魔導デイトレード戦記

高根 甲信

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25.シモン教授

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並んで歩くセルジオさんは、いつ見ても大きかった。
寮長さんは、時々ああして本を借りに来るのだそうだ。この学校で勤務していれば、生徒と同じく本を借りる事ができるのだ。

「なんだ、そんなことか」

僕が掟を破ったことを、セルジオさんは鼻で笑った。

「ニッキーにしろイルダにしろ、あいつらも何回もやらかしてるからな。気にするな」

「…そうなんですか?てっきり僕だけかやってしまったのかと…」

「そんな訳あるかい。誰もが通る道よ」

そして、僕が『魔導デイトレード戦記』を読んでいると分かると、静かに言った。

「シモン教授の事知ってるか?」

「…この間、色々教えてくれたじゃないですか」

「いや、なぜ居なくなったかってことだ」

「…いえ」


3年前のことだった。
シモン教授の奥さんは、バイオ医薬品会社の経営をしていた。それには多額の資金が必要だった。
あちこちから、資金の援助を受けて事業を進めていたが、ある時、共同経営者だった女が、会社の金を持って失踪した。
そして奥さんの会社は倒産し、資金の回収は不可能になってしまった。
シモン教授も多額の資金援助をしていたが、そのすべてを失ってしまったという。
僕は、セルジオさんの話を聞いて胸が苦しくなった。

「そんなことがあったんですか…」

「…問題はその後だ」

セルジオさんは、少し歩みを緩めた。

「シモン教授は、一か八かの賭けに出たんだ。自分で作った鉄の掟を破って、大ロットのトレードをした」

レバレッジというものがある。自分の資産のおよそ3倍の金額が扱え、利益が出ればより大きなリターンを得られるが、反対にロスが出れば当然損失も大きくなる。いわゆる諸刃の剣だ。

「教授は最大のレバレッジで、自分の全資産を賭けたトレードをしたんだ。…あのシモン教授のことだから、よっぽど自信があったに違いないが、間の悪いことに翌日暴落が起こった」

「……」

シモン教授のノートには、リスクを取らないことの重要性が延々と書いてあったのに、それとは真逆のトレードだった。

「いくら暴落があっても、魔導コンピューターの前にいればなんとかなっただろうが……その日、奥さんが自殺未遂をした」

「え!?」

病院で奥さんは一命を取り留めたが、付きっきりで看病していた教授は、魔導トレードを見るすべがなかった。
結果として大暴落で残りの全てを失い、更に大きな借金を作ってしまった教授は失踪したのだ。

「オレが言いたかったのは、シモン教授でさえルールを破ってしまうってことだ…」

セルジオさんが少し悲しそうに言った。

「人間は、弱い生き物なんだろう」

風が吹き、木々の梢がさざめく。

「あの…その後の、シモン教授の行方とかは分からないんですか?」

「さあな…借金が家族に及ばないように、自ら離婚して消えたと言われているが」

「奥さんは…?」

「噂では、元気になられたようだ。今は娘さんと2人で暮らしていると聞くな」

寮へ続く中庭は、フェイジョアが揺れている。葉の裏に銀色の羽毛があるので、風が吹くと葉があちこちで光を反射してきらめく。
僕は、この小道が好きだ。きっとこの学校ができてから、変わらずにある中庭なんだろう。
ずっと変わらないものと、あっけなく変わってなくなってしまうものを思うと、僕は胸が締め付けられるようだった。
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