終わろうとした日、俺は学校一の美少女と出会う

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3.新たな始まり

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世界から色が消えて、どれくらい経っただろう。
 時計の針は動いているはずなのに、俺にとっては何も変わらない。朝が来ても夜が来ても、ただ布団に座り込んで、虚ろな目で天井を眺めているだけだった。

 食欲はなく、スマホを開く気力もない。ニュースを見ても、SNSを覗いても、美咲先輩の名前が流れてくるんじゃないかと怖かった。だから全部閉じた。世界を拒絶していた。

 ――コンコン。

 不意にノックの音が響く。
 俺は反射的に布団を被った。どうせ親だろう。「ご飯くらい食べなさい」とか、そんな言葉に決まっている。放っておけばすぐに去る。そう思った。

 けれど。

「……入るよ」

 ガチャリとドアノブが回り、勝手に扉が開く音がした。

「っ……!?」

 思わず上体を起こす。そこに立っていたのは――「先輩…?」



 制服のスカートにカーディガン。肩までの黒髪が少し跳ねていて、どこか幼さを残した顔立ち。けれど、その瞳は真っすぐで、強い光を宿していた。
…先輩によく似てるけど、、、違う

「はじめまして。あんたが、佐藤悠真ね?」

「……え、誰だ」

 突然の訪問者に声が裏返る。俺の部屋に、知らない女子高生が立っている。理解できない状況に頭が追いつかない。

「私は宮原彩花。美咲の妹」

「――っ!」

 その名前を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がった。
 宮原美咲。俺を救ってくれた、あの先輩。もう、この世にはいない人。

「……先輩の、妹?」

「そう。三年の宮原美咲の、実の妹」

 彩花は真っすぐに俺を見つめ、ゆっくりと部屋へ入ってきた。ドアを閉める音がやけに大きく響く。

「……やめてくれ。名前を出すな」

 俺は思わず顔を背けた。まだ心が追いついていない。彼女の死を認めたくないのに、妹が目の前にいるという現実が、冷たく突きつけられる。

 だが彩花は、一歩も引かなかった。

「姉は――自殺なんかじゃない」

 静かな声だった。けれど、その一言は雷のように俺の胸を打った。

「……何を言ってる」

「これを見て」

 彩花が取り出したのは、一冊のノートだった。カバーは擦り切れ、角が丸くなっている。ページの隙間から色とりどりのペンの跡が覗いていた。

「姉の日記よ」

 その言葉に息を呑む。手が震える。受け取ってはいけない気がした。けれど、彩花は強引に俺の膝の上へノートを置いた。

「姉はね、中学のとき酷いいじめを受けてたの。原因は――地元の有力議員の息子、神宮寺 崇っていう先輩」

 神宮寺 崇。その名前に聞き覚えはない。だが、彩花の声は憎悪で震えていた。

「姉はそいつに言い寄られて、それを断ったの。それで逆恨みされて……噂を流されて、写真まで捏造されて。クラス中から孤立した」

「……まさか」

「日記に全部、書いてある」

 彩花は椅子を引き寄せ、俺の正面に座った。その瞳には涙が浮かんでいるのに、決して零れはしなかった。

「首を吊って、自殺しようとしたことも。でも運ばれて、病院のベッドで目を覚ました。……そこで姉は先生に全部を打ち明けた。先生は『必ず解決する、もう二度とこんなことはするな』って誓った。けど」

 彩花は唇を噛んだ。

「相手が強大すぎた。先生は結局、辞職に追い込まれた。……それでも姉を責めず、むしろ謝って。それで結局、姉は転校して……なんとか生き直したんだ」

 俺の胸がざわつく。今まで知らなかった美咲先輩の過去。あの明るい笑顔の裏に、そんな傷があったなんて。

 彩花は日記を指でなぞりながら、さらに声を強めた。

「二週間前。姉は偶然、またそいつに会った。……そして、かつて自分を守ってくれた先生がブラック企業で働かされて、過労死してたことを知ったの」

「……嘘だろ」

「本当よ。姉は『自分のせいだ』って思い込んで……」

 言葉はそこで途切れた。彩花は拳を握りしめ、震えていた。

 胸が張り裂けそうだった。美咲先輩が抱えていた苦しみを、俺は何も知らなかった。助けてもらったばかりで、返すことができなかった。

「だから、私は信じない。あれは事故でも衝動でもない。……姉は追い詰められたのよ。神宮寺崇と、その家族に」

 彩花は俺を見据えた。その目はまっすぐで、俺の逃げ道を塞いでいた。

「悠真。協力して。私と一緒に、神宮寺を裁こう」

 その声は揺るぎなく、強かった。

 俺は、息を呑むしかなかった。
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