちがいいかと飲み物を聞いた。
 サンくんは遠慮していたけど、マリアさんは遠慮しなくていいとニコニコしながら部屋を出ていった。
 よもぎはソファに座ったルイスくんの側に行って撫でられている。

——僕ももっと撫でられたい!

 サンくんの足に擦り寄って撫でてとおねだりすると、サンくんは今度は僕の頭を撫でてくれた。
 しばらくサンくんに撫でられていると、外から足音が近付いてきて、僕は耳を縦にした。
 この足音はエッシちゃんだ。
 僕はドアの方に走ると、よもぎと一緒にエッシちゃんを出迎えた。
 エッシちゃんはお出迎えありがとうと僕達を交互に撫でると、サンくんと初めましての握手と挨拶をした。
 サンくんは緊張しているみたいだったけど、握手と挨拶はしっかりしていた。

 僕がサンくんを見守っていると、ブラッドがバタバタと大きな足音を立てて入ってきた。
 ブラッドはドアを開けるなりエッシちゃんに文句を言っていたけど、サンくんを見ると獰猛な目つきになった。
 ルイスくんとエッシちゃんに言われると、ブラッドは頭を掻いてサンくんから目を逸らした。
 挨拶をちゃんとしろと二人に言われて、ブラッドは渋々自分の名前を言った。
そしてブラッドはサンくんの手を握ると、シェルアさんを傷付けたら殺すとサンくんを脅した。物騒である。
 サンくんがおろおろしていると、エッシちゃんがブラッドを叩いて助けてくれた。
 ブラッドは不機嫌そうにソファに座る。
 エッシちゃんがサンくんの手を心配すると、サンくんは大丈夫と答えたけど、ブラッドは痛くしてないからと威張った。
 ルイスくんに痛くしていたらドン引きだと言われて、ブラッドは喧嘩を売ってるのかと威嚇した。

 マリアさんが飲み物を淹れて戻ってくると、おかえりなさいの挨拶をしてまたキッチンに行ってしまった。
 エッシちゃんはサンくんと話をして、サンくんをいい子だと評したけど、サンくんは自分をいい子じゃないと否定した。
 いい子と言われたら素直に喜べばいいのに、サンくんは“普通”にこだわっているらしい。
 エッシちゃんは親切に、記憶を取り戻すためにサンくんに協力すると言っていた。
 
 サンくんの年齢が十九歳である事に、エッシちゃんら若いと言っていたけど、僕達に比べたらエッシちゃんも充分若い。
でも二十代と十代ならサンくんの方が若いため、エッシちゃんの声に同意した。
 すると何故かブラッドは僕の頬を引っ張った。

……痛くないからいいけど、なんで引っ張るんだろ? 

 構って欲しかったのかなと考えていると、ルイスくんが僕をいじめるなと注意した。
 僕がいじめられてないよと言い返すと、ブラッドは僕の心の声を勝手にアテレコして、エッシちゃんにキモイと言われた。
 キモくはないけど、さっきのブラッドは変な声だった。
 エッシちゃんはブラッドには厳しいけど、僕達には優しいから頭を撫でてくれた。
 しばらくしてマリアさんが二人分の飲み物を淹れて戻ってきた。
 僕はおやつがあると思ってマリアさんに近付いたけど、残念な事におやつはなかった。ちょっと悲しかった。
 あとでおやつをちょうだいとマリアさんに言うと、マリアさんは皆に促されてサンくんの隣に腰掛けた。
 僕はもう一回撫でてほしくて、サンくんの足に自分の背中をくっつける。
 サンくんは僕のお願いがわかったみたいで、ちゃんと僕を撫でてくれた。
 よもぎはマリアさんの近くでお行儀良く座って、いつでも動けるように待機している。
 マリアさんがソファから立ち上がろうとすると、よもぎが前足でそれを止めた。
エッシちゃん達もだけど、よもぎも働き者のマリアさんを休ませたかったらしい。
 よもぎはブラッドの言葉に同意すると、鼻を鳴らしてマリアさんに撫でられた。
 甘えるよもぎは可愛いけど、あまり見すぎたら怒られるから少しだけにした。
 エッシちゃんが戻ってくると、淹れてきた飲み物をマリアさんに渡した。
 美味しそうな茶葉の匂いと、コーヒー豆の香ばしい匂いが鼻の奥で混ざる。
 ブラッドはシェルアさんとロジェさんが別の仕事に行ったという話を聞くと、残念がっていた。
好きな人といつも一緒にいたい気持ちは、僕にもよくわかる。
 マリアさんはニコニコしていたけど、エッシちゃんとルイスくんには不評だったみたいで、最初にサンくんの手を強く握ったのは駄目だと言われていた。
 
——ヤキモチ焼きすぎたら、人間は駄目なのかな。

 わかるような、わからないような。
でも僕もよもぎが他の雄と仲良くしていたら嫌だから、考え方はブラッドと近いのかもしれない。
 
 ブラッドはエッシちゃんとルイスくんに責められていたけど、マリアさんが仲裁に入った事で落ち着きを見せた。
 サンくんがマリアさんに聞かれて、自分の本音を話した。
 誰かを傷付ける意思はないとしっかり頷いて、サンくんはマリアさんに返事をする。
だけどブラッドは納得出来なかったみたいで、煙草を吸うと言って部屋から出ていった。
 僕は後を追いかけて屋上に向かった。
 階段を上がるとブラッドは柵に寄りかかって煙草を吸っていた。
 名前を呼んで側に行くと、ブラッドはこっちに来るなと言いながら、僕に煙がいかないように風下に移動した。
 煙草の副流煙は有害と人間の間では謂れているけど、僕達はそういうのが平気なようにつくられている。
 そういう事を気にかけるブラッドは、口は悪いけど本当は優しい人間なのだ。
でもサンくんはまだブラッドの優しい所を知らないから、僕は言語の壁がもどかしくなった。        
 
 じっと見上げていると説教かと聞かれて、そう見えるのかと僕は聞き返した。
 ブラッドは独り言を言うと、煙草を灰皿に落として、足元をうろつく僕に待ってろと指示した。
 なるべく早くねと言うと、返事だけはいいと言い返されたけど、ブラッドもシェルアさん相手だと返事がいいからおあいこである。
 じゃれつくとブラッドはいっぱい撫でてくれた。

 ブラッドと遊んでいると、ブラッドの方から電子音が聞こえた。
 ブラッドはポケットからスマホを取り出すと、屈んで何かポチポチ打ち出した。

「あー……了解だけでいいか、コレは」
「ワゥ?」
「お前見てもわかんねェだろ」

 僕がスマホの画面を覗き込むと、ブラッドはシェルアさんから依頼料の引き取りと買い出しを任された事を話した。
 ブラッドは自分一人でも出来るのにと言っていたけど、シェルアさんのお願いだからやる気十分だった。
 僕はブラッドと一緒に階段を下りて、一階事務所にいるルイスくんとサンくんを迎えに行った。
 ブラッドはドアを開けるとすぐ行くぞと二人に声をかけた。
 僕はサンくんの足元を回って一緒に外に出た。
 外にはブラッドとルイスくんがいて、ブラッドはサンくんに声をかけるなりスタスタと先頭を歩き出した。
 僕は後ろをついて行くと、るんるん気分で歩いた。
 大通りを歩いているといい匂いがして、細い道に入るといい匂いが強くなった。

——これはパンだ!!

 昼食は此処のパンにしようとブラッドに言うと、依頼料の引き取りが先だと怒られた。お腹空いたのに。
 我慢しろと言われて、僕は精一杯可愛い顔をしてたけど、その手には乗らないと間髪入れずに言われてしまった。
 後ろではサンくんとルイスくんが僕とブラッドが仲良しなのか話している。
でもブラッドが話を遮ったから二人の会話がそこで終わってしまった。
 僕はブラッドをなんて不器用な奴だと思ったけど、会話を早く終わらせたら依頼料の引き取りに早く行ける——つまりパン屋さんにも早く行けるという事実に気付いた。
 僕はブラッドの優しさに感動して、肩に飛び付いた。
 一生懸命ありがとうを伝えたけど、ブラッドはやめろと嫌がった。ひどい男である。
でも僕はブラッドが好きだからやめなかった。
 僕は捕まえようとするブラッドの手を避けて地面に着地すると、鼻を鳴らした。
 ブラッドは僕の涎で濡れた顔を文句を言いながら拭いている。
 女の子はお化粧をしている子は嫌がるから、人間だと相手を選んでする必要があるのだ。
 ブラッドは口を舐められるのを嫌だからそこは僕も配慮した。
 ブラッドはまだ文句を言っていたけど、いつもの事だから無視してついて行った。

 僕達が路地裏に入ると、いつもの人達がそこにいた。
 お酒と煙草の匂いがいっぱいする。
 ブラッドがリーダーの人から依頼料を受け取ると、挨拶をして皆で来た道を戻った。
 僕はサンくんが不自然な歩き方をしているのが気になって、顔を見上げた。
 サンくんは眉を下げて困ったような顔をしている。
どうもサンくんはあの人達が怖かったようだ。
僕達はあの人達を知っているから別に怖くはないけど、初対面のサンくんには駄目だったらしい。
 ブラッドは怖がるサンくんに此処はもっとヤバイ奴がいるぞと言って、ルイスくんに脅すなと言われていた。
 ルイスくんがあの人は普通の仕事を今はやっていると教えていたけど、サンくんは情報が怖いと汗をかいている。
 ブラッドがサンくんにその内死ぬぞと忠告すると、サンくんはその通りだと落ち込んだ。
 ルイスくんはサンくんを死なせないために僕達がいるのだと言ったけど、ブラッドは自分の目に届く範囲だけだと鼻を鳴らした。
 僕も鼻を鳴らすと、何故か皆僕に注目した。
 首を傾げると、ブラッドが気が抜けると言ってきた。

……気が抜けるって事は僕が緊張しなくていい存在って事? 

 わあいと喜んで、僕は感謝をブラッドに伝えると、褒めてないと言われた。きっと反抗期なのだろう。
 僕はサンくんの足に身体を寄せると、僕が守るからねと伝えた。
 サンくんはありがとうと言って僕をいっぱい撫でると、僕がいてくれると心強いと言った。
 僕は嬉しくなって、サンくんの周りをぐるぐる回った。
するとブラッドが僕の能力についてサンくんに説明した。
 嘘が見抜けるなんて動物なら本能的に誰でも出来そうなものだけど、僕は特別らしい。
 サンくんはブラッドの説明を聞くと、僕の能力を褒めるでもなく、警察犬になれるんじゃないかと斜め上の回答をした。
 ブラッドとルイスくんは僕をじっと見た後、警察犬には向いていないとそれぞれ口にした。
 僕は結構ショックだった。
 サンくんの足に寄りかかると、サンくんは僕を撫でて励ましてくれた。
 ルイスくんは僕よりよもぎの方が警察犬に適してると話すと、よもぎの人間嫌いを言った。
 ブラッドは実験体にされたから当然だと言って、落ち込む僕にパンを買って帰るぞと声をかけた。
 僕はこうしちゃいられないとすぐ立ち直ると、ブラッドに向かって走った。
 遅れているサンくんとルイスくんに早くと言って、ワクワクしながら道を歩く。
 
 あのパン屋さんは犬用のパンも売っているそうで、犬の僕は歓喜した。
 行く途中で野良猫と会ったけど、僕は見向きもせずにパン屋さんに向かって歩いた。
 十分くらい歩くと、僕達はパン屋さんに到着した。
 お店の外からでもいい匂いがしていて、はしゃいでいたら、ブラッドの脚に顔を挟まれた。
 落ち着けと言われてもこんな美味しそうな匂いでそれは無理な話である。
 僕は離してとブラッドに目で訴えたけど、ブラッドは僕を挟んだままルイスくんにパンを買ってくるよう指示を出した。
 仕方なくサンくんとルイスくんがお店に入るのを見送って、二人が戻ってくるのを外で待った。 
 
 しばらくすると二人が戻ってきて、いい匂いが僕の鼻をふんわりと包んだ。
 僕はブラッドに適当に返事をすると、すぐにルイスくんに駆け寄った。
 美味しそうな匂いがそこら中にする。
 ルイスくんの周りを回っていると、ルイスくんから踏みそうと言われて、ブラッドには約束を守らないならご飯抜きだと脅された。
 そんなのってない。
でもご飯抜きは嫌だから、僕は素直に指示に従うと、ルイスくんから離れてサンくんの側に行った。
 僕はサンくんの一歩先を歩いて、サンくんを先導した。

 帰る途中で、レジーが駆け寄ってきた。
 レジーはまた散歩中に脱走したみたいで、僕が
ケイリーちゃんとキャシーちゃんの居場所を聞くと、辺りを見回して不思議そうな顔をした。

『あれ?』
『また置いて来たんでしょ』
『違うよ! 二人がはぐれたんだ!』

 レジーは僕にそう言い返したけど、遠くから走ってくるケイリーちゃんとキャシーちゃんが何よりの証拠だった。
 二人はレジーに抱きつくと、わさわさと白い毛を撫で回した。
ついでに僕も雑に撫で回されると、ケイリーちゃんとキャシーちゃんはルイスくん達に挨拶をした。
 ブラッドはレジーを撫でると、また逃げられたのかと二人に言ったけど、ケイリーちゃんもキャシーちゃんも逃げられてないと反論した。
 気をつけて帰れよとブラッドが言うと、ケイリーちゃんはリードをしっかり握って返事をする。
 バイバイと小さな手を振るキャシーちゃんが可愛くて、僕も気をつけてねと伝えた。
 
『じゃあねー! 大福ー!』
『もう置いてっちゃ駄目だよー!』

 レジーは後ろを振り返りながらも走って去っていった。
 身体は大きいけど、中身は結構子供である。
 ルイスくんが二人は近所の子供だと説明すると、ブラッドがおじいちゃんおばあちゃんがいると補足した。
そしてブラッドは親の事を聞くなとサンくんに忠告して御礼を言われていた。
 今までの人はブラッドの態度や言動に言及する人が多かったけど、サンくんみたいに御礼を言う人は初めてだった。
 ブラッドは困った顔をしている。
でもサンくんも困った顔をしていた。

 ルイスくんは最下層だとサンくんみたいな性格の人間があんまりいない事を教えると、ブラッドはいい人なのだとサンくんに言った。
 ブラッドは怒っていたけど、きっと照れ隠しだ。
 僕は軽いノリで勢いよくブラッドに突っ込むと、偶然にも僕の頭がブラッドの膝裏に当たった。
 転けそうになってブラッドは飛びつくなとまた僕を怒ったけど、いつもの事だから怖くなかった。
 
 僕達が事務所に着く頃にはシェルアさん達はもう帰ってきていた。
 開けたドアから真っ先に中に入ると、シェルアさん達がおかえりと言って撫でてくれた。
 マリアさんとエッシちゃんは皆にパンとジュースを配っている。
 昼食と一緒に僕達のパンをあげようかというマリアさんの発言にうんうん頷くと、シェルアさんがおやつに回すと言って僕はショックを受けた。
 昼食の楽しみのために頑張ったのにあんまりである。

『……おやつで食べればいいじゃない』
『僕は今食べたかったの~』

 不満げに言うとよもぎに呆れた顔をされた。
 手洗いを終えた三人が戻ってくると、僕達の昼食も同じように用意された。
 パンがおやつに回されたのは残念だけど、美味しそうな匂いには抗えなかった。
 お腹が空いていたから、僕はご飯をすぐに食べ終わってしまった。
 まだ食べているサンくんの所に行くと、僕は何かくれないかなと期待の眼差しを向けた。
 美味しそうな匂いに涎が出そうだ。
 サンくんを無言で見つめていると、ルイスくんにサンくんが食べづらいだろと注意された。
 僕は真正面から見つめるのは流石に駄目だったかと、ちょっと横に寄った。
するとエッシちゃんとマリアさんに何故か笑われた。
 なんで笑ったのと聞いても、二人は笑っている。
 僕はマリアさんとエッシちゃんの美味しそうな匂いを嗅いだ後、ブラッドに何かちょうだいとおねだりした。  
 ブラッドは足に僕の前足を置くなと言うと、足を動かして僕の前足を退かした。
 僕はムッとしてまた前足を置いた。
 ブラッドはまた足を退かしている。
 一重くんの家で見た餅付きみたいな動きになった。

 二人で闘っていると、エッシちゃんが犬の順位付けの話をした。
 ルイスくんは人間の接し方次第で犬の性格や行動が変わると言っていたけど、僕はどうなんだろうと疑問に思った。
 エッシちゃんとブラッドの口喧嘩が始まって、マリアさんが仲裁に入る。
 僕はソファに飛び乗って、エッシちゃんに大丈夫かと聞いた。
 エッシちゃんの膝に顎を乗せると、エッシちゃんは優しい声で怒ってないよと言った。
だけどブラッドが余計な事言うから、エッシちゃんの顔が引き攣った。
そこでシェルアさんがブラッドの名前を呼ぶと、ブラッドは気まずそうにしながら謝った。

——まったく、ブラッドもエッシちゃんも素直じゃないなあ。
 
 二人は照れ屋なのか、シェルアさんが言った“仲良し”を力いっぱい否定した。
 やっぱり二人は似た者同士だ。

 ソファの上でくつろいでいると、昼食を食べ終えたよもぎがやって来た。
 よもぎは気まぐれに僕にじゃれつくと、身体をくっつけた。
 僕はそんなよもぎが可愛くて、もっと身体をくっつけたり匂いを嗅いだりした。
 皆はこの間の依頼の事や、虫の話をしている。
 サンくんは虫が得意でも苦手でもないみたいだけど、蝶々は知っているらしかった。

 僕とよもぎは最下層生まれだから、地上の事は詳しくない。
でも人間から話を聞く事はたくさんあった。
 エッシちゃんは地上に興味があるみたいで、サンくんにどんな所だったか覚えているか聞いていたけど、サンくんは記憶喪失だから覚えていなかった。
 ロジェさんが言うには、地上は此処よりも平和な場所らしい。

『平和なんだって。いいよね!』
『ふーん』

 よもぎは興味なさそうだった。
 僕はよもぎがいて、美味しいご飯が食べられたら平和でも平和じゃなくても充分だと思っている。
そのまま伝えると、よもぎに鼻先を押し付けられた。

『……ひょっとして照れてる?』
『……』

 よもぎは何も答えてくれなかったけど、拗ねた横顔が可愛かった。
 シェルアさんとロジェさんは昔を懐かしむように話をしている。
 地上はルールだらけで、生きて行くには大変そうだ。
 話を聞いていても変な仕組みばかりだった。

 ロジェさんはシェルアさんにからかわれて話を変えると、サンくんに目を向けた。
するとパンを食べていたサンくんが喉を詰まらせた。
どうやらサンくんは僕と同じ食いしん坊だったみたいだ。
 ロジェさんが今後について話をすると、サンくんに拳銃を渡した。
 サンくんは拳銃を間近《まぢか》で見た事がないようで、だいぶ慌てている。

『銃を見てあんなに慌てる人間初めて見た』
『そんなに怖い物なのかな?』
『暴発の事故があったら指が飛ぶでしょ』

 よもぎは物騒な事を言うと、サンくんに視線を移した。
 サンくんはロジェさんの説明がわからなかったようで、頭に疑問符を浮かべていたけど、ルイスくんの説明でわかったようだった。
でもサンくんはロジェさんに考えが甘いと詰められてしょんぼりしていた。
 マリアさん達がサンくんを励ますと、サンくんは次第に顔色が良くなっていった。
 ブラッドは拳銃の扱いを教わっているサンくんに、エッシちゃんみたいな発砲はするなよと忠告した。
 エッシちゃんは拳銃を使うのがあまり上手くない。
 僕は他の物に変えてもいいような気がするけど、エッシちゃん自身は変えたくないようだ。
 ブラッドは自分に当てるなとエッシちゃんに言っていたけど、なんだか言い方が偉そうだったからお仕置きのつもりでブラッドのお腹に突っ込んだ。
 僕はブラッドを叱ったけど、エッシちゃんは次はケードーミャクだと僕に指示した。
 ケードーミャクがどこかわからない。
 ブラッドは僕がぶつかった所が痛かったみたいで、お腹をさすっていた。
するとブラッドの膝に普段乗ったりしないよもぎが、ブラッドの膝に乗った。
しかも撫でられて気持ち良さそうにしている。
 ブラッドは暴力男は嫌いだと、まるでよもぎが言ったみたいに言うから僕は焦った。

『そんな事ないよね!?』
『……』
『よもぎ~!』

 名前を呼んでも、よもぎはいつもの感じで欠伸をしている。
 謝った方がいいのか考えていると、ちょうど地震で部屋が揺れた。
 僕はブラッドの膝に飛び乗ると、よもぎにくっついた。
 揺れはだんだん小さくなっていく。

『怖くなかった?』
『何回も経験したでしょ』

 よもぎはそう言うと、呆れた顔をした。
 サンくんはさっきの地震が初めてだったみたいで、皆に此処はそんなに地震が多いのか聞いていた。
 ロジェさんの話によると、地震の数は住んでいる所で変わるし、地上より地下の方が安全らしい。
 マリアさんが地下は自然災害より事件や事故の方が多いと言うと、ルイスくんが新人のサンくんを脅すなと言った。
 ブラッドはマリアさんの言葉に同意を示すと、大きな口を開けてパンを頬張る。
 美味しそうで涎が出そうだった。
 ブラッドは平和なら警察はいらないと尤もな事を言った。
 ロジェさんは友達に警察の人がいるようで、エッシちゃん達にすごいと言われていたけど、シェルアさんにはなんだか棘のある言い方をしていた。
 僕はちょっと嫌な気持ちになったから、ロジェさんを叱りに行った。
 下からだとロジェさんの顔は見えないけど、じっと見ていると目が合った。
 ロジェさんは何も言わない。
 僕はそれでもじーっと目で訴えた。
 ロジェさんは困ったような顔をして僕を見下ろすと、シェルアさんをいじめた訳じゃないと弁明した。
 僕はそれでもあの言い方はよくないよとロジェさんに伝えた。
 シェルアさんは何故か楽しそうに笑っている。
 僕がシェルアさんの所に行くと、よもぎもこっちにやって来た。
 僕とよもぎはシェルアさんに撫でられると、膝の上に乗せられた。
 お仕事の邪魔をしないように、シェルアさんがいじっているパソコンをチラッと見てみたけど、何がなんだかさっぱりだった。人間の言葉は難しい。
 
 明後日は区域清掃の依頼が入っているそうだ。
 頭を撫でられながら聞いていると、ブラッドは最近地味な仕事が多いと不満を言った。
 ブラッドはもっと身体を動かしたいらしい。
 エッシちゃんとルイスくんに筋トレやゲームを勧められていたけど、実戦がしたいと断っていた。
でもシェルアさんからクミテに誘われると、ブラッドはそれも断った。

——一緒にやればいいのに、変なの。

 ブラッドは好きな人に対する愛情表現が下手みたいだ。
 僕みたいにもっと素直になればいいのに、人間はやっぱり色々複雑な生き物らしい。

 僕はよもぎと一緒に少しお昼寝をした後、おやつにパンを貰った。
 パンは噛みごたえがあってすごく美味しかった。
よもぎも美味しそうに食べていたから、また是非買って貰おうと思う。
 
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