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おつかい
おつかい4
しおりを挟む音の正体は、エッシさんがブラッドさんの頭に拳を思い切りぶつけたものだった。
その証拠にブラッドさんは頭を抱えて痛がっている。
エッシさんはフンと鼻を鳴らすと、僕に近付いて眉を下げた。
「大丈夫? もう二、三発いっとく?」
「えっ!!? いっいやいやいや! 大丈夫です!!」
「そう? 遠慮しないでね」
ニッコリ笑ったエッシさんは可愛いけど、それ以上に恐怖を感じた。
頭を抱えていたブラッドさんは顔を上げると、エッシさんを睨んで椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「おっまえなァ! いきなり殴ってくんじゃねェよ!!」
「あんたが何もしなかったらあたしだって殴ったりしないわよ」
「何もしてねェだろーが!」
「してたでしょ! 自分の胸に手を当ててよく考えなさいよ!」
瞬く間に二人の口喧嘩が始まってしまった。
今日はいつもと違ってすぐに収まる気がしない。
……どうしよう。
戸惑いながら罵倒を続ける二人を交互に見ていると、不意に一重さんに肩を叩かれた。
一重さんはヒラヒラと手を振る。
「あー大丈夫やで。いつもあんなんやし」
「いや、まあ……それはそうかもしれないんですけど……」
「なんや心配か? でもなーブラッドは絶対女に手ぇ出さへんしなぁ」
——え、そうなんだ。
てっきり男女平等と言って容赦がないタイプだと思っていた。
驚いていると、一重さんに笑われた。
「まあ口は出すけどな」
「は、はぁ……」
「アレで案外優しいとこあるから、嫌わんといたってな。性格あんなんやから友達あんまおらんねん」
「お兄ちゃんそれブラッドさんに失礼なんじゃ……」
「えーだってほんまの事やん。それに友達ゼロやとは言うてないで」
チラ、とブラッドさんを盗み見る。
ブラッドさんもエッシさんも口喧嘩に夢中になっていて、こっちの声は聞こえていないみたいだった。
もし聞こえていたら一重さんはブラッドさんに殴られていただろう。
軽い調子で話す一重さんに、琴子ちゃんは短く溜息をついた。
「っていうかお兄ちゃんだって友達少ないじゃん」
「そーやけど、友達の数で幸か不幸かは決まらんし。なーサンくん」
「ぇっ! あ、っはい! そうですね!」
「サンくん、お兄ちゃんは無視しても大丈夫だから」
琴子ちゃんは一重さんを冷めた目で見ていたけど、一重さんは笑って流していた。
「あ、これうちの連絡先な。上が店で下がわし個人の」
「え、待ってじゃあ私も! 修理したい物があったら私のとこに持ってきてね!」
二人からそれぞれ名刺を渡された。
一重さんも琴子ちゃんもシンプルなデザインだったけど、琴子ちゃんは木目調だからか温かみを感じた。
僕は名刺を受け取ると、失くさないようにすぐ胸ポケットの中にしまった。
「てか敬語外れたやん。良かったなぁ」
「………………あっ」
琴子ちゃんは口を押さえて固まった。
「~~っ!! お兄ちゃんにつられた! ごめんなさいサンくん!!!」
「えーやん細かい事は。ほら、サンくんも気にしてへんし」
「私は気にするの! 年上の人には敬語って決めてるんだから!」
「わしも年上やで」
「お兄ちゃんは別でしょ!?」
琴子ちゃんは僕に気を遣っているみたいだった。
琴子ちゃんが人見知りなのはわかっているけど、僕はもう少し仲良くなりたくて、意を決して口を開いた。
「あ、あの……琴子ちゃん?」
「はいっ! なんでしょう……?」
「えっと……良かったら、その……普段の口調でお話ししてほしいな。僕、歳の近い子と話す機会がそんなになくて……」
「……」
「だからその……友達になってくれたら、嬉しい……です……」
どんどん尻すぼみになっていく自分の言葉に居た堪れなくなった。
嫌われたらどうしようという嫌な思考が生まれて、普通に打ちのめされそうになる。
ぐるぐる考えていると、琴子ちゃんがやっと口を開いた。
「わ、私で良ければ……」
「っ本当!? ありがとう!!」
断られるんじゃないかと不安だったから、琴子ちゃんの返事は余計嬉しく感じた。
頬が自然と緩む。
「なんやアオハルか」
一重さんがそう言うと、間髪入れずに琴子ちゃんが一重さんの背中を叩いた。
アオハルってどういう意味だろう。
なんとなくこの場では聞けなくて、家で調べてみようと思った。
ブラッドさんの方からまた鈍い音が聞こえて振り返ると、頭にたんこぶが増えていた。
見ているだけで痛そうだ。
エッシさんは小さく息をつくと、パンパンと手を払うように叩いた。
「よし」
「何がよしだコラ……」
「サンくん帰るわよ。一重さん、琴ちゃん、どうもお邪魔しましたー」
「えっあ、ありがとうございました!」
「おい聞けや暴力女!!!」
僕は颯爽と出口に向かうエッシさんを慌てて追いかけた。
怒っているブラッドさんは放置らしい。
琴子ちゃんと一重さんは僕達に小さく手を振った。
「気ぃ付けてな~」
「また来てくださいねー!」
「うん! またねー!」
エッシさんが元気よく返事をしながら手を振る。
ブラッドさんが色々言っていたけど、全部無視だった。
「あの馬鹿は基本無視でいいからね」
「……」
YESともNOとも答えづらくて僕は沈黙した。
多分どっちを選んだとしても、何かしら言われてしまうだろう。
僕は誤魔化すように苦笑いを浮かべると、話題が逸れる事を願った。
「ったく……あとでロジェさんに言い付けてやるからな」
「やってみなさいよ。そしたらあたしはシェルアさんに言い付けてやるから」
「テメッ、それはナシだろ!!!」
ぎゃんぎゃん吠えるブラッドさんに、エッシさんも負けじと言い返す。
僕はそっとスマホを取り出すと、トークアプリを開いてルイスさんに今の現状を送った。
数分経たずに放っといていいと返信がきて、しばらく呆然とした。
……本当にいいのかなぁ。
若干の不安はあったけど、事務所に着く前には二人とも口喧嘩をやめていつもの感じに戻っていた。
これが大人の対応なのかはよくわからなかったけど、こういう関係もなくはないのかもしれないと改めて思った。
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