2 / 5
2.始まりの終わり
しおりを挟む
数日後。休日、駅前でたまたま会った美咲先輩に捕まる。
「ちょうどよかった!手伝って!」
強引に渡されたのはスーパーの買い物袋。先輩の家まで荷物を運ぶ羽目になった俺は、途中で転んで卵を一パック割ってしまった。
「ごめん、俺……」
謝ろうとする俺に、先輩はなぜか大笑い。
「大丈夫、大丈夫! ちょっと割れただけじゃん。私のオムライスは多少アレンジされても美味しいから」
その朗らかな笑い声を聞いているうちに、胸の奥に溜まっていた重たいものがほんの少し軽くなる。
また別の日。河川敷に呼び出された俺は、思わず息をのんだ。
「じゃーん!」
そこにはアコースティックギターを抱えた美咲先輩。
「私、歌うの好きなんだよね。聴いてくれる?」
夕暮れの風に混じって流れる柔らかな歌声。
歌詞は拙くても、その声には不思議と温かさがあった。
「……下手だけど、なんか、悪くない」
そう呟くと、先輩は嬉しそうに笑った。
「死にたい気持ちって、声に出せないこと多いけどさ。歌にするとちょっと楽になるんだ」
「それって…」
その先の言葉を出すことは俺にはできなかった。
そして一か月。
少しずつ、俺は「死にたい」という感情から距離を取れるようになっていた。
美咲先輩と過ごす時間が、まるで浮き輪のように俺を水面へ押し上げてくれる。
俺と先輩は、放課後に街を歩いたり、河川敷で他愛のない話をしたり、時には真剣に将来について語ったりした。
「夢なんてなくてもいいのよ。大事なのは、探すことをやめないこと」
「……先輩、強いですね」
「強い? ううん、弱いわよ。弱いからこそ、生きるの」
そう言って笑う彼女の横顔は、どこまでもまぶしかった。
俺は少しずつ前を向けるようになった。生きるのも悪くない、そう思えた。
だが――ある朝。
学校に着くと、教室中がざわめいていた。
「なぁ……聞いたか? 三年の宮原先輩、死んだって……」
「……え?」
耳を疑った。職員室前では先生たちが蒼白な顔で話し込んでいる。
「自宅で自殺したらしい」という断片的な言葉だけが耳に残る。
足元が崩れ落ちたような感覚。呼吸が荒くなる。
――美咲先輩が? あんなに強く生きようとしていた人が?
「……嘘だろ」
俺の耳は、言葉を拒絶するように高い音を鳴らしていた。
先生たちの焦った声が遠ざかっていく。
……美咲先輩が?
あんなに強く笑っていた人が?
世界の色が、一瞬で抜け落ちた。
それからの俺は、ただ部屋に座っていた。食事も最低限。テレビもスマホもつけず、ただ時間が過ぎるのを待つだけ。死ぬ気力すら湧かなかった。
「ちょうどよかった!手伝って!」
強引に渡されたのはスーパーの買い物袋。先輩の家まで荷物を運ぶ羽目になった俺は、途中で転んで卵を一パック割ってしまった。
「ごめん、俺……」
謝ろうとする俺に、先輩はなぜか大笑い。
「大丈夫、大丈夫! ちょっと割れただけじゃん。私のオムライスは多少アレンジされても美味しいから」
その朗らかな笑い声を聞いているうちに、胸の奥に溜まっていた重たいものがほんの少し軽くなる。
また別の日。河川敷に呼び出された俺は、思わず息をのんだ。
「じゃーん!」
そこにはアコースティックギターを抱えた美咲先輩。
「私、歌うの好きなんだよね。聴いてくれる?」
夕暮れの風に混じって流れる柔らかな歌声。
歌詞は拙くても、その声には不思議と温かさがあった。
「……下手だけど、なんか、悪くない」
そう呟くと、先輩は嬉しそうに笑った。
「死にたい気持ちって、声に出せないこと多いけどさ。歌にするとちょっと楽になるんだ」
「それって…」
その先の言葉を出すことは俺にはできなかった。
そして一か月。
少しずつ、俺は「死にたい」という感情から距離を取れるようになっていた。
美咲先輩と過ごす時間が、まるで浮き輪のように俺を水面へ押し上げてくれる。
俺と先輩は、放課後に街を歩いたり、河川敷で他愛のない話をしたり、時には真剣に将来について語ったりした。
「夢なんてなくてもいいのよ。大事なのは、探すことをやめないこと」
「……先輩、強いですね」
「強い? ううん、弱いわよ。弱いからこそ、生きるの」
そう言って笑う彼女の横顔は、どこまでもまぶしかった。
俺は少しずつ前を向けるようになった。生きるのも悪くない、そう思えた。
だが――ある朝。
学校に着くと、教室中がざわめいていた。
「なぁ……聞いたか? 三年の宮原先輩、死んだって……」
「……え?」
耳を疑った。職員室前では先生たちが蒼白な顔で話し込んでいる。
「自宅で自殺したらしい」という断片的な言葉だけが耳に残る。
足元が崩れ落ちたような感覚。呼吸が荒くなる。
――美咲先輩が? あんなに強く生きようとしていた人が?
「……嘘だろ」
俺の耳は、言葉を拒絶するように高い音を鳴らしていた。
先生たちの焦った声が遠ざかっていく。
……美咲先輩が?
あんなに強く笑っていた人が?
世界の色が、一瞬で抜け落ちた。
それからの俺は、ただ部屋に座っていた。食事も最低限。テレビもスマホもつけず、ただ時間が過ぎるのを待つだけ。死ぬ気力すら湧かなかった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる